第185話 テナータイトで合流

 ポーション類を納品してレナントの町を後にした私達は、まっすぐテナータイトへやって来た。

 エクヴァル達とはすぐに合流出来て、今は宿。その一室で、レナントで会ったカジミール・マチスという商人と、ケットシーのフェベの話を報告している所。


「カジミール・マチス。存じ上げておりますわ。ルフォントスの皇室にも良質な麦を献上している、あの付近では有名な商会です」

 幾つもの商会を傘下に置く立派な人物で、彼が取り仕切っている本店は主に食料品を取り扱う。特に麦は質が良くて、貴族や皇室、上流階級の間でとても人気。

 だから彼は、ルフォントスの王宮なんかにも出入りが許されている。

「その方がルフォントスの宮殿で、ある方からロゼッタさんの暗殺計画があるから気を付けてと教えられ、急ぎサンパニルへ知らせたそうです。誰かは教えられないと。そして護衛の一人だけが生きて戻り、その後消息を絶たれていてしまったので、サンパニルのご両親はとても心配されているとか」

「……どの勢力にも味方されない方ですけど、敵と通じてなどいないと思います。心を痛めて下さっていたのね……」


「ベリアル殿も敵ではないだろうと判断されたので、無事だとお伝えさせて頂きました。とても安心していらっしゃいましたよ。それでこれを……」

 私は彼から預かった書状を出した。

 なんと、マチス商会の会頭として、私達に協力するようにと書かれている。これを見せれば、彼の傘下の商会でいろいろと融通してくれるらしい。これから土地勘がない場所に行くんだし、安心して頼れる協力者がいるのって助かるよね。

「あの者も、第二皇子とやらの即位には反対のようであったな。あと一歩と思っているところで、潰してやるのも一興よ!」

 楽しそうなベリアル。どうやらこれが、彼の新しい遊びらしい。目的が同じだから問題はないけど、ベルフェゴールも苦笑いしている。


「向こうに有力な協力者が出来たのは、とても助かるね」

 書状はエクヴァルに渡しておいた。使いどころは彼の方が解るだろう。

 今日は一泊して、朝になったら防衛都市へ移動するみたい。折角だからお店を回って薬草をチェックさせてもらう事にした。また薬やポーションが作りたい時に、無いと困るもの。

 ベリアルとセビリノと三人で、ささっと買ってくることにした。皆は馬車の移動での疲れも出たみたいで、ゆっくりしている。


 繁華街にはトレント材のお店が多く、いろんな人が行き交っていて活気があるね。薬草のお店や、ポーションも一緒に取り扱うお店も、たまに見受けられた。私はこじんまりした薬草屋さんに入って、乾燥させたものや今朝採ったばかりという新鮮なものを選んで、いくつか購入。それからセビリノと別れて、他にも探そうと少し細い道を入った。

「きゃあああ!! 助けて、犯される!!」

 道に立っていた十代半ばの外見をした女性の天使が、泣きそうな勢いで叫ぶ。

 ベリアルを見て。

 何もしてないし、よりにもよって危険な言い方をするなあ!

「誰を見て言っておる! そなたのような小娘、興味などないわ!!」

 近くにいた人も何があったんだとこちらに注目して、隣にいる人と話している。


「どうしたの、大丈夫!?」

 お店から慌てて女性が出てきた。この子の契約者なのね。

「あ、悪魔……、危険な悪魔が出たの!」

「危険な悪魔?」

 帽子を被った女性が、泣きそうな天使の肩を抱いて宥めている。天使は彼女の袖を掴んで、ベリアルを指して訴えた。

「元は凄い天使なんだけど、肉欲で堕天したのよ。人間の世界で遊んで遊んで遊びまくったって聞いてる。女性の敵なの! 以前もこの世界で見掛けたわ、あの派手な格好。間違いないよ!」

 ありゃ、どうしよう。正しすぎて反論できない。悪魔違いですって事にして、済ませそう……にはないね。

「え~と……、ベリアル殿はもう、女遊びは飽きたそうです。私と契約していますし、無体は強いませんよ。たぶん」

「多分などいらん!」

 苛立っているご様子ですぞ。自業自得だよね。

「説得力はないですよねえ……」

「なんであるかな、その目は」

「別に、普通でいつも通りですけど~?」


 私達のやり取りを眺めていた女性は、二、三度瞬きをして、天使の背中を軽くパンと叩いた。

「そんなに危険はなさそうじゃない。そもそもこんな素敵な方なら、遊びだって付き合ってもらいたいわあ」

 え、そういうものなの?

「ほれ、これが正常な判断というものであろうよ」

「うええ……人間が堕落させられていくぅ……」

 項垂れる天使の女の子。本気じゃないとは思いたいけど……。落ち着いたみたいだし、まあ大丈夫かな?

「あの、薬草を購入させて頂きたく存じます。お店を拝見させて頂いても、宜しいでしょうか?」

「お客さんだったの! どうぞどうぞ、中に入って。アンタね、お客さんじゃないのよ。しっかりしてよ!」

「そんなあ! 私が悪いの~?」

 叱られた天使は、首根っこを掴まれて店の奥へと引っ込まされていた。これで買い物しなかったら、私も怒られそう。いい品物があるといいな。


「ごめんなさいね。あの子はウチの助手なんだけど、情緒不安定なのよ」

「そうであろうな、我の素晴らしさが理解できぬとは」

「本当にそう!」

 ベリアルはもうご満悦。さすが客商売、あしらいに慣れてるね。

 天使は小悪魔より細かい作業が得意なのが多いし、客寄せにもやっぱりいい。嘘はつかない安心感がある。彼女は天使と契約して、お店を手伝ってもらってるのね。

 店内には予想以上に色々な薬草があって、幾つか買い占めさせてもらった。帰ったら、戦利品をセビリノと分配するのよ。

「わああ、モーリュまであった!」

 いいものがあって満足していると、なかなか売ってない、ちょっと高地の森にある薬草も見つけたよ。これも買いだね。

「狩りがご趣味なんですか。勇ましいですね」

「うむ、しかしなかなか良い獲物がおらん。つまらぬものよ」

「強そうですものねえ~。かっこよくて強くて上品で、最高ですね!」

「当然である。我と契約することが出来て、小娘も果報者であろう!」

 

 私が選んでいる間、ベリアルは楽しそうに会話している。地獄の王との契約なんて望んだからってできるものじゃないし、すごいとは思うんだけど、なんだか釈然としないなあ。早くお金を払おう。

 会計を済ませてお店を出るとき、ベリアルは店主の女性の手の甲に口付けていた。褒められるとたまにやるんだよね、このパフォーマンス。

「ひゃあああ、素敵! 王子様みたい!」

 喜びのあまり、歓声をあげている女性。

 惜しい、王様です!

 ……なんだか疲れた。元のメイン通りに戻ると、ちょうどセビリノの姿を見つけた。収穫があったみたいで、宿に戻ってから広げて確認しよう。それで半分ずつにする。うんうん、また色々作れるね。


 防衛都市には、エクヴァルとリニとメイドのロイネがワイバーンのキュイに乗って、ロゼッタはセビリノの麒麟に乗る。前回乗り心地がとても良かったようで、これならいいわと喜んでいる。ベルフェゴールは私達と飛行。さすがに飛べないと、ルシフェルの秘書は務まらないよね。

 隊商や冒険者を追い抜いて、北へと進む。見慣れない麒麟が通ると、みんなビックリして顔を向けるから面白い。頭上を大きな体の鳥が通り過ぎて行った。


 さあ目的地まで、だいぶ近づいて来た。視界の先に赤い鳥が悠々と飛んでいる。バラハが契約しているフェニックスだ。翼をはためかせて旋回し、先導するように都市へと戻って行く。

「私達が来るのが解ってたのかな?」

 火の粉を散らしながら進むフェニックスを眺めながら呟くと、キュイを近づけてエクヴァルがにっこりと笑った。

「それね、魔法会議でバラハ殿にお会いしたから。話しておいたんだ」

「準備がいいね」

 最初から北を経由して行くつもりで、計画していたのね。さすがだなあ。


 高い壁に囲まれた、防衛都市が視界に入る。防壁の上にはぐるりと見回れる通路があって、そこで誰かが手を振っていた。

 ロゼッタは麒麟で飛べないから跳ね橋を通るんだけど、フェニックスがスイッと高度を下げて彼女の前を飛んだから、検問で止められる事もなかった。フェニックスの行く先には、広場で待っているローブ姿のバラハ。私達も彼目指して降りていく。

「イリヤ先生、お待ちしておりました!」

 ざわ。

 バラハを知っている人が、ものすごい勢いでこちらを振り返る。防衛都市の筆頭魔導師が先生とか、何処の誰が来たんだってなるんだけど!

 しかしセビリノに視線が集まったぞ。どう考えてもそうだよね、すごい魔導師って感じの威厳がたっぷりだもんね。悪戯なバラハに案内されて、指揮官ランヴァルトの執務室へと向かう。ここで内緒話をするみたいね。エクヴァルは何か協力してもらうつもりなのかな?

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