第186話 自由国家スピノンを目指して

 執務室ではランヴァルトが机の前に立つ部下らしき人と、話をしている所だった。バラハが声をかけるとその人はいったん退室して、飲み物を持ってくるよう指示して再び部屋に入る。

「ひさしぶりだね、イリヤさん。まずは座って」

「お久しぶりにございます」

 挨拶をしてからソファーに腰かけた。隣にはベリアルが座り、向かい側にロゼッタが座る。メイドのロイネとベルフェゴールは立ったまま。少しして運ばれてきた紅茶を頂きながら、まずはバラハが口を開いた。


「だいたいエクヴァル殿から事前に聞いてるよ。さすがイリヤ先生、また面倒に巻き込まれてるんだね~。自由国家スピノンへ行くウチの買い出し隊に紛れるんでしょ、オッケーオッケー!」

 そんな話がしてあったの。バラハは魔法会議から馬車で帰ったにしてはちょっと早い気がしたけど、相談されて飛んで戻って来たのかな。窓辺に立つバラハに、エクヴァルが目配せしてる。

「助かるよ。山脈をこんなメンバーで越えたら、目立つしね」

「どうせついでだし。最近は静かだから回復アイテムの予備を作ってるんだけどね、また素材が足りなくなってて。スピノンの自由市も、いいものが手に入るんだ。ワステントの薬草市は月一しか開催されないけど、あっちは毎日だからね」

 商人以外の人も集まって来るから、お店になかなか出回らないような品物も並ぶ。向こう側の特有の薬草もあるだろうし、直接買い付けに行っているのね。


「私達は規則で国から出るときは一定の手続きをとらないといけないから、バルナバスを同行させる。もし魔物などが出て戦闘になっても、君達は戦うことはない」

「つまらぬことを言うものよ」

 ランヴァルトが気を使ってくれたのに、ベリアルには不満みたい。

 紹介された四十歳くらいの騎士は、軽く頭を下げる。

「以前は本当に助かりました。道中ご不便などありましたら、なんなりとご相談ください」

 そうだ、彼は以前ファイヤードレイクに襲われていた伝令だ。


 挨拶し終えたのを確認して、ランヴァルトがエクヴァルに頷いて説明を始める。

「ルフォントス皇国の者らしき人物は山脈を越えて来てはいないし、その傾向も見られない。スピノンに滞在している部下がいるから、バルナバスに仲介してもらって、あちらの様子を尋ねるといいでしょう」

「ありがとうございます。でもそんなに教えて頂いてしまって、いいんですか?」

「……イリヤ嬢、何の為に防衛都市を経由すると思ってるの。情報をリークしてもらえるからでしょ。峠越えで向こうの応援部隊にでも会ったら、目も当てられないよ」

 単純に、きっと向こうからはレナントに続くルートを通るはずだから、私達は北から行こうって意味だと思ってた。ランヴァルトは穏やかな笑顔。

「ここは防衛都市だからね、特に近辺の情報には敏感なんだよ」

 チェンカスラーと向こう側を繋ぐ主要な山越えルートは、こことレナント側の二つ。大抵どちらかを通る。この北側の方が山が低くて楽だよ。

 

「そっ。ちなみにロゼッタさんが襲われた場所って、警備の兵が監視している地点を過ぎた場所だったんだ。森に隠れて小さな宿舎を作ってあるから、知ってて避けたんだろーね」

 バラハがいつもの軽い調子で、紅茶を飲み干した。

「君にはとても助けられた。いつでも私達を頼ってほしい」

 机に両肘を乗せて、指を組んでいるランヴァルト。お兄ちゃんぽいよね。


 その日の内に防衛都市ザドル・トシェの馬車に同乗させてもらって、都市を発った。目的地は自由国家スピノン。スピノンやワステント共和国に買い出しに行ったり、使者を送ったりする時に使う馬車だ。乗り心地はなかなかいいよ。

 ワイバーンのキュイは目立つから、あとで山を越えて来てもらう。本当はお留守番でもいいんだけど、何かの時に来られる場所に居て欲しい。

 林を抜けて岩肌がむき出しの山道を馬車は進む。幅はわりと広い。この辺ではちょっとした犬型の魔物とかが出た。とはいえさすがに兵士なので、そのくらいは楽勝。順調に進んで、山の途中の村で一泊、山を越えてから野営。野宿が嫌いのベリアルは、夜になると勝手にどこかへ出掛けた。あまり聞かないでおこう。

 街道を進みながらもう二回町で泊まって、スピノンを目指す


 見通しの良い草原の道を走っていると、細い道を冒険者グループが歩いているのが見えた。その先はゆるい登り坂になっていて、小高い丘の上で何かが動いた。

「巨人?」

 討伐の依頼を受けていたのだろう。一人が弓を構えて、女性は魔法の詠唱を開始している。ランクもそれなりに高いみたいで、使用するのは中級の魔法だ。


「流氷の海を漂い、厳冬を割り泳げ。寄るべなき窓辺を叩き、戦慄わななく身を切る吹雪を、突き刺さる氷の息吹をもたらしたまえ! ブリザード!」


 冷気と氷がブレスのように襲う、中範囲の攻撃魔法。

「魔法の選択を間違っておるな」

 隣に座るベリアルが、足を組んで詰まらなそうに窓の外を眺めている。馬車の中だし広くないから、ちょっと邪魔なんだけど。

「遠くて解り辛いですが……アレは霜の巨人族ですかね」

「霜の巨人? そんな巨人が居るんですの?」

 向かい側に座っているロゼッタが、不思議そうにして窓へと顔を近づけた。隣に座るベルフェゴールが答える。

「巨人にもいろいろと種類がありますのよ。土属性のギガンテスやウルリクムミ、火属性の炎の巨人。フリームスルスと呼ばれるこの霜の巨人は、水属性です。水の魔法を唱えるのは、良策ではございませんわね」

「霜の巨神族が治める領地の、最北に住んでおる巨人よ。荒くれ者で問題を起こすのである」

 追加の説明をするベリアル。

 この馬車には私達だけ。エクヴァル達とセビリノは、別の馬車。六人乗りだから、別れることになった。さて、助けに行くべきか。

 予想通り魔法は大したダメージがなく、弓を腕に受けた巨人が棍棒を振り回して暴れている。ぶつかったらそれだけでも命が危ない。


「……これ、助けに行ってもいいんでしょうか」

 やっぱり気になる。

「私は出来るなら、助けて差し上げるべきだと思いますわ」

「お嬢様が見つかることを恐れていらっしゃるのでしたら、まだ神経質になるほどの危険があるとは思いません」

 ロゼッタとメイドのロイネは賛成してくれた。

「そなたがどうしたいか、であるな。安心せい、問題があればエクヴァルの奴が全て負うであろう」

 え、それ安心なの? 我に任せよ、とかでもなく?

「普段通りでございますわね」

 ベルフェゴールから見ても、私がいつもエクヴァルに迷惑をかけてる感じだったりする? 心外だなあと思っていると、馬車が止まって外から扉をノックされた。


「イリヤ嬢、行くんでしょ?」

「……いいかなあ?」

 私の反応が意外だったのか、エクヴァルが瞬きをする。

「むしろ、もう飛び出してるかもと思ったんだけど」

「ロゼッタさんもいるし、そんな真似はしませんよ!」

 私の反応に、皆が笑っている。おかしいな。笑うようなことは言ってないのに。

「広域攻撃魔法さえ使わないでくれれば、大丈夫だよ」

 アレは目立つもんね。馬車を降りると、やっぱりベリアルもついてくる。彼こそ一番に飛び出しそうなものなのに。巨人としては強い方だけど、どうもお気に召さなかったようだ。

 剣士が棍棒を振り切った巨人の腕に斬りつけるが、返してきたソレにぶつかり弾き飛ばされる。別の冒険者が矢を放ち、斧を持った男性は足に攻撃を入れた。

 私は火属性の中級の魔法を唱えることにした。


「円周に灯り、茜に燃えて螺旋を描け。回れ、捩子のように。大蛇となりて、這い寄りて締め上げたまえ。炎帝の拘束よ、熱く熱く、さいなむものとなれ! スピラル・シャルール」


 巨人の周りに炎の玉が生まれて、円周を描きながら丸く伸びる。そして徐々に狭まって行き、大きな体を炎の渦が締めた。

「ウワガアアァ!」

 熱に弱い霜の巨人の叫び声。冒険者たちは驚いて一瞬手を止めたが、声を掛け合って武器を構え直し、矢を番える。

 身動きが取れずにいる巨人の下からも炎が上がり、ボンと大きく爆ぜる。ベリアルだ。二つの火が燃える中に飛び込み、剣を大きく振り下ろす。

「さて、我の出番であるな!」

「ええ!? 危ない……」

 冒険者は心配してくれるけど、ベリアルにはこのくらいの炎なんて全く意味をなさない。真っ直ぐに斬り、痛みで暴れる巨人からいったん離れた。


 すかさず魔法使いが唱えたファイアーボールが飛んで行く。ボンと当たり、煙となって消えていく時に、ちょうど私達の炎も萎んで薄くなった。

「よし、いくぞ!!」

 待っていたとばかりに、剣を持った冒険者が声をあげて斬りかかり、跳んで巨人の腹に横一線の傷を残した。剣筋をなぞり、風が更なる刃となって襲い掛かる。魔法付与された武器だ。

 巨人はついに倒れ、とどめに戦斧を持った冒険者が首へと武器を叩き込んだ。巨人と言えども、倒れてしまえば攻撃しやすい。

 エクヴァルも後から来たけど、戦いの様子を観察しているだけだった。


「やあやあ、君達。ここら辺って、巨人が出るの?」

 辺りに視線を巡らせて、他にもいないか確かめている。この一体だけみたい。軽く問いかけるエクヴァルに、斧を持った冒険者が地面に武器を立てて、屈託のない笑みを浮かべた。

「助かったよ、ありがとう。こんな巨人は初めて見る。巨人と言えば火か土の属性だったから、水で攻めればいいだろうと思っていた。違ったんだね」

「水属性の巨人だそうだよ」

 弓を持った男性が、頷きながら戦斧の冒険者に近寄った。

「水か……。最近、今まで見たこともない魔物の討伐があるんだ。それも一体限り。誰かが召喚術の実験をして、手に余らせて離してしまっているのかも知れない。君達も気を付けて」

「ありがとう、そうなら早く諦めてくれるといいね」

「全くよ。貴方達にも怪我人が居たら、回復魔法を唱えるけど」

 魔法使いの女性が、今度は回復魔法を先程巨人の腕が当たった剣士に使っていた。

「お心遣いありがとうございます。私も回復魔法を覚えておりますので、ご心配には及びません」

 

 問題ないみたいだし、馬車へ戻った。バルナバスは私の近くにいてくれて、エクヴァルの反対側で守ってくれている。ランヴァルトから託されてるから、かな。

 馬車の中には、難しい顔で窓の外に顔を向けているベルフェゴール。

「……霜の巨人ならば、もっと気温の低い場所を好むはずです。このような場所に留まるなど、ありえないでしょう。召喚されたばかりと推測します」

「そうであろうな。アレは霜の巨神族の始祖ユミルも、扱いかねている者共である。人間の思い通りになるわけがないわ。他にも普段おらぬ魔物が出没すると言っておった。誰ぞ、召喚をして野放しにしておるのであろう」

 凶暴な巨人みたいね。大きな被害が出る前に、倒せて良かった。

「全く迷惑な話ですわね!」

 怒るロゼッタ。彼女はわりと共感しやすいタイプだよね。


 もうすぐ自由国家スピノンとの国境になる。

 まず最初の目的地だ。前にいちに参加させてもらったのとは、違う町へ行く。ここで防衛都市の人達も買い物をするんだって。お店を出すのは楽しかったけど、今回はダメだよねえ。色々な品物が集まるみたいだし、私も買い物をしようかな。

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