第180話 公爵邸で、地獄の侯爵一本勝負!
商業ギルドを出て、セビリノとエクヴァルと一緒に貴族の家が建ち並ぶ、高級住宅街を歩いていく。ここは門を潜っても、まだ馬車で移動しないとならないような家もある。柵の向こうに綺麗な庭が広がっていて、大きな邸宅が鎮座していた。門番が立っている家もあって、人通りは少ない。扉に紋章が刻まれた、豪華な馬車が脇を通り過ぎた。
「なんかエクヴァル、グローリア様に冷たかったね」
「……当たり前でしょ、私の目の前で宮廷魔導師を勧誘するんだから」
そっか、セビリノを欲しいって言ったんだっけ。でもセビリノの本を買って勉強してるのに、本人を弟子にしたいだなんて。気付かなかったみたいだね。
「師匠、ご安心を。私は他に師を仰ぐことなど致しません」
「いやそこは、他国に仕えないって言ってくれないかな?」
公爵邸までの道のりは、私の自称ライバル、グローリアの話をしていた。王都に住んでる人なのかな? レナントに帰っちゃえば会わなくて済むかもね。どっちにしても、アウグスト公爵の邸宅に乗り込んでくることはない筈だわ。
「勝負をして痛い目を見れば身の程が解ると思ったんだけど、どうも懲りない性分みたいだね、彼女」
エクヴァルには、あまり好きなタイプじゃないみたい。
「エクヴァル、お帰り……!」
公爵邸の門まで来たらリニが庭で待っていて、お出迎えしてくれた。相変わらずエクヴァル大好きで、走ると尻尾が揺れて可愛い。
「ただいま、リニ。変わった事はなかったかな?」
「うん。もう誰も周りにいないよ。あのね、ベリアル様……、さっき着いたよ」
あ、怖くて外に出ちゃったんだ。ロゼッタと契約したベルフェゴールに、ハンネスと契約している侯爵キメジェス、高位の悪魔が三人もだもんね。
「おい、ここにキメジェスが居るだろう」
ん? キメジェスの友達かな? 黒い髪で痩せた魔導師みたいな、背の高くない悪魔だ。
「はい、こちらに逗留されております。お取次ぎいたしましょうか?」
「いらねえ、入らせてもらう。用がある」
断るわけにはいかないんだけど、ベリアルも居るんだよねえ。相変わらず魔力を抑えているから、きっと王がいるとは気付いていないんだわ。
「あの……」
教えようと思ったんだけど、スタスタと中に入ってしまった。途中で止められそうになるから、大声でキメジェスの関係者だと告げてすんなり通させる。暴れられても困るし、どうせ止められないからね。
私達も後を追いかけた。
悪魔は玄関ホールでキョロキョロとして、声を張りあげた。
「キメジェース!! いるか、俺だ!」
「おいおい、他人の家で騒ぐな。ここの使用人はよく出来てる、言えばすぐに案内してくれるぞ」
呆れながら二階から姿を現すキメジェス。階段を下りるときに、金の縁取りのある黒いコートが、フワリと広がった。
「人間なんぞ当てになるか。ちょっと手を貸せ、用がある」
「……今はダメだ、明日にしろ」
明日になれば、私達はレナントに帰るから。今日は公爵邸に泊めてもらう予定だよ。本当は昨日到着したかったんだけど、遅れちゃったんだよね。
「じゃあ手下を貸せよ。いるんだろ」
……ああ、やっぱり誤解している。これ、力を抑えているベリアルの事だよね。誤認させる意地悪は趣味だから、やめさせられない……。
「ここにはいない! いいか、あのな」
「お前の方がいいんだが。ちょっとヤバくてな」
「ヤバいって、何かありましたか?」
思わず聞いてしまった。悪魔は特に気にした様子もなく、説明を始めた。
「ニジェストニアって国を知ってるか? 奴隷制度なんてもんがある国だ。俺はああいうのは好きじゃねえ。そこで喚ばれてな。なんでも、奴隷制度の擁護派が悪魔を召喚して、奴隷解放運動を潰すつもりらしいんだ」
「……また乱暴な作戦に出たもんだな……」
キメジェスもため息をついてる。
大小はあれ、似たような事ってどこでも起こるのね、やっぱり。
「助けて欲しいっつうから、二つ返事で承諾したさ。こっちは内部がゴタゴタになりかけてて、猶予がなかったし」
「もめ事か。人間ってのは仕方ないな」
「擁護派の奴らに召喚されたのが、フォルネウスだったワケよ」
悪魔の名前を聞くと、キメジェスは困ったような複雑な表情をした。
「アイツはそういう工作が得意な奴だ。また面倒なのを召喚したなあ。そりゃ解ったが、今は本当に良くないんだ」
「来客があるのは解ってるって。挨拶くらいさせてもらう」
これはきっと、ベルフェゴールの事ね。
「だからと言って、外部の手を借りるのはルール違反じゃないかい?」
また悪魔。今度は紫の髪で片メガネをしていて、革靴を履いた紳士っぽい感じだ。膝丈のマントが、片側だけ胸の前まできて隠している。
「……フォルネウス。お前まで来たのか。だから明日にしろ、出直せよお前ら!」
わあ、侯爵三人のかけひきが始まるぞ!
最初に来た悪魔とフォルネウスは、どちらもキメジェスを味方に引き入れたいのね。この二人は仲が悪いのかな? 人間の世界で代理戦争って所かな。ニジェストニアも使われてるだけじゃないの。
二人は口々に誘いをかけるけど、キメジェスは頷かない。ていうかベリアルの反応が気になって、半分も聞いていないようだ。もめ事大好きベリアル君が来ちゃったら、この三人が巻き込まれる側になっちゃいそうだよね。
「キメジェス! どっちにつくかハッキリしろ!」
「そうだよキメジェス君、君の動向で勝敗が決まってしまうんだ」
「いやなあ……、勝手にやっててくれ。俺はニジェストニアだの、関わらないぞ」
キメジェスはニジェストニアというより、この二人の争いに関係したくないみたい。態度からして、三人とも侯爵だと思う。
「そうか解った、勝負だフォルネウス!」
「受けて立とう、サブナック。勝った方がキメジェス君の力を借りられる。負けた方は、もう一人の奴だ」
「よし!」
勝手なルールが決められているんだけど、勝負って何をするの!? 危険な事じゃないよね? キメジェスを見上げると放っておけと言いたげだから、破壊行為ではないようだ。
「いくぞ!」
「じゃんけんぽん! あっち向いてホイ!」
……勝負?
「アイツらはいつもカードだゲームだと、くだらん勝負をするんだ。今日はまた一段と、くだらない……」
「あっち向いてホイ! ホイホイホイ!!!」
くだらないけどすごく速い。高速あっち向いてホイだ。
勝者は!
「やったあああ! キメジェス君は私の陣営だ!」
「くうううぅ!!! 痛恨のミス……」
フォルネウス選手!
でも負けた方が王の力を借りるつもりなわけか。変な勝負になったな。
「ほう。では我はそなたに協力すれば良いのかね、サブナック。そなた、どのような了見で申しておるのだね?」
聞いてた……。本当に意地悪いんだから。
「はあ? お前は、ん、あれ……!??」
「ベリアル様、勘違いですから」
「「ベリアル様……!??」」
驚いて同じようなリアクションを取る、サブナックとフォルネウス。
「負けた方が我の力を借りるとは、ずいぶんと見くびってくれておるな!!」
「「申し訳ありませんでしたー!!!」」
土下座だ。地獄の侯爵による、綺麗なダブル土下座。
結局二人は国に戻って、召喚師に地獄へ帰させることになった。侯爵同士が戦うなと、なんとベリアルが正論で諭した。これは明日は天気が荒れるぞ。
「奴隷のような制度は、ルシフェル殿が嫌うのだよ。この我が侯爵と結託してその争いの片棒を担いだとなると、どのような嫌がらせをされるか解ったものではないわ」
なるほど、ルシフェルが怖いのね。今はちょうどベルフェゴールが居るから、しっかり報告されちゃうね。どっちに味方しようが、奴隷解放運動にかこつけて戦争ごっこをしてたとか、そんな言い方をされちゃうんじゃないだろうか。
「騒がしい方達でございましたわ」
「ベリアル殿って、すごいのね……」
渋い顔のベルフェゴールと、ビックリして感心したようなロゼッタ。彼女はまだ王だって知らないんだっけ。
「そうですわね、騒動の元締めのような御方です」
「おかしな評価を下すでないわ!!」
そんなに間違ってないと思うんだけどな。
リニは怖がって、ずっとエクヴァルの後ろにひっついていた。セビリノは地獄の侯爵の行動を興味深く見守っていたけど、アレが普通って訳じゃないと思う。
さあ静かになったし、ちょっとゆっくりさせてもらおうかな。公爵邸には広いお風呂があるのが、いいよね。また入らせてもらおう。
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