第179話 ライバル登場!?
予定よりだいぶ遅くなったので、結局途中で一泊して王都へ戻った。
まずはアンニカの所を訪ねてみよう!
お店は開いていて、お客さんが一人二人と入って行く。うんうん、イイカンジ……、あれ? 女性客はシェミハザから薬を受け取り、頬を赤らめている。なんと、営業効果まで!
短い黒い髪に紫の瞳の彼は、薄汚れた如何にも旅装束という格好をしていたんだけど、今は買ったばかりの綺麗な白いシャツにベストを着て、磨かれた革靴を履いている。こざっぱりした衣服だと、清廉な紳士だ!
「ありがとう」
なんと、扉を開けてあげることまで。女性客はとても嬉しそうに帰って行く。ウキウキと私の横を通り過ぎた。
「……ん? 君達は……」
「お久しぶりにございます」
扉を閉めようとして、こちらに気付いてくれた。
「やはりベリアルの契約者か! あいつはどうした?」
「配下の方と飲んでおりまして、王都で落ち合う約束です」
「ははは、相変わらずだ。アンニカ、イリヤ達が来たぞ」
シェミハザが店内に声をかけると、すぐにベージュよりの落ち着いたピンクの髪をしたアンニカが顔を出した。ポケットが四つもついた、白い作業用のエプロンをしている。
「イリヤ先生、セビリノ先輩、それからエクヴァルさん! いらっしゃいませ」
店内に並んでいるのは、アンニカが作ったポーションや薬など。今は上級ポーションを作る練習をしている所。まだ中級までしか並んでいないんだけど、前よりもお客さんが増えたと喜んでいる。
「先生のおかげです! シェミハザさんとも契約できて、とても勉強になるし助かっています」
「アンニカはこう見えて努力家だからな」
ふわふわ可愛い感じの女の子だけど、欲しい本の為に離れた都市まで冒険者を雇って出掛けるくらい、真面目だものね。
「たのもーー!!」
和やかな雰囲気を破る、女性の声。ここは道場じゃないんだけどな…??
「はい、なんでしょう?」
アンニカが普通に対応する。扉の前には仁王立ちで立つ、金の巻き毛のお嬢さん。私よりも年下だと思う、二十歳前後に見える。十代かな? 後ろではメイドが慌てていて、護衛らしき男性がやっちまったよと言わんばかりに、手で顔を覆っている。
「私はグローリア・ガレッティ。男爵家の娘で、このチェンカスラーで一番の女性アイテム職人よ。最近アンニカって子が実力をつけているって商業ギルドで聞いたから、この私が直々に腕前を確認に来てあげたわ!」
「アンニカはあたしですけど……」
職人なのね。きっと領地がなくて、収入がない男爵家ね。お金がある貴族の女性って、習い事の他はお茶会と舞踏会ばかりしている印象だわ。シンプルなデザインの赤いドレスでやって来たグローリアは、店内に入ってポーションを眺める。
「……上級のポーションは?」
「まだ、作る練習中です」
申し訳なさそうに答えるアンニカに、グローリアはわざとらしく盛大にため息を吐いた。
「はあああ~! せっかくこんな庶民の店まで足を運んだのに、無駄だったわね!」
「お嬢様! 失礼ですよ」
メイドが窘めている。これにはシェミハザも苦笑いだ。
「私は最近、完成させたわ! なんと言っても、アーレンス様の“上級ポーションの基本的な作り方”を入手いたしましたもの。貴族ですからね」
「いえ、あの御本は抽選ですよ。男爵だろうが関係ないです、確率をあげたいからと私達まで申し込みさせたじゃないですか。数の勝利です。尤も、公爵様なら別でしょうが」
彼女より少し年上の護衛から、笑顔でツッコミが入る。
「黙らっしゃい! いつも一言多いんだから。まあとにかく、勝負するまでもなかったわ。私の勝ちね。……で、あなたは何?」
奥の部屋から覗いていた私に、矛先が向いた。
「あたしの、先生です」
「先生? 貴方、王都で人気の職人のお弟子さんではなくて? そのコネで前回の魔法会議に参加できたんでしょ、私も行きたかったのに」
そうなのね。魔法会議は彼女も希望したけど、参加できなかったんだ。
……貴族のコネはどうしたんだろう。
「その、独り立ちしたんですけど実力不足で。イリヤ先生にご指導頂いてます」
「はは~ん、なるほど。身の程を知ってるわけね。ではイリヤ先生! 勝負よ!」
え? 勝負? アイテム職人の勝負って、何をするの?
「……お嬢、こういう場合は先生をつけると様になりませんよ」
「うるっさいわね、ラウル! ツッコミ禁止よ!」
「ご紹介に預かりましたので、私、ラウルから説明します。お嬢はつい最近上級ポーションを作れるようになり、誰かに自慢したいんです。特に女性職人。女性ナンバーワン職人になりたいんです。もしイリヤさん、貴女が上級ポーションを作れるのでしたら、一緒に商業ギルドへ行って品質を比べさせて頂けませんか?」
紹介じゃなかったと思うんだけど、まあいいや。女性ナンバーワン職人になりたい。うん、夢が大きくていいね。
「丁寧なご説明、ありがとうございます。上級ポーションは作製し、所持しております。私で宜しければ、商業ギルドまでお供させて頂きます」
「こ、こちらこそご丁寧に。お嬢様よりお嬢様みたいです……」
私がお辞儀をすると、メイドも頭を下げてくれた。
「ちょっと調子が狂うけど、勝負を受けるのね! 行きますわよ!」
「……どうせなら女性らしさナンバーワンとか、競ってほしいんですけどね」
護衛のラウルが呟くと、グローリアの肘が彼の脇腹に炸裂した。
一緒に移動する為に、部屋からエクヴァルとセビリノも出て来た。入口で騒いでたのよね。営業妨害だったな、ギルドに行って正解ね。
「あの、先生……」
「大丈夫よ。後は任せておいて、お仕事してね」
「おかしなことに巻き込んですまない」
シェミハザとアンニカに別れを告げ、グローリアに案内されて商業ギルドへ向かう。王都のは初めてだわ。確か、お城に続く大通りにある、大きな建物よね。
「……ねえ、イリヤ先生。あの二人の男性は、なんなのかしら?」
「紺の髪のエクヴァルは護衛で、短い暗い薄紫色の彼は」
「イリヤ様の一番弟子の、セビリノという。よろしく」
紹介する前に、彼は自分から名乗った。
「なるほど、アンニカ以外にも弟子が居るのね。それにしても物静かで真面目そうな、いい弟子ね。私が勝ったら、彼を頂きますわ!」
「は? いえ、彼は物ではありませんから」
「決めたわ! 絶対貰う、いい助手になりそうですもの!」
勝手に決めて、喜んでいるんだけど!
「気にする事ないでしょ、君が負けるわけがない」
最近やっと作れるようになったみたいだし、エクヴァルが言うように負けるとは思わないんだけど。なんだか釈然としないなあ。
「申し訳ありません、気になさらないで下さい。もしもの時は、お父様である男爵様に、叱って頂きます」
メイドが謝る係り、護衛がツッコミ担当になっているのね。
「師匠が負ける事など、天地がひっくり返っても、フェニックスの火が消えても、ありえないでしょう。何も心配されることはございません」
セビリノのキラキラした目。彼は少年の心を忘れていなかった。私を悪人を倒すヒーローみたいな目で見ないでほしい。
商業ギルドは立派な建物で、入口が広くて目の前にカウンターが四つもある。隣のサロンスペースは喫茶店になっていた。奥には個室も用意されていて、商談にもってこいだね。職人と打ち合わせしている人もいる。レナントのギルドに入る人に比べて、宝飾品を身に付けたり、お金ありますよという感じの人も多いな。
「これはいらっしゃいませ、ガレッティ様!」
どこからともなく中年男性がやって来た。彼女の素性を知っているようで、腰を低くしてわざとらしいほどの笑顔だ。
「まあ、確かギルド長補佐だったわね。私、上級ポーションを作製しましたのよ。品質を検査して頂きたいの」
「上級を! それは素晴らしい、すぐに確かめさせて頂きます」
男性は受付にいた人にポーションを受け取らせて、すぐに品質検査に回した。
「それと、この方のも。どちらが優れているか、勝負しますわ!」
「こちらの女性も、上級ポーションを作られたので? ガレッティ様に敵うとは思いませんが、定期的に検査を受けるのは、品質の保持の為にも良い事です」
「……よろしくお願い致します」
ついでと言わんばかりに、私も分も受け取って奥の部屋へ入って行く。さて、あとは待つだけ。品質で負けるとは思わないけど、ドキドキするね。
「ガレッティ様、結果はすぐにお知らせいたします。喫茶室でお待ちください、お飲み物をお持ちしますね」
「ありがとう、よろしくね」
うわあ、露骨な贔屓だね!
すぐに個室に案内してくれた。私達も一緒に同じテーブルに着く。六人掛けなので、三人ずつでちょうどいい。って、護衛とメイドも一緒に座ってるわ。貴族なのに珍しいなあ。
入り口側には、エクヴァルとラウルというグローリアの護衛が浅く腰かけている。
「ギルドの人達は顔見知りですけど、不正はしませんのよ。ご安心あれ!」
ふふんと、もう勝ったつもりでいるのかな。自信満々だ。
運ばれてきた紅茶が目の前に置かれる。芸術品みたいな綺麗な水色のカップで、透き通った琥珀色の紅茶からはフルーツのいい香りがした。
「弟子の男性はセビリノって言ったわね。勝負はともかく、いつでも私の屋敷に来ていいのよ! 作業室もちゃんとあるわ」
「失礼ながら、私は師の一番弟子であることを誇りに思っている。如何なる勧誘も受けん」
「うん! 合格!」
取りつく島もないようなセビリノなのに、グローリアってめげない子ね……。
呆れていると、トントンとノックがされた。
「ガレッティ様、ポーションの鑑定結果が出たのですが……」
先ほどの男性が二つのポーションを持って来た。神妙な面持ちだ。
「どうだった? 規定をクリアした、ちゃんとした上級ポーションだったでしょ!」
「は、もちろんガレッティ様の品は確かな上級ポーションでした。それよりも……」
「も?」
顔がこちらを向いた。心なしか興奮してないかな。
「こちらの女性から渡された品は、今まで鑑定したどの上級ポーションよりも効果が高いものでした。彼女はどのような方で!?」
「あっははは! 彼女は、アウグスト公爵の庇護を受けている、魔導師ですよ。ちょっと腕がいいくらいの職人では、眼中にも入らんでしょう」
エクヴァルが大声で笑っている。
「全くです。しかし我が師に勝負を挑む気概、認めよう」
二人ともガタガタと立ち上がった。紅茶は飲み終わっていないけど、もうここを出るみたい。ええ~、折角だしスイーツ食べたいのに。
「行こうかイリヤ嬢、ベリアル殿が先に公爵邸に着いているかもよ」
わ。手を出してくれて、なんだかエスコートされてるよ。こういう時の動きは、さすがに貴族だね。洗練されているわ。
「公爵閣下の庇護まで……。なるほど、イリヤ先生と言われるだけあるわ!」
「は、はあ。ありがとうございます??」
グローリアは自分のポーションを握り締めて、わなわなと震えている。
返された私のポーションは、セビリノが受け取ってくれた。
「私のライバルに認めてあげる! また勝負するわよ、イリヤ先生!」
宣戦布告とばかりに、ビシッとこちらに向けられた人差し指。
「お嬢~、だから先生と言ったら、ライバルじゃなくて生徒ですよ。それにチェンカスラーのナンバーワン女性職人は、エーディット・ペイルマン様でしょう」
「ペイルマン様は別枠よ! 私のライバルは、イリヤ先生で決まり!」
ラウルの言葉も聞かず、なんだか燃えているグローリア。
ライバルが出来たの、私?
確かに面倒なことになりそうだし、ここは早く出た方が良さそうだね。
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