第5話 商人の知り合いができました

 商業ギルドにはもう一つ用事がある。

 それは先ほどのダークウルフの牙と毛皮を売る事だ。


 私は利用できないが、ギルド会員のアレシアならば可能だ。誰でも売れる冒険者ギルドはよく待たされるらしいが、ここはすいていることが多いという。しかも冒険者ギルドよりも値段が高くなる事があるらしい。個人間での取引もあるが、慣れていない私達にはよく解らないので、安心なギルドにお願いすることにした。


 サロンのようになっている部屋の奥に、買い取りカウンターが設けられていた。サロンに幾つも置かれたテーブルには何組かが座って話をしており、無料で自由に飲める水とお茶のポットが用意されている。商人同士の交流や、情報交換に使うための場所らしい。

 アレシアはカバンから白くて長方形の会員証を取り出し、受け付けカウンターに居る男性職員に提示した。


「すみません、素材を売りたいんですけど……」

「はい、アレシア様ですね。ではこちらに出して頂けますか」

 男性はアレシアの会員証を手に取って確認し、カウンター脇の敷布の上に手を向けた。

「は、はい。コレです」

 持ってきた布袋から牙と毛皮を出す。

 売るのは初めてなんで緊張しますと、私にこっそり囁くアレシア。


「これは、ダークウルフですね。……失礼ですが、アレシアさんが?」

 明らかについさっき魔物を倒して獲得しましたという素材に、男性が驚きの表情で素材とアレシアを見比べる。アレシアは両手を振って違いますと慌てて否定した。

 この素材は倒した分のダークウルフを、アレシアが解体してくれたもの。解体は私にはできない。アレシア達の村では、自分たちで狩りの獲物の解体をするから、そのお手伝いをしていたアレシアにもそれなりに出来るらしい。私はそういうお手伝いをした事はなかったな。


「いえ、こちらのイリヤさんが倒したんです。魔物に襲われそうになった、危ない所を助けてもらいました」

 紹介された私は、一歩前に進んで両手の指先をお臍の下で軽く重ねて、お辞儀をした。

「イリヤと申します」

 この場合はどう挨拶したらいいのだろう…?


 とりあえず名乗るだけにしておく。実際退けたのはベリアルだが、この場にはいない。勿論、私一人でもあのくらいならば問題はないけど、姉妹に怪我をさせずに済んだのは彼のおかげだ。

「は、初めまして。ギルド職員のジムです。貴方は魔法使いの方で……?」

 男性は頭を掻くように右手を上げ、私に合わせてなのか礼をしてから質問を続けた。

「……そうですね、魔法使いと考えて頂いて差し支えないでしょう。これからこのレナントで、魔法薬や護符などを作成したいと思っております」

「なるほど、あ、え~……、痛み入ります」

 ちょっと言葉がおかしくないですかね。魔法使い相手って緊張するのかな? 普段が商人相手だから、珍しいとか?


 とりえあずどこか挙動不審になりつつある男性に査定を任せて、近くにあるテーブルに二人で陣取った。

 アレシアは笑いをこらえているような様子だ。彼女から見ても、ジムという職員はおかしな反応だったらしい。

「高く売れるといいですね、宿代も欲しいですし。これはどのような割合にすればいいんですか?」

「イリヤさんが倒したんですから、イリヤさんのですよ。……毛皮を剥ぐのを手伝った分、少しもらえると嬉しいんですけど……」


 なんて謙虚な子だろう! 宮廷魔導師の連中だったら、何もしなくても「私の采配が良かった」とか、「私が任せたから結果が出た」とか、意味不明な功績を主張するのに!

 とりあえず半分ずつにしようと提案してみた。彼女は少し恐縮しているが、こちらもだいぶお世話になっているし、この先も色々と教えてもらいたいので、ここは受け取ってもらいたい。


 二人で譲りあっていると、中年くらいの中肉中背な男性が話し掛けてきた。

「なあお姉ちゃん、魔法薬作るんだって? 中級ポーションなんて持ってないかい、五個くらい欲しいんだが……」

 魔力のこめられたブレスレットが、ジャケットの袖からチラリと覗く。

「……所持していますが、ギルドの認定は頂いておりませんよ」

「本当か!? それはこちらで登録しとくから、売ってもらえないか!? 上級ポーションなんて欲しがられたんだが手に入らなくてな。中級でもまあいいだろって事になったんだ、助かるよ。下級ポーションしか在庫がないんだ」


 品物も確かめない内から安堵した表情をするところを見ると、本当によほどポーションが品薄なんだと思われる。

「……上級を注文されているのに中級なのですか? なぜ上級をお求めにならないのです?」

 私は疑問に思ったことをそのまま聞いてみた。

 相手は苦笑いをして頬を指で掻く。

「そりゃあ上級があればいいが、そう簡単には手に入らない。熟練の魔法アイテム職人じゃあるまいし……」


「十個なら上級も中級もありますよ。お譲り出来るのは八個までとさせて頂きます、私が使う可能性もありますので。まだこの国で作成していないので、このポーションに限っては今回限りとなるでしょう」

 私は腰に下げていたアイテムボックスから、上級と中級のポーション合わせて二十本を取り出してテーブルの上に置いた。上級はピンク、中級は水色の瓶に入っている。

 アイテムボックスとは、宮廷魔導士見習いに支給されていた、異空間にアイテムを保存することによって見た目以上の容量と劣化防止効果がある便利なカバンだ。


「「上級!?」」

 アレシアまで一緒に驚いている。そういえばポーションやアイテムを作るとは言ったけど、具体的な話はしていなかった。浮かれて打ち合わせが出来ていないとか、ちょっと反省する。

「こ、これを売ってもらえるか!? てか、これは今回限りってどういう事だ!?」

「イリヤさん、上級まで作れるんですか!? え、すごい! すごいんですけど!」

 興奮した二人に詰め寄られて、私は言葉に詰まってしまった。どうもこういう時の対応は上手くない……

 とりあえず一つずつ説明していくしかない。


「ええ……と、まず販売は出来ます。どちらも八個限りとさせて頂きますが。今回限りという理由は、これは私がエグドアルム王国で作成した品ですので、同じ材料が揃えられない為、効能が変わると思われるからです。そして、上級ポーションまでは問題なく作成できます。ある程度の研究はしておりますので、こちらで採取できる材料で差し支えないと思います」

 ……答えた! さあ、次の質問どうぞ!


 また矢継ぎ早に来るかと思ったけれど、二人とも落ち着いたのか、回答を聞いて少しの間沈黙した。

「……えと、いやイキナリすまない、まさかこんな若い嬢ちゃんが上級を作れるとは思わなくてな。それにしてもエグドアルムと言えば、魔法大国の? しかもずっと北にある」

 まあそこは不審に思っても仕方ないところだ。私のようにワイバーンで障害物のない海を飛んできても、かなりの時間が掛かった。陸路を行くとなれば、何日かかるか解ったものではない。国交もないし、行き来する者などいないだろう。


「……何と言いますか、たちの悪い男に目を付けられたので逃げてきたと言いますか……。近隣の国ではまだ不安だったんです。研究所のような所に勤務していたので、ポーションや魔法薬、アイテムの作成は得意としています」

 これもベリアル様設定だ。世間知らずの私では上手い言い訳が思いつかないのだ。念のため、宮廷魔導師見習いという事は、しばらく秘密にしておく事にした。

 大変だったな…と、同情されてしまった。

 しかしこの言い訳は、それ以上追及し辛いという点でとても便利。研究所というのも世間知らずな印象に合うし、詳しくは話せないで済ませそうなところが良いと思う。

 

 その後ポーションの効果を確認した商人の男性は、出来がいいと喜び、しっかり八本ずつ買い取ってくれた。そして名刺を差し出してきて、クレマン・ビナールと言う名で、主な商品は武器や防具だが、特に冒険者が必要な魔法アイテム全般を扱っている事を教えてくれた。ビナール商会はこの街の冒険者の間で有名らしい。


 素材もしっかり売る事が出来て、幸先良いスタートと言えよう。宿賃の心配はしばらく必要ない。

 清々しい気分で商業ギルドを後にした。

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