第92話 ギルド長の依頼4 事業終了!

 本日は魔法アイテム作製を見学させてもらえる日!

 商業ギルドが運営する魔法アイテム工房へ、皆と馬車で向かった。このモルトバイシスという都市では、ギルドが主体になって魔法回復アイテムを作っているらしい。これは確かに輸出するほど作れるようになりそう。

 規模の大きな工房で、入口に受付がある。案内人が受付の脇で私達を待っていて、お辞儀をして迎えてくれた。簡単に施設の説明を受けてから、彼に付いて歩いて行く。

 悪魔クローセルと、彼の契約者クリスティンも一緒にいる。あともう一人、昨日も参加していた、ノルサーヌス帝国の魔法使いらしき男性。

 この工房は作業員と国の機関の人間と、事前に許可された人しか入れないらしい。受付を抜けると廊下が二本に分かれていて、左側の広い通路に進んだ。監督官が歩くのと、今回みたいに視察や見学の為、作業場が覗けるようになっている。 


 ちょうどポーションを作っている最中だった。上級ポーションは作製に三時間かかるが、工程としては半分くらいこなしてるかな。

「現在十人で上級ポーションを作っています。全体の成功率は八割近くを誇ります」

 案内の男性が笑顔で説明するんだけど。

「八割……」

 チェンカスラーから同行している王都のアイテム職人、アンニカの呟きに私は頷いた。

「そうなのね。何故かしら、低いわね……」

「……え?」

 こちらもチェンカスラーの王宮魔法使い、エーディット・ペイルマン。

「そうであろうの。イリヤは流石に失敗はないな?」

「はい、クローセル先生。上級ポーションで失敗するようでは、魔法アイテム技師とは名乗れません」

 ここにいる全員が、私達を凝視する。もしかして、アンニカはもっと失敗するんだろうか?

「……イリヤ嬢。上級ポーションで八割成功って、宮廷でもなければ成功率は高い方だよ」

「クリスティン様は如何いかがですか? クローセル先生に教わっているんですよね?」

「わ、私はアイテムは作らないから」

 口ごもる。これは、クローセルから作るように言われているな。

 

「イリヤよ、原因はどこにあると考えるかの?」

 クローセルのテストが始まったぞ。これは私が、きちんと勉強を続けているか試しているな。あんまり答え過ぎるとエクヴァルに怒られるかも知れないけど、ここは譲れないわ。

 口止めされたのは四大回復アイテムだけだし、いいよね!

「これだけの人数で毎日作業するならば、まずは室内の浄化をしっかりとすることから始めるべきですね。あとは……、そうですね。薬草の分量や状態などは見ていないので何とも言えませんが、製作の工程は宜しいかと存じます。他の方の魔力が影響してしまっているのでは?」

 魔力を籠める作業を続ける作業員。これだと効果もギリギリ上級と呼べるか、くらいだろうなあ。


「……そう仰るのなら、浄化の魔法を披露して頂けませんか? どの程度違うものか、確認したいのです」

 私がもちろんと快諾すると、案内の人が今の時間は使っていない別の作製室へ通してくれた。

 こちらはマナポーションを作る部屋で、今日の作業は午後から。ポーションよりも魔力を使うので、一回毎の間隔を空けて、無理し過ぎないようにしているとのこと。部屋の大きさは先ほどと同じ。

 部屋に私だけが入り、他の人は廊下から見守っている。家では地下工房で作製するようになっていたし、ちょっと変な感じだわ。ここの人達はこの環境で作業をするのね。


「邪なるものよ、去れ。あまねく恩寵の内に。あらゆる霧は晴れ、全ての祈りは届けられる。静謐せいひつを清廉なる大気で満たせ」


 範囲を決定し、部屋の隅から隅まで浄化するようにイメージ。

 そして頭の中に五芒星ペンタゴラムを強く思い浮かべ、思考で線を引いていく。

 すると壁に沿って床を光が走り、脳裏で描いたままの図形が中央に映し出されて金色に光る。


「安らぐための寝床を、星明かりの止まり木を、満月を捕らえる水を与えたまえ。ピュリフィケイション!」


 追加詠唱も含めて唱えると、部屋を金の光が満たした。チラチラと粉のように舞い、ふわりと空気に溶けて消えていく。

 かなり完璧にやったつもり。

「き、きれい。これが、ただの浄化の魔法なの?」

 アンニカがほう、とため息をつく。

「範囲指定がなんとも明確な……。それに後半の、あの詠唱は何だ?」

 私に浄化の魔法を使うよう促した男性が、窓に手をついて作業部屋を見回した。とりあえず静かに扉を開けて顔を出す。

「これでどうでしょう?」

「うむうむ。合格だ、イリヤ!」

「ありがとうございます、クローセル先生!」

 両手を合わせて喜んだが、今回は大人しくするよう注意されていたことを不意に思い出した。エクヴァルの様子をちらりと盗み見ると、彼は珍しく少し呆然としていた。


「エクヴァル、これは平気だよね?」

「……ああ、うん。あまりに美しい浄化で、目を奪われたよ」

 にこりと笑う。私は光属性が得意なので、浄化も普通に使っても通常より効果が高い。

「小僧、安心せい。この私がいて閣下の契約者が不利益をこうむるような真似など、させるわけがないわい」

 クローセルは夕べのうちにベリアルから事情を知らされているみたい。そうでなくとも鋭いから、ある程度は聞くまでもなく理解していそうだ。


「この、浄化の後半の詠唱を教えてください! 代金はお支払いします!!」

 男性が私に迫ってくると、アンニカとエーディットも一緒になって頷いている。浄化の重要性を認識している人はわりと少なくて、わざわざ研究ってあまりされないんだよね。使えれば問題ないだろう、くらいで。

 さすがに効果の違いをの当たりにして、必要性を感じてもらえた。嬉しいわ。

「もちろん説明させて頂きます。交流事業の一環でしょう、代金は必要ございません。かわりに施設の方ともお話しさせてくださいね」

 そう答えると三人は教えてもらえると喜んで、会議室へと移動した。そこで浄化の追加詠唱や、効果範囲の明確な指定のやり方について説明する。効果範囲の指定は視覚化ビジュアライゼーションの一部なので、視覚化がイマイチなんだろう。


 視覚化ビジュアライゼーションとは、目の前にあたかもあるように明確な想像をして、思考と現実をリンクさせること。つまり、脳の中で思い描いた映像が、目を開けても見えるくらいハッキリ自分の中で映させること。

 浄化魔法は初歩の魔法の中で、視覚化の効果を確認しやすい魔法。しっかりとした視覚化ができていれば、床に光で五芒星ペンタゴラムを描ける。効果範囲も明確に認識し、指定することによって、周囲に魔法が漏れることなく使える。

 もちろん、魔法の種類によっては範囲指定をこえて作用する物もある。主に熱や寒さ、爆発など。攻撃魔法に多いかな。


 それにしても色々指導してくれたクローセルの目前でやるなんて、緊張した。時折ベリアルと小声で喋っていたけど、内容までは聞き取れなかった。気になる……。

 エクヴァルは普通に生徒みたいにしていた。メモまでしていたし、彼も浄化を使うのかな? 他の人も追加詠唱だけじゃなく説明まで書き止めてくれていて、魔法使いの男性も興味深げに私の話に耳を傾けていた。


 今日は魔法会議らしくなって良かったな。そんな私にクローセルの契約者であるクリスティンが寄って来て、小声で囁く。

「イリヤさん、喜んでるところ悪いけど、これ魔法会議じゃなくて授業だよ。一方的に教えてるじゃないですか。授業料、後で用意させますから」

 ……あっ。

 また喋り過ぎた。魔法の説明なんかを始めると、途切れなくなるのが私の悪い癖。

 セビリノはいつも質問や意見をまじえながらも、最後まで楽しんでくれていたから、つい際限がなくなる。

 もしかして、アレも授業だと思われていたんだろうか!?


 この後は作業員とも会話させてもらい、交流を兼ねた晩さん会に移行。護衛をしてくれた人達も隣のテーブルで、慰労を兼ねて同じ食事をしている。

 広い部屋を貸し切って、フルコースの料理が振る舞われる。なかなか豪勢。

「お皿まで高価そう……! こんな素敵なお食事は初めてです。緊張しますね……」

 アンニカがスープを目の前にキョロキョロしていた。そっか、町で生活している普通のアイテム職人だから、こういう席は慣れてないのね。

「このスプーンを使うんですよ」

 こっそりと教えてあげると、少し頬を赤くして頷いた。

「ありがとうございます。恥ずかしくて、自分からは聞けなくて……」

「イリヤさんは公爵様に作法を学んだんだったわね。大丈夫よアンニカさん、私達を真似すればいいのよ」

 王宮魔導師のエーディットがウィンクをする。エクヴァルが、来る時にそんな風に説明してたっけ。


 向かいの席に座るのは、クローセルの契約者クリスティン。

「いいなあ、楽しそう……。私もチェンカスラーに行きたいわ」

「まあ、是非いらしてくださいませ。クローセル様もご一緒に! 今度は私共がおもてなし致します」

「ベリアル殿もクローセル先生がいらっしゃると、楽しそうですからね。こちらにいらしたら、ぜひまた皆でお会いしましょう」

 エーディットもクリスティンも、そしてアンニカも嬉しそうに頷く。私もまた皆と会いたいな。

 晩さん会は思ったより堅苦しいものじゃなくて、料理も堪能できた。私には授業お礼にと、特別なデザート付きだった。お腹いっぱいでも、デザートは食べられるのが不思議だよね。

 レンダールは上品そうな見た目通りに、ぎこちない部分がありながらもそつなくこなしている。ノルディンまでマナーがちゃんとしていてビックリしたわ。本当に冒険者ギルドでマナー講習を受けているのね。

 エクヴァルは言わずもがな、ね。周りの人がDランクなのに、と不思議そうにしていた。

 次の日の午前中にギルド長が商店で何か相談をして、それで今回の予定は終わり。



 帰り道もスムーズに行く、私には珍しい旅だった気がする。

 よくハプニングがついてきていたから。

 帰りは先に王都へ寄って、エーディットとアンニカが馬車を降りた。ノルディンとレンダールも王都に用があるようで、ここでお別れ。彼らはしばらくチェンカスラー王国にいるらしい。また尋ねると言ってくれた。

 本来ならここで別の護衛を雇う予定だったらしい。ただこの先はそこまで危険はないから、ギルドの護衛と私達だけで行くことにした。

 アンニカの王都にある工房兼住宅を教えてもらったので、またいつでも会いに行ける。エーディットは基本的に王宮にいるみたいだけど、レナントに来るときは寄ると約束してくれた。


 皆と別れて、久々の我が家! いつもは飛行魔法だから、遠くへ行ってもこんなに家を空けたことはなかったわ。やっぱり落ち着く。

 玄関に入るとエクヴァルの使い魔リニが出迎えてくれて、猫から女の子の姿に変わった。

「ただいま、リニ。何もなかったかい?」

 エクヴァルがお土産の小袋を渡しながら問い掛けると、リニはすぐに受け取って袋の中身を覗いた。お菓子が何種類か入っている。

「うん……、ただ、男の人がアイテム職人さんのおうちですかって、ノックしてた。それだけ」

「……男の人?」

 エクヴァルの視線が鋭くなる。 

「すぐ帰って、その後は誰も来なかった。近くにも……、誰もいないよ」

「お客さんだったのかしら。明日、アレシア達の露店で尋ねてみるわ」

 わざわざ家まで、注文だろうか。何日も空けたから、待ちきれなかったとか?


「そう……だね。ついて行くよ」

「平気よ。おかしいと感じたらすぐに帰って来るし、人が多い道しか通らないようにするね」

「そなたはただでさえ不用心な上に、何にでも首を突っ込むではないかね。送らせれば良かろう」

 ベリアルにまで言われてしまった。家を見張られている風でもないんだし、一度だけみたいだもの、単にお客じゃないのかな?

 帰って来る時も、誰かが監視しているとかはなかったようだし。

 もしかして大量注文とか?

 とりあえず、明日にしよう。まだ明るいけど疲れたし、また明日。

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