第93話 招かれざる客

 昨日エクヴァルの使い魔であるリニから、留守の間に私の家を訪ねて来た男性がいると知らされた。なのでアレシアとキアラの露店で、家を教えたか聞いてみた。

 エクヴァルは私に待っててと言っていたんだけど、ノルサーヌス帝国で聞いた軍事国家トランチネルの様子を夕べ報告してあって、まだ国とやり取りをするみたいだから先に来てしまった。


「ひょろっとした男の人が来て、ポーションをたくさん買えないかって聞きに来ましたよ。それで、見本に一つ買ってくれて。どこかの町の備品の仕入れみたいでした。教えちゃマズかったでしょか……」

 アレシアがしまった、という表情をした。

 自宅兼工房を持つ職人は、家に客を招いて商談をしたり、大量注文ともなれば取りに来てもらうこともある。特に私のように契約している悪魔がいるなど、護衛的な戦力を保持するならば危険は少ないから、教えるのが普通くらいかな。

「なんだ、そうだったの。問題ないわ、ありがとう」

「あ、あの人です!」

 話をしていると、ちょうど今の話の人物が来たようだ。私の家を訪ねたのも彼で、直接交渉しようとしたけれど留守だったので、また露店に様子を見に来たらしい。


「じゃあ、ちょっと一緒に来てもらえますか? 馬車が置いてあるところに、買い付けに来た友人もいるんですよ」

 ニコニコして話す男性に連れ立って歩いた。馬車は町外れにあるらしいんだけど、あまり人気ひとけのない東門と南門の間くらいの場所に向かって進んでいる。てっきり泊まっている宿の近くかと思った。

 不意に後ろから誰かが走ってくるのが解って振り向くと、ぶつかられてよろけてしまう。その時、腰の辺りを引っ張られる感覚があり、それが不意に消えた。

 アイテムボックスを盗まれたんだ!

 走り去る男がナイフを持っていて、ベルト部分を切り裂いて奪って行ったのが見えた。まさか、狙われていた……?

「ど、泥棒……! 待って!!!」

 叫ぼうとして、声が詰まる。

 その男が向かった先に立っているのは、ここにいる筈のない、捕らえられ軟禁されていると言われていた老年の男。


 豪華なローブに、白い短いひげ。短いグレーの髪と瞳。間違えない、なぜ……

 エグドアルムの魔導師長が……!


「これでいいのか?」

「ご苦労だった。久しぶりだな、下民の女!! お前のせいで、この私が捕らえられる羽目になった……!」

 奪って行ったアイテムボックスを受け取り、憎しみを込めた視線が私に向けられる。

「貴方が捕らえられたのは、ご自身の不正のせいでしょう! 返してください!」

 取り返す為に走ろうとすると、後ろから腕を引っ張られた。先ほど取り引きを装って、ここに案内してきた男性だ。罠だったんだ……!!

 いつの間にか、何人もの男たちが集まってきている。腕を振り解こうとしたけれどビクともしなくて、もう片手も別の男に掴まれた。


「何か秘密があるはずだ。でなければあんな下賤な小娘に、見習いとはいえ宮廷魔導師など務まらん!!!」

 そう言い捨てて、乱暴にアイテムボックスの中を漁る。あの中には危険なアイテムもある……、あんな男に渡してはいけない!!

「離して、離しなさい! アレをあんな男に渡したらいけないのよ!」

 両側から腕を掴まれていて、暴れても全然動かない。

「誰か……っぐ!」

 金で雇われているだろう男達は、大声を出そうとした私の口を手で押さえ、声を出せないようにした。

 でも先にベリアルに信号を送ってあるので、きっと来てくれる。こんな奴に、彼が負けるわけはないのだから……!

「大人しくしとけ、お嬢ちゃん? ずいぶんヤバそうな相手を怒らせたんだな?」

 雇われた男の一人が、笑いながら話し掛ける。

 抗議の意味を込めて口を塞いだ手に噛みついてやると、バチンと頬を打たれた。

「……っう!」

「いてえな、下手は抵抗はしない方が身の為だぞ!!」

 

 殴られる私を嘲笑しながら、魔導師長はアイテムボックスからアイテムを一つ、取り出した。

 まさかそんな……、最悪だ。

 顔から血の気が引き、体が震えそうになる。

「……指輪? 神の名を刻んだ指輪か。何かの護符か?」

 魔導師長は指輪を調べるように色々な角度から眺め、指に嵌めた。

 天使と悪魔を支配する、ソロモンの指輪の模造品……。

「やめて!! 返して……っ!!!」

「ほう、よほど大切なものらしいな。これはいい、どんな魔法アイテムだ?」

 指に嵌めたソレを眺め、光に照らして輝かせる。

 何とかしようにも、二人の男に抑えられていて全く進めない。バタバタともがくと、暴れるなと痛いほどに腕を握られた。

「それに触らないで! 貴方のものじゃないわ!!」

「……生意気な女だ。尊き御名、至高なるエル・シャダイの名において。指輪よ効果を示せ!」

 偉大なる神の名を使い、指輪を発動させる。この指輪に関してはまだ未知数なので、これでどれだけの力が発揮されるかは解らない。

 ベリアルを呼んでしまっている……! なんてこと……!


「おお、魔力があふれてくる……! しかしこれは……??」

 あの指輪の魔力は、魔法を強化するものではない。そのことに気付きいぶかしんだところに、彼が到着してしまった。

「イリヤ! 大事ないか!?」

 空から現れた、赤い髪に同じ色の瞳、そしてマントをなびかせた悪魔、ベリアル。

「ダメです……っ、来ないで……!」

 ベリアルからは掴まえられている私と、私のアイテムボックスを持った老年のローブの男が見えたろう。そして、その横に武装した男が控える姿を目にして、首魁は彼だとすぐに判断した。

 ただそれがくだんの魔導師長で、ソロモンの指輪を使っていることには気付かなかったようだ。最悪なことに、そのまま魔導師長へと向かって行ってしまった。

「……貴様が元凶であるな! 覚悟せい!!」

 ベリアルの横から炎が生まれ、彼を追い越して魔導師長に迫る。

 魔導師長はうろたえながら後ずさりをした。


「あれは……悪魔か!? そんなバカな、かなりの力を感じる! 来るな、来るんじゃない! 止まれ、悪魔め……っ!!!」

 魔導師長が叫ぶと、指輪から一層濃い魔力が生まれて、支配力へと変わっていった。

 ベリアルの体は空中で、それも魔導師長の目の前でピタリと止まった。炎も当たる直前にフッと消えてしまう。

「ぬ……!? これは何たる……、……もしや……!」

「これが……この指輪の力!? 悪魔を支配できるのか! それであの女は、力を使っていたわけか!」

 満足そうに指輪を眺め、そしてベリアルに視線を注いだ。

 忌々し気に歪められるルビー色の瞳に、魔導師長がほくそ笑む。


「悪魔よ、名と爵位を告げよ!」

「……我は……、……ベリアル。……王であるっ!」

 指輪の魔力は強く、ベリアルでさえ逆らえないようだ……。

 正しい呪文も唱えていないのに、名と王であることを告げさせられてしまった。魔導師長は一瞬大きく目を見開いて、この上ない喜びの表情をした。

「王! 王だと……!! 地獄の王など初めて見たわ! それをあの女が、この指輪を使い使役しえきしていたのか! とんでもない女よ! しかし、これからは私がこの王をしもべにできる……! ははは、私の国を建てられる!!!」

「やめて!! そんなことはしてないわ! それに、国を建てるですって!? 王を使って戦争をするなんて、召喚規範に違反する!!!」

 昏い侮蔑の瞳が私に向けられる。ベリアルは地面に落ち立ち、手を強く握りしめて立っていた。

「規範など破ったところで、王を従えている者に誰がどうするというのだ! 本当に愚かな女よ……」


「で、どうするんだよ、雇い主さんよ」

 隣にいた男が魔導師長に話し掛けた。

「そうだな、私はもう移動してこの後の計画を練ろう。ふふ、素晴らしい駒が手に入ったからな! その女はお前たちの好きにしろ。できれば苦しめて殺せ」

「……そりゃいい、好きにしていいんだな!!!」

 周りにいる男達も、嬉しそうに歓声を上げた。気持ち悪い……!

「ただし気を付けろ。ああ見えて魔導師だ。行くぞ、ベリアル!!」

「チッ!!!」

 

 ベリアルはこちらを心配そうに振り返りながら、魔導師長の後ろを飛んでいく。指輪の効力に、逆らうことはできない。しかし遠くなる後ろ姿を見送っている場合でもない。

 男達は私を引っ張り、何処かへ連れて行こうとする。強く掴まれた腕が痛んだ。

「離して!!!」

 また口を塞がれ、叫べないようにされる。助けを呼ばないと……!

「黙ってろ! 後で楽しませてやるよ!」

「んー!!!」

 なんとか逃げないとと、もがいていた時だった。


「エクヴァル、こっち!」

 エクヴァルの使い魔、リニだ。いつもオドオドしている控えめな子が、大きな声を出して角から姿を現した。

「イリヤ!!!」

「イリヤさん……!」

 続いて現れた二人。

 エクヴァルとジークハルト! 私を探してくれていたの!?

 彼らがやって来る方にいる男達が、二人の前に立ちふさがる。魔導師長が金に飽かせて集めたようで、人数はかなり多い。二人が剣士だと気付いた彼らは、すぐさま剣を抜いて問答無用で斬りかかった。


 ジークハルトは相手の攻撃が来る前に剣を振って一人倒し、二人目からの剣を受け、三人目の動向へチラリと目を配らせる。

 その時にエクヴァルの前に繰り広げられていた光景は、信じられないものだった。

 自慢のオリハルコンに攻撃力増強の魔力を通した剣の前に、敵は武器も鎧も簡単に割れて体まで真っ二つになっている。そんな恐ろしい死体が、あっという間に四体も出来上がった。


「貴様ら……許さん!! 事ここに至っては、もはや伏せる必要はなし! エグドアルム王国、皇太子殿下が親衛隊所属、エクヴァル・クロアス・カールスロア! 殿下のめいにより護衛したる対象の救出の為、この私に向かう者……、剣に誓い、全て葬る!! 一兵たりとも生かさん!」

 剣を立てて踵を鳴らし、エグドアルムの騎士が剣に誓う剣礼をする。

 雇われた男達だけでなく、ジークハルトも彼に顔を向けていた。


「お、おい……あいつヤバいぞ! 何だあの剣、体が……真っ二つに……」

 エクヴァルの近くで武器を構えていた男が数人、怖気おじけづいて逃げ出した。

 彼の視線は、まだ距離があるけど私の方にまっすぐ注がれている。

 私を捕らえている男達の手が震えてきたのが解る。近くに立つ別の男が、恐れつつも剣の柄に手をかけた。すぐさまエクヴァルが走り出したのを見て、慌てて男が剣を抜き私に向ける。

 しかし既に近くまで迫っていた彼の剣がヒュッと鳴って、男の腕が握った凶器ごと落ちた。

「う、うわあああ! 痛え、俺の腕が……!」

「化け物だコイツ、いつの間にここに…!!」

 一気に加速して突進した彼に、すでにちぢみ上がっていた男達は、誰も何もできなかった。


「……選ばせよう。今すぐここを去るか、この私と戦いたいか」

 エクヴァルの剣の切っ先が向けられたのは、私を捕らえている男の首元。かなりの怒気を感じさせる剣呑けんのんな瞳に、荒事には慣れていそうな男達さえもすっかり気圧されていた。

「……去る! もう何もしない、た、助けてくれ……!」

 男達は我先にと逃走した。斬られた仲間の回収もせずに。

 そちらはジークハルトの部下達に任されてしまった。


「エクヴァル……どうしよう、私のせいで……!」

 私は助かったけど……。緊張が切れたのか、涙が頬を伝る。

 エクヴァルの大きな手が私の頭を撫でて、胸に引き寄せられた。返り血を浴びていることを気にしているのか、おでこだけコツンと当たるくらいの柔らかさで。

「……すまない、我々の油断だ。君のせいじゃない」

「……、で、でも……、ベリアル殿、が……」

「……とにかく、家へ戻ろう。そこで詳しい話を聞きたい。ジークハルト君、君も来てもらえるかな?」

「も、もちろんです……」

 唐突な展開に、ジークハルトはまだ戸惑っていた。私を狙っている男が来た可能性があるから、念の為に私の居場所を探したいとだけ告げて、協力してもらっていたのだという。

 そこで突然、こんな事態になった。リニはベリアルの魔力を感じてここが解ったみたい。

 まずは私の家に戻り、詳しい説明をするという流れになった。

 エクヴァルが真っ白いハンカチを取り出して私の涙を拭ってくれたけど、頬を伝う雫はまだ止まらなくて、ハンカチに濡れた染みを作った。



「……師匠! 申し訳ありませんでした……、まさかこのような事態になろうとは」

 家に入るとすぐ後からセビリノも現れて、またもや突然ひざまずいた。

「……セビリノ」

「エクヴァル殿のおっしゃった通りでした。魔導師長は師を酷く逆恨みしていて、私の足取りを追われてしまったようです……」

「魔導師長!?」

 あ、そうだった。ジークハルトにはそこから説明しないといけないんだった。私達は顔を知っているけど、この国で知っている人はいないだろう。

 

 魔導師長は方々ほうぼうに賄賂を渡して軟禁されていた部屋から抜け出し、こちらに来たらしい。しかも取り調べがない日だったこともあり、脱走されたことに少なくとも丸一日以上は気付かなかったという。

 いつから逃げられていたかは、詳しくはまだ解っていない。財産と地位はあったので、監視を上手く丸め込んだようだ。気付いてからも混乱があり、こちらへの報告はすぐには行われず、通信をした時には既に遅かった。後手後手だ。


「金で動くような見張りを置くとは、あのバカどもめ……!」

 苦々しく吐き捨てるエクヴァルに、いつもの軽快な印象は全くない。どかっとソファーに深く腰掛け、片手を顔に当てた。

「……師匠、少しお休みになられた方が良いでしょう。私が話をしておきます、必要ならばお呼びいたしますので……」

「ありがとうセビリノ……。でも、私が悪いの、あんなものを作ったから……」

 セビリノが私の背に手を当てて、部屋に行くように促す。体温が低めで少し冷たい手のひらが、優しい仕草で慰めてくれている。

「道具は使う為にある。師のお言葉です。罪があるのは使用した者で、貴女に非はない」

「同感だ。これはエグドアルムの問題だ、国を出た君が気に病むことはない。今回の不始末は、きっちり償わせるから安心したまえ」


 角と尻尾がある十歳くらいに見える女の子の姿をした、エクヴァルの使い魔リニがやって来て、私の手を引く。

「……一緒に、行くよ。元気出して、イリヤ」

 戸惑ってエクヴァルに顔を向けると、無理やり作ったような笑顔で小さく頷いた。

「……うん、ごめんね……」

 他にどう言えばいいか、言葉が見つからなかった。

 でも確かに、少し……一人になりたい。


 部屋に戻ると、リニは少し離れた所で座って静かにしていた。

 心配させてしまったな。それでも優しさがありがたかった。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 エクヴァルから狙われているんだから注意するように忠告されていたのに、まさかと油断してそこまで本気にしていなかったと思う。魔導師長はもう捕らわれたんだし、と。迂闊過ぎた。

 私のせいだ。

 私のせいで、ベリアルがあんな男に従わなければならないんなんて……。

 不安で仕方ない。


「あ、あの。イリヤ、それ、魔力がきてるよ」

 袖を引っ張られて振り向くと、リニがすぐ隣にいて、私のルビーを人差し指でさしている。ベリアルに一番最初にもらった、通信もできる宝石。

 怒られるのかな……。


“さっさと繋がんか。そなた、よもや泣いているのではあるまいな?”

「……閣下、申し訳ありません。私のせいで……」

“閣下はやめよと言っておろうが。良いか、あの指輪も支配力も完全なものではない。ヤツが油断したら出し抜く故、そなたは大人しく待っておれ”

 ベリアルの口調は、意外なくらい穏やかだった。何事でもないような。私に気を遣ってくれているのだろうか。

「でも……」

“阿呆が!! 我はそなたを守る契約をしたが、そなたは我を守る必要はないのだ”

「……私の、責任なのに……」

 あの指輪には悪魔に命令できる力があると、知っていたのに。アイテムボックスから奪われるなんて、想像もしなかった。

 存在自体、人間ではセビリノと私しか知らないものだったから。


“……一度しか申さぬ。そなたは偉大な魔導師であり、全く正しき召喚術師であり、そして至高の技巧を有する魔法アイテム技師である。故に、『三重に偉大なるトリスメギストス』と冠するに相応しい者であると、この我が宣言する。良いか、胸を張れ。そなたは誰の契約者であるか!!!”


「地獄の……王。ベリアル閣下です!」

“理解したのならば、堂々としておれ。ではな、間抜け娘”

 魔力が消えて、通信が途切れた。私はしばらくルビーを手にして、ただじっと眺めていた。


 私は地獄の王の契約者。

 もう誰にも負けない、自分らしく生きると決めたはずなのに。


 ……ところで、最後の間抜け娘って……!??


 客間に戻ると、三人が静かに会話をしていた。私の耳に届かないようにという配慮なのだろうか。


「私が着いた時には魔導師長は飛行魔法で移動を開始していて、何故かその後ろにベリアル殿が従っていた。魔導師長にそんな力は無い筈だ、何かの護符かと考えているんだが……。指から力が漏れていた気がする」

 顎に指を当てながら思い出しているエクヴァル。怒りはいったん静めて、冷静に分析している。

「……私も来る時に、その姿を目撃した。こちらは気付かれないように隠れましたが。あれはまさしく師が私と研究していた、ソロモンの指輪。模造品を作って、師が所持していました。本物の七、八割程度の力があり、設定した正しい名前で使わなければ、そこまで支配力が発揮されないと思っていたのですが。想定以上の能力があったのか……」

 セビリノが指輪の説明をすると、エクヴァルが苦い顔をした。


「なんだって、そんなものを……! せめて私にも知らせておいて欲しかったよ。危険極まりない……!」

「師は使う予定もなかったですし、アイテムボックスに入れておけば安全だと考えていたので。まさか奪い取り、しかもこれを引き当てるとは……」

 ソファーに座る三人の表情は暗い。あの魔導師長が悪魔を掌握したとなると、かなり危険な状況だ。何をするかは解るような……。

 きっと、ベリアルを使って権力を再び手に入れようと画策するはず。それこそ、人をどれだけ殺しても……。


「となると、悪魔や天使を連れて行くのは危険だな。下手をすれば向こうの手勢が増えるだけになる。我々だけで対処するしかあるまい」

 苛立たし気に机を指でトントンと叩いたエクヴァルの前に、セビリノが地図を広げる。

「まずは行き先を突き止めねば……」

「……それならば私が解ります。契約が生きているので、ベリアル殿の居場所は把握できますから」

 顔を出した私を、三人が振り返る。

「イリヤ……、大丈夫か?」

「ええ……。あんな男にベリアル殿を使役なんて、させれらないわ。契約者は私です」

 テーブルの脇まで歩き、地図を覗き込む。そういえばエクヴァルは“嬢”をつけてない。今も軍人モード?

「この辺りだと思います。野営するとは思えないんですが……、雨風をしのげそうな場所はありますか?」

 ジークハルトに視線を送ると、彼は地図に目を向けたまま頷いた。

「そこは……確か、現在では使われていない古城が丘の上にある」

 チェンカスラー王国とワステント共和国の国境付近にある城。北からこちらに飛んでくる時に見つけたのだろうか。ここを拠点にするつもりなのかな。


「……では行くか。ジークハルト君、ここで待機してもらえないだろうか。そして、もし私が死ねば契約をしているリニが解る。その場合は彼女を連れて、アウグスト公爵にこの状況を伝えてくれ。そして各国に、非常態勢をとるように、と」

 ジークハルトは静かに頷いた。

 王クラスの悪魔を悪意ある人間が使役する、危険な状況だ。

 ベリアルは出し抜けると言ったけど、すぐにとは限らない。


「……ところで、セビリノ君。ずいぶん来るの早くない?」

「私はあの山脈の、向こう側の国にいました。飛行魔法ならすぐです。現在、エグドアルムではガオケレナが不足状態で、新たな輸入先を模索中でして」

 それ、宮廷魔導師が出てくる仕事かな……?

 彼は絶対、こっちに来たくて無理を言ったわ……。さすがにちょっとどうかと思う。

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