第425話 サバトの会場の確保

「……楽しそうだけど……、あの、じゃあ、エクヴァルは?」

 エクヴァルが帰宅し、しばらくしてからリニも戻ってきた。

 喜ぶだろうと思って女子会サバトの開催を伝えると、リニは困惑の表情を浮かべた。

 しまった、女子会だとエクヴァルも参加できないわ。

「気にしないで楽しんだらいいよ。友達も参加するんでしょ?」

「うん……」

 リニは不安げに、チラチラとエクヴァルを見上げる。自分だけ楽しむのが申し訳ないようだ。私はベリアルを置いて楽しむつもり満々だ。


 エクヴァルは膝を屈めて、リニと視線を合わせた。

「今回は私もベリアル殿も、それにセビリノ君も参加できないから。リニがイリヤ嬢を守ってね。大事なお仕事だよ」

「そっか……! 私がイリヤを守るね」

「任せたよ。……それと、イリヤ嬢が情報を漏洩しないよう気を配って」

「うん。私に任せて」

 小声で囁くエクヴァルに、リニが私をチラッと視線を向けてから、笑顔で大きく頷いた。

 そんなに信用ないかなぁ……。


「師匠! 準備はこの師匠に最も近い、一番弟子である私、セビリノ・オーサ・アーレンスにお任せください。なんなりとご命令を」

「セビリノまで張り切ってるの? 参加できないわよ」

 唐突にフルネームで謎アピールを始めたわ。時々急にスイッチが入るのよね、セビリノって。

「師匠が開催に関わる初めてのサバトです、大成功させねばなりません。ルシフェル様の別荘を、会場にお借りさせていただければ良いのですが……」

「怒られそうよね」

 確かに別荘は現在使っていないし、借りられたら一番いい。問題は持ち主がルシフェルだということよね。汚したらまずいし、小悪魔が緊張して楽しめない。

 現在は修復中で、汚すとかそういう問題は通り越している状態なのだわ。


 会場の準備がこちらで、開催のお知らせはニナがする。場所だけ押さえておけば、食べものは持ちより、飲みものは寄付で買うのと、差し入れもあるそうだ。とにかく会場が決まらないことには、始まらない。

 そうだ。女子会だし、スイーツを充実させたいわね。

「ねえリニちゃん、色々な種類のホールケーキを集めて、自分で切って食べるように置いておくってどうかしら」

「す、素敵! ケーキの食べ放題……っ!」

 リニが紫の瞳を輝かせる。これは決定ね!


「じゃあ、ケーキは私達が予約して届けてもらうよ。まずは会場を決めないとね」

「広い場所が必要よね。商業ギルドの施設を借りられないかしら」

「ああ、会議室とか? それだったら、ビナール殿に相談したら? 商会で使う施設を紹介してもらったらどうかな」

「なるほど、聞いてみるわ!」

 さすがに商業ギルドの施設は味気ないし、人数が多くなったら入りきらなくなるのよね。私がビナールを訪ねて、エクヴァルとリニが注文するケーキ屋を選ぶ。ベリアルには私と一緒に来てもらって、あとは。


「師匠、私は何をすればいいでしょう?」

 セビリノが真面目な表情で答えを待つ。今のところ、何もないなあ。会場が決まらないとねえ。

「……会場が決まったらお願いするわね」

「くっ……、師匠のお役に立たねば……! は、そうだ。アレが必要か……」

 何か思いついたみたいだわ。悪い予感しかしない。

「……どうかしたの?」

 あまり知りたくない。とはいえ、放っておけないわ。恐る恐る質問した。


「イリヤ様崇敬会のチラシを作ります。サバトで配りましょう!」

「却下です」

「ご謙遜なさらず」

 謙遜する要素はなかったと思う!

 以前よりセビリノの押しが強くなっている気がする。崇敬会も、まだ続けるんだ……。エクヴァルからトビアス殿下に頼んで、崇敬会の活動停止か自粛の命令でも出してもらおうかしら。

 別の仕事を任せないと、チラシ作りを始めてしまいそう。何か頼もう、うーん。……改めて考えると、なかなか案が浮かばないわ。


「じゃあセビリノ君、ジークハルト君にサバトの開催を伝えて、防衛都市に参加者を招待をしに行ってくれる? ニナちゃんは王都へ行くし、そっちまでは手が回らないだろうから」

「そうね、お願いね! 飛べるから助かるわ!」

「お任せください!」

 エクヴァルが仕事を考えてくれたので、全力で乗っかった。セビリノは私を真っ直ぐに見据え、握りこぶしを作ってみせた。

「リニ、セビリノ君について行ってくれる? サバトを開催するのに、セビリノ君は悪魔と契約していないからね。リニが悪魔と契約者を探すのを、手伝ってあげて」

「分かった。が、がんばって、たくさん誘ってくるよ……!」


「そうですな、私一人では警戒されるやも知れん。共に師匠より与えられし、崇高なる使命を果たそう!」

「え、う、うん? ……立派なお仕事って意味だよね?」

 リニは戸惑いつつ、小声でエクヴァルに尋ねた。エクヴァルは苦笑いでそうだよ、とだけ答えた。

 ちなみに今回は招待状の作成が間に合わないので、口頭で誘うのみ。次のサバトの準備に被らない日程なんだって。

 私とエクヴァルで、セビリノとリニを見送った。まずは詰め所でジークハルトに連絡して、町の外でリニがキュイに乗って出発する。

「……イリヤ嬢、早く会場を決めて次の仕事を用意しないと、チラシを作られるよ」

「そうよね……。すぐに行動するわ」

 印刷が間に合わなければ、手書きでも作りそう……。


 私は家の裏にあるルシフェルの別荘でガルグイユの相手をしている、ベリアルを呼びに行った。ガルグイユが暴れると被害が大きいから、しっかりと教育しておかないといけないのだ。

 ガルグイユは大人しくベリアルの長話に耳を傾けていた。

「ベリアル殿、ビナール様のところへ行きます。エクヴァルも出掛けるので、一緒に来てください」

「仕方のない小娘よ。そなたら、しっかりと警備だけをしておれ」

「ハーイ」

「うぇーーーい」

 ガルグイユ二体は交互に両手を挙げ続ける。アレはどんな意味があるのかしら。

「……なんだね、それは」

「二人うぇーぶ」

「大歓声うぇーーーい」

「誰だね、余計な動作ばかり仕込んでおるのはっっっ!」

 そして余計なことはしっかり覚えるのよねえ……。二人ウェーブで満足したのか、ガルグイユは悠々と持ち場へ戻った。


 ビナールのお店の本店では、冒険者が商品を選んでいた。ランクが高そう。

 本店は支店よりもお高い良質な商品が並んでいるのだ。なので、本店で買いものをするのはそれなりのランクの冒険者か、家が裕福だったり、はたまた節約してお金を貯めて、いい装備を買いにきたりする人。

「あ、イリヤ様。会頭は支店の視察で外出されています。本日、支店長が独自に仕入れた回復アイテムが届く予定なので、品物の確認に」

「ありがとうございます。では、そちらへ伺います」

 このレナントの町の、東門にあるアイテム中心の支店だそうだ。私から仕入れた薬は、基本的に本店だけで扱っているんだって。


 支店の前には荷車がいて、木箱を運び入れていた。アイテム用の小さめの木箱が、五箱ほどテーブルの上に並べられる。

「こちらが検査の結果です。なかなか悪くないのではと……」

 ビナールと同じくらいの年齢の男性が、ヘコヘコしながら紙とポーションの瓶を渡している。中級のポーションだわ。

 笑顔を作る相手とは対照的に、ビナールは難しい表情をしていた。

「うーん……悪くはないが、良くもないな」

「作り慣れれば、品質は安定するでしょう。しばらくはこまめに検査をして、基準を満たさないものは売らないよう細心の注意を払います」

 どうやら基準ギリギリで、たまに満たさない品が出てしまうようね。

 ポーションを使うのは、大抵すぐに傷を治したい冒険者だ。戦闘中など、薬の良し悪しが戦局すら左右しかねない。うっかり一個だけ効果が薄かった場合、困るのは買ってくれた冒険者だわ。


「イリヤさん、ちょうどいいところへ。これをどう思う?」

「見所のある品ですよね!??」

 ビナールが私に意見を求めて、ポーションと試験結果が書かれた紙を渡してきた。支店長から褒めろ、認めろと圧を感じる。

「ええと……、高位貴族の子弟が作られたんですか?」

「いや、普通の職人だけど……?」

 二人とも不思議そうにしている。おかしいわね、そういう意味じゃなかったのかな。

「身分を笠に着て押し付けられたのでは? この程度の品を商品として並べるのは、如何かと……。国で私が提出していれば、所詮庶民だと一笑に付されますよ」


「さすがに求めるレベルが違うね」 

 忖度そんたくしなくもいいのよね? わざわざ品質のともなわない商品を仕入れる理由を知りたい。支店長は気まずそう。こういう時は、解決策を添えるといいのよね。

「薬草の保存状態が悪いか、作業場自体に問題がありそうですね。工房の監査をお勧めします」

 中級でコレは、職人の腕や魔力だけでなく、どこかに問題が生じている可能性がある。解決して環境を良くすれば、少なくとも基準以下のポーションにはならないだろう。

「……手厳しいご意見、ありがとうございますぅ……。ビナール様、この方は……?」

「ポーション類を卸してくれる、腕利きの職人のイリヤさんだ。どの職人よりも品質のいいものを提供してくれる」


 紹介されたので、指を揃えて軽く頭を下げた。

「ではこちらが噂の、限定で本店に高品質のポーションを納入する、滅多に町にいないレアな職人さん!??」

 レア? 私がレア扱いに! 確かに長く留守にしたりもするわ。でも、たまに程度よ。

「家も買いましたし、普通に滞在してますよ」

「そなたは普通に長距離の移動ばかりではないかね」

 ぐぐぐっ。ベリアルがここぞとばかりに、さも呆れたと言わんばかりの態度を取る。反論せねばっ。


「仕方ないんですよ。魔法アイテム職人は必要な素材や魔核やドラゴンの素材を、魔物を倒してでも手に入れねばならないんです」

「店で発注したり、冒険者に依頼したりしないんですか? ドラゴンと戦うのは職人じゃなくて、冒険者や兵士の仕事では……?」

「発注する時もあります。そうだ、蛇の核が欲しいんです。強力な蛇の魔物の情報があったら、教えてください」

「ん~、今は特にないなあ」

 それは残念だわ。まあ聞いておいたし、該当の蛇の情報が入ったら教えてくれるわね。うん、オッケー。


「……そなた、何か忘れておらぬかね」

「なんでしょう? 今回は依頼品もありませんし……」

「サバトの会場を借りるのであろうがっ。目的を忘れるとは、全く役に立たぬわ」

 そうだった! 女子会サバトの場所を借りたかったんだ。うっかり忘れていたわ。うわあ、一緒に来たのがエクヴァルなら、もっとさりげなく教えてくれたのにっ。

 改めてビナールに向き直った。

「……ええと、人数は分からないんですが、飲食が可能で五十人程度が入れる会場に心当たりはありませんか?」

「それなら本店の隣にある、会議室を貸そうか。一階が倉庫だから、一階には入らないで。代わりに依頼を受けて欲しいんだ」

「勿論です。どんな依頼でしょう?」


 建物を所有しているとは、話が早いわ。依頼ならいくらでも受けます!

「上級ポーションと中級のマナポーション、百五十本ずつなんだ。一週間以内に揃えなければならなくてね。素材はできる限りこちらで用意する」

「ビナール様、いくらなんでも一人で百五十本とは……」

「承りましたっ!」

 支店長は目を丸くしている。今回のポーションを作った職人には、難しいものね。

 素材さえ揃えば、そのくらいなら余裕よ。セビリノも戻ってくるし。宮廷に仕えていた頃を思い出すわ。

 ……そう考えると楽しくないなあ。

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