第235話 地獄の公爵とご対面

 ついにチェンカスラー使節団が、地獄の公爵と謁見する日。私達も合流した。

 他の国の使節は接待役の美女を連れたり、演奏や大道芸を披露したり、高価な品物を献上しているとの話だ。

 そこに目を付けた悪魔が一人。

 

 ベリアルが正体を隠して、舞いを披露するのだ。

 どういう演出なのか、ちょっと理解しがたい。

 そんなわけで彼は、グラデーションの掛かったキレイな赤い布を頭から被っている。後ろは腰までの長さで、前は目の高さくらい。服も袖が広くて、ヒラヒラとした衣装を用意していた。

 知らせに来た官吏と一緒に、宮殿へ入る。彼の金色の馬はグルファクシという、召喚した聖獣。立派で大人しい。

 私達はエグドアルム王国の者だと、明かしてしまっている。なので、舞い手を紹介する代わりに親しくしているチェンカスラーの使節団と一緒に拝謁させてもらうと、適当に言い訳をしておいた。

 改めて予定を組んでもらうよりも、余程早いし。内緒の話なんてないからね。


 まずは待機する為の、ペガサスの間に案内された。この宮殿の部屋には、聖獣の名前が付けられている。

 テーブルには軽食や飲み物が用意されていて、自由に飲食できる。

 チェンカスラー使節団は、女性が五人と、男性が四人。護衛や従者、キメジェス達は除く。

「イリヤさんも一緒なんて、心強いわ!」

 使節団の一人は魔法会議にも参加していた、水色の髪の王宮魔導師、エーディット・ペイルマン。女性で魔法も堪能だから、選ばれてしまった。

 女性達は不安そうにしている。相手は地獄の公爵だし、気に入られても気に入られなくても、怖いんだろう。皆が美人で、大人しそうな貴族の娘。礼儀をわきまえずに怒りを買ったりしないような人選になっている。

 その公爵は気に入った女性をそばに置きたがり、女性に囲まれてとても幸せそうにしているそうだ。


「エーディット様もいらっしゃるとは思いませんでした。お陰様で、スムーズに同行させて頂けることになり、感謝しております」

「こちらこそありがとう。ベリアル殿もいらっしゃるなんて、不安が吹き飛んじゃうわ。長旅でハンネス様とも、たくさんお話させて頂けたわ。それとね、途中で馬車が魔物に襲われたのよ。キメジェス様が簡単にやっつけてくださってね!」

「あの、エーディット様……? こちらの女性は?」

 親しく会話する私達に、他の女性がどういう関係なのかと、戸惑いがちに問い掛ける。

「申し遅れました、イリヤと申します。レナントにて魔法アイテム職人を生業なりわいとしております。以後お見知りおきを」

「イリヤさんとは、魔法会議で知り合いましたのよ」

 エーディットは貴族の女性相手だと、私の時より少しすました感じになる。


 セビリノとエクヴァルは、男性達と打ち合わせ中。セビリノはいつも通りの魔導師のローブで、エクヴァルは護衛騎士として立派な服に着替えていた。

 ポートルド首長国の接待係が、他の使節の様子を教えてくれる。どうやら女性がお酌をすると喜ぶらしい。誰が地獄の公爵にお酌をするかという話になり、エーディットが名乗り出てくれた。

 気に入られると、悪魔とのトラブルとかの相談に乗ってくれるんだって。

 そうこうしているうちに、衛兵が知らせに来た。チェンカスラーの番だ。

 リニは従者と一緒に、この部屋に残ってもらう。


 広い謁見室の扉が開かれる。正面に地獄の公爵らしき男性が何人もの女性に囲まれて、ご満悦な笑顔で座っていた。

 ザクロ色のマントで銀色の鎧を身に着け、銀の冠を戴いている。

 まずは使節団の団長が挨拶をして、セビリノもエグドアルムの代表として、簡単に挨拶した。続いてキメジェスが公爵の前に進み出る。

「キメジェス。お前も来てたのか」

「はい、サロス様。契約をしておりまして」

「俺は契約は、まだなんだよな。もっとこう……、いい感じの女性がいたら契約したい。よく男と契約するなァ、ないない」

 お酒をあおって、フルーツをつまむ。エーディットがすかさずお酌に行った。周りにいる女性達はあまり恐れてはいないので、おだてておけば気分がいい、ベリアルタイプの悪魔なんだろう。


「ははは……、珍しい舞いを披露させて頂きます。名手をお連れしております」


 キメジェスに紹介され、顔と魔力を隠したベリアルが、舞台に上がる。

 正体に気付いた様子はない。

 火から作り出した扇子を出し、滑らかな手つきでフワリと扇いだ。小さな火の粉が追い掛けるように、赤く光って消えていく。

 スッと一回りして、緩急をつけた動きで巧みに扇子を動かしている。

 裾が靡いて、幻想的な光景だった。


「なんてステキなんでしょう」

「美しい舞いですね」 

「ハハハ、なかなかの腕前だ。踊るのが女性なら、もっといいのにな!」

 うん、後が怖い。絶対に今、ベリアルが睨んでいる。

 公爵サロスは何も知らずに舞いを堪能しながら、お酒を飲んで浮かれている。音楽を演奏するのは、後ろに控える女性達。その中の一人が、召し上げられた奴隷なのね。

 曲目きょくもくは昨日のうちに相談してあった。ベリアルは一度聞いただけで即興で合わせて、器用に舞っている。


 エーディットは公爵と少し話をして、こちらに戻った。舞い手について尋ねられても、はぐらかしてもらっている。

「ねえイリヤさん、黙っていていいのかしら?」

「勝手にバラしたら、それこそ怒られますから」

 この挨拶で気に入られると、食事をしようとパーティーに誘われるという話だ。

 どの段階で正体を明かすつもりだろう、ベリアルは。騙す時は我慢強いから、ここぞというタイミングまで隠していそう。


「おい、そこの白いローブの女」

 不意に私が、公爵に呼ばれた。

「私でしょうか?」

「おう、こっちへ来い」

 私はエグドアルムの使節として参加している。なんだろうと不審に思いつつ、前へ進んだ。セビリノとエクヴァルが、心配そうにしている。

「どのようなご用件でしょうか」

「お前は変わった人間だな。俺を前にして、恐れも緊張も感じさせない」

「私は召喚師でございます、地獄の方には慣れておりますので」

 王も大公も、高位貴族も会っているしね。


「そうか、そうか! 気に入った。ここに残れよ」

「お断りいたします」

「そうか、そ……!?」

 周囲がザワッとした。チェンカスラーの使節だけじゃなく、公爵の周りの女性達やポートルド首長国の人達まで、困惑している。

「私は国に報告する義務がございます。任務の途中で離れるわけには参りません」

 無難な返事をしておく。

「ならばこの国から、代わりを寄越す。それでいいだろう」

「いえ、チェンカスラー王国に自宅を購入しておりまして。帰りたく思います」

 ポートルド首長国の面々は『断るの?』と、どうかしているという反応だ。

 公爵サロスは眉根を寄せて、空になったグラスを近くにいる女性に手渡した。


「……よし、特別だ。俺が契約して、お前の願いを叶えてやろう!」

 会場が大きくどよめいた。せっかく召喚して滞在してもらっているのに、他国の人間と契約しようというのだ。契約内容によっては、これまでの苦労が水の泡になる。

「そちらも辞退させて頂きます」

「辞退するだと!??」

 声を荒らげる公爵。周囲のハラハラしている様子が見て取れた。


「召喚術を学ばれたのならお解りでしょう、サロス様は地獄の公爵であらせられます。焦る必要はありません、熟考してお答えくださいますよう」

 私達を案内してくれた官吏が、取り成そうと間に入る。

 彼は儀典官室に所属する儀典統括官で、要人の接待や行事への招待、外交の為の情報収集などをしたりするのが主なお仕事だ。

「既に悪魔と契約しております。貴族以上のお二方となりますと、人間には荷が勝つものでございます」

 二人の高位貴族と契約した例は、私はまだ聞いたことがない。やればできるだろうけど、サロスが不幸になるだけではないだろうか。

「貴族悪魔の契約者だったか……」

「どうなるんだ……?」

 思わぬ流れに、皆がボソボソと小さく囁き合っている。


「誰と契約しているんだか知らんが、ここへ連れて来い! 俺が破棄させてやる!!」

 売り言葉に買い言葉なのか、ついに決定的な発言をしてしまった。

 舞台に立っていたベリアルが、頭に被っていた布を乱暴に床へ投げ捨てる。

 あらわになった、憤怒ふんぬの形相。

 ピシッと場の空気が張り詰めた。


「……もう来ておるわ。そなた、我を呼び付けて契約を破棄させてやると、申したな……!?」

 背景が赤く燃えている。だから最初から、堂々と出てくればいいのに。自分以上の失言をしたサロスに、キメジェスが労るような眼差しを向けている。

「ぶはっっ!! ベリ……アル、様!??」

 サロスはすぐに立ち上がり、ベリアルの方へ向かった。

「戯けがっ!!」

 ベリアルが赤い目を見開くと、サロスの近くで炎が弾けた。

 勢いよくガバッと床に伏す。頭の冠が弾みで落ちて、音を立てて床を転がった。

「申し訳ありません。ベリアル様の契約者の方とは、つゆ知らず……!」

「そなたも配下と人間の契約を、己の意志により破棄させることは、王に与えられた権限であると知っておろう。よもや我を配下とし、王になるつもりかね……?」

「滅相もない、話し合いで! 平和的に解決をしようかな~と、考えてました!」


 これまでタイプの女性に囲まれて悠々自適に生活していた公爵が、突然ひれ伏したのだ。ポートルド首長国の人達は、突然の展開に理解が追いつかず、狼狽するだけ。

「……ベリアル殿はお酒を飲むと機嫌が良くなるので、宴席の用意をして頂けますか? あと、褒めると喜びます。適当に持ち上げておいてください」

 私の近くで瞠目している儀典統括官の男性に、そっと耳打ちしておいた。彼はすぐに臨席していた大臣に相談して、女官達も動き出す。

 その間も公爵は叱られ続けていた。合掌。



「いやあ、ベリアル様の舞いを拝めるとは……眼福でした」

「女の方が良いと申しておったな」

「ご冗談を。あっははは!」

 鳳凰の間という会食用の部屋に移り、即席の宴会が開催されている。

 椅子に座り足を組むベリアルのご機嫌取りで、公爵サロスは精いっぱいの笑顔で褒めちぎる。

「本当に素晴らしかったです」

「そんなに麗しいお顔なのですもの、布を被らなければウットリして見惚れてしまいましたわ」

 女性達も必死に愛想を振りまく。

 お酒がワゴンに載せられて、たくさん運ばれてきた。給仕がテキパキと動いている。

 ほとんど挨拶だけで終わってしまったチェンカスラーの使節団は、ポートルド首長国の高官達と朗らかに談笑していた。


「我はルシフェル殿より頼まれて、仕方なく参ったのだ。そなたは公爵の立場にある、騒動の種を撒くような真似はするでない。心得よ」

「ルシフェル様が……! 肝に銘じます」

 とりあえず、これで解決でいいのかな。 

 あ、そうだ。召し上げられた奴隷の代金も払うよう、言っておこう。彼女は奴隷制度がないこの国で、今では自由市民として過ごしている。


 奴隷や人身売買は禁止されていても、ニジェストニアに奉公という名目で、借金のカタで奴隷として売られてしまう例が後を絶たないとか。

 ただ、奴隷の密売がされているから攻めてこないという点もあるので、厳しくは取り締まれないのだ。武力に劣るこの国は、戦争になると負けてしまう。ニジェストニアが戦争をしたがる大きな理由の一つは、奴隷が欲しいからだからね。


 ベリアルはまだ、サロスに冷たい。

 心行くまで楽しんで、機嫌を直してもらわないと。

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