第236話 魔法工房へごあいさつ

 宴会はまだ続いていた。

 中央に料理が置かれ、丸テーブルで自由に座って飲食ができる。お酒は給仕の人がワゴンにたくさん載せて、各テーブルを回っている。

 ポートルド首長国の人は、サロスを歓待したりベリアルを接待したり、大変だなあ。

 セビリノは離れた席で、一人でゆっくりと飲んでいた。ここに移動した時、私の周りに挨拶の人が押しかけちゃったから、遠慮したようだ。あの暴れたベリアルの契約者なので。仕方なし。

 ちなみにベリアルが王かな、とは勘付いていても、余計な質問をする雰囲気ではなかったので、誰も尋ねてはこなかった。


 給仕がセビリノの空いたグラスに、お酒を注いだ。そこにポートルド首長国の魔導師がそっと近づいて、緊張でガチガチになりながら話し掛けている。

 私はリニと一緒に、ソフトドリンクと食事を頂いている。こういう席でエクヴァルは、他国の人と積極的に会話して情報収集をするからね。リニは邪魔にならないように、こちらに来て大人しく座っている。


「あの、今度はフェン公国の、お祭りに行くの……?」

「そうよ。楽しみね」

「私も、楽しみ……っ。でも国賓……だよね。ちょっと怖い」

 そうだった、そんなこともあった。宿を手配してもらえるのは助かるけど、堅苦しいと気軽に楽しめないかも。

「ずっとフェン公国の人が一緒なのかしらね。自由に行動できる時間も、あればいいわね」

「うん」

 頷くリニ。この可愛げが、ベリアルに少しでもあれば。

 ベリアルが手を伸ばして差し出したグラスに、赤いワインがボトルから流れて、なみなみと揺れる。正面に公爵サロス。周りは女性に囲まれて、いい気分になっているようだ。


「……アーレンス様は、チェンカスラー王国にご滞在中でしたか」

 ざわめきの中で、不意にセビリノ達の会話が耳に入った。嫌な予感が。

「うむ。私は師に仕えている」

「アーレンス様の師匠……! 立派な方なんでしょうね」

 ウットリした表情の魔導師。この先は言わないで……!

「無論、誰よりも素晴らしいお方。我が師、イリヤ様は……!」


 私の願いも空しく、セビリノがこちらにバーンと顔を向ける。

 一緒に魔導師も私を見た。エグドアルムの宮廷魔導師の師匠が、私だと紹介されるのだ。普通ならドン引きだろうに、彼は私がベリアルの契約者で、ベリアルは公爵以上の悪魔であると認識してしまっていた。

「なるほど……! イリヤ様!!」

 その熱い眼差しは、やめて頂きたい。

「おおお、イリヤ様!」

 何故か会場で歓声と拍手の嵐が起こる。何が起こっているの!? 皆けっこうお酒を飲んでいるから、酔っているのかな!?

 私は居心地が悪くて、小さくなっていた。注目されるのが苦手なリニは、隣でオロオロしている。可哀想な巻き込み事故をしてしまった……。

 この事態を招いたセビリノは、自信満々に胸を張っている。ベリアルもニヤニヤしているし、くうう。


 皆はまだ飲んでいるけど、適当に切り上げて部屋に案内してもらった。お城の客室に泊まれるよう、手配してくれた。客の一人一人に使用人が付いて、要望を聞いてくれるよ。

 シックな薄いピンク色の壁紙の部屋には、ピンクと白の薔薇が飾られている。カーテンで仕切られたベッドルームは、ベッドは大きいけど、部屋はあまり広くない。

 夜が明けたら、チェンカスラー王国に帰るのだ。それからフェン公国。


 朝食も頂いてから、お城を出た。ポートルド首長国の人達と、チェンカスラーの使節団がお見送りしてくれる。

「またね、イリヤさん」

「またお会いしましょう、エーディット様」

 チェンカスラーの面々は明日、馬車で帰る。

「あの、アーレンス様もイリヤさんのお宅に、まだいらっしゃるんでしょうか? 実は一度訪ねたのですが、ご不在で」

「うむ、私は師匠と行動を共にしている。師はフェン公国やエグドアルムより招待を受ける、名高くご多忙なお方。前もって確認されるが良かろう」

 高名なのは貴方ですよ!

 それにしても、尋ねてくれていたんだ。悪いことをしたな。帰ってもまた、あちこち出掛けてしまうんだよね。確認してもらえると助かるわ。


 魔導師ハンネスと、契約している侯爵級悪魔のキメジェスも、また馬車に同乗する。彼らは飛んで帰ってもいいのだけれど、そうするとベリアルと一緒になってしまう。キメジェスが気の毒だ。

「イリヤさん、皆様、お気をつけて」

「ハンネス様も、お疲れの出ませんように」

「公爵閣下によろしくお伝え願いたい」

「はい、アーレンス様! あ、ワイバーン」

 エクヴァルはワイバーンのキュイを呼んで、リニと乗った。

 公爵とは私を庇護してくれている、アウグスト公爵のこと。ハンネスも庇護を受けて、邸宅に住まわせてもらいながら勉強を続けている。


 さて出発というところで、地獄の公爵サロスがワニと一緒に現れた。ワニ?

「ベリアル様、お疲れ様でした」

「全くである。大人しくしておれよ」

「はい。しばらくは、本を読んで穏やかに過ごします。ご安心を!」

 手にしている本を前に出して、披露する。どんな本かというと。


『子爵令嬢ですが、公爵様に求婚されています~ドラゴンを倒せる人が好きと言ったら、本当に倒してきました~』

 

 ……ナニコレ。女性向けの恋愛小説では?

「……そうであるか。良いのではないかね」

 ベリアルの適当な返事に、大きく頷くサロス。

「ベリアル様もいかがでしょうか? いやあ、人間の書く恋愛小説はなかなか面白いですよ~! この令嬢シリーズもまだ出ていましてね、『男爵令嬢冒険記~高ランク冒険者が私とパーティーを組みたがって困ります~』『婚約破棄された公爵令嬢~腹いせに悪魔を召喚したら一目惚れされて、王国滅亡の危機!?~』と、他には」

 まだタイトルをあげているけれど、ベリアルは無視して飛んでしまった。

「付き合っていられんわ」

「ベリアル様~、気になる本がありましたら、お貸ししますよ~!」

「いらぬっ!」


 本当に楽しんでいらっしゃるらしい。

 これなら平和だな。でもなんで女性向けばかり??

 その後サロスはキメジェスにも本を薦めて、侯爵であるキメジェスは断わりきれずに、借りて読むハメになっていた。



 ポートルド首長国の首都から離れると、またすぐに寂しい景色になった。集落の規模は小さめで、かやぶきの家にすだれが掛けられている。

 ニジェストニアを抜け、自宅に戻る前に都市国家バレンに寄ろうと思う。ドルゴの町にあるラジスラフ魔法工房の、親方に挨拶をするのだ。以前、作業場をお借りしたことがある。

 エルフの森も行きたい。せっかくだし、アイテムの素材を探そうっ。 


「あ! 盗賊を壊滅させてくださった方々。今日は大勢ですねえ」

 門番は私達をしっかりと覚えてくれていた……。忘れていいのに。

 セビリノはちょっと驚いたようだったけど、エクヴァルとリニからは特に反応はない。話したんだったかな。

 私達は魔法工房へ、エクヴァルとリニは冒険者ギルドへと向かった。


「バッカ野郎! 誰も確認しなかったのか!?」

 建物の外まで、親方の怒鳴り声が漏れる。トラブルみたいだ。

「すみません、まさか毒草が混じっていたなんて」

「とてもじゃねえが納期に間に合わねえ……、もう一度在庫と素材を確認して、とにかく作れるだけ作る。素材屋やギルドも回って来い」

 ふむふむ、ポーションの素材に毒草を混ぜてしまい、商品にならないわけね。さすがに私も、それは飲みたくないわ。


 お取り込み中なので入れずにいると、バタンと扉が開かれた。

「おっ、お客さん……じゃないや、イリヤさん! 久しぶりです」

 職人が立ち止まる。私を覚えていてくれた。

「イリヤさん? おお、入って入って」

 中からラジスラフ親方も顔を出し、招いてくれる。

 工房内では不良品になってしまったポーションの廃棄作業と、新しく作るための準備が慌ただしく行われていた。よりにもよって毒草が混入してしまったのだ、使った道具は全て徹底的に洗浄しないといけない。


 客室に案内されて、親方もソファーにボスリと深く座った。

「ふぅ~、参ったよ。中級のマナポーション六十本って大口の注文があったんだが、よりにもよって半分以上もパアだ! 納期は明日だってのに!」

「それは困りましたね……」

 大きなため息をつき、片手で顔を覆う親方。

 この工房では見習いが薬草などの下準備をして、親方が認めている職人が実際に作製する。忙しさからとはいえ素材の確認を怠ってしまったのは、大きな痛手だ。二十本分ずつ作っていたそうで、二回分が失敗なのね。

 釜は複数あるから、並行して作業できちゃったんだよね……。

「私も毒草と間違えてしまったことがあります」

「イリヤさんもかい?」

 ラジスラフ親方が、意外そうにして身を乗りだす。


「さすがに子供の頃の話です。先生が薬草茶を美味しそうに飲んでいらっしゃったので、私もベリアル殿に淹れようと思ったんです。うっかり毒草茶になってしまいましたが……。怒られた上に飲んで頂けなかったので、ガッカリした記憶があります」

「当然である。飲むわけがなかろう」

「高位の悪魔には、毒とか効果がないって自慢していたじゃないですか。飲んでくれてもいいのに」

 黙って耳を傾けていたセビリノが、なるほどと口を開いた。

「でしたら、毒草を混ぜてしまったマナポーションをお試し頂き、効果があるか確認するというのも……」

「いいわね、それ」

「そなたらは阿呆かね!!」

 また怒られてしまった。面白い実験になりそうなのに。


 しかしそんな場合ではなかった、商品の数が足りないのね。

「ええと、素材も足りないんですか?」

「素材っつっても、ヤイが足りねえだけなんだ。しかしこれがこの時期には手に入りにくくてよ。確かにあんな簡単に見つかったら、おかしいわな……」

 ヤイは黄色い花が咲く薬草だ。

 注文しても明日までの入荷は難しいと言われたので、ベテランと見習いが組んで護衛も雇い、エルフの森で採取したようだ。ここでヤイと、それに似た毒草が混じってしまった。ふむほむ。

 せめてしっかり確認して、正しいヤイを分けていたら。


「今の時期は、あまり生えていないんですか……。ナンセの実とトチウの樹皮で代用できますので、こちらも検討されてみては」

 とりあえず代用品も提案しておく。トチウの白い樹皮はガタパーチャと呼ばれていて、天然ゴムになるよ。


 そういえば出発前、セビリノが中級マナポーションの素材を採取して来てくれた。ヤイも生えていたのかしら?

 彼を見上げると、私の視線に気付いて頷いた。

「私は南へ下り、探して参りました。しかし暗くなれば採取は出来ません。明日の作業に間に合わせるのは、少々厳しいでしょうな」

 なるほど、エルフの森じゃなかったのね。

「……ところで、そのりっぱな兄ちゃんは?」

「申し遅れました。師の一番弟子、セビリノと! 申します!」

 胸を張って名乗るセビリノ。彼のセリフって、時々おかしなところが強調されるなあ。


 不意に扉がノックされる。

「親方、イリヤさんのお連れさんです」

「おやおや、深刻な話?」

 エクヴァルとリニが、職人に案内されてやって来た。冒険者ギルドでの用事は、もう終わったのかな。

「それがね……」

 状況を説明する。

「なるほど、それで職人が駆け込んで来たわけね。商業ギルドや素材屋も回ると急いでいたけど、望みは薄そうだったよ」

「やっぱり、そうなのね」


「人間の町に無いのなら、獣人の集落ならどう? エルフの森に住んでいるくらいでしょ、薬草の蓄えはあちらの方があるんじゃないかな?」

 落胆する私と親方に、エクヴァルがそれならと提案をしてくれる。そうか、森に住む種族!

「行ってみる価値はあるわね!」

「だがなあ……、そもそもそんなに交流もねえしな」

「聞いてみるだけなら、問題ないでしょう。エルフや猫人族の集落を知っています、早速訪ねて参りますね!」

 以前会った羊人族の先生は、薬草医だった。少し分けてもらえないかな。羊人族の村の場所は分からないけど、同じ森に住んでいる他の種族なら知っているよね。

 希望が見えてきたわ。ラジスラフ魔法工房と私の為に!

 素材を手に入れるぞー!

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