第237話 もふもふ村へようこそ!
親方は代替品の素材も確認するよう、手の空いている職人に指示を出していた。
素材が多く手に入ったら分けに来ると約束をして、善は急げとばかりに、私達は早速工房を後にした。
まずはエルフの森へ向かう。キュイには待っていてもらおう。
これから採取でもするのかな、街道には私達の少し後に男性グループの姿があった。
「ところでエクヴァルは、いいお仕事はあったの?」
「まあね。ビナール殿の本店に届け物があったから、受けたよ」
明日にはレナントへ帰るから、ちょうどいいね。
森の入口付近で、後ろを歩いていた男性グループが追いついた。
「兄ちゃん、さっきギルドで依頼受けただろ」
「……受けましたが?」
あら、エクヴァルにお客さん。笑顔で対応しながら、前に出るエクヴァル。リニはそっと私の方へ近寄る。
「それを渡せ。そうすれば、別に何もしないでやるよ」
「これかな? でも私も、仕事だからね」
エクヴァルが取り出したのは、書類が入った茶色い封筒だった。ビナールのお仕事上のトラブルなのかしら。向こうの人数は五人。私達も同じ五人なのに余裕がありそうだし、まだ他にもいるのかも。
「代わりにこっちを、相手に渡せ」
男性達は、エクヴァルが持っているのと似たような封筒を見せた。彼はすんなりと受け取る。
「そうそう、素直が一番だぜ。ずいぶんとご立派なカッコしてるがよ、Dランクのパーティーだろ?」
私達全員が、Dランク冒険者のパーティーだと勘違いしているんだ。それで強気なのね。彼らはもっと上の冒険者なのかな。ランク章は付けていない。
「これね」
エクヴァルは依頼で預かっている封筒を仕舞って、迷うことなく男性に渡された封筒を開封した。中身を取り出して、書類に目を通す。
「何やってんだ、テメエ! 開くんじゃねえよ!」
「この度の取り引きはなかったことに……ね。契約の邪魔をするのかな? 下らない仕事は受けるものじゃないよ、君達」
言いながら偽物の書類を真っ二つに破いて、パラリと捨ててしまった。
「ふざけんな、この……」
先頭にいる男性が剣を抜こうとした時には、エクヴァルの剣はもう抜き放たれている。宙を舞う紙が地面に落ちる前に、ガンと鈍い音を立てて、剣身は鎧の脇腹に食い込んでいた。
柄から手が離れ、抜きかけの剣が鞘に戻る。男性はそのまま
「テメェ、やる気かよ!」
槍を持つ男性が、慌てて武器を突き出す。エクヴァルは躱して腕を切り、斧を持つもう一人が振り下ろす前に、体当たりして転ばせる。そのまま横にいた革の鎧の男性と切り結んだ。
「師匠、反対側にもおります!」
セビリノが森に向かって叫ぶ。魔法使いがいるようで、詠唱が聞こえてきた。
「火よ膨れ上がれ、丸く丸く、日輪の如く! 球体となりて跳ねて進め、ファイアーボール!」
火属性の初級の攻撃魔法だ。素早く唱えられて、攻撃力もほどほどある。
セビリノは反対属性である、水属性の攻撃魔法で対応する。
「水よ我が手にて固まれ。氷の槍となりて、我が武器となれ! 一路に向かいて標的を貫け。アイスランサー!」
炎の玉と、氷の槍がぶつかる。白い煙がブワッと噴き出し、炎の玉は萎んで消えた。打ち勝ったセビリノのアイスランサーが、まっすぐ敵に向かう。
ファイアーボールを使った魔法使いに当たり、反射的に体を守ろうと出した腕が凍り付いて、後ろへ飛ばされた。
「やはり反対属性をぶつけるのは面白いですな」
「そうなのよね。弱い魔法だから安心だし」
「君達は揃うと非常識が増すよね」
「ぐえっ」
五人を倒し終えたエクヴァルが、剣を振って血を飛ばす。
そういう貴方は、最初に倒した男性を蹴りましたよ!
ガサガサと茂みを走る音がするので、潜んでいた人達が逃げているんだろう。
スッとベリアルの姿が消えた。弱い相手は面倒だという筈なんだけど。
「逃げる獲物を追うのも、一興よ」
「やり過ぎないでくださいね」
どうやら追いかけっこで遊ぶらしい。殺せるわけじゃないし、こっちは放置しておいていいだろう。
「町まで知らせに戻らないと」
「わ、私が行くよ……っ!」
リニが申し出てくれる。とはいえ、もう仲間がいないとは限らない。
「師匠、それならば私も参りましょう。先に行って頂きたいのですが、この森は詳しくありません。ドルゴの町へお戻りになるのなら、お待ちしておりましょうか」
「セビリノも一緒なら安心だけど、そうなのよね」
「あ~、それなら私が羊人族の村を知っているよ。リニも覚えているね? 村で落ち合うのはどうだろう」
リニは元気に頷いた。いつの間にそんなところに行ったの?
「だいたい、覚えているよ……! 後から行くね、エクヴァル」
「セビリノ君の肩に乗せてもらうといいよ」
「いいの?」
「構いません」
セビリノの返事を聞いて、リニは黒猫の姿になって肩に飛び乗った。なるほど、これなら安心。
ちょうど遊び終えて戻ったベリアルが、なんだかこちらを見ているぞ。何が言いたいの??
「何人いましたか?」
「二人だけであった。森に倒れておるわ」
こっちも報告して、捕まえてもらおう。道に倒れている方の人達はエクヴァルが縛って、木に結び付けていた。完了だね。
気を取り直して、エクヴァルの案内で羊人族の村へ向かう。暗くなる前にドルゴの町へ戻れるようにしたい。
目的の村は思ったよりも近かった。エルフの村ほど奥ではなくて、けもの道を進んだ先に、隠れるようにひっそりと
門の前で声を掛けてみる。
「こんにちは~、開けてもいいですか?」
木の柵に囲まれているけど、空を飛べば簡単に入れちゃうんだよね。そもそもそんなに高い柵じゃないし。
「人族だ、人族だ」
「怖いのもいるよ」
集まってきたのは、小さな羊人族。もふもふした羊の頭に、くるんとした角を生やしている。まだ角が生えていない子供もいた。
怖いのとは、ベリアルのことだろう。顏ではなく、悪魔の魔力が怖いんだと思う。
「なんじゃ、こんなところまで。何か用かね?」
大人の羊人族だ。怪しまれないようにしないと。
「突然
「ヤイなんて、もう咲いておらんじゃろう」
やっぱり時期が終わっちゃったんだ。羊人族の男性は、渋い顔をした。それでも、もふもふは変わらない。柔らかそう。
「村長、また人族ですかな……、あ! 猫人族を救った娘さん!」
「もしかして、羊人族の薬草医の先生ですか?」
猫人族の村で会った先生だ。多分きっと、そう!
見分けはつかない。
「そうじゃそうじゃ、やっぱりだ。人族なんぞそんなに違いも分からんが、この娘は髪の色が珍しいし、何より立派な悪魔連れ」
向こうからも判別しにくいのね。先生は門を開けてくれて、入ろうと思ったら子供羊人族が攻めてきた。囲まれたよ。わあ、もふもふ。
「こら、みんな邪魔しちゃいかん」
村長が叱ってくれる。私達は周りに子供羊人族を引き連れて、先生のお宅へ向かった。先生が所持している、乾燥したヤイを頂けるのだ。
「ありがとうございます」
「大丈夫、他にも薬草魔術を生業にしている者がおるからね。我々は魔力が少なくて魔法も召喚術もほとんど使えないが、薬草の知識は豊富なんじゃ」
先生は説明をして、保管庫から紙に包んだヤイを出してくれた。
ヤイはここでは使うことが少ないので、そんなに常備していないのだとか。手に入ったけど、まだ足りない。やっぱり他も回らないと。
しかし猫人族は薬草自体、あまり保管していないとの話だった。
「きっとねえ、エルフなら持ってるよ。森のことはエルフが一番」
「木の上でも、ひょーんひょーん」
「エルフはポーションも作るよ。どっかん」
子供達が手ぶりを加えながら、口々に騒ぐ。ずっとついているんだよね。撫でていいかな。ところで、なんでポーションも作るで、“どっかん”になるの?
「そうですね。この後、エルフの村を訪ねてみたいと思います」
「エルフはあまり人と交流を持たんから、気を付けて」
「ご心配ありがとうございます。知り合いがおりますので」
ユステュスと悪魔のボーティス、村にいてくれるかな。二人がいると、話が早いよね。会話しながら、貰ったヤイを仕舞った。ナンセの実とトチウの樹皮も少し頂く。
まだまだ工房の分すらも足りないので、エルフの村に期待したい。
「お礼なんですけど、どんなものが宜しいでしょうか」
「儂ら森に住む種族は、協力し合って生活しているんじゃよ。猫人族の恩人なら、儂らの恩人も同じ。気にせんでいいよ」
羊人族の先生は、首を横に振る。その間も子供達は、私とエクヴァルの周りをウロウロしていた。ベリアルには近寄らない。
先生の家を出ると、スカートを履いた大人の羊人族が外に立っていた。
「アンタ、猫人族の村に井戸を掘ってくれたんだって? 立派だねえ。あそこは硬い岩盤があって、堀り進められなかったのよ。ホイ、お礼よ。ヤイが欲しいんでしょ?」
乾燥して束にされた、ヤイだ。やった、これだけで中級のマナポーション十本分はあるよ!
「ありがとうございます、助かります」
「いいのいいの、毎年使い切れないから。ヤイはこの村の近くによく生えるのよ、来年は採りにいらっしゃい」
「それは是非、参ります!」
これはいい情報をゲットしたぞ!
横で見ていたエクヴァルが、アイテムボックスから何か取り出した。
「そだ。お礼に、これを食べるかな?」
「食べる~!」
紙袋に入った、クッキーだ。みんな喜んで手を伸ばす。私も持っていたから、包みごと渡した。手にした子供達は、すぐに頬張って嬉しそうにしている。
「ありがとうよ、みんなしっかりお礼を言うんだよ」
「おいしいお菓子を、ありがとう!」
「こちらこそ、貴重な薬草を頂き感謝しております」
「あ、空を飛んでるよ」
「魔導師だ、魔導師だ!」
子供達がみんな上を見ている。セビリノとリニがやって来た。
「黒猫ちゃんが肩に乗ってるよ。可愛い」
今度はセビリノの周りに、子供羊人族が集まった。彼は子供が群がることに慣れていないので、戸惑っている。
「師匠、何故集まってくるのでしょう」
蹴ったりしたら大変。歩きにくそうにしている。気を使って、先生が子供達との間に入ってくれた。
「ほらお前達、迷惑だろうが」
「ごめんね、みんな。薬草を持って帰らないといけないから、もう戻るね」
「えええ~、もう行っちゃうの?」
「空飛ぶ兄ちゃんも?」
背の高いセビリノを見上げて、子供がひっくり返りそうになる。後ろにいる子も一緒に、ころんと転がった。足は蹄だ。可愛い。
「失礼」
セビリノが転がった子供を起こしてあげた。合流できたし、そのまま村の外へ向う。到着したばかりで慌ただしいが、彼はもふもふに興味がないようだ。
次はエルフの村だよ。私とベリアルしか場所を知らないので、案内しないと。
「かっこいい人族の魔導師だ~」
「また来てね!」
子供達がずっと手を振っている。
リニは猫の姿のままで、セビリノの肩からエクヴァルの肩へ飛び移った。まだ黒猫のままでいるみたいね。
※魔法で井戸を掘った話は、書籍版一巻の追加要素です。
WEB版にはありませんのでご了承ください
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