第238話 エルフとポーション

 次の目的地はエルフの村だ。

 ここからあまり遠くない場所にある。確か大きい木のある道を……??

 あれ? 分からなくなってしまった。前回と来た道が違うからかな。ベリアルを振り返ると、ニヤリと笑われた。くうう、悔しい。

「こちらであるわ。やはりそなたは、当てにならぬな!」

「こんな森の中じゃ、難しいです」

「エクヴァルは羊人族の村を、完璧に覚えておったのではないかね?」

 はっ、そうだ。一度も間違えずに羊人族の村へ連れて行ってくれた。これは……、エクヴァルも敵ね!

「……え、私は君に文句を言っていないよ? 何で睨むのかな?」

「ニャア、エクヴァル、悪くない、ニャア」

 どうやらリニは、猫の時は上手く喋れないようだ。

 この辺は小悪魔の個体差があるな。動物に変身してもペラペラ喋れる子もいれば、全然言葉を話せなくなる子もいるよ。


 背の高い木が増え、葉の間から木漏れ日が輝いている。

 道は曲がりくねって、青い不思議な蔦が大木に絡んでいた。見覚えある、風変わりな森の景色だ。エルフの村はもう近いね!

「人族……、何の用?」

 高い場所の枝から声がする。エルフだ。ついに領域に入った。

「えーと、ユステュス様の友達で……」

「ベリアル様、契約者様!」

 自己紹介しようとしたところに、ボーティスが肩までの青黒い髪を乱し、紺色のコートを翻して姿を現した。ベリアルの魔力で気づいたのかな。急いだからだろうか、白いズボンの裾が少し汚れている。


「ボーティス様! この方々が、そうでしたか。失礼しました、顔を知りませんで」

 木の上から女性が飛び降りた。スタンと、軽く地面に着地する。

「ちょうど良い。我らはヤイという薬草を探しておる。エルフどもが所有しているか、確認せよ」

「はい、ただいま!」

 ベリアルが偉そうに命令すると、ボーティスはカツンと踵を揃えて返事をした。そして礼をして、すぐに引き返す。あっという間に森の中に消えた、ボーティスの姿。

「村までご案内いたします」

 女性が笑顔を作り、私達を先導してくれる。

「よろしくお願いします」

「はい。ヤイならば、乾燥させたものがある筈です。ボーティス様のお陰で、貯蔵庫も新たに建て直すことができました」

「役に立っておるようだな」

「それはもう、とても助かってます!」

 ベリアルの言葉に、元気に頷いた。ボーティスは好かれているのね。

 

 エルフの村は盗賊の襲撃で燃やされたり壊されたり、だいぶ大変な状況だった。でも今は、そんなことがあったのが嘘のように、しっかりと復旧されていた。

 立派な木材で建てられた新しい家が、何軒も並んでいる。

 ボーティスが知らせてくれたんだろう、ユステュスと数人のエルフが出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。ヤイは今、用意していますよ」

「ありがとうございます、ユステュス様」

「いえいえ、こちらこそお世話になっております」

 なんだか固いな。ベリアルのせいかな。

「盗賊から助けてくれたお姉ちゃんだー!」

「一緒に攫われた人だ」

 それは言わないで!

 長い耳のエルフの子供が数人、空のカゴを手に畑へ向かう道すがら、離れた場所からこちらを眺めている。子供は子供で、お仕事があるのだ。

 荒らされたマンドラゴラ畑も、整地して種から撒き直しをしていた。しかし魔法植物マンドラゴラは、まだ育てている最中。すぐには収穫できないのね。


「マンドラゴラでしたら、薬に使うのなら二年物が良いですよ。大きさも薬効も、やはり二年目以降の物が上ですね。来年お届けしますので、ご心配なく」

 畑の方へ視線を向けたから、ユステュスが説明してくれた。ただでさえ素材を求めて訪ねているのに、そんなに物欲しそうに映ったのかしら。

 ユステュスについて歩いていると、ボフンと大きな音がして、畑の近くに建つ家から真っ白い煙が漏れた。

「事故でしょうか」

「いやあ、ポーション作りをやってるヤツなんですが、たまにああやって失敗をするんですよ」

 ポーションで!? あ、これが羊人族の子供が言ってた、“どっかん”なのかな?

 まさかの本当だった!


「……原因は解明されているのでしょうか」

「お恥ずかしながら、研究は人間ほど進んでいないので……」

 原因不明の失敗。それは興味深い。是非とも失敗する様子を拝見させて頂きたい。

「ならば我らに、作製過程を披露して頂けまいか」

 セビリノが食い気味に詰め寄った。ポーションでするにしては大きな失敗に、興味津々なようだ。だよね、すっごく解る。

「行ってみますか? また作ると思いますよ」

「「ぜひっっ!!!」」

 私とセビリノの声が被った。ユステュスは驚いて、一歩後ずさる。

「……君達、こういう時は本当に気が合うね」

「ね」

 苦笑いのエクヴァルの横で、小悪魔姿のリニが頷いた。


 迷惑を掛けないようにかな、他の建物から離れてたたずむその家へ向かった。ここも襲撃で壊されたのだろうか、新しい木で造られている。その上に補修がされていた。あれからで、もう壊したの。

「おーい、また失敗か? 入るぞ」

「うおっす、ユステュス。多分、張り切り過ぎた」

 扉を開くと白衣の男性とともに煙が流れ出て、薬草の苦い匂いが漂った。

「この方々は、人間の魔導師だ。原因を探ってくれるそうだが、どうする?」

「わっほう、ありがたい! じゃあ早速、素材から見てくれ」

 男性は喜んで、すぐに素材を奥にある倉庫から運んできた。

「中級ポーションの素材ですね」

「素材の状態は良いですな」


 素材には問題がない。器材も普通。

 男性は洗ったばかりの鍋で、再び中級ポーションの作製に取りかかる。

 深呼吸して気持ちを切り替えて、まずは水を浄化。そして煮立たせないよう丁寧に熱している。そこに魔力を加えるんだけど。

「魔力が出過ぎてますよ!」

「おっと、抑えないと」

「今度は抑え過ぎです」

 セビリノが横について、魔力操作を説明している。

 なるほど、魔力が安定していない。元の魔力が多すぎて、細かい調整がしにくいタイプね。あんまりアイテム作製には向いていない人だ。

「上級ポーションでも多すぎるほどの魔力が出ていましたよ」

「ふむ……、一度に作る量を増やしては?」

「また失敗したら素材がもったいないと思って、少しずつ作っていたのが仇になったわけか」

 

 結局これも途中で失敗してしまった。原因は魔力の供給が不安定だったこと。彼は自分では、魔力の放出量が感知できないみたいね。敏感な人に確認してもらえば、失敗は減るんじゃないだろうか。

 あんな反応が起きるほど過剰に魔力を注ぐ人も珍しいので、面白かった。

「あとはハーブを追加して、安定させましょうか」

「いっそ慣れるまでは僅かに魔核を入れて、魔力の許容量を増やすのも良いかと」

「少しならあるけど、中級に入れてもオッケー?」

 セビリノと男性と、三人で真剣に議論する。


「あー、君達。ヤイも届いているし、そろそろ戻ろうか。夜になるよ」

 エクヴァルが窓の外を指した。

 夕陽が赤く染まっていて、気がつけば日が暮れそうだ。

「そうでした、早くドルゴの町で親方に渡さないと」

「え、ヤイが必要なの? うちにもあるよ、お礼に分けるよ」

 男性は再び倉庫へと姿を消した。やった、ここでもヤイを手に入れられた。親方達も集められているといいな。

 ベリアルはとても退屈そうに、椅子に座って足を組んでいた。


「長々と申し訳ありません……」

 ユステュスが頭を下げる。遅くなった原因は私達のような。楽しくて時間を忘れてしまった。

 対処法も相談できて清々すがすがしい表情をした男性から、ヤイを受け取る。けっこうな量があるよ!

「余計かと思いますが、一気に魔力を放出できるタイプの方とお見受けしますので、アイテム作製よりも魔法を使う方が向いていらっしゃいますよ」

「やっぱりそうだよね~。でも、アイテム作りが好きなんだ」

 男性は照れ笑いで頭を掻く。長い耳がピルピル動いた。

「ならば、魔法を最低限の魔力で発動させたり、範囲から一切はみ出さないように制御する訓練を積まれてはいかがか」

 魔法を使う際に一気に魔力を使い過ぎた場合、威力が不安定になったり暴発したりする危険はある。しかしアイテム作製ほど影響は出ない。それこそ暴発させるなんて、余程のことだ。まあ、ほぼないかな。

 なので放出が多い人は、ついつい無造作に魔力を放つ傾向がある。

 ここを意識して抑えるのが、魔力制御の訓練になるのだ。


「そっか~、魔法もアイテム作製の魔力操作の練習になるのか。やってみる! ありがとう」

 成功するまで見届けられないのは、残念だな。これでエルフの村を後にした。泊まってとも引き止められたけど、予定があるからね。

 ボーティスはホッとしていたみたい。

「ふ……、ここでも師の教えは根付くことでしょう」

 セビリノがやけにキラキラした顏をしている。

 あ。さっきのは、私の魔法を使った遊びじゃない! 普通に訓練だな、そういえば。別に私の教えでも何でもないけどね!

 クローセル先生の指導で、やっていたんだよ。誰でもやることだよ。多分。


 ドルゴの町の門を潜る頃には、白い月が紺色に沈む空にうっすらと浮かんでいた。なんとか真っ暗になる前には到着したよ。門番がかんぬきを下ろしている。

 しまった、宿を予約していない。

 まずはラジスラフ魔法工房で素材を渡す。大いに喜ばれたよ。

 代金を受け取る代わりに、今度多く手に入ったら、今回と同じ量を私にも分けてもらう約束をした。素材で貰う方がいいもの。

「いやあ、ありがとうイリヤさん! 教わった代替品が手に入って、まずは試しに作ったところだよ。成功したし、もう少しある。あとはこれで、間に合わせられるぞ!」

「良かったです、私も安心いたしました」

 親方も職人も大喜びだ。私の分も手元に残ったし、めでたしだね!

 外はついに影と同じ黒に染まり、魔石灯がほのかに光を放っている。


「今から宿が取れるかしら……」

「ご安心を、師匠。先ほど襲撃を連絡に来ました折に、宿も確保いたしました」

「うん。お部屋、たくさん空いてた」

 セビリノとリニが、宿を用意してくれていた! 助かるなあ。意気揚々と案内してくれるセビリノ。

「ありがとう、二人とも。助かるわ」

「いえ、私は一番弟子ですから。当然です、一番弟子ですから」

 それを私にアピールすることに、意味はあるのだろうか。

 宿に泊まれるから、どうでもいいか。

 途中のお店で食事を食べてから、チェックインした。

 

 翌朝、町の警備の兵が私達を宿まで訪ねた。

「おはようございます。昨日、通報して下さった方ッスよね」

「いかにも」

 セビリノが肯定すると、男性は安堵の表情を浮かべる。

「出発前で良かった! 実は、森で一人しか発見できなかったッス。槍を持って胸当てをしたのは、捕まえました。そちらからも、もう一人の特徴を聞かせてもらいたくて。仲間だと庇う為に、嘘をつくかも知れないッスからね」

 ベリアルと遊んでくれた内の一人が、行方不明とは。どうやら逃げおおせてしまったらしい。起き上がれないほど、叩きのめしたわけじゃないのね。

「……ポーションでも所持しておったやも知れぬ。手ぬるかったか」

「縛ったわけじゃないですものね、仕方ないでしょう」

 倒したと思った相手に逃げられて、ベリアルがつまらなそうに眉をひそめた。

「逃げた男は頭に布を巻いて、投擲用の短剣を何本か所持しておった。茶色いズボンで革のベストを着用し、年のころは三十代といったところか」


「なるほど……、実は捕まえたヤツらはグループとかではなくて、声を掛けて集められただけの集団なんスよ。だから、お互いの素性すら知らないんです。その男も調査中ですが、期待できねッス。見掛けたら教えてください」

「私どもはこれより、チェンカスラー王国へ帰ります。もし見掛けましたら、冒険者ギルドを通じてお知らせいたします」

「よろしくッス! こっちも、発見したら連絡しますね」

 逃げた一人はどこへ隠れたのか……。

 まあ、もう関係ないかな。ベリアルの前に姿を出したいとは思わないでしょ。

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