第239話 レナントでのあれこれ

 ワイバーンのキュイと一緒に、空を飛ぶ。

 キュイにはエクヴァルとリニが乗るのが、すっかり定番になった。

 チェンカスラーの王都付近を通り過ぎる時に、誰かが王都上空を飛んでいるのが見えた。白いローブだ。チェンカスラーの王宮付きの魔導師は白いローブを着用するらしいから、きっとソレだろう。


 レナントに着いた私達は、西門近くに降りて門から町へ入った。

 フェン公国でお祭りがあり、商人が高ランク冒険者を中心に雇って出掛けているので、いつになく人が少ない。この機にたくさん仕入れる人も多く、お金や高価な品を持っていると盗賊も知っているので、狙われやすいそうだ。

「じゃ、私はまずビナール殿へ封筒を届けるね。冒険者ギルドにも寄るから、奪おうとされたことも報告しておくよ」

 エクヴァルとリニは、繁華街の方へ向かう。私はいったん家に帰ろう。

「よろしくね。またビナール様への商売の妨害なのかしら」

「いや、相手方じゃないかな。君は首を突っ込まないようにね」

「しません」

「それなら良かった。そだ、戻ったから近日中にフェン公国へ向かうと、ジークハルト君に連絡しておくよ」

 軽く手を振って去るエクヴァル。わざわざ念を押さなくてもいいのに。


「……そなた、信用がないな」

「エクヴァルが心配性なだけです!」

 ベリアルが楽しそうにする。逃げた犯人の顔を目撃しているんだし、介入するとしたらベリアルじゃないの? 全くもう。

 さっさとアイテムを作ろう。もらった素材はすぐに使える状態だ。せっかくだし、中級のマナポーションからかな。レナントで開院したばかりの、魔法治療院で必要だって言っていたしね。

 セビリノと地下工房へ下りて、準備を始める。

 ベリアルは自分の部屋で、この家の改装についての構想を練る。費用はベリアルが払うから、口出ししないことにした。ルシフェルは穏やかに見えて意見は曲げないので、気に入らなかったらやり直しをさせられそう。

 彼はベリアルが相手だと、特に容赦がない気がする。気の置けない仲って、そういう意味じゃないと思う。


 今回は中級のマナポーション、普通のポーション、それから熱の薬も素材があるから作る。熱冷ましはカシュウ入りにしたので、微熱で使ってしまったら困るくらい下がるだろう。

 また魔法付与もしたいなあ。フェン公国にはどんな薬草が売っているかしら。レナントに住んでいると、フェン公国名産のガオケレナが入手しやすくていいね。

 ついつい他のことに気を取られそうになりつつ、セビリノと作業を続ける。真面目な彼は、いつも黙々と作業する。

「師匠、今日はどちらに卸されるので?」

「そうね、アレシアの露店とビナール様のところ、両方の分があるわよね。上級以上のポーションの素材、フェン公国で手に入らないかしら」


 アイテムが用意できたので、まずはビナールの経営するお店の本店へ向かう。

 今回はセビリノと二人。町は人が少なめで、大勢を連れた隊商の姿はない。レナントは北から南を繋ぐ街道沿いにあるので、商人が多く寄るのだ。ついでに商売をする為に、王都へと迂回する隊商もあるよ。

 レナントも少しずつ発展している。とはいえ、のんびりした雰囲気を残しているのも好きなので、あまり都会にならなくてもいいかな。

 本店の店先で、会頭であるビナールが店員と会話をする姿があった。私に気付くと、驚いていて手を上げる。

「早いね、イリヤさん。もうポートルド首長国から帰ったのか?」

「はい、フェン公国のお祭りがありますから。急いで戻って参りました」

「さすがに飛行魔法が使えると便利だな。で、どうしたんだい?」

 ビナールが私と話し始めると、店員はこちらにも頭を下げて別の店舗へ向かった。指示でも受けていたらしい。

「ポーションを作ったので……」

「帰って来て、もう作った!? ありがたいけど、忙しい人だなあ~」

 なんだか笑われてしまった。

 店の奥にある、応接室に案内される。


「大したものはないんですけど……、ポーション類です。それと、この熱冷ましは偶然入手したカシュウを入れましたので、本当に高熱の時にだけお使いください」

 隣に座ったセビリノが、すました顏でアイテムをテーブルに置いた。弟子の仕事だからと、やりたがるんだよね。

「またスゴイものを。この時期は素材が手に入りにくいのに、この町に住み始めて日も浅くて、よく中級マナポーションまで、またこんなに作れたね。いい素材屋でもあった?」

「エルフや羊人族に分けて頂きました」

「人脈が広すぎないかい!? ん? 人脈……、人外脈?」

 不思議な単語が発生してしまったぞ。

 

「ところで師匠、前々から気になっていたのですが……」

 首を捻っているビナールに構わず、セビリノが話し掛けてくる。

「どうかした?」

「エグドアルム時代にはなかった、“らんらーんマナポーションきっらきら、今日のヤイはエルフのヤイ~”などの、その時々につむがれる詠唱はなんでしょう? アイテム作製の新たな奥義でしょうか?」

「え、なにその歌? 私、そんなの歌ってる!?」

 セビリノが間抜けな歌詞を、ふしつきで口にする。本当にそれを、私が、アイテムを作りながら、歌っている……と…………?

 真面目な瞳のままで、彼は頷く。

「鼻歌だったり、不思議な言葉を口ずさんでおります。ただ、上級のアイテムになってくると比較的無口ですね」


「イリヤさんは、ずいぶん楽しそうにアイテムを作るんだねえ……」

「楽しいですけど、えええ⁉ その時に教えて、止めてよ恥ずかしい!」

 商売相手が経営する店舗の応接室でバラすなんて、セビリノがひどい!

「ふむ……、つまり楽しみつつ己の言動すら意識しないほど、集中するのが秘訣。さすが師匠、私も無意識に歌えるよう精進いたします!」

「やめてっっ!」

 奇妙な決意表明をするセビリノ。ビナールは笑いをこらえている。

 いっそバカにされた方がいいわ!


「あ~、うん。作製の秘訣はともかく、イリヤさんにこれ」

 ビナールが緑の草模様が描かれた、オシャレな封筒を胸ポケットから出した。エクヴァルが先に訪ねた筈だから、私が帰宅したのは分かっていただろう。

 それで用意してくれていたのかな?

「お仕事ですか?」

「いや。これは、フェン公国で私が取引している商人への紹介状だよ。信用して契約した相手としか取り引きしない代わりに、珍しい素材も取り扱っている。必要なものがあったら、ここで買って来た方がいい。運が良ければ、ソーマ樹液も手に入るから。今回はお祭りで商人が押し寄せているからね、大したものは残っていない可能性もある。それでも、顏を出して話をしておくだけでも、有益だよ」

 封筒とは別に、フェン公国の首都にあるお店の位置が書かれた地図もくれた。相手の商人はわりと気難しいそうなので、悪い印象を持たれないようにしないと。


 次はアレシア達の露店だ。

 ちょうどお客が途切れて、妹のキアラと二人で露店の品を整理していた。

「こんにちは、二人とも」

「あ、イリヤお姉ちゃん。お出掛けからもう帰ったの?」

「ええ。またすぐ、フェン公国のお祭りにいくわ」

 伝えながら中級のマナポーションをセビリノが渡した。魔法治療院の人の分は別にしておく。普通のポーションはともかく、強力熱冷ましはビナールのお店だけにしておいた。

「やっぱりイリヤさんも行きますよね。お祭りもあって冒険者の方々も少ないし、終わるまではちょっと寂しいですね」

「そうなの。イサシムの皆も?」

 どうやら売り上げに響いているみたい。イサシムの皆とは、仲良くなった冒険者パーティー『イサシムの大樹』の五人のことだ。


「いえ、人がいなくなった分、依頼が受けられずに残っちゃうんで、積極的にお仕事してますよ」

「なるほど。冒険者が護衛で出払っちゃうと、ここで依頼を受ける人がいなくなっちゃうのね。皆ならきっと、チャンスだって頑張るわね」

 前向きなのはいいことだね。ランクが上がったら、護衛の仕事も増えるんじゃないだろうか。

「あ、そうだ。来ましたよ、魔法治療院の人」

「新しい常連さんになってくれそうよね」

「はい!」

 元気に返事をするアレシア。少しずつ魔法アイテムを作る人が増えて、ライバル店舗が出てきているみたい。私ももっと、アレシアを応援しないとね!


「そういえば、イリヤさんは参加されるんですか?」

「え、何に?」

 突然アレシアが質問してきた。レナントでもイベントがあるんだろうか。

「あのね~、商業ギルドが主催する、アイテムの品評会だよ! 今回のお題は中級ポーション。フェン公国のお祭りから皆が帰ってきた頃、開催されるの」

 キアラがチラシを両手で私の前に出した。ふむふむ、賞金あり。優秀者は王都のアイテム作製特別講座へ、送迎付きで無料ご招待。

「面白そうね」

「……師匠。師匠の腕が認められるのは好ましいですが、参加はされない方が宜しいかと」

 セビリノに止められた。応援してくれると思ったのに。


「そうかなあ」

「そうです。このような企画は、下の者達の為のもの。師は導く立場の方でございます」

「そうかなあ」

「そうです」

 断言されてしまった。仕方ない、品評会に出品するのは諦めよう。どんな人が参加するのかな。結果とかを楽しみにしておこうっと。

「そんなに固く考えなくても、参加してみてもいいと思いますよ……」

 私達のやり取りに、苦笑いするアレシア。キアラも頷いている。


「いや。師が優勝されるのは、朝に日が昇るよりも明らか。あまりの実力差に、他の参加者達の気勢きせいを削ぐことになりかねん」

「そこまでじゃないと思うよ!」

「そこまでです」

 ダメだ、セビリノはこうなると譲らない。どうも固執する点がおかしい気がする。話題を変えた方が良さそうだ。

「ところでアレシア、お客さんからアイテムの要望とかはなかった?」

「ん~、数を増やして欲しい、くらいですね。評判いいですよ」

「数かあ……」

 増やすのも難しいなあ。もっとガンガン作れるかと思ったけど、初級のはともかく、上のものになるにつれて、アレが足りないコレが足りないってなりがちだわ。

「今の時期は特に品薄になるのは、皆知ってますよ。フェン公国のお祭りで商人達がいろいろ仕入れて、いったん品が増えて、あとは春まで少なめです。毎年そうですから」

「時期的な問題なのね」


 無理をしないでと、アレシアが気遣ってくれる。

 これからは薬草が採れない季節に備えて、もっと乾燥して保存しておかないといけないわね。もしくは、しっかりと揃えてくれそうな素材屋を探すとか。自分で準備するのも限度があるものね。どんどん使っちゃうからなあ。

 まずは、フェン公国のお祭りで、私も負けずに薬草を仕入れないと!

 ビナールに貰った紹介状で優遇してもらえるといいな。

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