第240話 フェン公国のお祭りへ

 アイテム作製をして届けたりして、お祭りの五日前に出発した。

 キュイが元気に空に鳴く。

 南への道はまばらに歩く人がいて、国境付近に近づくにつれて増えていく。皆お祭りに来たんだね。

「楽しみだなあ。盛大そうね」

 国境近くの町では、色とりどりの旗が歓迎するように掲げられている。お祭りはどの町であるのかな。首都かな。ワクワクしながら検問の列に並んだ。


「ふー、連日これだと疲れるな。はい次」

 国境警備の兵隊が、首を回しながら呼ぶ。私達の番だ。

「お疲れ様でございます。チェンカスラーのレナントという町に住む魔法アイテム職人、イリヤと申します」

 商業ギルドの登録証を提示すると、兵は片手で受け取って顔にかざした。

「レナントの職人、と……」

「レナントの……イリヤ……、イリヤさん」

 隣でもう一人の兵が呟く。三人組で仕事をしている。

「職人の、イリヤさん!」

「はい!?」

 なぜか大声で名前を連呼された。ビックリして、声を張り上げて返してしまう。


「し、失礼しました。お通りください、すぐに馬車をご用意いたします」

 後ろにいた男性が、兵が確認していた登録証をひったくるように奪って、私に両手で返してくれる。

「え? 副隊長、えと……?」

「バカ、国賓として招かれている方だ! まさか列にわざわざお並びになるとは……、早く本部へ知らせに行け。ご案内しなければ」

 もしかして、正直に並ばなくても良かったんだろうか。私に気付いた副隊長は、いさめながらも他の兵達に指示を出している。

「お待たせして申し訳ありません」 

 丁寧に頭を下げて、私達を町の中へと誘導してくれた。


 門を越えるとまっすぐ太い道が伸びていて、最初にあるのは芝生の広場だ。それを越えると両側に建物が並ぶ。お土産物や食べ物が中心のお店が多い。

 入国した人や国を出る人が、ここで買い物をするんだろう。旅のおともにポーションを、と大きく書かれて売り出されている。

 大きな交差点で曲がると、長い塀に囲まれた建物があった。二階建てで、広い庭園は植木もなく平坦だ。

「ここは有事の際、民の一時的な避難場所になるんです」

 それで花も周囲にしか植えてないんだ。

 建物の脇から、立派な馬車が現れた。横に立つ平屋は馬小屋だったのね。六頭立てで、白に金と若草色で模様の描かれた馬車は、とてもキレイ。

「立派な馬車ですね」

「気に入って頂けて安心したしました」

 副隊長は笑顔で答え、目の前まで来た馬車の御者に、こちらがお客様だと告げている。これ、私達が乗る馬車なの!? 立派過ぎない?


 渋い茶色をした馬車も二台、やってきた。

 馬車から降りた深い緑の軍服を着た女性が、私の前にピシッと立つ。

「今回、護衛を担当する者です。身命を賭して、任をまっとう致します!」

「ありがとうございます……!」

 かなりの意気込みに、気圧されてしまう。護衛は必要ない気もするけど、国賓ってこういうものなのね。

 彼女を含む護衛達は、白い馬車を挟むように並んだ、前後の馬車に乗り込んだ。


 私達は白い馬車の扉をくぐり、椅子に座る。馬車なのに柔らかいよ。すると飛行魔法で、女性が空から降りてきた。

「こちらには私も同乗させて頂きます」

 背中の真ん中ぐらいまでのえんじ色の髪を一つにまとめ、魔導師なのに胸当てをしている背の高い女性。

「アルベルティナ様」

 フェン公国の騎士団の顧問魔術師、アルベルティナだ。最初にフェン公国に来た時や魔法会議などで、何回か会っている。

「この度はご足労頂きありがとうございます。滞在中は、私がご案内します」

「ありがとうございます。首都へ向かうんですか?」

 私達の案内係をしてくれるんだ。見知った人だし、ありがたいな。


「まずは途中の町で一泊して、明日首都へ向かいます。素材屋が多い町だから、イリヤさんは喜ばれると思うわ」

「それはありがたいです! 今の時期、手に入りにくいものが多くて」

「この国では祭りで売ろうと、乾燥させて持っている人も多いですから。普通の人も買い取ってもらおうと、自宅で薬草を乾燥させるのよ」

 人が集まり、薬草も集まるお祭り。これは期待できるぞ!

「あ、紹介状も頂いていまして。後ほどこのお店に案内して頂けませんか?」

「もちろんです。……なるほど。王都にある、この国では有名なお店よ」

 アルベルティナも知っているお店なのね。差し出した地図はすぐに返された。


「どのような素材が売られているか、今から楽しみね」

「はい、師匠。私もしっかりと購入したいと思います」

 セビリノも普段と変わらない落ち着いた様子だけど、ワクワクしているようだ。

「注意があります。祭り期間は露店での出店に、販売許可が必要ないんです。魔導師が見回りをしていますが、粗悪品や、素人が素材を勘違いして販売することがあります。買った素材に不安がありましたら、ギルドやギルドの出張所で鑑定しています」

「分かりました。が、問題はないでしょう」

 さすがに私達は間違えないだろう。とはいえ、買う時にしっかりと確認しなきゃね。

「あの、エクヴァル様も……、よろしくお願いします!」

 急に頬を赤らめるアルベルティナ。人気だね、エクヴァル!

 しかし彼はそんなに嬉しそうでもない。

「こちらこそ、よろしく」

「はいっ!!!」

 会話をしている間も、馬車は進む。街を抜けて、両側は畑や何もない草地になっていた。規則正しく植えられている背の高くない木は、葡萄だ。遠くまで続く広大な葡萄畑が、ノルサーヌス帝国側に広がっていた。


「ワインが楽しみであるな」

 ベリアルの目的は特産のブドウで作られる、オリジナルワイン。他国に流通していないのもあるようだ。

 リニはエクヴァルと一緒に、葡萄の木を眺めていた。

「こんなにたくさん、収穫が大変」

「そうだね。これがほとんどワインになるのかな」

 二人は平和だ。いつも通り仲がいい。兄妹みたいで羨ましいなと微笑ましく眺めていると、セビリノが大きく頷いた。

「ソーマに使う、質のいい葡萄が見つけられると良いですな」

 あ、うん。そうだけど、そうじゃなかったんだ……。


 次の町でお昼ご飯を食べて、さらに先を目指す。ご飯は奢り。宿も支払いをしてもらえるそうだし、買い物以外は財布がいらないのでは。

 進むにつれて、だんだんと通行人が増えてきた。

「今日の目的地です。素材が多く売られていますよ」

「やった! お買い物したいです!」

 素材屋が多く点在する町は、さすがに人が多い。中央を走る馬車の左右を、町の人だけでなく護衛を連れた商人も歩いている。

 喧噪に耳を傾けていると、馬の嘶きが響いて急に馬車がガクンと止まった。

「きゃっ、どうしたの?」

「動かないでください、見て参ります」

 アルベルティナがすぐに馬車から降りる。

「何ごと!?」

「申し訳ありません、馬車の前に飛び出した者がおりまして」


 護衛の人達も外に出て確認している。ぶつかったわけではなく、無事だったようだ。これならすぐに出発かなとホッとしたのも束の間、人だかりができていて、揉めごとは続いていた。

「ケンカは後になさい。大事なお客様をお連れしているのです、警備の兵はどうしました!?」

「今、呼びに行ってます」

 近くにいる人が答える。殴り合いのケンカをしているのは数人で、周りには仲間らしき人達が囲む。馬車の前に出てしまったのは、周囲で応援している人だ。

 こちらの護衛の人数では、ちょっと分が悪いかも。全滅させていいなら簡単だけど、そういうわけにはいかない。

「何が原因なの?」

「それが、彼らはアイテム職人の職人仲間同士で、元から仲が悪いんですよ。今回も、双方の親方が“自分のアイテムが上だ”と、言い争いまして。それから一緒にいた弟子達も、だんだんケンカ腰になって」

 ケンカをしても腕前は変わらないのに。そんなに自信があるのかな、そこはちょっと気になるところ。


 護衛の人達が輪の中心で殴り合う人々を止めようとしているが、人が多くてそこまで辿り着けないでいた。

 アルベルティナは私達の馬車の扉の前で、誰も入らないよう守ってくれている。馬車を守るチームと、騒ぎを止めるチームに分かれていた。

 エクヴァルは窓越しに警備の動きを眺めている。

「お前達、いい加減にしなさい! 牢に入ることになるわよ!!」

 殴られた男性が道路によろけて、そこに別の男が蹴りかかる。近くにいた取り囲む仲間が、腕を引っ張って辛くも避けさせた。そこから、蹴ろうとした男と庇った仲間男性が取っ組み合いになって、罵り合う。

 女性も職人なのかな、やめてと悲鳴を上げる娘や、もっとやれとはやし立てる娘もいた。


 怒鳴っても引き離そうとしても、興奮した男性達は聞く耳を持たない。あちこちでこんな感じで、争いがさらに広がっている。

「相手が職人だからね、怪我をさせないように治めようとして、苦労しているようだね。私が出ようか?」

「エクヴァルも怪我をさせちゃわない?」

「大丈夫、腕は気を付ける」

 腕は。不穏な発言をするなあ。ベリアルはどうでもいいみたいだ。良かった。


 ゴホン。

 エクヴァルとのやりとりを耳にしたセビリノが、咳払いをした。

「師匠、私に妙案が」

「作戦でもあるの?」

 セビリノが自信満々な、いい笑顔で頷く。悪い予感がする……。

 いくらなんでも、唐突に攻撃魔法は唱えないよね。馬車にまで当たってしまいそうだし。

「誰も傷一つ負わせずに、解決します」

 そう告げて、立ち上がった。アルベルティナが危ないので出ないようにと慌てて促すが、彼は構わず馬車を降りる。


「者ども、道を空けよ!」

 馬車から背の高い魔導師が姿を現して威圧的に叫ぶので、皆の視線がセビリノに集まった。誰だ、とコソコソ話し合っている。

「申し訳ありません。すぐに治めますので、馬車でお待ち頂けませんか?」

 今度は警備責任者の女性が、セビリノに謝っている。やっぱり止めれば良かった。


「いや、任せてもらおう。良いか聞け! 恐れ多くも、この馬車におわすお方は! 地獄の王の進攻を止めた偉大なる魔導師、イリヤ様にあらせられる! 控えおろう!」

 一瞬水を打ったように、しいんと静まり返った。

 やられた……! まさに妙な案だわ!!

 馬車の窓から外を見渡すと、こちらを覗き込む男性と目が合う。


「そうだ……、俺は国境警備でその場に居合わせたんだ。あの女性は、確かに地獄の王を止めてくださった方だ! 我が国の魔導師が束になってなんとかしのいでいた攻撃を一人で防御し、迫る地獄の王を恐ろしい魔法で押し返した、悪魔よりとんでもない魔導師だ!」

「地獄の王よりヤバイじゃないか!!」

 悲鳴ともつかない言葉が、街中に響き渡る。一人じゃないよ、エクヴァルとかもいたもの!

「ク……、ハハハ! パ、パイモンより危険な人間とな!」

 ベリアルが声を立てて笑い、エクヴァルは隠すように片手で顔を覆っている。それでも笑い声は漏れているからね!

 セビリノ……、どこかでそれをやりたくて機会を窺っていたのね……! 確かにフェン公国ならピッタリだ。全力で止めるべきだった!!

 馬車の前には道が開かれ、揉めていた人達は肩を組んで仲良しをアピールしている。私がどうすると思っているのだろう。


「師匠! 師のご威光で、瞬時に解決いたしました!」

 清々しい表情で、セビリノが元気に馬車に戻った。護衛の人達はポカーンとしてるわよ!

「……お褒めの言葉は頂けませんので?」

「褒めません!!」

 首を捻るセビリノ。本気なのか。

 大勢の人が見守る中、馬車の車輪は回り出す。

 私はこの町でも買いものをしたいのに……、これじゃあ歩き回れない~!

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