第241話 散策
本日の宿に到着した。
なんでこの人達、楽しそうなんだろう。セビリノもエクヴァルもベリアルも、口許が緩んでいる。リニはちょっと困った表情。
明るいうちにチェックインできたけど、今日はさすがに部屋にいようと思う……。
あの後で外に出る勇気がない。警備体制をしっかり、誰も入れないようにと、警備責任者の女性が指示をしている。騒ぎになってしまったから、予定よりも警戒しているんだろう。
宿の部屋で紅茶を飲みながら、三階の窓の外を見下ろす。
敷地の外に数人が集まって、宿を眺めていた。
「ここが、あの地獄の王を退けた人が泊まっている宿よ」
「一緒にいた男性達、皆ステキだったわね!」
「あれは一人は悪魔だってよ」
そんな会話が耳に届く。私はヤバイで、男性達はステキなのか。理不尽だ。これが人の世の不公平というもの……。ベリアルなんて、怖がられている地獄の王なのに。
部屋にはウェルカムスイーツが置かれている。
私は一口サイズのシュークリームを片手に、チョコのタルトとプリンのどちらを次に食べようか悩んでいた。どんな時にも甘いものは美味しい。
ティーポットから紅茶を注ぎ足していると、扉がノックされた。
「師匠、買い物に出掛けられませんので?」
「今日は行きませんっ!」
「では私は行って参ります」
足音が遠ざかる。セビリノは観衆を掻き分けて行くのね。
さすがだわ。あの鋼の精神が、私にも欲しい。
しばらくして門を潜るセビリノの姿があった。堂々としているので、見ていた人は誰も声を掛けられずにいた。
私は部屋にいてもすることがないし、アルベルティナの部屋へと向かった。これからの予定を尋ねておくのだ。部屋の中からは話し声がしている。
これは、後にした方がいいのかな。戸惑っていたら、警備の男性が通りかかった。
「ご用ですか?」
「はい。ですが相談中のご様子ですので……」
「先ほど、イリヤ様の護衛の男性の方がいらっしゃいました。警備体制などのお話でしょう、同席された方が宜しいかと思います」
いるのはエクヴァルなのね。
頷くと、男性は扉をノックする。
「アルベルティナ様、イリヤ様がお見えです」
「お通しして」
部屋にはアルベルティナとエクヴァルとリニ、それから警備責任者の女性もいた。警備責任者の女性が立って、座ってくださいと勧めてくれる。
こちらがお客だもんね。遠慮なく座らせてもらった。断るのも相手が困るだろう。リニが私も座ってていいの、とエクヴァルに目で訴えている。
「イリヤさん、明日の予定なのですが」
「はい」
セビリノが堂々と名乗ってしまったので、馬車の周りに人が集まってしまう可能性があるとの、懸念が告げられた。ウチの弟子が申し訳ありません……。
なんだかそんな、肩身の狭い思いがした。
なので予定を変更して、明日の早朝、人出が少ないうちの出発を検討しているらしい。私は二つ返事で了承した。
「では明日の日の出の時刻に、次の町へ移動しましょう。そちらで祭りの出し物を多くやっているから、観劇できるわよ。大道芸や吟遊詩人の歌も披露されるわ」
アルベルティナが笑顔で教えてくれる。
「劇があるの? 楽しみね」
「うん……、どんな劇をやってるのかな……っ」
リニも出し物に興味があるみたい。早く行く分、たくさん見られるかな。
警備責任者の女性は、私達が早朝の出発にすんなりと納得したので、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「首都は人が多く集まるのです。余計な混乱を避ける為、見世物は他の町で催して頂いております。首都では祭り当日のワインの振る舞いや、ガオケレナの特別販売などが行われますよ」
「それも待ち遠しいですね!」
ステキなイベントが盛り沢山なのね。近隣の商人や冒険者が集まるだけあって、本当に盛大だ。今回はトランチネルが南北に分裂してしまって、攻めてくる余裕はないだろう。安心だから、皆ゆっくりできるよね。
「師匠、こちらにいらっしゃるとか!」
珍しく興奮した様子で、早くもセビリノが戻った。これは、いい素材を手に入れたかな?
「いるわよ。どうぞ」
「失礼します」
手ぶらだ。アイテムボックスに仕舞ってあるのかな。
「ハシバミの実を入手いたしました。他にも色々とあったのですが、それだけではないのです!」
「う、うん」
話しながらズンズンと前に進んでくる。勢いに押されるよ。私の目の前に来たところで、エクヴァルが鞘に入ったままの剣を出して、止めてくれた。
「君、イリヤ嬢が驚いているよ」
「失礼。エグドアルムでは見られない、パッハーヌトカゲが売られていたのです。持ち帰ることができないので諦めましたが、ああ、欲しいですな……!」
「パッハーヌトカゲって、血が薬になる魔物じゃない! いいなあ!」
「トカゲに目を輝かせるのも、どうかと思う……」
エクヴァルにはパッハーヌトカゲという、珍しい素材の価値が分からないようだ。生き血を使うので、エグドアルムまではなかなか運べないのだ。図鑑に載っているの絵を見たことがある。
私も実物を目にしたいし、連れ帰って薬にしたいわ。
「つまり、トカゲが欲しいけれど、持ち帰れなくてお困りなのですか? それでしたら冒険者ギルドに、そのトカゲの入手と運搬を依頼として出してみては如何でしょう? ちょうどチェンカスラーから多く人が来ていますし、商人の護衛に就いている冒険者が護衛対象から馬車のスペースを借りて、ついでに運搬依頼を受けることもありますよ」
「「それだっ!」」
セビリノと声が揃った。
私が冒険者ギルドに出向いてしまうと騒ぎになるからと、護衛の人が請け負ってくれる。しかも代金は払ってくれちゃうんだとか。やったね。相場も分からないし、全部お任せしてしまおう。
予定は決まった。まだ時間があるし、意を決して買い物に出掛けた。アルベルティナや警備の人達と、他の皆も付いてくる。セビリノがやたらとニコニコしているぞ。
宿は中心部から少し外れた、周囲にあまり建物のない場所にあった。警備の都合上、周囲に高い建物がない方がいいからだって。
警備に囲まれて歩くのも、変な感じがする。隣にはベリアルがいて、少し後ろをエクヴァルとリニ、セビリノが歩く。人々の視線が痛い。
「あの方だ、イリヤ様の御一行だ」
「さすがに警備が厳重だなあ。握手してもらえないかな」
「おお……ありがたや」
拝まないで頂きたい。聞こえないフリで通り過ぎる。
隣にいる悪魔は女性達に手を振ってキャアとか叫ばれているんだけど、どういう神経をしているんだろう。私はこっそりと行きたいわよ。
道の両端にぽつぽつと、敷物を広げてものを売る人の姿がある。ちょうど品物を並べているところだったり、座って通行人に呼び込みをしていたり。
「あ、薬草。アルベルティナ様、寄っても宜しいですか?」
「どうぞ、遠慮しなくていいわよ」
「ありがとうございます!」
椅子に座って両肘を腿に付けて、だらんとした年配の男性の露店の前にしゃがみ込んだ。セビリノが隣に立って見下ろしている。
店主である年配の男性は私達の姿を確認すると、身を起こして小さく頭を下げた。
「ど、どうぞ。大したモンはございませんが……」
「あ、ピッルーの
「ヤイ……、あれはもう売り切れてしまって」
「そうですか……」
これから行く先であるかな。きっとどこかに、少しくらい残っているハズ!
他の薬草も眺めていると、突然目の前の店主が椅子から床に転がるように下りる。
どこかで見たようなシチュエーションだ。
そうだ、初めて会った時のレンダールだ。彼はこの後……。
「申し訳ありません、お許しを~!」
「謝らなくていいんですよ、無いものは仕方ありません。頭を上げてください!」
やっぱり! 突然、土下座してしまった! 慌てて店主を宥める。
昨日の噂が回っていて、地獄の王パイモンとの戦いの時のことを耳にしているんだろう。だからって、欲しいものが無いくらいで暴れませんから!!
「うむ、師匠は心の広いお方。気に病むことはない」
誰の責任だと思っているんですかね! セビリノは片膝をつき、店主の肩に手を置いている。妙にいいシーンに映るから不思議だ。
あんな騒ぎにならなければ、噂にならずに済んだのに。
恐縮している店主に支払いを済ませ、セビリノがアイテムを受け取った。
それから露店を散策してポツポツ買い物をしつつ、素材屋に到着した。古めかしい木造りの店で、薬草が吊るしてあったり棚に厳重にして飾られていたり、広くない店内に素材が並べられている。
ただ、わりと場所が空いている。売れてしまっているんだろう。
「今は買取中だから、適当に眺めていてくれ」
中年の男性がこちらに目もくれず、ぶっきらぼうに言い放った。カウンター越しに立っている若い女性が、売り主だろう。
店内にはマナポーションの材料もあったので、確保しておく。護衛の人達はお店の外で待っているよ。
「いいね、じゃあこの金額で」
「やったあ、ありがとうございます!」
どうやら商談成立だね。売られた素材をチラッと盗み見る。
乾燥したリブワートが根っこごと! これは上級ポーションにも使える。
「はいはい、私が買いたいです!」
誰にも渡してなるものか。手を上げて主張した。
「……お客さん。これが何に使うか、分かってるの?」
「上級やハイポーションですよね。根っこもありますし、いい状態で乾燥しています。職人なら買わなきゃならないでしょう!」
力を込めて説明する。いや、素材屋だから熟知しているか。
「おや、若い方だと
他に選んでおいた素材も一緒に、会計を済ませる。しっかりゲットしたよ。
「シャリュモー、マッグウィルト、アトルラーゼ、マイズ。それにアルルーナ。これを頂こう」
セビリノも薬草を選んで買っている。
「これは魔導師様、ありがとうございます」
店主はペコペコとお辞儀しながら、代金を受け取っていた。これが普通の反応だよね、セビリノに委縮して私には軽い感じ。
しかしセビリノは納得できないようで、眉根を寄せた。
「し・しょ・う! では参りましょう」
え、なにその新しい言い方。
私がセビリノの師匠だと分かって、店主がしまったという顔をする。
セビリノは何と戦っているの?
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