第242話 思いがけない再会

 しっかり素材の買い物も済ませ、夕闇が迫る時刻になったので宿へ戻った。

 とにかく行く先々で視線が気になる。セビリノは意気揚々としているし、ベリアルはやたらご機嫌だし、エクヴァルは……まあ普通。リニがエクヴァルの隣から離れない。

 

 夕飯をしっかり頂いて、早めにベッドに入る。

 そして太陽が昇るとともに宿を発つ。人の出が少ない時間帯に移動して、混乱しないようにするのだ。ちょうど町の警備兵の交代の時間に合わせ、夜の警備を終える兵に町の門まで送ってもらった。

 夜勤明けの警備兵が小声でしている会話に、耳を傾けてみた。

「ふあ~、眠い。魔王の攻撃を止めた方の警護なんて、いらないよな。俺達より強いじゃん」

「町のヤツらが怒らせないようにじゃないか」

「ああ、見物人を守るのか」

 笑いながら、一人がパイモンが暴れた時の話を始める。大変だったものね、国境警備に兵が各地から集められていたようだ。


 で、私から町の人を守るの!?

 なんだかなあ、なんだかなぁ。ここにもいますよ、地獄の王が!

 隣に座るベリアルにチラリと視線を送ると、外の会話は聞いていなかったようで、怪訝な瞳が向けられた。

「……なんであるかな?」

「人が多いですから、揉め事を起こさないでくださいね」

「そなたに言われたくないわ」

「ベリアル殿が暴れると、皆に怖がられてしまいますよ!」

 エクヴァルもだけど、まるで私がトラブルを運んでくるみたいに言うのよね。

 私はアイテムを作って魔法を使って、楽しく暮らしているだけですよ。

「恐れられて、……だから何なのだね?」

「え?」

 思いもよらぬ返しがきた。何だと問われても。

「人がこの我を恐れることの、どこがおかしいのだね。おかしいのはそなたである」


 確かに地獄の王に恐怖を抱くのは、普通だ。

 あれ? 私が変なの?

 え? えええ??

 ベリアルに言いくるめられてしまったような……。むうう、不覚。

 町の兵達は門のところまでで、解散した。ちらほら馬車を窺う人はいたけれど、特に集まってしまうような事態にはならず、無事に抜けることができた。

 どうにも腑に落ちないまま、夜明けの白い光が斜めに差し込む草原を眺める。

「その先で朝食にしましょう。宿の方に用意をして頂いています」

 ちょうどお腹もすいてきた頃、アルベルティナが提案した。

 平坦で見渡しのいい場所なので、警備にもいいのだろう。警備の人達が確認してから、私達も馬車を降りた。先に周囲を警戒してくれている。大変だなあ。


 布を敷いてくれて、その上に座った。パンが入ったバスケットを真ん中に置き、それと別のカゴから紙の箱を幾つも取り出す。フタを開くと、ベーコンを巻いたアスパラや揚げ物、ミニトマト、ゆで卵などが色とりどりに飾られていた。ピクニック気分だね。爽やかな風が気持ちいいし、これはいいな。

 空を飛ぶのは鮮やかな色の羽を広げた、巨鳥シームルグ。

 警備の人達の間に緊張が走ったけど、いきなり襲ってくるような魔物じゃないよ。

「かわいい」

 リニが星形に切られたチーズを、楊枝に刺して口に運ぶ。

「おいしい?」

「うん。外で食べるご飯は、気持ちいいよ」

 エクヴァルが尋ねると、笑顔で答える。うんうん、そうだよね。


 馬車は今日の目的地に向かって、順調に進んでいる。

「いい、セビリノ。これからもっと人が増えるから。目立つことはしないでね」

「……は。お気に召さなかったようで……、次はもっと師の尊敬を集められるようなやり方を、考えましょう!」

「いや、考えなくていいからね。警備の人も大変になるし、何が起こるか解らないでしょ」

 とにかく前回のようなタンカは切らないよう、説得しておいた。どうして年上の魔導師に、こんなことを注意せねばならないのか。

 そして何故セビリノは、不思議そうに私を見つめるのか。


 野営のテントが幾つも張ってある。その先には、壁に囲まれた町。どうやら泊まるところのない人や、お金を節約している人が、町のすぐ近くで野営をしているようだ。これはお祭りのお客なのね。

 ここの門では検問は行われておらず、皆すぐに通れる。

 近くにいる人達が通り過ぎる私達の馬車を、また貴族のお客様ねと囁き合いながら眺めていた。

 しかしまだ午前中の早い時間。早朝に出発したのだから、到着も早くなる。これでは宿に入れないだろう。どうするのかな、見世物はもう始まっているのかしら。ソワソワと窓の外を眺めていると、アルベルティナがクスリと笑った。


「いったん宿へ行ってから見物しましょう。芝居や興行は、時間をずらして色々な方々が公演しています」

 考えが見抜かれていた。

 宿は前日から部屋を抑えて、部屋の中をチェックしてあるとか。安心だね。

 大通りから少し入った場所にある大きな宿で、周囲は柵に囲まれている。敷地内に馬車を泊まるスペースもあるよ。庭には金色の鳥が。伝令用かな。

 広いロビーの奥には、舞台がしつらえられていた。宿の中でも催し物があるの!? 階段からも眺められるようになっていて、踊り場に椅子が置いてある。


 三階が私達の為に貸し切りになっていたので、一人一部屋使わせてもらって、荷物を置いた。エクヴァルとリニは一緒。

 どんな演目があるのか、楽しみに外へ出た。警備も一緒で、また囲まれている。どうも物々しいなあ。

 にぎやかな街を散策していると、集まっている人が口々に騒いでいた。またケンカ? いや、ヤジが飛んでいる感じ?

 警備の一人が先に駆けて、状況を確認してすぐに報告してくれた。


「どうやら軽業師が怪我をして、こちらの興行が一部中止になったようです。叫んでいるのは、軽業を目的にしていた客です」

「怪我なら、ポーションでいいのでは?」

「大きな怪我で、中級ポーションが売り切れていたらしいですね」

「一つ二つなら、持っていますよ」

 なんだ、そんなことだったの。きっとお祭りに来た人達がポーションを買って、品切れを起こしているのね。

「じゃあ、私が持って行くよ」

 エクヴァルが手を出したので、彼に託した。後ろから付いて行くリニの尻尾が揺れている。

 

 お客が集まっているんだし、もう始まる時間なのね。怪我が治ったら、開演されるかしら。反対側にある小さな空き地に、屋台が幾つも並ぶ。

 エクヴァルはお客とやり取りをしている劇団の人と話し、軽業師の男性へ中級ポーションを差し出していた。安くする代わりに、一番前の席を確保したいと交渉している。

 外にある即席舞台の上で演目が披露され、お客はその周りに集まる。椅子が十重とえ二十重はたえに囲むように置かれ、座るのは早い者勝ち。

 席料などはなく、入れ物を持った人が席を回ってお金を回収するシステムだ。


「大丈夫、もうすぐ始まるよ。椅子を使っていいって」

 エクヴァルに呼ばれ、追加で用意されている椅子に移動する。劇団の人が、私達の為に並べてくれていた。

「あれ? エクヴァル」

 おっと、知り合いかな?

「失礼、どなたですか?」

 警備責任者の女性が、間に入って止めた。エクヴァルの名を呼んだのは、紺色の髪で背が高く、エクヴァルに少し似た男性。水色の長い髪の女性をともなっている。

 ……あ! エクヴァルの一番上のお兄さんと、お義姉さん! なんでここに!?

「赤の他人です」

「酷いよエクヴァル、そんな冷たい言い方をしなくても……」

 サラッと知らないフリをしたエクヴァルに、切なく訴える。相変わらずお兄さんは気が弱そう。


「……冗談ですよ。兄上、義姉上。お久しぶりにございます。エグドアルムで殿下のご婚約式典の準備をしているのでは?」

「それが、私達が出発してから婚約決定の報がきて。私達はこのフェン公国に向かっていたから……、チェンカスラー王国にも寄ったんだけど、君に会えなくて残念だったよ」

 いない間に、訪ねてくれていたんだ。よく家を空けちゃうから、申し訳ないな。

 兄弟だと分かったので、警備責任者の女性は避けてくれた。見ればあちらにも、護衛が三人ほど付いていた。

「そうでしたか。あちこちと、出掛けていたもので。私達は席を用意して頂いていますので、この興行を見たいと思います。では」

「まあ、私達もですわ! ねえマティアス様、一緒にご覧になりましょう」

 顔の横で手を合わせて、可愛らしい仕草をするお義姉さんのエルミニア。彼女は兄弟が仲良くできるように、気を回してくれている。

 これは私も、お手伝いしなければ!

「せっかくだし、皆で見ましょう。ねえ、エクヴァル」

「ええ……、でも席は劇団の人が確保してくれていたから」

「どうぞどうぞ、お使いください!」

 既に他の席はどんどん埋まっていた。追加で椅子を二つ、持って来てくれる。

 そんなわけで私達も一番前の列に並んだよ。私の横は、ベリアルとリニ。リニの隣にエクヴァル、お兄さんと続く。

 護衛の人達は、アルベルティナを除いて離れた場所で待っている。


 椅子を取り巻くようにたくさん人が集まった頃、舞台の中央で挨拶があり、ついに始まった。

 まずはボールを一人で何個もクルクルと投げて取る、ジャグリングだ。

 続いて舞台の両端から二人の男性が棒を持って現れ、ポンポンと高く投げて受け渡ししている。よくぶつからないなあ。たくさんの拍手が沸き起こった。

 次に丸い大きなボールに乗ったまま両方の手の平に長い棒を乗せて落とさないようにしたり、小さな的にナイフを当てる人が出てきたり、特殊なメイクで踊る人がいたり。

 それから出てきたのが、薬をあげた男性だ。

 後ろにバク転を繰り返した後、手も使わないでトンッと回る。足をグッと曲げた逆立ちをしたと思うと、片手だけになってピョコピョコと飛ぶ。

 すごいすごい、大歓声だ。リニも一生懸命、手を叩いている。


「すごいねえ、リニちゃん」

「うん! わ、私もあんなにすごかったら、もっとエクヴァルの役に立てるのに」

「リニは今でも十分、役に立ってくれているよ」

「本当?」

 笑顔で会話する二人の横で、お兄さんは何か言いたそうにチラチラ覗き見をしつつ、結局一言も話し掛けられなかった。

 席と席の間を歩く団員のカゴに、見物している人達がお金を投げ入れる。どのくらい入れればいいか見当がつかなかったので、とりあえず一日分の食費くらいにしておいた。

 軽業の後は、道具を使ったコミカルな踊りが披露され、これで終わり。

 舞台では最後の挨拶がされている。観衆は少しずつ去っていた。


「マティアス様」

「よ、よし。どうだろう、エクヴァル! 天気もいいし、お祭りだし、皆で食事をしないかな? 屋台もたくさん出ていたよ。これが数日続くなんて、すごいね」

「ありがたいお誘いですが、我々は店を予約して頂いております」

「お二方が増えても、問題ありませんよ」

 アルベルティナが気を利かせて答えると、お兄さんは喜色を浮かべる。エクヴァルの身内なのに、単純な人だな。さすがにエクヴァルも諦めたみたい。


 皆で食事をするお店へ移動する。お兄さん達の護衛も一緒だ。

「兄上……、本当になぜ、フェン公国へ?」

 不意にエクヴァルが尋ねた。馬車で来たのよね、飛行しても遠いのに。

「ガオケレナや薬草とか、取引が生まれたから……それで、遊学と妻との旅行も兼ねて。君の暮らしぶりも確認したかったし。しかし婚約披露があるからね、予定より早く切り上げることになってしまったよ」

「こちらの紋章や家系まで覚えても、用途がないと思いますよ」

「紋章?」

 色々やることがあるものなのね。それにしても紋章って?

「兄上は紋章官の任に就いているんだ」

「マティアス様はそれはそれは、博識なんですわ」

 紋章官。どんなお仕事なのかしら。奥さんのエルミニアが、得意気にお兄さんを見上げる。仲のいい夫婦だ。

 もうすぐお店だと、アルベルティナが教えてくれた。続きは席に着いてからだね。



★★★★★★★


前回書き忘れてしまいました。

前回の更新分で、100万文字達成です!書きましたなあ。

100万字を越えてお付き合い頂き、ありがとうございます!!

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