第234話 ポーション詐欺にご用心!

 奴隷購入の付き添いを終えた私達は、ニジェストニアを後にした。契約書を正しく直させたので、依頼主のゾルターンには感謝されて、多めに報酬を貰った。これでカステイスとイヴェットにも顔が立つよ。

 ついでに足を怪我している奴隷用に、アルルーナ入りの軟膏をあげた。


 ニジェストニアとポートルド首長国は交流があるので、簡単に入れた。特に今はポートルド首長国に地獄の公爵が滞在しているから、あちらの兵は怠けたり強気だったり。いざとなれば公爵が何とかしてくれると高をくくっているんだろう。

 そんなに都合良くいくとは限らないんだけど。

 通行税を払えば、いい加減なチェックだけで国境を越えられたのは楽だった。

 ニジェストニアからは、食料を積んだ荷馬車が行列を組んでいた。奴隷を働かせている農園が多くて、食料を輸出しているよ。

 私達の後ろにいた商人も、すんなりと通されている。積み荷のチェックもされていない。


 ベリアルは既に魔力を抑えていて、向こうからは気付かれないようにしている。多分、ろくなことは考えていないぞ。

 低い木や草が多く、見通しがいい。虎人族が水牛を引いて、のんびりと歩いていた。点在していてる小さな集落には、レンガや、かやぶき屋根の木の家が建っている。この辺りで泊まれるような宿はないだろう。先を急ごう。

 私達が歩く上をキュイが飛ぶので、影がゆらゆらとしていた。


「とりあえず、もっと人の多そうな町を探しましょう」

「キメジェスがおるな、合流すれば良かろう」

 ベリアルにはキメジェスの居場所が分かるようだ。彼は馬車でチェンカスラー使節団と一緒に移動して、私達より先に到着している。もう地獄の公爵に会ったんだろうか。

 ベリアルに続いて空を飛んだ。エクヴァルとリニはキュイに乗る。中心部には発展した町が、幾つかあるようだ。かなり貧富の差がありそうな国だなあ。

 地獄の侯爵であるキメジェスが逗留している宿なら、きっとベリアルも気に入るような部屋だろう。


 町の手前でキュイと別れ、入る人の列に紛れた。荷馬車が幾つも並んでいる。簡単にチェックして、どんどん門を潜っていく。

 ついに私達の番だ。私が職人だと挨拶しようとすると、エクヴァルがスッと前に出て何かを取り出した。

「この国に地獄の公爵が滞在されていると噂を聞き、ご挨拶に参りました。エグドアルム王国の者です」

「これはお疲れ様です。公爵様は首都にある王城にいらっしゃいます、今日はこの町でお泊まりになるのが宜しいでしょう。どうぞお通りください」

「ありがとう」

 簡単に通れたよ。尋ねてくる人が他にもいるんだろう、対応に慣れているようだった。


 町には人が多く、活気に溢れている。

 壁がなく屋根だけの市場があり、テーブルに布や果物、大きなビーズをつなげたアクセサリーを売る店がひしめき合う。木箱に重ねられて売っている野菜には、傷んでいるのも混じっているね。買う時は気を付けないと。

 この辺は庶民のエリアだったんだろう、歩くにつれて町のたたずまいが変化していく。チョコレート色の立派な建物が並び、通行人の衣装も高そうなものになった。


 ベリアルが立ち止まったのは、富裕層のエリアにあっても一番高価そうな四階建ての宿。

「さて、キメジェスを呼んで参るか」

「受付で呼んでもらえば、いいじゃないですか!」

 聞かずに行ってしまった。貴族悪魔がいる感じはするし、この宿に泊まっているのは確かなんだろう。私達はそのまま道で待つことにした。

 ベリアルが壁沿いに窓を目指して飛んでいくと、慌てた様子で魔法使いが追い掛ける。警備に空を飛べる魔法使いまでいるんだ!

「止まってください、ご用ですか?」

「ここに宿泊している者に用がある」

「ならば受付を通して頂きます」

「……我に指図をするつもりかね」

 全く以て当たり前の注意をされて、ベリアルは眉をひそめた。警戒している魔法使いの前で、部屋に向けて手を出し、ほんの少し動かす。


「師匠、私が仲裁して参ります」

 飛ぼうとした私の前に、セビリノが出た。

「大丈夫だと思うけど、お願いねセビリノ。ベリアル殿が無茶しないように」

「ははっ!」

 せっかくなのでお任せしちゃお。

 警備の魔法使いも、飛行魔法が使えるくらいの実力だもの。魔力を隠して飛ぶベリアルが、普通の人間ではないと気付いている。貴族悪魔だと考え、手をこまねいているんだろう。右往左往して可哀想。

 セビリノがあちらへ着くよりも早く、窓が開く音がした。キメジェスが慌ててベランダに姿を現す。

 さっきの動きは、室内に火でも起こさせたのでは。迷惑を考えて頂きたい。


「そちらの方は俺の客だ、お通しして問題ない」

「そうでしたか……! しかし決まりですので、窓からの出入りはご遠慮願います。飛行魔法用の出入口をご利用ください」

 ベランダから声を張るキメジェス。知り合いだと判明して、魔法使いは少し安心したようだ。

「ベリアル殿、従ってください。師匠がお困りです」

「イリヤ嬢っ」

 セビリノがこちらを向き、エクヴァルが私を呼んだ時。

 ドン、と衝撃があった。

「きゃっ」

 人とぶつかったのだ。道の端に立っていた筈なんだけど。

 続いてガチャンと割れる音が響き、瓶が地面で弾けた。

 中に入っていた琥珀色の液体が、流れて染みを作る。


「何てことしてくれるんだ! 大事なハイポーションが……っ!」

 え? ハイポーション?? そんなに魔力が流れてないよ。騙されているの?

 エクヴァルが私の腕を引いて下がらせ、相手との間に入った。リニは私の隣に、ついてくれている。

「止まっている彼女に、勝手にぶつかったのは君の方だよ」

「こんな往来で、邪魔をしているのが悪いだろ!?」

 どうなってるの? 私はしゃがんで液体を確認する。

 やはりハイポーションとは思えない。そんなに大事な薬を持って、わざわざぶつかるかな。考えてみると、何かがおかしい。

「避けなかった己の怠慢だと、諦めたまえ」

「ふざけるな、弁償しろ!」

 男性が声を荒らげて、エクヴァルに迫る。


 怒鳴る声に、ベリアル達もこちらへ降りた。

「そなた、何をしておるのだね」

「こちらの男性が私にぶつかった拍子にハイポーションを落として壊したから、弁償しろと仰るのです」

「……ハイポーション?」

 セビリノも訝し気な表情をした。警備の魔法使いも一緒にいる。

「違うわよねえ」

「はい」

「私も違うと思いますね」

 魔法使いも、賛同してくれた。そうだよねえ。

 普通のポーションと上級くらいならともかく、ハイポーションは特に魔力が溢れているから、区別がつくと思う。この液体からは、大した魔力は感じない。


「お、俺が嘘をついてるって、難クセをつける気か!?」

「いやいや、言い掛かりは君でしょ」

 私を庇って取り合わないエクヴァルに、男性が一歩近づき乱暴に襟を掴む。

「きゃっ……、エクヴァル」

 リニが息を呑んで、私のローブの袖をギュッと握った。

「ふざけるな、弁償しろって言ってるだろ」

「……ふざけているのは、どっちかな」

 エクヴァルの声が低くなり、男を睨む。男は思わず手を緩めて、少し離れた。

「宿の前で困ります、中で話し合いましょう」

 魔法使いが今度はこちらの仲裁に入るよ。忙しい人だ。


「他国の要人が訪問されているのに、よもや宿の前で争うとはどういう所存ですか」

 この国の官吏だろうか。黄土色の長いコートに、濃い灰色の衣装を着た男性が、金色の馬からヒラリと降りた。数騎の兵も連れて。

「ヤベッ」

 男性が小さく呟いて、逃げようとする。

 もちろんエクヴァルは手を掴んで離さない。

「こちらの男性が、この液体をハイポーションだと言い張りましてね。弁償しろと迫って、呆れていたんです。これがハイポーションでないことは、我がエグドアルム王国の宮廷魔導師が、確信を持って証言しております」

「エグドアルムの宮廷魔導師!? 本当ならば、疑う余地もありません。エグドアルム王国の方が見えられていることは、門番より報告を受けています」

 官吏の男性の視線が、セビリノに注がれる。凛と立つセビリノが頷くと、騒いでいた男性の顔色が青くなった。

「ゲッ……! まさか、この男が?」


「……捕らえろ!」

 官吏の命令で、兵がすぐに動く。エクヴァルを殴って逃げようとした男性は、反対に殴られて倒れた。そのまま拘束される。

「そういえば以前、宿の客が上級のポーションを壊して弁償させられたと話していました。余罪がありそうです、追及してください!」

 魔法使いが訴えると、官吏は頷いて兵士に言い渡し、その男性をこの町にある軍の施設へ連行させた。この町の警備は国軍が担っている。

「失礼しました。あの者の取り調べはお任せください」

 これは安価なポーションの瓶を入れ替えて、ハイポーションだと言い張り、壊したから弁償しろという詐欺なのね。上手くいったから、上級からハイにランクが上がったようだ。


「君はこの宿の警備ですか? チェンカスラー使節団の方々は、いらっしゃいますか?」

「はい、部屋に待機しておいでです。お知らせして参ります。あ、こちらの方々も、チェンカスラー使節団へのお客さまで」

「使節団ではないわ。悪魔キメジェスに話がある」

 二人がこちらに顔を向けたので、ベリアルが答えた。官吏は使節団に用があって、ちょうどここへ来たんだ。ベリアルはまずキメジェスと話をするようだから、外に呼んでもらうことにした。

 いや、もう出て来ちゃった。カッカッと足早で、ブーツの音が近づく。

「ベリアル様、ご用でしょうか」

「うむ、どこぞ内密の話をする場所はあるかね」

「でしたら、その先のレストランにしっかりとした個室がございます」

 会話を耳にした魔法使いが、教えてくれた。とりあえずそちらへ移動する。


 大通りから細い道を少し入る、奥まったレストランだ。道の両脇に竹がまばらに植えてあり、大きな石が配置されている。オシャレなのかな。

 赤茶色のレンガが敷かれた入口。黒い建物で、扉に四角い模様が金で描かれていたり、落ち着いてシックなデザインをしている。

 昼も過ぎて客が少ない時間なのか、すんなりと個室へ案内された。

 個室は薄いこげ茶色で、立派なシャンデリアが輝いている。縦長のテーブルには、中央を透かしたレースの白いテーブルクロス。窓から少し離れた建物の壁が見えて景色がいいわけではなかったので、カーテンを閉めた。


「キメジェス。そなたは地獄の公爵に会うのであるな」

「はい。明後日、謁見する予定です」

「明後日かね。ちょうど良いわ、我らも行こう」

 チェンカスラー使節団が会うのなら、紛れさせてもらえそう。キメジェスと契約者のハンネスに口添えしてもらえば、大丈夫だろう。

「ベリアル様もでございますか!?」

「不満かね?」

「いえ、そのような!」

 キメジェスは慌てて首を横に振る。ベリアルは構わずに、会話を続けた。


「アレはどのようにしておるかね」

 近くなったし、もう誰かは察しがついているな。自分だとバレないように接触したいみたい。

 頼んでおいたフレンチトーストが届いた。チョコレートソースにしたよ。バナナとチョコレートは、最強のコンビだよね。甘くてとてもおいしい。ほんのり苦いコーヒーに、よく合う。

「……女性をはべらせて、楽しんでおられるようです。ベリアル様には敵いませんが」

「どういう意味だね」

「ベ、ベリアル様の方が人気があるという意味です!」

 相変わらず、キメジェスは失言するなあ。笑って誤魔化して、コーヒーを飲み干す。お酒にはしなかったのね。口が滑りやすくなりそう。


 赤い瞳で軽く睨んだベリアルは、すぐにキメジェスから視線を外した。

「そうであるな……、少々変わった趣向を用意するかね。協力せよ」

「はい。誠心誠意、努めます!」

 またろくなことにならない予感がするぞ。

 地獄の公爵の運命やいかに!

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