第286話 闇オークションは盛況です(セビリノ視点)
オークションが開幕する。
会場には朝から豪華な馬車が
仮面を付けたり、フードを深く被って口元を布で覆い、正体を隠そうとする者も少なくない。我々も仮面をつけたのだが、ベリアル殿は仮面程度では誤魔化せないだろう。
会員証を提示し、番号札を受け取って会場へと入る。
入札する際はこの札を高く掲げ、金額を呪文のように唱えるのだ。
警備の者の隣に立っている小悪魔がヒッと小さく跳ねて、身を縮こまらせた。ベリアル殿に気付いたようだ。ふむ、階級はデーモンの上のデビルか。
「オ、オークションに参加なさるんで……?」
「うむ」
「楽しんでおくんなましー!」
頭を下げて、見送る。契約者が小悪魔を訝しそうに眺めてから、ベリアル殿に視線を向けた。
「……上司かなんか?」
「そんなとこだ、詮索すんなよ。あの方が絡まれそうだったら、相手を追っ払え」
「ヤバそうな相手だな、連絡しとく」
なるほど。小悪魔を連れて、注意すべき種族などが混じっていないか確認させているのか。悪魔や天使なら、特に敏感に察知する。
ただし相手が魔力を
会場内は人が多く、腕章を付けた係員が誘導している。促されるままに進む。
「盛況ですな」
「以前より参加者が増えてるね」
商品が見やすいように、後ろに行くほど段が高くなっていた。両方の壁際に狭いボックス席があり、そこにビップ会員が入る。そちらは全席埋まってしまい、後から来てボックス席に入れろと苦情を入れている貴族もいた。
ガヤガヤと騒がしい会場内。
しばらくして照明が暗くなり、パッと壇上が照らされた。
「お待たせいたしました。オークションを開始いたします」
待っていましたといわんばかりに、拍手が会場の空気を揺らす。
司会の男性が最初に紹介したのは、大粒のイエローダイヤモンドのネックレスだった。
「この宝石は、旦那様が浮気相手の女性に贈ろうとした宝石を、奥様が宝石商から強引に受け取ったものです。“もっといい宝石を買う足しにしたい”と、こちらにお預けくださいました。皆様、奥様にどうか潤沢な資金を!」
ドッと笑いが起こる。軽快な紹介も、このオークションが人気な理由だ。すぐに入札が始まった。
ベリアル殿の様子を盗み見たが、特に関心を示していない。
幾つかの宝飾品が独特のナレーションで紹介され、どんどん落札されていた。盗品や詐欺行為で入手したものなど、噂通り出展された品の中には犯罪に関わるものもあった。
「どうも華やかさに欠けるデザインであるな」
「そうなのでしょうか」
私には全部ただ輝いているように映るので、良し悪しは全く解らない。あまり魔力を含まない、護符にするには少々物足りぬ宝石であることは理解できる。宝石の輝きと護符に
「そなたはどのような品が良いと思うかね?」
「……そうですな。お、ちょうど今入札されているラピスラズリなど、良いですね」
夜空のような濃い青に、金の細かい模様が入った宝石。象牙のような形で、上には繊細な金細工が一周している。護符用に作られたのではないだろうか。
「アレかね……」
ベリアル殿の気には召さないらしい。宝石の透明度や外観、細工などを細かく気にされる方だからな。
「魔力が溢れております、魔法付与するに相応しい宝石かと」
「……なるほど、そのような基準であったか」
納得されるとともに、札を上げてオークションに参加した。
誰かが提示した値の倍を口にすると、二度目であっけなく落札が決まった。競り落とした品物は、オークション終了後に受け取れる。これは師匠への土産に違いない。
地獄の王に貢がせる。さすが師匠、召喚術の神髄をかいま見た気分だ。
更に立派な宝石が出てきた。後ろの席からはため息が聞こえる。
真っ青に輝くサファイヤが中央に埋め込まれ、ダイヤモンドやエメラルドなどの宝石で飾られている王冠だ。誰がどこから出したのだ。
「うわ……、ついに出品されたか。財政難らしいからな」
エクヴァル殿には心当たりがあるようだった。どこかの小国が財政難で、国宝級の品を放出したのか。これには詳しい言及はなく、それでも今まで以上の高額がついた。
今度は白い布を被せたワゴンを女性が押して、壇の脇から現れた。
三、二、一と司会がカウントダウンをし、それに合わせて女性が布を大げさに外す。ワゴンには小さな薄い箱が置かれていた。蓋を開くと、手のひら大で金色の輝きを放つ装飾品が光った。
「こちらはとある俊足の騎馬隊が有名な国で、戦争の功労者に贈られる勲章です。彫られているのはたてがみが立派な金色の馬。グルファクシ勲章といいます」
四角の中央に配置された丸いメダルに馬が彫られており、白いラインの入った赤い布が付いている。布には赤い宝石をはめた、透かし彫りを
「悪くない」
ベリアル殿が目を細めて眺めている。
すぐに入札が始まり、何人もが札を上げた。勲章や変わった宝石は収集家がいるので、値はどんどんとつり上がる。
「さあこれ以上はないか、滅多に出回らないグルファクシ勲章!」
司会がぐるりと会場を見回す。決まるかというところで、ベリアル殿が札を上げて倍の金額を告げた。
それ以上の金額は出ない。無事にベリアル殿が落札された。
エリクサーまで売りに出されている。しかし薬類は少しで終わった。
近くにいる者達が、もう終わりなのかと小声で話をしている。
「以前はエグドアルムから高価な薬が出品されたけど、最近は少ないわね」
「魔導師長が代替わりしたろ、前任者が横流ししてたらしい」
「あらあら、だいぶ潤ったんじゃなくて?」
「全部バレて財産没収だよ」
クスクスと笑っている。隣にいるエクヴァル殿は口を結んで何も喋らず、ベリアル殿は微妙な眼差しを彼に送っていた。
最後に売られるのは、人。
近隣で人身売買を行うオークションは、ここだけ。ただし出品者の身元は照会される。事件に巻き込まれて、オークション自体が問題視されぬようにとの、一定の配慮だ。
最初は男性。借金でどうしようもなくなり働いても返しきれないので、諦めてオークションに来たようだ。最低金額として彼の借金額が発表される。それ以上の入札者がいて、台を下りた。過酷な仕事になるのだろうな。
次は女性だ。
男性よりも入札は盛り上がる。性的関係を強要するのは罪になるので訴えられれば捕まると、先に説明される。そのような目的で買うなという注意喚起だ。
「……ベリアル殿、あのボックス席の者が落札しそうでしたら、妨害してくださいませんか」
「構わぬがね、知り合いかね」
「知り合いの従者だったと記憶しています。貴族主義で、庶民を人とも思わぬような輩です」
どうやらその相手に買われれば、ロクな未来が待っていないようだ。
しかし何故、そんな人物がオークションに従者を参加させているのか。何やら暗い思惑を感じる。もしや、連続女性行方不明事件と関係あるのでは? 確かに誘拐するよりも、危険は少ない。女性を連れて行ってどうするのか。
エグドアルムでは人身売買は禁止されている。
女性を落札させて摘発した方が早いのではないか。いや、部下が勝手にやったと言い逃れできてしまうか。
エクヴァル殿の思惑は読み切れぬが、尋ねたところで正しい答えは教えられないだろう。捜査に関する秘密を不必要に漏らすような人物ではない。
結局女性は他の者が落札し、こちらが妨害するまでもなかった。
入札が多く粘ってしまうと目立つので、ボックス席の者達は途中で脱落したのかも知れない。後ろ暗いことには変わりないし、この会場にエグドアルムの貴族が出入りしているのは周知の事実なのだ。
女性の値が決まり、オークションは終了した。
エクヴァル殿はボックス席の動きを注視している。私にはどこの家の者か見当が付かなかった。
「……手掛かりでもあったのかね」
「途切れた糸の先の可能性があります」
この場ではそれだけしか語らず、落札した品の受け取りをする。ボックス席には運営から運ばれるが、我々は札を持って取りに行かねばならない。別室にある引き渡しの場所へ移動した。
通路の奥には人を買った者が引き合わされる部屋があり、別の特別な出口から出るらしい。
部屋では数人が落札した品を手にして出ていくところだった。我々も品物を確認する。ベリアル殿が満足そうに笑むと、係りの者は安堵の表情を浮かべた。小悪魔からの連絡が入っていたのだろう、情報の伝達がしっかりしている。
うむ、オークションはつつがなく閉幕した。
師匠と小悪魔リニが待つ宿へと戻る。二人は菓子などを買い込み、宿で過ごされていた。
「ほれ、悪くない石があった。受け取るが良い」
「ありがとうございます、深い色のラピスラズリですね」
師匠を喜ばせようとして買ったわりには、素っ気ない渡し方だ。わざわざ好みに合わせたかと思ったのだが、違ったのだろうか。エクヴァル殿は苦笑している。
「お、お帰りなさい。エクヴァルはいいもの、見つかった?」
「そうだねえ、あったと言えばあったかな……」
小悪魔リニが笑顔で問うと、エクヴァル殿はチラリと師匠に目配せした。
「ちょっとだけいいかな」
「どうしたの?」
「……例の行方不明事件の話でね。消えた女性のうち、数人が子爵家や伯爵家のメイドだった。しかしそこから国外などに新たな職を得たと、どうしても足取りが追えなくなっていてね。……どう関係しているかはまだ言えない、ただ更に上位の貴族が関わっていると思う。今日、ある家の者がオークションに来ていてね」
つまり、オークションで見掛けた家の者が他家のメイドを召し上げるなりして連れて行き、堅く口止めをしているわけか。
そのような状況なら、家族が連絡が取れないと訴えるまでに時間が掛かったろう。そもそも住み込みのメイドは滅多に家に帰れないのだ。行方不明だと気付いた時には数カ月も経っていて、余計に安否の確認が難しくなる。
そしてそれだけでは飽き足らず、女性をまだ集めている。国で
他国から連れ去るような真似をしても、今は検問が厳しい時期。危険を冒すことになる。ならば仕事があると募集をかければいいだろうに……、堂々と名前を出せる訳もないか。
「イリヤ嬢は、エグドアルムに着いたらベリアル殿と行動して離れないでね。貴族に被害者はいないから、彼と同行していれば目を付けられない筈だ」
「分かったわ」
真剣な声色のエクヴァル殿に、師匠がしっかりと頷く。ベリアル殿も目を細め、口元を
「あとね、ロゼッタ様が会いたいと仰っていたそうだから、国に着いたらまず一緒に王城へ来てくれないかな?」
「是非お会いしたいわ! 忙しそうよね、時間があるの?」
「ちょっとくらいなら調整できる。ここには知り合いがいないからね、少しは気が許せる相手と過ごしが方がいいでしょ」
武闘派令嬢も、さすがに心細さもあるだろう。師匠と言葉を交わせば、感動で寂しさど全て吹き飛ぶ!
まず王城へ行ってから、師匠は故郷へ向かわれるのだな。城は安全だ、やはり村や王都を巡る時に不安がある。可能な限り、護衛をせねば。
「エクヴァル殿、お任せあれ! 私も師匠を必ず守りましょう!」
「き・み・は・し・ご・と・を・し・て・ね!!!」
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