第四部最終章 パレードは波乱万丈⁉
第287話 ここがエグドアルム!(ロゼッタ視点)
エグドアルムは予想以上に寒かった。
雪が積もっている場所もあり、風が身を刺すように冷たい。途中で殿下がショールとひざ掛けを買ってくださった理由がよく理解できたわ……。これでも冬本番は過ぎているんですって。来年は覚悟しないとならないわね。
新調したコートにブーツ、手袋。北への道中の間に、服装はより暖かいものへと変化している。
「寒いですねえ、お嬢様……」
「パレードの頃にはもっと気温が高くなっているといいわね」
「その頃には雪も解けているよ」
他の人達は大丈夫なのね。殿下もジュレマイア様も、笑っていらっしゃるわ。
「これを使うといいよ」
「なんですの?」
厚い布の巾着を渡される。受け取って触ると、中に細かくて硬いものが入っていて、熱を帯びていた。
「火の属性の入った、クズ魔石。使い道のない細かい魔石を、暖を取る為に使うんだ。お腹の辺りに抱えていると温まる」
「まあ本当ですわ、ありがとうございます」
「私にもいいんですか?」
隣に座るメイドのロイネの分もあるわ。ロイネも喜んで手の平を温めていた。
そんなこんなで、ついに到着した王都。
王都へ入ってからは、殿下の親衛隊が先導しているわ。後ろにも並んでいて、もうパレードが始まっているような気持ちよ。
エグドアルムの王都は、レンガや石造りの建物が多い。中心部には店がたくさん並び、王城付近は貴族の邸宅がある区画になっている。ルフォントス皇国ほど、高い建物は多くないわ。あの国は高い建物を造るのが権威の象徴だという価値観なの。
沿道には人が溢れて、皆が手を振ってくれている。
嬉しいので振り返すと、わああと歓声が沸き上がった。上空は魔導師が飛んで警戒していた。あの人達がエグドアルムが誇る、宮廷魔導師なのかしら。他の国よりも飛べる魔導師が多いらしいわ。
清潔な街並みね、後でこっそり歩きましょう。
「……お嬢様、お出掛けの際は必ず護衛を付けてくださいね」
「分かってるわよ、ロイネは心配性ね!」
お忍びで抜け出そうとしたのが、窓から眺めていただけで見抜かれているわ! ロイネは油断できないわね。
「あはは、最近も王都で行方不明事件が発生しているからね。必ず誰か護衛を付けて」
「はい。まだ道も分かりませんし、こっそり抜け出すのは慣れてからにしますわ」
「お嬢様!!!」
ロイネに怒られた。殿下は笑っている。ジュレマイア様が教えてくださったんだけど、殿下も何度も侍従から逃れて一人で散策されているそうなの。私がしても怒られないわね。
婚約披露が終わって、新しい生活にも慣れて一段落してからの話だわ。
大きな門の周囲に人が集まっている。かなり敷地が広いわ、これが王城ね!
これ以上は許可のない人は入れないので、門をくぐると同時に観衆から抜け出せたわ。まっすぐ続く広い道の先に、
城の背後には泉や特別な庭園、宮殿が幾つか建てられていた。
「私の宮殿の近くには、親衛隊の訓練施設があるよ。部外者は立ち入り禁止だけど、君は勿論いつでも入れる。母上の離宮は奥にあって、母上専用の稽古場まで作られているよ」
「あら、でしたら私の稽古場も作れますの?」
「……いやあ、親衛隊の施設でどうかな……」
殿下は余計な発言をしたな、という表情をしているわ。有益な情報でしてよ!
国王陛下へのご挨拶を済ませて、殿下の宮殿に用意してくださった私の部屋へ案内された。部屋というか、私のフロアね。家具も調度品も揃えられていて、衣裳部屋にはドレスや靴、装飾品が既に並べられていたわ。
「お疲れ様、今日はゆっくりと休んでね」
「……明日からは忙しいのでしょう?」
「婚約披露の衣装選びからかな。国のことや、貴族の名前も覚えてもらわないとね」
「馬車の中で少しは勉強しましたわ」
覚えることが多くて大変だわ。取り急ぎ有力な方を把握しないと。
衣装はもっと面倒ね、デザイナーに会って話を聞かないといけないのよね。誰かが選んでくれればいいのに……。
「失礼します、お茶のご用意を致しました」
黒髪の女性が、飲み物と軽食を持ったメイドを
「お久しぶりですわ、アナベル様」
「覚えていて頂き、光栄です。これから婚約披露まで近侍として仕えさせて頂きますわ、宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、お世話になりますわ」
色気のある女性だわ。
どうしましょう、香水の話とかをされても分からないわよ。彼女は殿下の部下だものね、他の人を探すまでのつなぎかしら。
「……他の人にはまだ内緒だよ。アナベルは私の愛人と誤解されたりするけど、五人の側近の一人なんだ。防御魔法と接近戦闘が得意で、素手でも戦えるんだ」
「まあ、そうなんですのね! それは是非、私にもご教授願いたいですわ!」
つまり私の護衛も兼ねているのね。婚約披露までに色々と教えて頂きたいわ。むしろ婚約披露まで、なんてもったいないじゃない。
「ふふ、私でお力になれるのでしたら」
「楽しみですわ! ずっと私の傍で指導して頂きたいほどよ」
「申し訳ありませんわ、殿下とロゼッタ様の次は私が結婚しますの。忙しくなってしまいますわ」
「そうだったんですのね、おめでとう! 無理は言えませんわね。婚約者の方を紹介してくださいね」
どんな男性かしら、楽しみだわ。殿下とアナベル様は顔を合わせて、少し困ったような笑顔をした。もしかして、紹介しにくいような人物なの?
まあいいわ、楽しみにしておきましょ。
慌ただしくバタバタと過ごしていると、ついにイリヤさん達が隣国に到着したとの連絡があったわ。会いたいとアナベル様にお願いしたら、エグドアルムに着いたら場を設けてくれることになった。
イリヤさんの妹が結婚したというので、妹さんへのお祝いの品を用意したの。
イリヤさんにはかなりお世話になってしまったわ。殿下のお話だと、イリヤさんは故郷の家族を気にされているらしい。本人にお礼を渡すより、家族の為に何かした方が絶対に喜ぶわね。
「ロイネ、これでいいわよね?」
「ええ、山奥の村にお住まいなんですよね。宝石や高価な衣装は狙われる原因になります。食べ物や日用品、あまり高価に見えないものがいいですよ」
「そうよね、物が取られるだけならまだしも、命まで奪わたら大変だわ」
私達のやり取りを、アナベルさんは笑顔で眺めていたわ。彼女にもこの国ではどんな贈り物が喜ばれるか、尋ねたの。
稽古もつけてもらったわ! 彼女の動きはとても早くて、気が付いたら投げられているのよ。最初は親衛隊のメンバーを投げていたのだけれど、私も投げて欲しかったから受け身をたくさん練習した。
上手な人に投げられると、そんなに痛くないのね。スッ飛んだり真下に落とされたりしながら、投げられるコツは覚えた気がするわ!
「移動しましょうか」
アナベルさんは早めに行動される方で、余裕を持って出掛けるように促される。
プレゼントをロイネに預けて、待ち合わせのお店へ移動した。殿下は別で、エクヴァル様と会って報告を受けているのよ。
レストランの個室では、先に着いていたイリヤさんが待っていた。
「お久しぶりです、ロゼッタ様」
「元気そうね、イリヤさん!」
同席するのは、悪魔ベリアル殿。宮廷魔導師のセビリノ様は、宮殿にいらしているそうよ。
お互いどうしていたか、ここまでの道中やエグドアルムに来てからのことなど、話に花が咲く。途中で届いた食事も会話をしているうちに冷めてしまうわ。
「イリヤさんの妹さんが結婚されたと聞いたから、お祝いを用意しましたの。色々助けてもらいましたし、今度は私が力になります。イリヤさんのことでも、ご家族のことでも、何かあったらいつでも頼って」
「ありがとうございます、お心遣い感謝致します」
ロイネが紙袋に入ったプレゼントの箱を渡してくれる。
「お菓子と、手袋やマフラーですわ。エグドアルムは想像以上に寒かったから、温かくなれるものがいいかなと思いましたの。あとは温まる魔石ですわ」
「家族も喜びます」
いい感触だわ! やっぱり相手の生活に合わせたプレゼントを選ぶのが正解ね。
「こちらは殿下からです。妹さんと、お相手の方に」
殿下は高価な品を贈れない代わりにと、二軒分用意されたの。
お相手のお宅は近くの村の村長さんだそうだから、妹さんが嫌な思いをされないようにとの配慮らしいわ。エグドアルムだと片親の家庭は結婚が難しいから、邪険にされないように……と
「殿下までご留意くださり、光栄です」
イリヤさんって、こうしているとちゃんとした女性なのよねえ。
「婚約披露のパレードの観覧席を用意していますのよ。ご家族の方も遠慮なさらないで、一緒にご覧になって」
「まあ、ありがとうございます! お言葉に甘えて、誘ってみます」
家族も呼べるとあって、嬉しそう。提案して正解だったわ。
「ベルフェゴールもパレードに参加するのだね?」
ベリアル殿に尋ねられて、思い出したわ。寝る前とかにふと頭をよぎっても、朝になったら忙しいし覚えることは満載だし、つい消えちゃうのよね。
「……そうですわ。忙しくて召喚を頼みそびれていましたの。ドレスが仕上がったらペオルにも見てもらいましょ」
「しっかり召喚せよ、我がまた嫌みを言われるわ」
「ではベルフェゴール様を召喚されるようお願いします、観覧席にルシフェル様もお呼び致します。パレードを楽しみにされていました」
あの優しそうな顔をした冷たい美形は、ペオルがパレードで輿に乗るのを待っていたんでしたわ。殿下にお知らせしないと、歓待の準備が必要よ。
ペオルは宮廷魔導師の誰かに召喚してもらって、ルシフェル様はイリヤさんかセビリノ様が召喚されるのね。
大事な話ができたし、しっかりプレゼントも渡せたわ。次の予定の時間になってしまった。
「またお会いしましょうね」
「はい。パレードを楽しみにしております」
先に席を立ち、イリヤさんと別れた。
「次は直接行きたいと仰っていた、帽子の専門店です」
店を出て、案内してくれるアナベルさんの後に続く。
馬車に乗るまでもなく、すぐ近くのようだわ。路地には親衛隊に所属する、アナベルさんの配下が警戒している。
「これはハットン子爵令嬢。こちらが噂の、殿下の婚約者様で?」
不意に男性に声を掛けられた。親衛隊は特に警戒した様子はないのに、アナベル様の表情は少し動いたわ。嫌な方なのかしら。
「……ええ、そうですわ」
「初めてお目に掛かります。私はヴェイセル・アンスガル・ラルセン。父はラルセン侯爵です」
侯爵家。確かカールスロア侯爵家と同じく、三大侯爵家に数えられている家ね。爽やかな水色の髪で笑みを浮かべた男性の視線は鋭く、冷たい硬質的なものに感じた。
「……失礼します。先にお店に、ロゼッタ様のご到着を知らせて参ります」
アナベル様が離れるより早く、彼女の配下の親衛隊メンバーが近くまで来ていた。ここで離れないで、一緒にいて欲しかったのに!
「……彼女は皇太子殿下の愛人とも噂される、身持ちの悪い女性ですよ。殿下も婚約者の傍にあのような女を置かれとは、気が知れない。侍女の選出に困っているなら、いつでも力になります。相応の出自の者をご紹介しましょう」
「それはありがとうございます。ですが、エグドアルムの国王になれば側室は四人まで迎えられるとか。まだ一人目ではございませんこと? 五人目が現れてから考えますわね」
見下したような言い方だから、ちょっと嫌な返しをしてしまったわ。愛人扱いで、子爵家出身では身分が低いと言わんばかりの物言いとか、感じ悪い男ね。
アナベルさんはステキな女性だし私の先生よ、貶すのは許しませんからね!
「……心の広い方で、殿下もお幸せですね。そうだ、宜しかったらいつでも私の邸宅にご来訪ください。この国の貴族や風習のことなど、相談に乗りましょう」
「頼もしいお言葉ですわ。では失礼致します、次の予定がありますの」
絶対に行きませんからねーだ!
私は親衛隊の方に案内され、アナベルさんを追った。メイドのロイネが、あの失礼な男性をチラリと振り返っていた。
目指すお店は、移動する前から視界に入るくらい近かったわ。
アナベル様は、
「彼は疑惑のある人物で、ロゼッタ様ご自身の目で判断して頂きたかったんです。私がいたら、本心を欠片も喋らなかったでしょうから」
と、仰っていたわ。
ロイネへの視線も冷ややかだったし、悪い人で決定ね。
「家に誘われましたわ。行かなくてもいいんですわね?」
「勿論です。それにしても誘うなんて、王都の邸宅には何もないのでしょうね。貴族派で王室に媚びる家でもなかったわ、疑われている可能性を考えて潔白だと示したいのね……」
深く考えているわね。帽子を選んでいていいかしら。
店内を見回すと、帽子越しに窓の外の人通りが映った。ちょうど通り過ぎた男性が一人、慌てて戻って店内に入って来る。
「アナベル、いるじゃん! 何で帰って来ないんだよ!!」
「……仕事だからって、伝えたわよね」
「だからってさぁ、もっと家に戻っても……」
青い髪で体格がいいわ。ブツブツとぼやく男性は、アナベル様のお知り合いなのね。とても親しそうな雰囲気。アナベルさんも笑みを深めているわ、きっと婚約者ね!
「……カレヴァ君」
「……はい、なんでしょうアナベルさん」
「どなたの随行をしていると思ってるの、あいさつ一つマトモにできないの!? これだから紹介できないのよ。帰って礼儀作法を学び直していらっしゃい。暇ができたら、とことん付き合ってあげるわ」
急に怖い顔になって叱っているわよ!? アナベルさんがとてもにこやかな時って、もしかして怒ってる時……?
「うげ、今は失敗しただけで本当はちゃんとできるぜ! だからデートしよう、デート!」
「領地の様子を確認したレポートを五十枚、プレゼントしてくれたらね」
「ひでええぇ!!!」
男性は逃げるように帰って行ったわ。まるで子供よ、問題児ね……。
「お嬢様、アナベル様はダメな男性がお好きなんでしょうか……」
「怒鳴りつつもちょっと楽しそうだものね」
ダメンズ好き。意外な一面を見てしまったわ。
彼女は笑顔で、必要とされると嬉しいから困るわと言っていた。色々あるのねえ。
ちなみにあのカレヴァという男性は、エクヴァル様の二番目のお兄さんだそう。
顔の造形は確かに似ているけど、性格が全然似てないわね。エクヴァル様の弟だった方が、まだ納得できるわ。
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