第288話 リボルの実家へご挨拶

 エグドアルムはもう雪も解けてくる時期だった。いない間に一番寒い季節が終わって良かったなあ。故郷の村はどんな様子だろうか。

 今回もセビリノが付いてくるというので、待ち合わせをしている。セビリノは現在の宮廷魔導師長にあいさつして、魔法養成所の授業をしてきたのだ。

 空から登場したセビリノの隣には、彼より少し年上で擦り切れたローブの人物がいた。ルフォントス皇国の魔導師、ヴァルデマルだ。茶色い髪が風に揺れる。

「お久り振りです、イリヤ様!」

「ヴァルデマル様、いらしてたんですね」

「ははは、呼び捨てになさってください。セビリノだけ呼び捨てはズルいですよ」

 

 セビリノを呼び捨てにするのは慣れてしまった……。慣れとは恐ろしい。しかしヴァルデマルまで呼び捨てにするのは、さすがに抵抗がある。なんでこの人達、呼び捨てにされたがるんだろう。変なところが似ている二人だ。

「えーと、ではセビリノ様。行きましょうか」

「師匠っ!」

 だいたい目的地は何もない村なのに、魔導師が二人も付いて来てどうするのだろう。ベリアルがいるんだから、問題はないはず。

「ヴァルデマル様は観光をされなくて、宜しいのですか?」

「ご冗談を。婚約披露パレードでセビリノの雄姿を見るのと、聖地巡礼が目的です」

「聖地……」

 第二騎士団の皆といい、人の故郷を聖地にするのはやめて頂きたい。

 最初に向かうのは妹エリーの結婚相手、リボルのご実家だ。こっちまで聖地とは言い出しませんように……。


 王都より南西にある故郷へと飛ぶ。王都付近を守っている、飛行魔法を使う魔法使いの定期巡回がいつもより多い。彼らはセビリノの顔を知っているので、私達には近付いては来なかった。

 リボルの実家は私達の村からそう遠くない。

 村の広場で子供達が遊んでいて、お年寄りが座ってそれを眺めていた。山間いの村では両親ともに働いて、年上の子が下の子の面倒を見るのが普通なのだ。他の家の子でも関係なく。なので、子供達は集まって広場で遊ぶことが多い。

 驚かせないように、少し離れた場所に降りて歩いた。


「失礼します、村長様のお宅はどちらでしょうか」

「ありゃ、立派な方々じゃあ。その上がったとこの、右にある立派な門の家だよ」

 椅子に腰かけたおばあさんが教えてくれた。

 指で示した先には生垣に囲まれて、他の家よりも明らかに広い家が建っていた。あれで間違いなさそうだ。

「ありがとうございます」

 教わった通りに坂を進むと、ウロウロと落ち着かない様子で庭を歩いてる白髪交じりの男性の姿があった。きっとリボルの父親だろう。お伺いすると伝えてもらってあるので、待っていてくれたんだな。


「リボル様のお宅でしょうか。エリーの姉のイリヤと申します。遅ればせながら、ご挨拶に伺いました」

「こ、これはイリヤ様……! どうぞ狭苦しいところですが、上がってください」

 父親はビクッと肩を震わせて、背筋を伸ばして案内してくれた。しかしイリヤ様、とは。私について、どう伝わっているのかしら。

「私より緊張していそうですね」

「阿呆かね。このような田舎に魔導師を二人もともなえば、誰でも緊張するであろうよ。我のような高貴な身の上の者まで同行しているのである、尚更であるな!」

「こっそり来れば良かったですね……」

 セビリノに黙っていれば良かった。そして二人で王都で遊んでいてもらうべきだった……。あまり怖がらせないようにしなければ。


「結婚式には参加できず、大変失礼致しました」

「いえいえ、遠い国にいらっしゃるそうで、仕方がございません。お陰様で盛大になりました。第二騎士団長という方まで参列くださり、もうもうもう……」

 よく解らないが喜んでくれているようだ。

 立派なお宅だから、相手である妹のエリーが片親だと体裁ていさいが悪かったかも知れない。偉い人がお祝いに駆け付けたのだ、こちら側の招待客にも鼻が高かったかな?

「今更でございますが、こちらがお祝いの品です」

「いやまさかそんな、申し訳ない……。ところでこちらの方々は……?」

 受け取りながら、視線は後ろに控える二人をさまよっている。

 姉がお祝いの挨拶に行く、としか伝えてもらっていない。一人でとは思わないだろうが、こんな人達が三人も押し掛けたら誰ってなるわね。


「私が契約している悪魔で、ベリアル殿と」

「私は宮廷魔導師、セビリノ・オーサ・アーレンス。師匠の一番弟子だ!」

「俺はヴァルデマルという。他国の王室付きとして仕えていた者だが、今は世捨て人よ。気にしないでくれ」

 二人ともそんな紹介しなくていいのに! リボルの父親は目を大きく開いて、ガチンと固まってしまったわよ。

「もう、委縮されてしまいますよ。……こちらもどうぞお納めください、お渡しするようお預かりした品です」

 弱弱しく両手でおずおずと受け取る。脅しているような気分になるわ。

「これはご丁寧に……、どちら様からでしょう」

「皇太子殿下からです」

「こ、皇太子……殿下……!??」

 箱を受け取った手が震えている。こればっかりはウソをついても仕方ないのだ。


「さすがイリヤ様、いいタイミングで圧を掛ける」

「左様、師匠は人心掌握術も心得ていらっしゃる」

 私が恐怖で支配しようとしているような言い方だ。流れで渡しただけなのに!

「エリー様には欠片たりとも苦労をさせぬよう、息子ともども細心の注意を払わさせて頂きます……!!!」

 二つのお祝いを脇に置いた父親は、土下座で額を床にこすりつけている。突然のことに、私は呆気に取られてしまった。

 お祝いに来て土下座されるとは、どういう状況なのだ。

 お茶を持ってきたのは女性は母親だろう、ただならぬ空気に慌ててテーブルにトレイを置き、父親の横で同じように土下座した。

 ベリアルは愉快そうに眺めていて、セビリノとヴァルデマルは当然という表情をしている。

 とんでもない。

 とんでもない連中と来訪してしまった……!!!


「村長、大変です~!」

 どうしようと考えあぐねていると、玄関から男性が叫ぶ声が届いた。良かった、コレで空気が変わるわ。

「来客中だ、後にしてくれ」

「急用のようです。こちらは構いませんので、ご用件を伺った方が宜しいのではないでしょうか」

「さささすがイリヤ様、まさしくその通りでございます! おい、すぐ行くぞ~!」

 村長はそそくさと席を立った。トレイごと机に置かれていたお茶を、奥さんが震える手で私達の前に差し出す。

「冷めてしまいます、どうぞ」

「ありがとうございます、頂きます」

 

 テーブルには切り分けたパウンドケーキ。ドライフルーツが入っていて、なかなか美味しい。

「ワイバーンが増えてるんですよ」

「繁殖するような時期じゃないんだが……」

「前回の退治が少なかったんじゃ……」

「まずは羊や山羊を頑丈な小屋へ移して、領主様に陳情しないと」

 玄関から私達がいる客間まで、小声で話し合う声が聞こえていた。

 どうやらワイバーンがたくさん出現したらしい。この付近にはワイバーンの谷と呼ばれる、ワイバーンが繁殖してしまう場所があるのだ。定期的に退治をするものの、油断するとこうやって一気に増殖する。

 ちなみにワイバーンは家畜を食べるので、人的被害よりもそちらが深刻。馬車も襲われちゃうよ。

「……ワイバーンかね、下等な飛龍ではつまらぬな」

「師匠、ここはご家族が安心して暮らす為にも、ワイバーン討伐をしては如何かと」

「増え過ぎると人も襲う、困っている者は見過ごせんな!」

 二人はやる気十分だ。勢いよく立ち上がった。

 ベリアルもどうでもいいという感じだったわりに、すぐ後に続いた。


「ワイバーンは私共にお任せください。近寄らないよう、注意してくださいね」

 玄関で話している、リボルの父親とお客の横を通り抜ける。

「え、お嬢ちゃん達が? たくさんいるから危険だぞ。村長、止めなくていいんですか?」

「討伐はこなしておりますので、ワイバーン程度でしたら問題ありません」

「せっかくいらして頂いてたのに、申し訳ありません……!」

 リボルの父親は、また頭を深く下げていた。男性も不思議そうにしつつ、一緒に頭を下げている。

 ちなみにキュイはエクヴァルの方にいる。長距離移動で疲れただろうし、安全な王宮の庭でのんびり休暇中だ。


 庭から四人で飛び立つと、外にいた人達が見上げた。子供達は飛んでると騒ぎながら手を振っているよ。

「討伐は私達に任せて。二人は近辺に避難していない人がいないか、見回りをしてください」

「お任せあれ、ヴァルデマル殿は左を。私は右を行きます」

「了解した!」

 ここで三方向に分かれ、私とベリアルで谷を目指す。上空にはワイバーンが複数、旋回している。

「さて、どのように倒すのだね?」

「攻撃広域魔法でちゃちゃっと倒します!」

 時間を掛けて、散らばって逃げられたら大変だからね。一網打尽作戦だ。


「我の分も残すよう」

「つまらないと仰っていたのでは?」

「仕方がないから手伝ってやろうというのだ、はねっ返り小娘め!」

 自分も活躍したいと、素直に言えばいいのに。

 とはいえ、初めて使う魔法なのでどのくらい倒せるか見当が付かない。後は任せられるので、気負わずにやろう。

 二人が周囲を回るまで待つ間に、ワイバーンがどのくらい生息しているのか確認する。

 ほとんど谷の付近に集まっていて、たまにスイッと飛んでいくのがいる。

 しばらく待って、ゆっくりと深呼吸して詠唱を開始した。


「暗雲、中空に漂い広く闇にて覆い尽くせ。万雷、惜しみない喝采を世に満たせ。稲妻、蜘蛛の巣のように張り巡らせ、雲に火花の網を張れ。断罪の輝きよ、割れたガラスの如く砕け散り、鋭く地へと突き刺され。いかづちよ咲きこぼれ、瀑布となりて等しく大地を叩け! アヴェルス・トネール!」


 詠唱をちょっといじってみた。

 広範囲に黒い雲が渦を巻き、雷鳴を轟かせる。

 そして細い雷が競い合うように一気に落ちて、大音響を響かせた。これならば、あっという間に終了だ。

「ワイバーンにはかなり効果がありますね。魔力の消耗は大きいですが」

 あちこちに時差で落ちていたのは、一度に消費する魔力を抑える為だったかな。このやり方だと消費量が割り増しで、効率が悪くなった気がする。

「……ずいぶんと大雑把な倒し方であるな」

 谷の底には墜落したワイバーンが、折り重なるようにして倒れている。飛んでいるのはかなり少なくなり、逃げようとするワイバーンをセビリノとヴァルデマルが魔法で撃ち落としていく。


 ベリアルも谷から逃げようとするワイバーンを炎の剣で数体倒し、落ちていく様を見下ろしていた。

「これはどうしようかな、このままでもいいかしら……」

 谷の底に落ちたなら、食人種カンニバルが集まる心配はないだろう。とはいえ、水の流れをふさいでしまいそう。大量のワイバーンは倒す場所も考えねばならなかった。


「仕方のない。炎よ、濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」


 唐突に宣言を使うベリアル。魔力で何かするのかな。谷の真上の上空に立って、魔力を集めている。倒れているワイバーンの群れの中心から火が起こり、一気に燃え広がった。

「燃えよ、灰になるまで! フハハハハハハ!!!!!」

 ベリアルの笑い声がこだまする。

 ワイバーンは盛大な炎に包まれ、太い灰色の煙が天へと流れた。やがてすっかりと燃え尽きてしまった。最近あまり大っぴらに火を使ってなかったから、不満だったのかな。

 これで気が済んだならいいか。


 討伐完了を伝えたら、実家へ帰ろう。魔導師二人はここに置いて行かれないかなあ……。

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