第285話 剣の持ち主(エクヴァル視点)

 話し合いが終わって、夜の町へ繰り出した。お供や護衛を連れた貴族が多く歩いている。これだと市民の方が肩身が狭いくらいだね。

「エクヴァル! 探したのよ!」

「用件は聞いたよ」

 エンカルナが私の姿を見つけて、駆け寄ってくる。

「私は帰るから、後は頼んだわ。こっちは人手がいくらあっても足りないのよ」

「面倒な時に厄介な問題が再燃したねえ」


 ずっと以前も、庶民の女性が行方不明になる事件が続いた時期がある。馬車へ押し込んで連れ去られる姿を目撃されたり、借金のカタに無理やり連れて行ったり、わりと荒っぽい手口だった。

 貴族が絡んだ人身売買事件で、このオークションで売られていたのを落札し、保護したんだ。他国で発見されるケースもあったし、貴族の屋敷から出られないように監禁されている娘もいたね。

 その時に、ついに行方が掴めなかった人達も複数いた。我々はそれを別の犯人だと判断している。人身売買の為の誘拐に隠れて一切の痕跡を残さず、女性を連れ去った者がいるのだ。

 摘発後、事件は解決したのだといわんばかりに、不可解な行方不明事件はすっかりなくなった。

 これ以上は自分達まで突き止められる恐れがあると判断したのだろう。手掛かりがなく、捜索は打ち切らざるを得なかった。


 その犯人が年月を経て、また動き出したのだ。

 今度こそ絶対に尻尾を掴むと、皇太子殿下も自身の婚約披露の準備をしつつ捜査の指揮を執っている。ここで確実に追い詰めねばならない。これ以上、野放しにはできない。

 警備が厳しくなるこの時期にも犯行を重ねるとは、余程捕まらない自信があるのか、国の中枢に関わっていて警備や捜査の情報が手に入っているかだな。


「イリヤさんをくれぐれも守ってね」

「エグドアルムの為にもね……」

 イリヤ嬢の身が危険に晒されることは、エグドアルム崩壊の引き金になりかねない。前魔導師長のせいで、ベリアル殿のエグドアルムへの印象は悪いだろう……。

 エンカルナもさすがに理解している。

「それからルシフェル様が御光臨されたら、一番に教えて」

「断る」

「鬼ー、ケチー、心の中がブリザードドラゴン!」

 おかしな性癖に私を巻き込まないで欲しいな。不満をこぼすエンカルナを放置して、宿へ戻る。

「イリヤさんにフラれちゃえ~!」

 ……早く国へ帰れ。


 オークションまではまだ二日ある。

 冒険者ギルドの依頼を覗いてみても、今回の犯罪に関わっていそうなものはなかった。

 あとはスレヴィという人物が来るのを待つ、と。間に合わなければ、エグドアルムまで取りに越させよう。

 ドワーフのマシューは修復やメンテナンスの依頼を受けて、ご機嫌で他人の工房に出入りしている。イリヤ嬢と同じタイプだよね、これは。何しに来たのか、もう忘れているでしょ。

 他の冒険者とも軽く会話をしたが、特に収穫もない。昼食までにイリヤ嬢達と合流したいので、出ようとしたところ。


「ようやく到着ですね」

「間に合っていればいいがなあ」

 これはこれは、Sランク冒険者のセレスタン・ル・ナン君と、パーティーを組んでいるAランク冒険者、神聖系の魔法を使うパーヴァリ君だね。

 ちなみにパーティーとは、冒険者ギルドで正式に登録しているメンバーをさす。臨時に募集したメンバーなんかは、正しくはパーティーには含まれないね。

「いやあ、お付き合いありがとうございました」

 見知らぬ人物が同行している。依頼主ではないな、軽装の鎧を身に付けているし、冒険者のようだ。四十歳近い男性で、ランクはB。

「こちらこそ。剣が発見されるといいですね」

「お二人の戦いを見られて、とても勉強になりました!」

「そっちもランクアップ頑張れよ、スレヴィ!」


 最高ランクであるSランクのセレスタン君は、流石に余裕だね。

 そして彼がお待ちかねのスレヴィ君か。まずは二人に挨拶しようかな。

「やや、久しぶり」

「エクヴァル殿、珍しいところで会うな」

「婚約披露に参加されるんですね。皆様もご一緒で?」

 声を掛けると、パーヴァリ君はすぐに事情を察した。我々の姿を見て、スレヴィ君はそっと場を離れようとする。

「お知合いですか? じゃ……」

「待ちたまえ、スレヴィ君。君の剣を預かっているよ」

「は? なんで俺を? 剣、剣ってあの!??」

「セレスタン君が名前を呼んでいたでしょ。そうそう、ドワーフの親方に打ってもらったという剣。偶然手に入れてね、弟子のドワーフと持ち主を探していたんだ」


「…………け……剣、剣……、俺の大事な剣~!!!」

 なかなか理解が追い付かないのか、数秒の間の後に雄たけびを上げた。

 感激のあまり唐突に両手を広げて迫ったので、避けたら勢いのまま見知らぬ男性を抱き締めていた。当たり前だがすぐに離される。

「落ち着けよスレヴィ、まだ実物を見てないだろ」

 そう言うセレスタン君は、笑っている。

「そうだった、ええとアンタは?」

「私は冒険者で、エクヴァル。剣を盗んだ男が剣に殺されてね、今は扱いの分かるドワーフが預かっているよ」

「剣に殺されるっ!?」

 驚いているのはパーヴァリ君だ。私もそんな効果を持つ剣は目にしたことがない。


「他人が使うと命がないから、他のヤツに貸してもダメだって注意されたが……、マジだったんだ……」

 簡単に確かめられる効果じゃないからね。怪我の功名かな、実際に発動すると確認できた。

 無事に会えたので、冒険者ギルドの伝言はもう必要ないね。スレヴィに聞きましたと言ってもらわなければ。彼が受付へ向かっている間に、二人に小声で相談を持ち掛けた。


「君達はこれからどこへ?」

「近くまで依頼で来てたからな、ついでにエグドアルムの婚約披露を見物に。方向が同じだったんで、アイツと来たんだ」

「それはちょうどいい。これは非公式の依頼なんだけどね、エグドアルムに着いたらできれば路地裏や、人気ひとけが少なくすぐ馬車に乗り込めるような場所を歩いて欲しい」

「……それは、誘拐でも警戒しているんですか?」

 やはりすぐに考えを巡らせるのはパーヴァリ君だ。

「そ。多分貴族絡みだ、被害者の影も形もない。我々が大々的に動くと相手が黙ってしまうからね。君達が観光のついでに、さり気なく見回りをしてくれると心強いな」

 何か手掛かりを掴んだ際の、相手に気付かれない連絡手段も考えないと。

 我々が婚約式の準備と並行して捜査もしているのは、犯人も把握しているだろう。

 今は前魔導師長がいなくなったから、他の部署とも連携しやすくなっている。ただ犯人の耳にはどこ入るか、本当に分からなかったからね……。

 

「じゃあまた、国で」

 彼らはこの後、徒歩でエグドアルムを目指す。

 私はスレヴィを、ドワーフのマシューが場所を借りているという工房へ案内した。比較的大きな工房で、弟子らしき人物が荷車に箱を積み込んでいた。

「お客さん? 待ってて、人を呼ぶから」

「いえ、マシューというドワーフがこちらにお邪魔しておりませんか」

「おうイケメンさん、ドワーフさんの知り合いね」

 ボーイッシュな女性だ。鍛冶屋の弟子だから、線の細い男性かと勘違いしたよ。女性は店の前へ戻り、勢いよく扉を開いた。

「ヘイヘーイ、ドワーフさんにご指名でーす」

 言い終わると何故かピースサインをしている。勤める店を間違えているんではないかな。

「ありがとう」

「バーイ、またいつでも来てね」

 ポニーのような小さい馬を撫でて、荷車を走らせた。女性は馬の横を歩いている。


「お~う、オイラにお客ってのは誰なんだな」

 店の奥から姿を現したマシューはエプロンをしていて、額には汗もかいている。真面目に作業をしていたようだ。

「剣を預かってくださってると聞きました。スレヴィです!」

「アンタが剣を奪われた間抜けなスレヴィ。剣を返すよ、親方が打った貴重な剣だから、しっかり保管して欲しいってわけなんだな」

 苦笑いするしかないスレヴィに、マシューはいったん奥へ戻って剣を持ってきた。しっかり持ち歩いていたんだよね。

「これだー、これだ……! ありがとうございました!」

「おうおう、手入れもしておいたぞ。大事に使ってな~」

「もちろんですっ!」

 剣の持ち主探しは無事に終了。スレヴィは剣の取り扱いについて、改めてマシューから説明を受けている。


 オークションを確認したら、ついにエグドアルム入りできる。

 エグドアルムに戻ると、しばらくはイリヤ嬢と別行動。イリヤ嬢はまず故郷の村へ帰り、妹さんの配偶者の家へ挨拶に行くつもりらしい。結婚式にも出られなかったからね。

 配偶者のリボル君は、もうイリヤ嬢のお宅に移り住んでいる。

 エグドアルムの山村において片親の家庭はどうしても結婚が難しくなるので、お礼を伝えたいのだろう。差別というより、貧困におちいりやすいことが敬遠される大きな理由だといえる。ほとんどの家が両親ともに働いて、生活が成り立っているのだ。

 どこぞの村の村長らしいけど、イリヤ嬢が行くならセビリノ君も無理をしてでも付いて行きそうだ。かなり恐縮させる結果になるんだろうな。

 彼にノルマとして言い渡したアイテムは、チェンカスラー滞在中にしっかり作製したようだね。殿下が現在の魔導師長と相談して決めたんだが、まだぬるかったか。チッ。 

 

 さあ宿に戻って、母国とまた連絡を取らないと。

 エンカルナは大人しく戻ったかな。

 

「エクヴァル、お帰り。お仕事終わった?」

 宿のロビーで、リニが元気に迎えてくれる。癒される。小悪魔のいる生活。

「終わったよ。剣も持ち主に無事に戻った。マシュー君が帰る時は、工房の人達が召喚師を探してくれるって」

「良かったね。明日もお仕事、あるの?」

 会話をしながら、二階にある部屋への階段を上った。リニに合わせて、少しゆっくりめに歩く。

「一緒に町を回ろうか、それともやりたいことがある?」

「町を回る……! 楽しみだなあ、エクヴァルとお出掛け。エグドアルムに着いたら、忙しいんだよね……?」

「リニにもしっかり手伝ってもらうからね」

「うん! 私もエクヴァルの力になるよ……っ!」


 リニは頼りにされると喜んで、とても張り切ってくれる。リニには婚約披露の手伝いを頼もう、こちらは安全だから。部屋のソファーに腰掛けてどんな仕事を割り振ろうかと考えていると、リニがじっと私を眺めていた。

「どしたの?」

「……エクヴァルは、オークションで何か買うの?」

「いや、そんなに持ち合わせもないね」

 かなり高価な品ばかりが出品されるオークションだ。エグドアルムの王宮から流れた品があるならともかく、わざわざり落とすものもないだろう。王宮や貴族の邸宅から使用人が盗んでオークションで売るということは、たまに起こる。


 実際に数年前、王宮から紛失した品がオークションに出品されているという情報を入手して捜査したら、金に困った官吏の一人がこっそり売っていたと発覚した。しかも前魔導師長が気付いて、賄賂を受け取っていたんだよ……。

 盗人ぬすっと上前うわまえをはねるとか、どういう了見なんだあのジジイ。この件では確たる証拠がなくて、黙っているしかなかったんだ。

 オークションというと思い出してしまうな……。


「……危ないことがないといいね」

「リニもイリヤ嬢から離れないでね」

「わ、私がイリヤを守るんだから。大丈夫だよ!」

 オークションの期間は兵を増やして警備を厳重にしているし、昼間は特に問題はないだろう。他国の貴族も来るからね、何かあったら大変だ。

「じゃあ頑張ったら、エグドアルムでタルトを食べに行こう」

「タルト……! ちゃんと頑張る、イリヤが無茶しないようにするね」

 それは本当にお願いするよ……!

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