第104話 ルシフェル様と防衛都市
「どこか他の町を案内してくれるかな」
あるお昼近く。ルシフェルが唐突にこんなことを言い出した。
「どのような場所が宜しいでしょうか?」
「そうだね。騒がしくなくて、こことは様相の違うところがいい」
難しい注文だ。王都はここより騒がしいよね。
「そういえば、あの城から壁に囲まれた都市が見えていたね。あれはどうだろう?」
「防衛都市であるな、良いのではないかね。明日にでも参るか」
そんなわけで、皆で防衛都市に移動する。ちなみにぺオルことベルフェゴールは、いったん地獄に帰っている。庭の準備を始めるみたい。
私とベリアル、ルシフェル、エクヴァル、セビリノとエンカルナも来た。セビリノは王都での用事は済んでいるのに、まだ本来の仕事に戻っていない。何故かルシフェルの配下をしている。
ベリアルが言っていたように気に入られているので、エンカルナと、もう帰ったけどベルフェゴールの二人から、悔しそうな目で見られていた。
ちなみに飛べないのはエクヴァルだけなので、彼はやはりワイバーン。エンカルナが羨ましそうに眺めている。やっぱりワイバーンが可愛いからかしら?
さて、そういえば私は防衛都市の跳ね橋を渡って入ったことがない。いつも検問をすり抜け、城壁の上を飛び越してしまうからだ。不法侵入と怒られても仕方がない……。
最初に来た時の帰りだけだな、通ったのは。帰る時は特に何もないんだよね。出るのは、マークしている人物だけを確認しているみたい。
しかし今回は地獄の王が二人もいる。ルシフェルを待たせるのはマズそう。
上手くすり抜けられないかなと悩んでいる私に、セビリノが話を通しておくからと、一足先に飛んでいった。
防衛都市に着いた私達をバラハとセビリノが待っていてくれて、そのまま飛んで中へ入れた。
広場でランヴァルトが手を振っている。金茶の髪が日に反射して、白い鎧がすぐに目に入った。
「今回はまた人数が増えたね」
ルシフェルとエンカルナに視線が注がれる。
「エンカルナと申します。今回の事件で派遣された、エグドアルムの者です」
「これは、お疲れ様です。この都市の軍の指揮官をしております、ランヴァルト・ヘーグステットです」
「僕はバラハ! ヨロシクね」
自己紹介をしてるけど、ルシフェルは笑顔で眺めているだけ。
この二人なら大体、地獄の高位貴族か何かだとは説明するまでもなく理解しているだろう。都市の守備を考えたら把握しておいた方がいいかも知れないけど、私達と一緒だから大丈夫と思ったか、下手に聞く方が危険だと判断したのか。尋ねられることもなかった。
「何か、今までいた町にないものはあるかい?」
「剣術道場がありますよ。レナントにはなかった筈です」
さすが防衛都市、剣を学ぶ施設があるとは。
この都市の軍の指揮官、ランヴァルトは軍の上層部の人間に受けが良く、彼が紹介すると良い待遇で軍に所属できるとか。それで彼の目に留まりたいという人間も、通っているらしい。
他には力不足を感じた冒険者が学ぶ。
あとはこれとは別に、本格的ではなく習いごとくらいの感覚で素人に指導する時間もある。
道場は軍の施設の近くにあった。軍人が指導に来て、その代わりに軍属希望の者が町の警備隊として協力し、有事には避難誘導や警固にも参加する。戦力を確保する為の場所にもなっているのね。
もちろん軍に協力する人間は、身辺調査もされる。特にこの都市や国の出身でないものは、しっかりとした身元が判らなければ所属できない。
大きな道場は低い塀に囲まれていて、中から声や木刀をぶつける音が響いている。
門から入口まではすぐで、入ってから道場の他に、着替え室、トイレ、来客用の部屋などもある。ちょっとした給湯室もあり、考えていたよりしっかりした施設だった。稽古の場所だけ、みたいな想像をしていた。
広い道場と、となりに区切って狭い部屋もあった。何をするところだろ。
「失礼するよ」
ランヴァルトが慣れた様子で稽古中の道場に顔を出すと、先生らしき人がすぐにこちらへやって来た。
「これは指揮官様、筆頭魔導師様!! 本日は大勢お連れで……、視察でしょうか?」
視察という言葉で生徒達に緊張が走って、チラチラこちらを盗み見る。
現在訓練しているのは、軍への入隊を希望している人達かな。
「そういうわけじゃなくてさ。私達が懇意にしている方々でね、見学していい?」
「もちろんです、椅子を用意させましょう」
バラハが頼むと、先生は生徒に人数分の椅子を出すよう告げた。
慣れてるみたいで、生徒が我先にと準備をする。ランヴァルトがいるから、特に気合が入るのかも。
こういうのを見学するのは初めて!
第二騎士団が対魔物の戦いの訓練をしている様子は、見せてもらったことがある。基本が魔導師との共闘で、自分より大きな相手を倒すとか、毒を持つ爪のある魔物との戦い方とか、変則的なことばかりだったなあ。
足運びの練習をしてから二人一組になって、基本の型をやっている。号令に沿って、全員で同じ動き。
それから組を変えたりしつつ、今度は自由に打ち合ってるみたい。
「ふむ。君の方がよほど強いね」
「……ありがとうございます」
Dランクのランク章を付けたエクヴァルに向かってルシフェルが言うものだから、生徒達はチラリと疑わし気にこちらに目を向ける。
エクヴァルは……あ、そっか。魔導師長がいなくなったから、もう別に隠さなくてもいいのね。
でも珍しく乗り気じゃなさそう。戦うのは好きだと思ったのに。
「君と手合わせしてもいいんだけど」
ベリアルに挑戦的な笑顔で告げるルシフェル。呪法がメテオ系だったし、容姿からしてもルシフェルは魔法系かなと勝手に考えていたけど、剣が得意なの?
「ルシフェル様の剣技! ああ、きっと芸術的なのでしょうね……! ご披露頂きたい……」
想像して興奮するエンカルナと対照的に、ベリアルはというと、なんだか顔が引きつっていた。
「……ご免であるわ。そなた、そう誘って我が宮殿を破壊したではないか」
「あの貴賓室は悪趣味だったから、改装できてちょうど良かったろう? あんなギラギラした部屋に通される、私の身にもなって欲しいよ」
剣で手合わせして、宮殿を壊す……???
それじゃあこの道場、壊滅させられちゃうんじゃ……。さすがに地獄の王同士、スケールが違いすぎる。
「……やはり故意であったな。相変わらず悪辣な! 大方、この前の仕返しを企んでおろう」
「企むなどと、人聞きの悪い。私達は親友だろう? 違うかい、ベリアル……?」
「恐ろしいわ! そなたがそのように言う時は、ろくなことにならん!!」
ルシフェルって、ベリアルには遠慮がないを飛び越えて、わりと容赦がないよね。彼の親愛には、危険が伴うのか……。
話の内容があまりにも
そんな時、門の方から「入るぞ」と大声が耳に届いた。
男女が会話をしながら歩いてくる。どこかで聞いた声のような。
「おいランヴァルト、ここにいるんだって? 見たぞ、あの凄まじい跡! 悪魔ってのは怖いな!!」
この空気を読まない男は!
「ライネリオ兄上!」
「私も一緒です」
ヘーグステット長男、そして妹のイレーネ!
どうやらルシフェルが壊滅させた、城だった場所のクレーターを見学に来たらしい。相変わらずこっちも喧嘩好きね。エクヴァルの友達だなあ。
「お? エクヴァル殿。貴殿も見学に?」
椅子に座るエクヴァルを目にすると、ライネリオが軽く手を上げて近付いてくる。
「いや、町に遊びに」
「あれから訪ねて来てくれないんだからな~!」
「ははは、私も仕事があってね」
「貴方がライネリオ兄様のお友達の、エクヴァル様ですの?」
長い金の髪がさらりと流れる。髪を飾るピンクのリボンが可愛らしい。
「これはなんと愛らしいお嬢様。不肖の身をご存知頂き、光栄です」
エクヴァルが胸に手を当ててお辞儀をすると、イレーネは少し頬を赤らめた。やめて、未成年を誘惑するのは!
「は、始めまして。イレーネと申しますわ。ライネリオ兄様が、貴方のお話をよくされますの。それで、前より優しくなられて、とても嬉しくて」
「女性には優しくするようにと、エクヴァル殿に注意されたしな」
「お二人は、お知り合いでしたか? それに兄上、少し雰囲気が変わられましたか……?」
ランヴァルトがエクヴァルと親し気にやり取りするライネリオに、不思議そうな表情で尋ねた。
「実はこの前会って、軽くあしらわれてな。そんで稽古をつけてもらったんだが、強い強い!」
「兄上を……?」
「ブルーノはどこかの国の幹部候補生として訓練を受けた者だろうって話してたが、実のところはどうなんだ?」
ライネリオの副官ブルーノの見解は、かなり的を射ている。さすが。エクヴァルは苦笑いして、人差し指で頬を掻いた。
「あー……、あの人はあんまり騙せそうな気がしないね」
「エクヴァルが騙せそうにないの? ずいぶんな方ね。アンタってとんでもない二重人格者なのに」
「……私をけなす為に会話に加わってるのかな、エンカルナ?」
エクヴァルが視線を向けると、エンカルナはわざとらしい程に顔を背ける。
「私も彼女も、エグドアルムの軍人だよ。今回のことで来てるんだ。彼女はもう帰るけどね」
「何言ってるのよ! 私まだ、ルシフェル様とご一緒したいんだけど!??」
「……君は帰りたまえ。その様子では仕事にならない。無駄な人間は、いらない」
「ううう! アンタに冷たくされても、全っ然、嬉しくないわよ!!」
エクヴァルがエンカルナには素っ気ない。彼女はエクヴァルにはきつい発言をされても、嬉しくないみたい。好みのタイプ限定なのかな?
「ランヴァルト様、バラハ様! こちらですか!?」
今度は二人の男性が駆け込んできた。呼ばれたランヴァルトが、すぐに入り口に向かう。
「何事だ!?」
「オーガです!! 人の背の五倍はある、数体のオーガが隊商に迫っているようで、救援要請がありました!」
オーガとは、人を食べる巨体の凶暴な鬼。オグルともいう。
食べない種類もいるが、大抵は動物も人も食べる。集団で襲ってくることもある、危険な魔物。
隊商が狙われたとなると、冒険者を何人か雇っていたとしても、高ランクの者でない限り対応は厳しい。
「それは良い! して、獲物はどこだね?」
ベリアルだ。緊張感が崩れるなあ。でもそういう悪魔だった。
「……は? あ、と、北側の森付近です。ワステント共和国からの隊商でして、塩湖の塩や工芸品、それから食料品を積んでまして……」
「じゃあどうしようかな、ベリアル殿が行くならイリヤさんも行くでしょ? 私も参加するとして……」
バラハが周りのメンバーを見渡した。
ベリアルがいれば軍の出動はいらないんだよね。むしろ人数が増えすぎると、獲物が減るとか邪魔だとか、怒られそう。
「師匠、私も参ります」
「ハイ! 私も仕事するわ、行きます。これでいいわね、エクヴァル!」
セビリノとエンカルナだ。となると、飛行魔法が使えるメンバーだから、早く到着しそうね。
「しっかりね、エンカルナ。今回は飛べないと足手まといになりそうだし、私はここに残るよ」
「私もここで待とう。ベリアル、暴れ過ぎないように」
エクヴァルとルシフェルは残る組。ランヴァルト達、ヘーグステット家の面々も残る。
「城は壊さんから安心せい」
「……何か聞こえた気がするけど?」
「気のせいであろうよ!!!」
口でも負けるんだから、余計な発言をしなければいいのに。
ではオーガに向けて出発!
道場では事情を知らない人達がランヴァルトに、兵を出さなくていいのかと問い掛けている。後は任せて、オーガ退治よ。
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