第103話 ルシフェル様の秘書、ぺオルさん

 ルシフェルに頼まれた召喚をしている。

 対象となるのは、ぺオルことベルフェゴール。ぺオルは悪魔になる前の名前だそうだ。今ではそう呼んでいいのは、基本的にルシフェルだけ。

 姿を現したのは女性の悪魔で、ざわざわと葉や草が風に揺れる様な音と共に現れた。

 茶色い髪をまとめてアップにしていて、メガネをかけた秘書のような女性。赤茶色のスラッとしたズボンに、すそが膝裏くらいの長さの上着を着ている。


「……ベリアル様。今度は何を企んでおいでで?」

 ベリアルって、基本的にルシフェルの信奉者に評判が悪いみたい。友と呼ぶのが許せないらしい。

「我ではないわ。ルシフェル殿が、宮殿の庭に咲かせる花を人間に用意させようとしておってな、そなたに交渉を任せると申しておる」

「ルシフェル様が!? 庭園を私にお任せくださるとは、光栄な……! 早速参りましょう、すぐに開始しましょう、さあ!!」

 何とも変わり身の早い女性!


 とりあえず、ギルド長に誰に打診したのか教えてもらわないと。ベルフェゴールにき立てられ、家から出た時だった。

「おや、イリヤさん。お出掛けかな?」

「ギルド長、ちょうどお伺いするところです。彼女がベルフェゴール様、ルシフェル様の配下のお方です」

「お初にお目にかかります、私はベルフェゴール。ルシフェル様のご要望を最大限に叶える為、ご協力願いますわ」

 頭を下げて挨拶をする。丁寧な悪魔だ。

 ギルド長は恐縮しつつ、お辞儀を返した。

「その件ですが、ビナールの商会に頼みました。花は専門じゃないが、この町で花を扱ってそんな大きな商売をしている者はいないので、こういう時は顔が広い彼が適任なんですよ」

「ありがとうございます。ではビナール様のお店に直接伺わせて頂きますね。」

 お辞儀をして顔を上げると、ギルド長はちょっと顔を赤らめてベルフェゴールを見ていた。

 ストイックな秘書系が好みなのね……!


 ビナールの商会に着くと応接室に案内され、ソファーに座って待つよう促された。

 出されたハーブティーを頂きながら、しばらくベルフェゴールと庭の構想について話をした。彼女は紙とペンを取り出し、話しながら何枚も庭のデザイン画を描いていく。商会の人間と詰めればいいと言っていたけど、どんどん思いついたみたい。

 しばらくして、ビナールがバタバタと急いでやって来た。

「ちょうど他の店舗にいて……、申し訳ない、お待たせしました」

「いえ、こちらこそ突然の訪問で失礼致しました」

 ベルフェゴールが立ち上がって軽く頭を下げた。

 私も一緒に立ってお辞儀する。

「いえ、座ったままでどうぞ……」

 悪魔だと聞いているかな。ビナールがやたら恐縮している。


「早速ですが、本題に入らせて頂きます。まずその花ですが、どのような状態で頂けるんでしょか?」

「ええとですね、ダリアは球根です。数も多いですし、あまり安いものではないですが……」

「ルシフェル様から委任して頂いたミッション、失敗するわけには参りませんわ。品質さえ宜しければ、いくらかかろうと全く問題ありません。宜しくお願いしますね」

 さすが地獄の王、お金に糸目は付けないらしい。


 ビナールが分厚い図鑑を出して、欲しい色や形を選んでいく。

 隣にはベルフェゴールが待っている間に描いた庭のデザイン画が何パターンもあって、メガネを直してビナールとも相談しながら、花と合わせてじっくり吟味している。

 噴水の近くを歩きながら眺められるように、ダリアの花壇を作ると決定した。メインの皇帝ダリアを真ん中に、囲むようにしている。それでも頭一つ分以上高く成長する品種らしい。

「この花も面白いですわね」

「ストレリチアですね、ご用意しましょう」

「あとは背の低い花と、大ぶりの花を組み合わせて、あずま屋から見渡せるように……」


 その後も何種類か花を仕入れる交渉をして、しっかり話をまとめて家に帰った。個人の注文とは思えない量に、ビナールも嬉しそうだった。

 準備できたら私に連絡をしてくれることになり、とにかく気合が入っている。


 家の客間では、ルシフェルとベリアルが向かい合ってソファーに座っていた。

「……ただいま戻りました。ルシフェル様、その女性はどなたでしょう?」

 エンカルナがルシフェルの傍に控えている姿を目にして、ピクリとベルフェゴールの眉が動く。

「やあぺオル。相談は済んだかい?」

「勿論です、発注して参りました」

「私はエンカルナと申します。ルシフェル様の……」

 ちら、とルシフェルに視線を送る。うーん、どういう関係になるのか。

「完全なる他人だね」

 サクリ。

「ああ……笑顔でその冷たいお言葉! もう、素敵過ぎます!」


「何なの? 他人と言われて嬉しいの、貴女……?」

「嬉しいと言うか……、ルシフェル様がとても格調高く、打ち震えてしまいます……!」

「……それは解るわ」

 その後二人は、ルシフェルの魅力についてしばらく語っていた。

 少しズレがある気がするけど、そこはそのままでいいみたい。


「いい加減にしたまえ、騒々しい」

 ルシフェルが叱るとピタリと止まり、ベルフェゴールは申し訳なさそうに謝り、エンカルナは幸せそうに口に手を当てていた。

「……叱られながらもルシフェル様の魅力を認識できる……。この人間の女、侮れない!」

「ルシフェル様が信頼する、秘書的役割な彼女。私も何かポジションを得なければ……!」

 これはいい友達……なのだろうか?

 エンカルナにはルシフェルのおもちゃという、唯一無二の役割があると思うけど。わざときつい言い方をして、それで喜ぶ不思議な生態を楽しんでるよね。


 ベリアルも呆れ顔で二人を見ている。

「ルシフェル殿の寵愛など、競っても意味が無かろうに」

 わざとらしくため息をつく。

 彼は自分を賛美してくれる人が好きだから、面白くないのかな。だからといって、ご機嫌とりに褒めるのも癪だから、褒めないわよ。

「……どういう意味でしょう、ベリアル様。私はただルシフェル様のお力になることに専心しているのみ、そのように不相応な望みは抱いておりません!」

「あら、ないの? 私はあります! 私だけを責め立てて欲しいです!」

 責める寵愛……??? ベルフェゴールはハッとしてエンカルナに顔を向けた。素直さが羨ましいみたい。


「そうではないわ。現在のお気に入りはホレ、そこのセビリノであろう」

「……私ですか?」

 ずっと喋ってないけど、彼も近くにいたんだよね!

「そもそも、そなた何故そこにずっと立っておるのだね?」

「お茶でも淹れるべきかと思案していたのですが、話が途切れないので伺うタイミングが掴めず……」

 それなら普通に声を掛けてくれて良かったのに。まさか給仕しようか迷っていたとは。

 セビリノは魔法の話や戦いの時になると前のめりになるけど、普段は威厳があるものの物静か。私といても、慣れるまでは沈黙が多かったわ。

 いくらでも魔法の話ができると気付いてからは、どんどん話し掛けてくれるようになったよ。

「ほれ、あのように恭順し、つつしむ者を好むではないか。そなたらは出過ぎであるよ」

 なるほど、確かに。


「「……い、言われてみれば……!!」」

 セビリノは二人のライバル認定をされてしまったようだ。

 ちょっと可哀想かな。まあ、気にするタイプでもないわね。

「そうだね、君達二人は少々騒ぎ過ぎる。ぺオルまで一緒になるとは……」

 さすがに少し、ルシフェルも呆れたようだ。ぺオルことベルフェゴールは肩をすくめた。

「私も叱責して下さい!」

 こんな時もブレないエンカルナはすごい……。


「……それで、お茶はどうしますか?」

 こっちもブレない人だった。




★★★★★★★★★★



 ベルフェゴール。だいたい男で出てきますよね。辞典を見ても男だったんですが、ネットで“元はぺオル山の女神”という説を発見し、これだーー!ルシフェル様の秘書!となりました。

 まあ、なんでも萌えキャラに変換される時代なので、好きにしていい気もしますが(笑)。

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