第102話 エクヴァルの同僚2
家に帰ると、セビリノが紅茶を淹れてくれた。
「あああ……アーレンス様が、私に紅茶を……」
エンカルナはセビリノに憧れているみたいで、とても大事そうに紅茶を飲んでいた。
私の横にエンカルナが座って、向かい側にエクヴァルが腰かける。セビリノはお茶請けを用意してくれている。
約束通りエリクサーとアムリタとソーマを一個ずつ、エクヴァルに誕生日プレゼントとしてあげた。すごく喜んでくれて、エンカルナと何故かセビリノまで妬ましそうに眺めている。
セビリノは全部、自分で作れるのに。
「……ところでなんで、アーレンス様はイリヤさんを師匠って呼んでるの?」
エンカルナがこっそりとエクヴァルに尋ねた。帰って来た時に、お帰りなさいませ師匠、と出迎えたから。
「そのままだよ。彼の師匠なんだ、彼女」
「ええーーー!? だって、アーレンス様は宮廷魔導師よ? しかも彼女の方が年下よね!??」
だよねえぇ! これが普通の反応だよね……。
「師は素晴らしい魔導師でいらっしゃいます。才能に年齢は関係がない」
セビリノが私を褒める時って、やたら自慢げなんだよね。よく解らない。
エンカルナは口をあんぐりと開けて、私をじっと注視していた。
「……だから報告書にも書いたろ、セビリノ殿以上だって。本人の弁だよ」
「だって、本当だとは思わないじゃない!」
そんな風に書いてたんだ。いったい何を報告しているんだろう、エクヴァルは。
セビリノがテーブルの真ん中に、五弁の花の形をした木の器にキレイに焼き菓子を並べて出してくれた。
このオシャレな器は、いつの間に用意されたんだろう? 私は食器にまでこだわったことはないぞ。彼は本当に几帳面。
「……チェンカスラー王国への賠償は、アイテムと魔法技術で手を打ってもらえた。こちらは心配する必要はない。他に聞きたいことは?」
「私も確認したわ、あの魔王の攻撃の跡。……貴方達、本当にあんな悪魔を送還できたの? 逆鱗に触れて、アレで終わりとは思えないんだけど……?」
……そう思うよね。確かにまだ送還はしていない。でも、アレで気が収まったみたいなんだよね。
疑うように覗き込むエンカルナを相手に、エクヴァルはどう説明するんだろう? 私はきっと、余計な口を挟まない方がいいんだろう。
「関係ない人間まで巻き込むタイプではなかった、以上。藪をつつくと蛇が出るよ、エンカルナ?」
「……ハイハイ、解りました」
簡潔だ。追究もしないみたい。
「あ、そうだった。アンタのトコにお見舞いのフリで行った時、長男さんに会ったわよ。殿下が面会してるってテキトーに誤魔化して、帰ってもらったわ」
「兄上に……? 元魔導師長の派閥ではなかった筈だが…?」
唐突に変わった話題に、焼き菓子を取ろうとしたエクヴァルの手が止まった。
「……相変わらず殺伐としてるわねえ。普通に心配してたみたいよ? 両親は一度も、使いすら寄越さなかったらしいけど」
「……我が家はそれで普通だよ。兄上が、何の為に? 何を探っている……?」
エクヴァルの表情が険しくなる。病気療養の設定で国を出ていたんだから、訪ねたなら普通お見舞いじゃないの?
色々疑って考えを巡らせている彼を、エンカルナはニヤニヤと楽しそうに眺めていた。
「なんかね~、自分に子供ができたら、子供の頃からのアンタへの対応が良くなかったって反省したみたいよ。関係を修復したいらしいわ。あの両親や、次男はムリでしょ」
「……修復するほどの関係が、元からなかった気がするんだけどね。ああでも、兄上には火属性の魔導書を頂いたな」
「イリヤ、誰か来ておるのか?」
騒ぎ過ぎたのか、ベリアルが顔を出した。彼に目を向けたエンカルナは、そのまま止まって凝視している。
やっぱり高位の悪魔って解るのかな?
「……ベリアル殿だよ。下手な詮索は不要だ」
すかさずエクヴァルが釘を刺す。
「……す……素敵……」
あれ? 違うぞ、探ってるわけじゃない?
彼女は両手を胸の辺りで合わせて、勢いよく立ち上がった。瞳を潤ませ頬を染めて、幸せそうに
「ああ……この鋭い眼つき、高慢な笑い方、整った顔立ち、シャープな立ち姿、声も低く滑らかでとてもセクシー……! こんな魅惑的な悪魔がいらっしゃるなんて……」
「……正直な娘であるが、そなたの知り合いかね?」
「あまり認めたくありませんが、私の同僚です……」
呆れたようにため息をつくエクヴァル。
「……あの、イリヤさんと契約をされている方でいらっしゃいますか?」
「我が小娘と契約していることが、そなたに関係があるのかね?」
どういう意図の質問か不審に思ったらしく、ベリアルの聞き返し方が挑発的。
「あの、エンカルナ様……」
「こむすめ……小娘だなんて! 羨ましいわ、私もそのように! いえ、もっときつく
う……羨ましい? 小娘って呼ばれるのが?
もっときつく罵って欲しいって、なんで? そんなの嬉しいの!? さすがのベリアルも困っているようだ。
「……ぬ? 何やらおかしな女であるな。さすがエクヴァルの同僚といえるか」
「あんな男と一緒にされては困ります! ああ……おかしな女、まだ優し過ぎる……」
「君ってそういう性癖……? それで私をおかしいとか、狂ってるとか言ってたわけ…?」
エクヴァルが困惑している。彼女のこういう姿は初めてらしい。
私もこういう人は初めて会ったわ……。
「何を騒いでいるのかな?」
「申し訳ありません、ルシフェル様。」
ベリアルまで混ざったから気になったのか、ルシフェルが顔を見せた。銀の髪を反射させて、空色の瞳が美しい白いローブの悪魔。
彼はまだ私の家にいる。
「……天使?」
エンカルナが思わず口にした一言に、笑顔のまま彼の柳眉が逆立つ。実は天使に間違えられることが嫌みたい。
せめて服装を変えればいいのに。
「……その不愉快な女は?」
言ってしまった……。
予想通りエンカルナは、まるで口説かれたように瞳を輝かせている。
「ご不快にさせてしまって申し訳ありません!! エンカルナと申します、麗しい素敵なお方……! 笑顔で諫められる……。なんて心地いいのかしら……」
「……ベリアル、彼女はどうなっているんだい……?」
「罵られるのを好む女のようである……。我には全く理解できぬ」
「……ふうん?」
ルシフェルの笑顔が不吉……、面白い玩具を見つけたような。
「卑小なる人間の女。この私は地獄の王、ルシフェル。立って迎えるとは、不届きだと思わないかい?」
「こ、これは失礼しました!」
エンカルナがすぐに膝を折って頭を下げる。
その姿を満足そうに眺めるルシフェル。
「……ふふ、変わった娘だね」
「ああ……声もお姿も理想以上……」
エンカルナが幸せに震えている……。これは、出会ってはいけない二人が出会ったような……。
ベリアルとルシフェルは何か話をするらしく、連れ立って出て行ってしまった。何だかんだで、気が合うみたい。
エンカルナは恍惚の表情で、祈るように指を顎のあたりで組んで熱いため息をつく。
「アーレンス様は、魔導師として憧れるし、あの笑わない表情でキツイくらいのハッキリとした言動。とても素敵だし、魅力的なの」
「はあ……」
セビリノの方は我関せずといった感じ。茶葉が切れたらしく、買い置きを茶筒に移している。
むしろ彼女には、その素っ気ない態度がいいみたいね。
「ベリアル様の、あのキツイ眼光で鋭く罵って頂くのは私の理想なのよ。しかも優雅で美しい、最高でしょ。口汚く罵倒されるのは、趣がないわ」
「……ベリアル殿は、罵らないですよ……?」
罵倒のおもむき。不思議な単語だ。
「そうなの、残念よね。でもそれ以上に、ルシフェル様……! あの麗しい笑顔で上品に冷たく諫められる……、風雅な愉しみだわ……」
「……ですかね……???」
私には理解不能な世界だわ。
ルシフェルに諫められたら、単に怖いんだけど。彼女の眼差しは、どこか遠い世界を見詰めるよう。
「……イリヤ嬢、こんな話は真面目に聞かなくていいからね。エンカルナ、君はいつになったら本題に戻れるんだい……?」
「エクヴァルがここから離れたくない理由が解ったわ……。理想郷ね、ここは」
「君と一緒にしないでくれる!?」
いい加減にしてくれよと、エクヴァルがソファーの背もたれに寄りかかって天井を仰ぐ。
幸福に酔いしれるエンカルナは、その日はついに正気に戻ることはなかった。合掌。
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