第101話 エクヴァルの同僚(エンカルナ視点)

 エンカルナ・アーダ・ノルドルンド。

 エグドアルム王国皇太子殿下の親衛隊に所属し、側近を務めているわ。殿下の側近は全部で五人、男が三人に女が二人。

 宮廷が男性ばかりだから、女性にもっと活躍して欲しいと殿下が仰っているの。とても晴れがましい気持ちね!

 私は魔法剣士。飛行魔法も使えるし速度が速い方だから、今回のチェンカスラー行きに抜擢されてしまったの……。行きたくない……。


 向こうで任務をこなしている、エクヴァル・クロアス・カールスロアが苦手なのよ。アイツは頭がおかしい。特に仕事となると厳しくて冷酷になる。

 元魔導師長に逃げられ、地獄の王を喚ばれ、何とか解決して今度はチェンカスラーで謝罪……。

 アイツが荒れてる時は近付きたくない。とにかく、戦いたくなる性分みたいなのよね……。


 そもそもオリハルコンの剣に更に攻撃力増強を掛けるあたり、変態性が表れてるわ。そんなの必要ないくらい、硬くて切れ味が鋭い剣なんだから!

 あの剣は殿下から側近五人に贈られて、研究所で魔法付与をしてもらったの。ちなみに殿下と元魔導師長は仲が悪かったから、宮廷魔導師には頼まなかったのよ。

 オリハルコンは魔法とあまり相性が良くないので、付与できるのは一種類だけ。皆は得意属性とか、私は杖の代わりもするように魔力増強を掛けてもらった。

 もう一度言うけど、オリハルコンに攻撃力増強とか、頭がおかしい仕様だから!!!


 チェンカスラー王国ではもう身分を隠す必要もないので、普通に検問でエグドアルムから来た軍人だと告げた。普通に通れた。町も普通。

 どこか牧歌的な雰囲気があるような、あまり都会って程でもない町。

 歩いていると、エクヴァルより先に菫色の髪の女性を発見。白いローブだし、これは彼女が渦中の元宮廷魔導師見習いに違いないわ。エクヴァルなんかに護衛される、不幸な女性。


「こんにちは、貴女イリヤさん?」

「……はい、私はイリヤでございますが……、何故私をご存知なのですか?」

 よし、これならエクヴァルが嫌うタイプではないわ。少しは安心した。やっぱり、この子が好きでごねてたのかしら。

「私はエンカルナ。エクヴァルの同僚よ。アイツに用があって来たの」

「エクヴァルの。遠路はるばるお疲れ様です」

 丁寧に頭を下げる。そして家に案内してくれることになった。やった。

「貴女も災難ね、エクヴァルが護衛なんて。アイツ不気味でしょ」

「…………? 不気味……? 女好きな方とは思いますけど……?」

 不思議そうに私を見る。アイツ、まだ本性隠していられてるの?


 町はお昼も過ぎて人通りが少なく、道が広く感じられた。露店や個人商店が並び、喫茶店からお客が出てきた時に、コーヒーの良い香りが流れてくる。

「戦うのが好きで、笑顔でドラゴンと戦ったりするのよ。あとは大勢と戦うのも好きね。そういう訓練を楽しんで、自分からやるの。おかしいったら!」

「……ドラゴン狩りはベリアル殿も趣味なので、別に違和感はありませんが……? 強くて頼りになりますし」

 まさか……。アイツと一緒にいて平気な女性なんているの? ないわ! 騙されてるのよ、あの軽口をたたく上澄みみたいな表層人格に!

 いけないわ、彼女を更生させなくては!


「で、でも! 怒られたでしょ、使用禁止魔法なんて使ったのよね、貴女!?」

「叱られてしまいました。魔法の研究になると、つい夢中になってしまって」

 困ったように笑う。これはあの、軍人モードで怒られてないわ! そんなバカな!

「うっそ……。更迭こうてつなら辞職するとまで言ってたのに、貴女には怒らなかったの……?」

「更迭……? 更迭って何の話ですか?」

 まさかの、全然聞いてないの!??

 歩きながら会話を続ける。商店が途切れてきたので、家が近いかも。


「貴女ねえ、近くにいて使用禁止魔法の発動を止められなかったんだもの、力不足ってことじゃない。そのまま任務に就いていられるわけないでしょ。しかも他国の人間に見られたのよ。殿下も本当はエクヴァルに帰って欲しかったみたいだし、更迭で済ませばちょうどいいと思ったのよ。あの殿下命のエクヴァルが、親衛隊を辞すなんて言い出すと思わないし。こっちが焦ったわ」

 この話を聞いて、彼女は両手で口を覆った。全く気付かなかったみたい。

 御咎おとがめなしなわけないじゃない、貴女を監視もしてたのに。


「どうしよう私、全然知らなくて……」

「……君は知らなくていい。これは我々、エグドアルムの問題だ」

 うっわっっ。来た!エクヴァルだ……、ちょっと怒ってる。知らなくていいって、この娘が当事者でしょうが。

「エクヴァル、ごめんなさい! 言ってくれれば良かったのに……、私もっと気を付けたのに」

「……平気だよ。減給で済んだんだ。君の家に住まわせてもらってるから、何も問題はなかった」

 やだなあ、あの優しそうな表情。鬼みたいなアイツをよく見せられたから、ギャップが気持ち悪い。笑顔で腕の一本くらいいらないよね、とか脅すのがエクヴァルじゃない。

 別人格、強いな。


「……で? 君は何しに来たわけ、エンカルナ」

 あ、やっぱり鬼で間違いなかった。眼つきが全然違う……!

「……会いたくないけど、アンタと接触するのと、殿下から預かりもの。誕生日プレゼント。これは後で渡すわ」

「誕生日? エクヴァル、誕生日なの?」

 誕生日という単語を聞いたイリヤさんが、エクヴァルを見上げた。エクヴァルのヤツは、なんだか曖昧に前を見ている。

 何、あのリアクション?

「あー、そうだったかも。覚えてなかった。よく殿下、忘れないねえ」

「じゃあ私もプレゼントを用意するわ。お礼とお詫びに!」

「やった! それは嬉しい、楽しみにしてるよ」


「手作りのものとか、いいんじゃない? 手料理とか」

 こいつはこういう、素朴なのに弱いのよね。あの反応はやっぱり彼女が好きなのね、すこし応援しよう。

 このままだと後で絶対、余計なことを喋ったと睨まれるから。

「……料理……」

「エンカルナ、彼女より私の方が料理が得意なんだよ……」

「え?」

 家を持ってるみたいだから、てっきり家事をしてるかと思ってたわ。あ、宮廷魔導師見習いの腕があるものね、いくらでも雇えるのか。


「裁縫とかは? 刺しゅう入りのハンカチなんて、貴族の間で贈られるわよ」

「できません……」

 しょぼんとした! ひゃあ、エクヴァルの視線が怖い! 今日が私の命日かも知れない……。

「あ、そうだ。手作りなら、エリクサーがあるわ! エリクサーでどうかしら?」

 ……え? それハンドメイドの範疇はんちゅうに入る?

「……も、もらえるの? エリクサー! すごい嬉しいんだけどっ!」

「喜んでもらえて良かった、あげるね。アムリタもソーマもあるわ。マナポーション類はいらないわよね?」

「いいね、いいね! その三つすごく嬉しい!」

 何それ……誕生日プレゼントじゃなくて、献上品じゃない。無料で渡すものなの……!?


 エクヴァルが報告書でベタ褒めするだけあって、すごい腕前なのね! 色気に迷ったんじゃなかった。むしろ色香はあまり感じない。

 魔法に関しては、セビリノ・オーサ・アーレンス以上とか書いてたのよね。あのアーレンス様を超えるなんて、信じられないんだけど。魔法の専門家ではない自分では彼女の実力を判断しかねる、とも報告書にあったわ。

 だからこそ私が来ることにもなってしまったわけで……。

 確かにこんな簡単に最高のアイテムをくれるなんて、ただ者ではないわ!


「ずるい! 私も欲しい!!!」

「君は関係ないだろう。任務で来たんでしょ、仕事しなきゃね!」

 そう言って彼女を促して、家に向かって歩き始める。私をいないものとして扱ってない!?

 殿下ー! エクヴァルは今日も、性格最悪です!



★★★★★★★★★



エンカルナは、こぼれ話の“ 誰かの話・エグドアルム皇太子殿下の側近、遭遇譚”でちょこっとだけ出た、エクヴァルが敵兵の首を斬り落としたのを見て半泣きになっていた女性です。彼女はもともとエクヴァルと合わないと思っていましたが、それ以降特に苦手になりました。

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