第100話 クイズの時間です!
そんなわけでクイズ当日、公爵邸。
「では、ルールを説明しよう」
ルシフェルがにこやかに解説を始めた。
「これから、ある男がやってくる。君は
「それはクイズとは違わんかね、ルシフェル殿」
ベリアルが異を唱えるけど、ルシフェルは素知らぬ顔で彼の前を通り過ぎる。
「では場所を借りるよ、公爵」
「は、はい。どうぞご随意に……!」
穏やかな美貌で威厳がある、いかにも高貴な悪魔の来訪に、アウグスト公爵もかなり緊張しているようだ。公爵は王都に住んでいて、私をこのチェンカスラーで庇護してくれている。いつでも頼っていいとのお言葉を頂いている。
お抱え魔導師ハンネスが、ルシフェルの流麗な立ち姿に感動していた。契約している侯爵級悪魔キメジェスは、偉大なる地獄の王ルシフェル様を招くことができたと、とても感動している。
クイズのお題になる悪魔がやってくる前に、私達は魔法実験施設に移動して準備をすることにした。ベランダに降りてくるらしく、部屋にハンネスとキメジェスを残して。
実験施設には以前よりも強固な結界が張り巡らされ、床も壁も補強してあった。
「立派な施設だね。私はベリアルと違って無責任な真似はしないから、安心していいよ」
以前壊したことだな……。ベリアルが私にちらりと視線を送る。
来るのはたぶん王クラスの悪魔だろうから、確かにどんな強固な結界でも簡単に破るだろう。
今回は魔法を使うわけではないので、広い魔法を発動させるエリアに皆で陣取った。通常は術師が入る専用の、外からの影響を受けない小部屋があり、そこに入る。
私は魔法円を描いて順序を守って入り、その中で待っていて、皆は少し離れた後ろの壁の近くに立っていた。真後ろだと見えないからか、左右に広がって。
悪魔が来たら、召喚した時のように名前と爵位を聞けば言い訳ね。万能章を取り出して起動させておく。
「精霊の力、この符に宿れり。万能章よ、大いなる偉力を余すことなく発揮せよ」
「なるほど、万能章。なかなかよくできているね」
ルシフェルも認めてくれている。これならクイズのお題になる悪魔にも、効果があるかしら。
「さすが師匠……、立ち昇る魔力が色を帯びるほど濃くていらっしゃる……!」
セビリノは、まあうん。師匠と呼ぶようになって、褒め方まで大げさじゃないかな。
ほどなくハンネスとキメジェスが、悪魔を案内してきた。
「ルシフェル様っ! ご用命と伺い、ただいま馳せ参じました。どうぞ、なんなりとお命じください!」
大声とともに姿を現したのは背の高い男で、深い緑の髪をしている。
長い髪を後ろで結んでいるけど、束は細い。全部は伸ばしてないみたい。腰に足元まである白い布を巻いて、首には銀の装身具を付けている。髪と同じ色の上着には繊細な銀の刺繍が施されていた。
「よく来たね。ではそこに立ってもらおう。ルールは簡単、彼女が君の名と爵位を当てる。君は抵抗して、しかし攻撃をしないように。いいね?」
「お任せを。このような娘の術、全て破ってご覧にいれます!」
悪魔は自信満々で力強く笑っている。かなり威圧を感じるので、やはり王であることは聞くまでもないような。ベリアルがちょっと嫌そうにしているし、キメジェスに至っては危険な人が来たというような、警戒している表情だ。
公爵と公爵閣下の侍従二人、魔導師ハンネス、悪魔キメジェス、地獄の王であるルシフェルとベリアル、エクヴァル、セビリノ。これだけの人が見ている中でやるのは何とも緊張する。
「……おい女、早く始めろ」
彼は気が短そうだ。支配力を真っ直ぐに傾けるように、召喚用の棒を彼に向けた。
「神秘なるアグラ、聖なるサバオト、偉大なるテトラグラマトンの示す御名の御方の御威光において命ずる。汝、悪魔よ、名と爵位を告げよ!」
ひゅるりと風のような魔力の塊が支配力として、悪魔に向かう。髪が揺れて渋い顔をしたが、反応は薄い。畳みかけるようにもう一度命令を口にする。
「大いなる御名のもと、悪魔よ、速やかに名を告げよ!」
「……っ、なるほど。わざわざ俺を呼ぶだけあるじゃねえか。しかしまだ、この俺には足りぬッ!!!」
悪魔が叫んで両手を握ると、魔力が分断されたような感覚があり、風はピタリと止まった。
彼は契約がある悪魔だし、こちらに全て意識があって抵抗が強い状態だから、かかりにくい。難易度が高いクイズだなあ……。
私はこれではムリかなと感じたので、アイテムボックスの中から惑星の護符を出した。
「あの護符は……!?」
少し離れたところにいるハンネスが体をずらして、私の手を覗き込む。
今回使うのは、悪魔や霊から身を守り、さらに支配を強める木星の第三の護符。
丸い錫のプレートに、青で模様と魔術文字が書かれている。円周の上側に六芒星、その周囲には“信頼は山の如く、動かじ”と書かれていて、真ん中部分は十字を描いたように四分割されており、二つに偉大なる神の名前、二つには木星を象徴する図と字をそれぞれ記してある。
これを掲げて、呪文を唱えて起動させた。
「倫理を表し、恵みを与えるもの。望みたるものまで、意志は拡大す。天の王、慈悲なるベネフィック。木星のペンタクルよ、上層の空気に包まれ我に力を貸し与えたまえ。まつろわぬものよ、平伏せよ」
護符から立ち昇る、強い強い魔力。万能章から溢れる魔力を杖に集めたものもこの護符に移し、二つの相乗した魔力を悪魔へと
視覚からの情報を余分に感じたので、まぶたを降ろして魔力の流れに神経を集中させた。相手の強すぎる魔力が、ヒシヒシと魔法円の防御の壁まで押し寄せている。向かってくる力の源に、魔力を変換させた支配力の行く先を集中させる。
「エヒヤー・アシェル・アヒヤーの大いなる権威によって!! 悪魔よ、汝の名と爵位を告げよ! 我が問いかけに答え、
「……ぐ、チクショウ……!!! ……俺は、バアル! 皇帝サタン陛下直属の王のうち、筆頭を務める者!!!!」
やった!! 答えた!
しかしかかった時間を考慮すると、併用は実用性に乏しいかも。準備している間に去るか、攻撃で魔法円を崩されそうだわ。
「なるほど、併用するとはね。これはさすがと言えよう」
「あのような魔力操作を難なくこなされる……。我が師のなんと尊いことか!」
ルシフェルが微笑んで頷いている。
セビリノも嬉しそうなんだけど、褒め方がやたらと大げさ。
「王……筆頭!??」
公爵閣下は驚いて大きな声をあげた。ハンネスもエクヴァルも唖然としている。
「万能章と惑星の護符の併用……。聞いたこともない使い方だ。イリヤ嬢、アイテムの作製のみならず、実践に関しても規格外か……!」
ベリアルは少し嬉しそうだけど、何も言わない。さすがに怖いのかな。
「やられた……! この俺がっっ!!!」
「ダメだよバアル、ルールを忘れたかな?」
彼の耳には届いていないようだ。ていうかルシフェル、止める気ないよね!?
「嵐よ猛り、歓迎の宴を催せ! 俺はバアル、力強きもの。稲妻の光の穂よ、我が手に落ちよ!」
ドンという音と共にどこからともなく黄色い光の一閃が落ち、彼の手に金に輝く槍のような武器が握られている。
待って、話が違う!!! 風属性の上位、雷系を使う悪魔!? 攻撃力が物凄そう……!
「バアル閣下、落ち着いてくだされ!」
さすがのベリアルも慌てている。
ルシフェルを振り返ると、いつの間にやら周囲に強固な結界を彼が張り巡らせていて、君は自分でねと突き放す笑顔が私に向けられている……。相変わらずスパルタだ……。
この展開を狙っていたんではないのかしら。そうでなければ怒るものね。
「我が激情は吠え狂う烈風となれ! 討ち滅ぼせ、
バアルが呪法を発動させた。どこまで防げるかわからないが、殺されることはないだろうと思いたい。万能章と惑星の護符を用いて、できる限り魔法円の防御を高める。防御魔法を今更展開するよりも、現実的な対処だろう。
「始まりであり、終わりである。神聖なるテトラグラマトンの示す御名において、魔法円の隔絶の壁よ、いと高き山岳の峰まで届け!!!」
手から放たれた雷がこちらに向かってバリバリと音を立て、空気を引き裂き押し寄せる。魔法円の見えない壁にぶつかり、かなり大きな鳴動を生んだ。
目の前に黄色い光があふれ、目を開いていられない程だった。これは人間が使う同様の魔法とは、威力がケタ違いだ。閃光をバチバチと弾ける小さな光が取り巻いて、光が部屋の隅々まで照らし出し、私達の影が濃く形を作っている。
なるほどアィヤムル、ふむふむ。
王の呪法が途切れると、私の魔法円の壁は役目を果たしたというように崩れ去った。緊張の糸が切れそうよ、力が抜ける。
「ふわあ……、何とかなるもんですね……」
「……っざけんな……、なんだこの女……!?」
バアルは信じられないという表情をしている。
不意に私の肩に、誰かの手が触れた。どうやらもしもの為に、近くにはいてくれたらしい。ルシフェルだ。
「バアル。ルールを破ったね?」
「……あっ! も、申し訳ありません。ついカッとなってしまい……!」
ルシフェルに指摘されて、ハッとしたように目を開き、素直に謝るバアル。呼ばれてすぐさま駆けつけるし、かなり彼に忠実な悪魔のようだ。
地獄の王筆頭って名乗ったけど……!
「人間の娘、今の呪法は読めたかな?」
「……なんとなく、ですけど。空から落とす方の雷に似ている気がします」
「正解だよ。アレは昔、バアルが人間に模倣されたんだ。さあ、今のをやって見せなさい」
わお! 無理難題がきた!
いや、一応解ったけど。雷の魔法は、もっと強くできないかと思って地道に研究していたから。
「だ、大丈夫ですか? 王の矜持を傷つけるんでは……?」
「……取り決めを破られ、傷つけられた私の誇りはいいのかな?」
ルシフェルの笑顔が深くなる。これは断ったら私が断罪されるんだわ。
ゆっくり息を吐いて呼吸を整え、バアルを確認する。彼はこちらの様子を窺っていた。
「追い立てるもの、其は
槍のような光が黄色く手に現れ、バチバチと音を立てる。時折激しく輝くソレは、確かに手に宿った雷のようで。
「おい待て、女……! お前、初見だろ。真似できるってのか!? おかしくねえか!??」
「激情は吠え狂う烈風となれ! 討ち滅ぼせ、雷霆! 駆逐者、アィヤムル!」
私が唱えると、槍のような雷が解き放たれてバアルに向かった。勿論先程の何割かの威力しかないが、それでも普段使う同様の魔法よりも倍以上の威力がある。いいぞ。
激しく輝き轟音を立てる雷が、バアルにぶつかり、部屋はまたもや黄色い光に包まれた。両手で受けたバアルは多少のダメージがあったようだ。半笑いでこちらを見ている。
「……ねえわ……っ! 非常識が、過ぎる!!!」
「なかなか楽しめたね、これで良しとしよう。さて、この後はどうしようかな?」
ルシフェルのお気には召したらしく、私から離れて軽い足取りでベリアル達の方へと向かった。もう危険はないと判断していいのだろうか。
「も、もし宜しければ会食になさいませんか……? 酒類も豊富に取り揃えております」
公爵が提案すると、ルシフェルはにこりと彼に笑顔を向ける。
「ありがたくお受けしよう。バアル、君はどうする?」
「ご
バアルはもう豪快に笑っているわ。カッとなりやすいけど、わりとサッパリした性格のようだ。ドカドカと大股で歩いて、私の横をすれ違う。
怒ってないかな? さすがにちょっと怖い。
「ベリアルなんかの契約者には勿体ない女だな! また何かやる時は俺も誘え、お前は面白そうだ」
「あ、ありがとうございます……」
なのかな?
どうやら今回の本当のクイズのお題は、バアルの呪法だったようだ。
激昂して宣言を行い、呪法を発動させるところまでルシフェルの計算に入っていたのだろう。こんな危険なゲームだったとは……。相変わらずルシフェルの笑顔は
公爵は地獄からの豪華ゲストを招いた会食を催すことができ、とても誇らし気にしている。
地獄での話や地上に来てからの話を聞けて、私も楽しかった。
ちなみに三人とも召喚された時に、城だの施設だのを破壊していた……。だから高位の悪魔を喚ぶのは危険だと警鐘を鳴らしているのよね。侯爵級悪魔キメジェスが、知りたくなかったという顔をしていた。
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