第289話 海辺の町でこんにちは

 リボルの実家へ討伐が終わった報告をしたら、やたらと大げさに感謝された。

 そそくさと後にして、家を目指す。空を飛べばすぐに着くよ。

 村では昔と変わらず子供達が広場で遊び、段々畑に日が射していた。


「イリヤお姉ちゃん~!」

 エリーが家の前に立って、手を振っているのが見える。

「魔導師様だ! 四人も飛んでる!」

「ほんとだ、すごーい」

 広場の子供達も気付いて、皆が見上げていた。空を飛んでいる人がいたら、やっぱり気になるよね。村の中に降りたら付いて来ちゃいそう。いったん森まで飛び、こっそり戻ってきた。


「通り過ぎちゃったから、どうしたのかと思ったよ」

「ごめんね、子供達が集まっちゃいそうだったから」

「お久しぶりです、お義姉さん! 皆様もごゆっくりされてください」

 リボルも仕事を休んで、待っていてくれた。そして私の後ろにいるベリアルと二人の魔導師に視線を移し、頭を下げている。威圧感がある人達なんだから。

 エリーの手料理を食べて、しばらくゆっくりさせてもらった。お母さんも家の中で待っていてくれて、久々の団らんだ。たださすがに四人も泊まれないので、あまり長居はできない。

 第二騎士団の騎士が私の給料を手渡す為に毎月訪れるので、村への道が整備されているとか。お金は手渡し以外に方法がないから仕方ない。道が良くなれば行商の人も行き来しやすいし、便利でいいだろう。

 お土産とロゼッタからのお祝いを渡し、パレードの観覧席があると教えた。エリーはパレードを見に行きたいのを遠慮して言い出せなかったようで、せっかく席があるのだからと王都へ来ることに決定した。


 近々恒例の第二騎士団の巡礼という名のお金の配達があるので、エリーも一緒に王都へ連れて来てもらう。前回の時に、パレードを見たければ送るから馬車を用意する、と申し出があったそうだ。これなら安全だね。

 リボルはお母さんを一人にするのが心配だから、家に残る。

 私が王都でエリーを案内すると、請け負ったよ。たまにはお姉ちゃんらしいことをしないと。エリーが王都に来る機会なんて、下手をしたら一生で一度かも知れないからね。

 連絡が取れるように、私が王都で泊まっている宿の名前を教えておいた。


「エリーの料理、美味しかったなあ。お店も開けそう! 山の中の村じゃ、そんなにお客も来ないか」

 帰り道、出された料理の数々を思い出していた。立派な釜を作り、焼きたてピザに、デザートのパイまで焼いてくれたのだ。もうプロの料理人と言っても過言ではない。

「店。第二騎士団が通うのでは? 訓練の中継地にして、ここで食事をすれば良いでしょう」

「ははは、金払いのいい団体客だな。イリヤ様、大きな店舗が必要ですな」

「なしですね」

 一部を狙ったわざとらしいお店だ。むしろ近所の人から遠巻きにされてしまいそうだわ……。でも確かに、第二騎士団の皆は大げさに客を集めてくれるだろう。これは無理だわ。話題を変えよう。


「ヴァルデマル様は、パレードまでどうなさるんですか?」

「勝手に観光してきます。許可が取れたら、セビリノと魔法戦をさせてもらえないかなと相談していました」

 エグドアルムの施設を使わせてもらえたら、楽しい魔法戦ができるね。他国の魔導師に使用許可が降りるのかな、でもこの二人なら他の魔導師の刺激にもなるだろう。

「楽しそうですね! 私も……」

「申し訳ありませんが、師匠はご遠慮願います」

「すみませんな、イリヤ様に追いつく為の勉強会です」

 断られてしまった……! 秘密の特訓なの? 私も一緒でもいいじゃない。

「なにやら馬車が止まっておるな」

 食い下がろうとする私の耳に、ベリアルの一言が届いた。


 久々に海鮮を堪能しようと、私達は北へ飛んでいた。

 王都の宿はパレード終了まで抑えてある。今頃来て部屋が空いている筈がないので、エクヴァルに頼んでエグドアルムにいる人に予約をしておいてもらったのだ。あちこちに出掛けるから、拠点がないと連絡が取れなくなってしまうしね。

 それはそのままで、今日は海辺の町で泊まってしまおう作戦なのだ。

 海辺の町の入り口には、馬車が数台並んで止まっていた。

「そこの魔導師の方々、下りてくださーい」

 警備兵が呼び掛ける。セビリノと行動している時に注意されるのは珍しいな。彼は宮廷魔導師としてとても有名だから。

 馬車の列の脇で手を振る兵士の手前に降り立った。

 あっと誰かが声を上げたので、セビリノだと気付いた人がいるんだろう。町の中から一人、慌てて走ってきた。


「アーレンス様、アーレンス様ではありませんか! 申し訳ありません、ご僥倖ぎょうこうの予行演習をしております。急用でしょうか?」

「……ご僥倖? はて、こちらに王家の別荘はなかったが?」

「殿下が海のない国からいらっしゃった皇太子妃様に、海をお見せしたいと仰せなのです。王都での婚約披露のあと、こちらに滞在される予定になりました」

 サンパニルは森林国家と称されるくらい、国土に森の面積が大きかった。北への道中も山沿いに進んだから、海はずっと遠い。広い海を案内したいのね。

「それで、いつになったら入れそうでしょうか?」

「……我をこのような場所で待たせるのかね」

 お宅訪問で待ってばかりのベリアルが、ちょっとご機嫌斜めだ。山の中の寒村だったから、お気に召す宝石店も洗練された街並みもありはしない。しかし今回は失踪事件なども起こっているし、付いて来なくていいとは言えなかった。


「もうすぐ護衛に先導された馬車がこの門を出ます、それまでの間は通行を禁止しております。飛行もご遠慮願います」

 滞在を終えた皇太子達を乗せた馬車が出てくる、という想定なんだわ。実際に馬車を走らせて、親衛隊に護衛されてやって来るのね。

 もう少しらしいし、待つしかない。この町は宿を予約していないんだけど、部屋が空いているかしら。もう夕方だから不安になるわ。

「はいはーい、もう馬車が来るわよ。道を空けて、人の整理をしっかりしなさい!」

 エンカルナだ。真面目に仕事をする姿はあまり目にしたことがない。


「申し訳ありません、宮廷魔導師様がいらっしゃいまして」

「やっぱり何かあった?」

「いや、師匠の供をしている」

 兵士とエンカルナの会話に、セビリノが答えた。

「「「師匠!???」」」

 兵士達の大合唱だ。ここでそういうのは本当にやめて頂きたい。

 ちなみに全員の視線はヴァルデマルに注がれた。セビリノより年上だし、このメンバーの中で一番師匠に当たりそうな人物なので、妥当な選択だと思う。

 エンカルナは周囲の反応などお構いなしに、私の傍へと駆け寄り、耳元に口を近付けた。

「イリヤさーん、ルシフェル様は?」

「まだ召喚しておりません、パレードの当日に召喚する予定です」

「待てないわよ! パレード前後は忙しくて、お会いできないわ……!」


 ルシフェルはエンカルナに会いに来るわけじゃないし、ののしられたいだけで早く召喚したら本当に怒られそう。

「ベリアル殿、代わりに罵って差し上げては」

「知らぬわ」

 ほら意地悪だから、望まれたら文句を言わないのよね。

「冷たいのもステキ」

「……煩わしいわ、さっさと仕事に戻らぬか」

「まだまだ! もっとキツク言ってください」

「…………」

 ベリアルはわざとらしく町に視線を移して、無視してしまった。しかしそれでも嬉しそうにベリアルの横顔を眺めるエンカルナ。


「そうそう、皆さん滞在する場所はお決まり? まだだったら、側近の一人クレーメンス・エーリク・オールソンの別荘があるから、そこに泊まっちゃうといいわよ。悪魔好きの変態だから、ベリアル様がご一緒なら殿下を断ってでも泊めてくれるわ」

 悪魔好きの変態。エンカルナが言うなら、正真正銘の変態なんだろう。そんな人物のお宅に厄介になって、問題はないのか。

「クレーメンス……」

 ベリアルがボソリと呟いた。

「海辺の丘に、広い別荘があるんです。殿下はそこに滞在するんで、今日は警備の見直しや料理の確認などしました。色々試食を作ってくれていたし、部屋も当日と同じようにセットしてくれていたんで、すぐに泊まれるはずですよ」

「小娘が幼き折に、会っておるわ。あの別荘かね」

「あれ、ベリアル様がご存知なんですか? おかしいな、それならイリヤさんのところに自分が行きたいって、うっとうしいくらい騒ぎそうなのに……」


 チェンカスラー王国やルフォントス皇国へ殿下はいらっしゃっていたから、その時に同行したがらなかったのが変だと首を捻っている。会ったのは子供の頃かな。あんまり覚えていないな。

 私とクローセルと、ベリアルの三人で会ったんだよね。

 と、なると。

「もしかして、ベリアル殿がクローセル先生の契約者と勘違いされたのでは? 子供の頃ですし、ベリアル殿が魔力を隠せば悪魔だと気付かなかったでしょう」

「そうであろうな」

 それで悪魔と関係ないと判断された私は、記憶の外だったのね。

 理由が判明すると、どこか理不尽に感じるものだ。

「なーるほど、私達の名前を覚えるのも時間が掛かってたわ、有り得ますね。クフフ……、では久々で驚きの再会といきましょう! だれか、オールソン伯爵家へ客人を四人、お泊めるするように連絡して」


「はいっ」

 エンカルナの傍に控えていた一人が、すぐに返事をして駆けて行った。返事もしていないのに、もう泊まることは決定なのか。意外と強引だなあ。

「ベリアル様、もし無礼があったらクレーメンスは殺しちゃって大丈夫です! ご安心を」

「ノルドルンド司令、馬車が到着します」

「分かったわ、すぐ行く。じゃ!」

 エンカルナは馬車の警備する部下達の元へと戻った。

「……やっぱりその別荘に泊まるんですよね?」

「お嫌ならば、無視されれば宜しいのでは?」

 ヴァルデマルがサラッと流してしまう。私達を泊めてくれる準備をするのに、それはアリなのか。

「ふむ、私も師匠のお心のままにされるが良いかと」


 恐ろしいほどマイペースな二人だ。どうりで気が合うわけだ……!

 二人とも私が困っていることが、理解できないといったふうだ。

「……せっかくご紹介頂いたので、参りましょう」

「そなたが流されるなど、すっかり読まれておるだろうな。故に泊まるかなど尋ねられもしなかったのであろうよ」

 わざわざ言葉にしなくてもいいのにっ。

 少しして馬車が通り、通行規制は解除になった。飛行も許される。しかし早く行き過ぎると、下手をすると連絡よりも先に私達が到着してしまう。商店街をゆっくり散策でもして、時間を潰して調整しないと。


 殿下達が訪れるという情報が行き渡って、商店街はその噂で持ちきりだ。興奮する人々のやり取りを聞きながら、適当に店を覗く。

 子供の頃に来たようだが、どのお店に入ったかは覚えていない。でも家に飾ってあった海の絵は、確かにこの町で買った気がする。

 しばらくして、私達は丘の上の別荘に向かった。

 海が見渡せる場所で、日暮れ間近の空はオレンジ色に染まっている。白く輝く太陽が海面を照らして、長い光の筋が描かれていた。


 門には警備兵がいて、私達に気付くなり駆け付けてくる。

「お泊まりになる魔導師様方でしょうか?」

「突然失礼致します、エンカルナ様のご紹介でこちらへ寄らせて頂きました」

「どうも、遠いところをご足労くださりありがとうございます! ほとんどの使用人は近辺から募ったので、貴族の接待にあまり慣れていないような者も多くおります。こちらこそよろしくお願いします。ご不便がございましたら、すぐにお申し付けください。使用人の教育にもなりますので」

 門を開いて、お屋敷の中に案内してくれる。庭からは植えられた木の間に海が覗いて、遠く水平線が輝いていた。

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