第290話 殿下の側近、最後の一人!


 玄関を開けると、肩に軽く届くくらいの茶色い髪で、くせっ毛の人物が満面の笑みで待っていた。

「ようこそようこそ、いらっしゃいませ高貴な悪魔の方、あとお供の方々! 是非当屋敷にご滞在ください、悪魔に限り永久にお泊まりくださるのも歓迎ですよ」

 ずっと泊まったら、それは滞在ではなく居住では。

 エンカルナの発言通りの変態のようだ。

 ベリアルはさすがにこれでは喜ばず、面倒そうな表情をしていた。


「お世話になります」

「いえいえ、立派な方をお連れ頂き感謝しますとも! 貴女ももちろん泊まっていいですからね」

 ものすごくおまけ扱い!

 広い玄関ホールに、二階への階段がある。二階建てのお屋敷だ。

 ドアが並ぶ廊下を歩いていると、見覚えがあるような気がした。子供の頃に、どうしてここへ来たんだろう? またベリアルがワガママでも言ったのかな?

「そういえば、午前中に南の山中で突然魔力が放出されて煙が上がったのは、ベリアル様達がやられたんですか?」

「ワイバーンの群れの退治を頼まれたのだよ」

「やあぁやっぱりい! アレで馬車の出発が遅れたんですよ、僕達は出会う運命でしたね」


 ベリアルが大きく魔力を使ったのを感知して、警戒したみたい。確かに馬車が町を出るには遅い時刻だった。本来なら会わずに終わる筈だったのね。

 門で会ったエンカルナが“やっぱり何かあった”と尋ねたのは、問題があって魔導師が連絡に来たんだと勘違いしたんだろう。

 そこから運命に繋がるのは、ちょっと解らない。


 部屋は四人分しっかりと用意されていて、食事も提供してくれた。代わりに、感想を求められた。殿下にお出しする時の参考にするそうだ。三種類のスープの飲み比べとか、色々なお魚料理を皆で少しずつ食べたりとか、評論家になった気分。

 細かい味の機微など判別できないので、ベリアルが専門家ぶって喋っているのを聞いていた。

 素材がどう、味付けがどうと説明するのを、真剣な料理長をさしおいて、悪魔好きのクレーメンスがとても嬉しそうに拝聴している。

 彼がワインを好きだと知ると、クレーメンスは使用人に高価なものから順次出すようにと指示をする。今度はワインの試飲会で、ベリアルはとてもご機嫌だ。

 セビリノとヴァルデマルも会話が盛り上がり、何故か私だけかやの外だわ。


「お飲み物のお代わりは如何でしょうか」

「お言葉に甘えて、紅茶を頂けますか」

「レモンとお砂糖は必要ですか」

「お願いします」

 メイドに気を遣われている。お口に合いますかとか、どの窓から海がよく見えるとか、色々と声を掛けてくれた。

「あの……、子供の頃にあの男性と、あとはグレーの髪の悪魔の先生とご一緒された方では……?」

 一人のメイドが、コソッと私に質問してきた。ずっとここに仕えている女性かな。

「はい、私だと思います。あまり記憶にないのですが……」

「イリヤ様ですよね。その髪の色……、そうだと思いました。この屋敷で探検ごっこをされたお子様はイリヤ様だけでしたから、すぐに分かりましたよ」


「たんけん……ごっこ……」

 人様のお屋敷を勝手に探検ごっこ……!? 私はそんなことをしたんだっけ? どうしてベリアルもクローセルも止めないの!?

「まだお小さかったですから、仕方ありません。あのあと本宅のお嬢様の侍女の方に叱られて……、あ、いえ、でもかくれんぼみたいで楽しかったです」

「……ご迷惑をお掛けしました……」

 迷惑を掛けて恥ずかしい上に、フォローされている……!

 泊まるんじゃなかった、エンカルナにさえ会わなければ……!

 ベリアルがニヤニヤとこちらに視線を流している。そっちで会話しているんだから、聞き耳を立てないで集中していて欲しい。

 盛り上がっている魔導師二人は聞いていなかったのが、せめてもの救いだ。


 食事の後はシャワーを借りて、ゆっくりと眠る。

 客間の窓に広がるのは、雄大な潮の流れ。真っ暗な海の上に満月が浮かび、船の漁火いさりびが沖で輝いている。イカの漁をしているのだ。一部屋ずつにメイドが付き、部屋の中は入る前にしっかりと暖められていた。

 明日はセビリノは仕事に戻る。私は王都へ戻り、それからどうしようかな。特段予定はない。まだパレードまでは日にちがあるんだよね。エリーは第二騎士団に送られて来るので、数日は先かな。

 エリーと合流したら案内するお店を決めておかないと。頼りになるお姉ちゃんだと思われたいし。エリーのことだから皆にお土産を買うんだろうな、第二騎士団に送りも頼んでおかなきゃ。

 これからの予定を考えているうちに、いつの間にか眠りに引き込まれていた。

 

 朝食も殿下達にお出しするメニューの試食を兼ねている。

 クロワッサンがサクサクしておいしい。サラダのドレッシングは特製のものだろうか、ニンジン色のオレンジだ。あまり好みではなかった。オムレツ、焼いたイカ、甘いバターを塗ったバゲットにイクラを乗せたもの。海辺の町では、イクラを朝食に食べるのが好まれている。イカとサーモンのお刺身もあり、私は大満足だ。

 定番メニューって感じかな。そして朝にはやっぱりヨーグルト。

「お口に合いましたでしょうか」

 料理長が帽子を抱えて、緊張した面持ちで壁際に立っている。

「そうですね、ロゼッタ様は生魚を食べ慣れていないので、刺身を口にされるか分からないでしょう。それと、お肉がもう少しあった方が喜ばれるかと」

「なるほど、確かに食感が苦手な方などもおります。肉類がお好きなんですね」

「口にしたことがないものでも、食べずに嫌がることはないと思います」


 わりと好奇心旺盛だから、面白がるかも知れない。実際にその場にならないと分からないわね。

「炙れば良い」

 お皿のサーモンとイカの上に手をかざし、勝手に表面に焼き目を付けるベリアル。そういえばベリアルも生魚は文明人の食べ物ではないとか何とか言って、食べないんだった。

 陶器のお皿だから大丈夫だろうけど、相変わらず自由過ぎる。注意しなきゃ。

「ベリアル殿、……」

「おおお、簡単にちょうど良い焼き目が! ああ……ふおぅ……やはり悪魔は素晴らしい! 今回はあぶった刺身を出そう。タレも合わせて考え直しだ」

 クレーメンスはむしろ大喜び。大丈夫か、家主。


「肉料理か。サンパニルでは鹿肉や熊肉も喜ばれる。そういう肉を出すのもいいんじゃないか」

 ルフォントス出身のヴァルデマルにとって、サンパニルはよく知る隣国だ。ロゼッタに関しては、最初から彼にアドバイスを求めるのが正解だった気がする。

「鹿肉はこちらでは食べないですね……、鹿か……」

「サンパニルの朝食は副菜すらなく、質素にする者が多い。バルバート侯爵令嬢は一般人よりいい食事をしていたろうが、それでも品数が多く感じるだろうな。そしてコーヒーが欠かせない。砂糖を多く入れる習慣がある、確認しておいた方がいい」

 今回の飲み物は、香りのいい紅茶。ブドウの香りのフレーバーティーだ。

 サンパニルに行った時、やたら砂糖を多めに用意されていた。あれは砂糖なら山ほどあるぜっていう自慢ではなく、たくさん使う人が多いからだったのか。

「あとはトウモロコシの粉の入ったパウンドケーキに、フルーツならパパイヤが人気だ」

 それも美味しそう。だから昨日から教えて、そういうことは。

 料理長は真面目にメモしている。ロゼッタが喜ぶ食事になりそうね。


「クレーメンス様、隣国であるコムル国の使者が参っております」

 ヴァルデマルの説明を受けていると、使用人がノックして入室した。

「え? こんな時期に、どうして? 宿が取れなくても相談に乗らないよ」

「貴方に要求を通すなら、たとえ小悪魔でも悪魔を使いに寄越しますよ。そんなドアホな理由ではなく、魔導師か兵力をお借りしたいとのこと」

 襲撃か魔物だろうか。エグドアルムも婚約披露で警備が厳しくなるので、兵力は簡単には割けないだろう。

「あちらでお待ち頂いております」

「じゃあ、失礼して……」

「ここで良いではないかね。何やら面白そうな話である、我も興味あるわ」

 立ち上がろうと椅子を引いたクレーメンスを、ベリアルが引き止める。


「食事も終わっております、どうぞお通しください」

 このままでも問題ないよね。クレーメンスは侍従にここへ通すよう命じた。すぐに侍従が退室して、使者を連れてくる。

 使者は軽装の兵士で、息を切らしていた。

「失礼します、火急のお願いがあって参りました。実は我が国に巨人が現れて、人をさらおうとしたのです。偵察の魔導師の報告によれば、火属性の攻撃を用いていて、討伐には多大な被害が及ぶ危険性があるとのこと。皇太子殿下の婚約披露の準備で慌ただしいと存じておりますが、なにとぞお力添えのほどを……」

 火の巨人。

 これは手ごわいだけじゃなく、生活圏の近くだったら被害が簡単に拡大してしまう。皆が忙しいなら、私達が討伐しちゃおう。


「うーん……、僕はともかく兵を集められるかな……。王妃殿下の耳に入る前に収めないと、故国だし単身でもスッ飛んで行かれてしまう」

「……やりかねないですね」

 クレーメンスの言葉に、同意しかない。使者もうんうんと頷いている。

「ふはは、火の巨人とはなかなかの獲物。狩りは我に任せよ!」

「そうですね、参りましょう!」

「素早い判断です、さすがイリヤ様」

「師匠、お供致します!」

 皆が来るみたいだけど、セビリノは本当にそろそろ戻らなくていいのか。そもそもここに泊まっている場合なのか。


「ベリアル様の狩り……! 僕も行きまっす、絶対に行きます!」

 クレーメンスまで参加。魔導師三人と攻撃する悪魔が一人、どうにもバランスが悪いメンバーだな。ベリアルも本当は魔法が得意なタイプなんだよね。

 全員飛べるから移動はかなり早い。

 クレーメンスは侍従に地図を持って来させた。コムル国の使者から、場所や被害状況の説明を受けている。幸いにも丘の近くにいて周囲に村は少ないので、まだ大きな被害はなかった。

 しかし移動する可能性もあるので、こうしている間にも被害が拡大しかねない。


「僕は魔法が得意です。ベリアル様が存分に戦えますよう、防御魔法はお任せください」

 彼は魔法とアイテム作りが得意で、召喚術は使わない。セビリノみたいなタイプだけど、セビリノは召喚術も人並みに操れる。自分で悪魔を召喚できない程、もっと致命的に苦手みたいね。

「我に防御など必要ないわ」

「さすが! さすがでございます! 一生ついていきます!!!」

「いらぬ」

「うわぁ悪魔だ悪魔貴族……、結婚したい」

 うわ言がどんどんおかしくなっていく。クレーメンスも男だよ。


「気色が悪い、近寄るでないわ」

 さすがのベリアルも嫌そうに眉をひそめる。

 クレーメンスにはそれすらも幸せなようで、エンカルナの親戚な性癖の持ち主のようだ。立派な魔導師だから、ベリアルが侯爵以上の爵位だと把握していそうなのにな。

 慣れている従者でさえも苦笑いなので、ここに同席している隣国の使者の居心地の悪そうなことと言ったら。


「マナポーションとか、持って行くから」

「はい」

 別荘とはいえ、多少の蓄えはあるのかな。侍従が出陣の準備を始める。

「我々は準備ができ次第、このまま討伐に向かう。君も戻っていいよ」

「まさかこんなすぐに、助かります! ありがとうございます」

「魔物が入り込んで、祝いにケチがついても大変だしね。ベリアル様、お供の方々! 僕が案内します、バババっとさあさあ参りましょう!」

 とても生き生きしているクレーメンス。悪魔との共闘がそんなに楽しみだったのだろうか。


「ははは、これは楽しみですな」

「腕が鳴りますな、ヴァルデマル殿」

「……やり過ぎないようにしてくださいね」

 ちょっとメンバーが攻撃的過ぎるような。

 まあちゃっちゃと討伐して、ゆっくりしよう!

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