第291話 空飛ぶ巨人!?

 国境は近く、帰国中の使者をすぐに追い越してしまった。

 隣国は国土が小さくて、エグドアルムの四分の一もないくらい。海には小型の漁船が何そうも浮かんでいた。

 海とは反対側、南の森が広がる場所に、巨人が住み着いたようだ。

 近くの村の避難は、こちらに応援要請をすると同時に開始されている。もう近辺には残っていないはず。戸数もかなり少なそうだわ。


「この付近です。どうでしょうベリアル様、盛大に燃やしていぶりだしては」

「雪も残って湿っておるではないかね、森が燃えるかね」

 とんでもない提案をするクレーメンス。乾燥していなくて良かった、本当に行動に移したら大変なことだ。

「もう見えておりますな、あれでしょう」

 セビリノが指す先で、巨人が立ち上がった。近くには洞窟がある、そこで寝泊まりしていたのかな。高さは木と同じくらい、火の攻撃をするので油断できない。容貌は人間に近く、棒を握ってこちらを睨んでいる。


「火を使うなら、スーフル・ディフェンスの準備をしておいた方がいいですね」

「師匠、そちらはお任せを」

「ああ、俺も手伝おう」

 セビリノとヴァルデマルは火の攻撃に備える。ブレスとして使うのかは解らないけど、防御の準備をするのに越したことはない。

 私は攻撃しようか、クレーメンスが一番手かな? クレーメンスに視線を向けるが、彼はベリアルを眺めていた。連携とかは、ないタイプか。

 勝手に判断しようと巨人に目を移す。

 巨人はグッと膝に力を入れて、大きく跳んだ。そしてそのまま空中に留まる。

「……巨人が飛んでる?」

 空飛ぶ巨人は、あまり存在しない。想定外だわ、こちらに向かって来る!

「飛んでます、飛んでますよベリアル様!」

「落ち着け」

 クレーメンスはベリアルに抱き着かんばかりの勢いだ。ヴァルデマルが襟元を持って引き離した。


「……キーン・キーングス、火を崇める巨人である。炎よ、濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」


 巨人の棒を、ベリアルの剣で止める。体格差はあっても地獄の王である彼には、造作もないことだ。

「グオオオァオ!」

 巨人キーン・キーングスは大きく叫んで、目を見開いた。

 目の前に火の玉が浮かび、あふれるように一気に膨れ上がる。更なる叫びとともに、まっすぐに伸びて襲ってきた。火の玉はベリアルを完全に飲み込んみ、尚も前に進み続ける。


「スーフル・ディフェンス!」

 用意していた二人の防御魔法は間に合い、火の玉がバンと弾けて四方八方に散った。

「ベリアル様が火の中にっ」

「ベリアル殿は火の属性で、炎はほとんど無効なので大丈夫ですよ」

 王クラス以上の火でなければ、ダメージを受けないのでは。

 火の攻撃が終わってから姿を見せたベリアルは、巨人が放った分の火に自分の火を上乗せし、いつも以上に剣に炎をまとっていた。

「ふははははっ、ぬるい火よ! この程度が攻撃と呼べるかね!??」

 絶好調のベリアルが、棒を振り回すキーン・キーングスの攻撃をかいくぐって懐に飛び込み、燃え盛る剣を腹に突き刺した。

 ベリアルが魔力を放出すると、今度はキーン・キーングスが紅蓮の火に包まれた。火属性の巨人が燃え上がる、滅多にない光景だ。


「ギイイヤァァア!!!」

 火に閉じ込められて、巨人がもだえている。

「どうかね、良い居心地であろう!」

「あああステキです、ベリアル様~!!!」

 クレーメンスってどういう立場で参加しているのかしら。単なるベリアルのファンにしか見えないよ。


「赤き熱、烈々と燃え上がれ。火の粉をまき散らし灰よ散れ、吐息よ黄金に燃えて全てを巻き込むうねりとなれ! 燃やし尽くせ、ファイアー・レディエイト!」


 私も炎の魔法を唱えた。ブレスのように放つ、中級の魔法だ。

 火の中でもがく巨人に、火を浴びせる。巨人の高度はどんどんと下がり、飛行を維持できなくなっていた。あと少しだ。

「とどめを……あ!」

 最後のあがきか、巨人は火の玉を再び形成した。そして地上に向けて放つ。火は離れた方へと勢いよく飛んでいった。

「しまった、ここからでは間に合わない!」

「まさかこの期に及んで、他所よそに攻撃を仕掛けようとは」

 防御に徹していたヴァルデマルとセビリノでさえ、間に合わない。離れた場所に防御壁を作るのは不可能ではないが、とっさにできる魔力操作ではない。

 しかも地上ならまだしも、飛行魔法と並行して予想されていなかった攻撃に対処しなければならないのだ。


 クレーメンスはというと。

「隣国なんで、被害があっても問題ありません。我々は最善を尽くしました」

 何もしてない人が言う!?

 セビリノとヴァルデマルが離れていく火を追って飛ぶが、とてもではないが追い付けない。その場で防御魔法を使うか決断を迫られる。


「プロテクション」

「スーフル・ディフェンス!!!」


 不意に地上から防御魔法が展開された。

 先に発動が早いプロテクション、続いてスーフルディフェンスだ。

 火の玉はプロテクションの壁を壊し、間に合ったスーフルディフェンスに阻まれて流れて消えた。この国の魔法使いだろうか。

 すぐにローブの人物が空を飛んで、私達とのちょうど中間にいる、セビリノとヴァルデマルを目指した。私も皆と合流せねば。

「巨人が討たれたんですね……! 貴方達は……」

「要請を受け、エグドアルムから馳せ参じた。宮廷魔導師をしている、セビリノ・オーサ・アーレンスだ」

「ご高名なアーレンス様でございましたか、失礼しました! 遅れて申し訳ありません、私はこのコムル国の魔導師です。近隣住民の避難を終えて、討伐計画の会議をしておりました。まさかこのように早くお越し頂けるとは思いも寄らず……」


 丁寧に頭を下げる魔導師の前にクレーメンスが立ち、挨拶を交わす。

「どーも、オールソンです。本来ならば対策本部に寄ってご挨拶するべきでしたが、そうするとベリアル様の活躍が減ってしまいますので。自身の欲望を優先させて、先に討伐させて頂きました。いやあ眼福でした~!」

 急いでいたからではなく、まさかのわざとスルー。

「か、活躍ですか」

 ゴツン。

「和を乱すな!」

 ヴァルデマルの鉄拳制裁が下される。弟子になったマクシミリアン以外も、悪いことをしたら殴るのねえ。


「ええ、痛い!? なんで殴られるんですか?」

「今のお前の発言に答えがある!」

 その通り過ぎて弁護の言葉もない。叱ってくれる人がいて良かった。

 巨人が逃げたり暴れたり、もしものことがあったらどうするんだろう。国の討伐隊なり警備兵なりと連携するのが正解だ。最初に打ち合わせしてあれば、あの最後のあがきに慌てる必要もなかっただろう。

 ベリアルがクックックと笑っている。悪魔好きなクレーメンスだから、きっとこれで本望ね。

「まあまあ、被害はなかったんですから。巨人の生存がないか、確認に向かわせます。対策本部へいらしてください、報告とお礼をしなければ」

「申し訳ない、こちらは式典の準備がありまして。これにて失礼します」

 逃げの姿勢を見せるクレーメンス。忙しいのは本当だね。

「そうですね、国へ帰りましょう。滞在中に行きたい場所もありますし」


 セビリノのご両親に、また遊びに来て欲しいと誘われている。宮廷魔導師であるセビリノを連れ出していることへの苦情ではなさそうなので、安心した。帰れと言っても戻ってくれないのだけれども……!

 魔法研究所や第二騎士団の皆にも挨拶したい。式典は第一騎士団がメインだから、討伐任務さえなければ第二騎士団の人達にも会う時間はあるだろう。

 感謝はあとで国にして頂くとして、私達はエグドアルムへ帰った。


「あれ? 我が家に寄られないんですか?」

「お世話になりました、このままいったん王都へ戻ります」

「ベリアル様だけでも滞在されませんか? 部屋ならいくらでも空いてますよ」

 食い下がるクレーメンス。まだベリアルと一緒にいたいようだ。女性ならともかく、男性からこんなにモテるのは珍しいのでは。

「知らぬ」

 残念ながら、けんもほろろ。

「ならばええと、ミニアさん! 美味しいものがいっぱいありますよ~!」

「ミニアはおりませんね」

 覚えたのはベリアルの名前だけなのか。いっそいさぎのいい人だ。

 残念ながらミニアはここにはいないので、イリヤは去るのみ。

 

「寄って行きましょうよ~、そんな~~~!!!」

 後ろから未練がましい声が響いている。私達は速度を速めて、この町を通り過ぎた。

「おかしな男だったな」

「ふむ……、親衛隊の真面目な青年だと思っていたが。師に対し無礼な人物だった」

「それはどうでもいいんだけどね……」

 エクヴァルだったら、ちゃんと周辺や国に配慮してくれるからなあ。

 私のところに派遣されたのが空を飛べる彼ではなく、何倍も時間が掛かってしまうエクヴァルだった理由が少し理解できた気がした。


 王都でセビリノとヴァルデマルとはお別れだ。ヴァルデマルは別に宿を取っていて、セビリノは仕事がある。たくさんある。それなのにいつでも呼んで欲しいと、しつこく言われた。

 宿ではフロントで伝言があると呼び止められた。

「テラサス伯爵家より、“いつでも当家へいらしてください。最高のおもてなしを致します”と、お言付けをお預かりいたしました。お伺いしていた宝飾店からは、こちらの封筒が届いております」

 デザインが決まったんだ。図案を送ると言われていたので、いない間に届いたら預かって欲しいとお願いしておいたの。

 これはロゼッタに贈る宝石の加工を頼んだもの。

 戦争に巻き込まれそうになった時に、エクヴァルが交渉してお詫びとして受け取ったダイヤモンドをネックレスにして欲しいと頼んでいるのだ。通常二週間程度かかると説明されたので、受け取れるのはパレードが終わってからね。


 部屋で確認した図案は、とても素晴らしいものだった。金でガーベラ模様が入っていて、明るい印象になる。チェーンは鎖骨の長さ。

「あの跳ねっ返り娘にちょうどいいのではないかね」

「元気なロゼッタ様にお似合いですよね」

 これから皇太子妃になり、王妃になるロゼッタにでも遠慮ないわね、ベリアルは。王だからなあ。

「で、明日はどうするのだね?」

「そうですね……、わざわざ伝言を頂きましたし、エクヴァルのお兄さんのお宅へ行きましょうか。訪問すると連絡した方がいいですね」

「今日連絡して明日というのもどうかと思うがね、すでに準備をしているようであるしな。パレードが近くなる方が不都合であろう、良いのではないかね」

「ではそのようにします!」

 

 さすがに宿の人に連絡を頼むのも悪いな、満室で忙しいからね。

 返事は早い方がいいよね。外に出ると、第二騎士団の騎士が一人で歩いていた。仕事中ではないのかな。

「ビッレ様、お久しぶりです!」

 私のエリクサーで腕を治して以来、とても良くしてくれる騎士だ。

「イリヤ様! お元気そうで何より。現在討伐命令もありません、いつでも第二騎士団に遊びに来てください。皆がお待ちですよ、遠慮なく食堂で食事もしてくださいね」

「ありがとうございます」

 これは宮廷魔導師見習い時代、宮廷魔導師専用の食堂に行きにくくて、あちらで食事をさせてもらっていたからだろう。討伐が不規則だから、第二騎士団も専用の食堂があり、しかも二十四時間営業だったのだ。

 宮廷魔導師専用のはレストランみたいで、無駄に豪華だったよ。


「お出掛けですか? 護衛致しましょうか?」

「いえ、テラサス伯爵家よりご招待に預かりましたので、返事をしに行くところです」

「従者も使わず……あ、失礼しました。貴族ではありませんでしたね。俺が行きましょう、ご本人が返事に出向いたら相手が恐縮しますよ。ちょうど非番で町を歩いていたんです」

 休暇中に申し訳ないな。しかし私自身が返事に行くのも、良くないようだ。うん、頼んでしまおう。

「明日の午後伺いますと、お伝え願いますか」

「もちろんです! あちらは事情もご存知ですから、迎えの馬車を用意してくださるはずです。飛んで行かれず、お待ちになってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 そうか、お迎えも来るのね。何か手土産があった方がいいかしら。午前中に買っておこう。

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