第424話 ニナちゃん来訪
エルフの村を襲撃したのは、ニジェストニアの軍人による奴隷狩りだった。バレンの軍が、チェンカスラー王国へ犯人の身柄を送ってくれることになった。代わりに尋問なども協力して行う。
エルフの村は位置的にはバレン国内にあるものの、独立性を保っており、治外法権になっている。近年ようやく協力関係を築けるようになったばかり。
なので、犯人の身柄をどうするかなどの決定権は、エルフ側にあるのだ。そこを突いてエクヴァルは、バレン軍の関係者が到着する前に、身柄の引き渡しに合意させちゃったわけね。
ニジェストニア国内の様子でも知りたいのかしら。
よく分からないので、全て任せて私は私の用事を済ませるのだ。頼んでおいた指輪を受け取り、新たな護符の製作を依頼する。
現在はセビリノと彫金師エルフの家にお邪魔して、護符の指輪の相談をしている。
「この石を使いたいと……。これが龍珠。初めて目にします」
エルフは龍珠を持ち上げ、色々な角度からじっくり眺めている。鈍い不思議な輝きを放つ龍珠は、とても神秘的だ。ベリアルが独り占めしていたものを分けてもらい、割って小さな欠片を手に入れたのだ。
「これを成形して、磨いて欲しいんです」
私が切断したから、いびつな形をしている。まずはそこから、使いやすいようにしないと。
「……これ、ご自身で割りました? 原石は亀裂や傷に沿って切断するんです。龍珠の切断も、見極めるには熟練の技が必要ですよ。よくもまあ、貴重な龍珠を……。イリヤさんらしいですよね」
私らしさとは。苦笑いされてしまった。
「師匠はどのような高価な宝石よりも、魔法やアイテムの研究を尊ばれるお方。まさに私の理想とする姿です!」
そして何故か誇らしげに胸を張るセビリノ。
分かってきたわ、セビリノが憧れる姿に近付くほど非常識と言われてしまうのね。彼はどこを目指しているんだろう。
「えーと、これは懇意にしてる職人に頼みますね。土台は請け負います、どんな風にします?」
「こちらがデザインです」
書いておいたデザイン画を渡す。エルフの男性はざっと眺めて、二つに折った。
「了解。完成したら届けます。人の町で店をみたいなあ」
「町へいらっしゃったら、案内致しますよ」
「そりゃ頼もしい! 気合いが入るね」
龍珠を誰に任せるのかは、教えてもらえなかった。終わってから料金を請求するそうだ。ちなみにこのエルフは、私を村の恩人だからとお礼を受け取らない。レナントの町へ来たら、しっかりおもてなししようと思う。
少し雑談をしてから皆がいる広場へ向かうと、リニがキュイに乗ったところだった。
「じゃあリニ、任せたよ」
「うん! 行ってきます」
「キュイ、リニをしっかり守ってね」
「キュウイン!」
元気にキュイが返事をして、北北東へ飛び立った。あちらはワステント共和国の方角だ。
「エクヴァル、リニちゃんはお使い?」
「防衛都市に今回の事態を伝えてもらいにね。イリヤ嬢、私は王都のアウグスト公爵に連絡してくるよ」
「気を付けてね」
受け入れ態勢を整えたり、根回しをするのね。私は頷いた。
エクヴァルは契約している白虎を召喚して、乗っていった。白虎は速いし、音もあまり立てない。長距離の移動だと休憩を多く挟まないといけないのが難点かな。
「……でもなんで、防衛都市まで?」
私の呟きをいつの間にか近くに来ていたベリアルが拾って、妙に勝ち誇った表情をした。このニヤニヤとした笑いは、私をからかう合図だ。相変わらず意地の悪い悪魔ね。
「阿呆かね。対ニジェストニアの最前線ではないかね、指揮官に恩を売るつもりであろう」
防衛都市の指揮官といえば、レナントの守備隊長であるジークハルトの兄、ランヴァルト・ヘーグステットだ。子爵家の次男ね。
「……そういえば防衛都市にニジェストニアの工作員が現れた時は、ワステント共和国だと名乗りました。今回はノルサーヌス帝国のフリをしましたよね。これはつまり、バレンとノルサーヌスが、仲がいいということでしょうか」
「仲の良さの問題ではないわ。ノルサーヌスとニジェストニアの間に、この都市国家バレンが位置しているではないかね。要するに、バレンがあるからこそニジェストニアは、ノルサーヌスで直接には奴隷狩りをしないのである。万が一にもバレンがニジェストニアに吸収されて一番困るのは、ノルサーヌスである」
ふむほむ、軍事国家トランチネルが元の状態だった時、チェンカスラーとの間にあるフェン公国がなくなったらチェンカスラーが次に侵略される、と困っていたようなものね。
「故に、ノルサーヌス帝国はバレンを支持しておる。しかもノルサーヌスの脅威であった、軍事国家トランチネルが崩壊した。そちらの対策に神経を使う必要もなくなり、これまで以上にバレンに協力する余力が生まれる。ニジェストニアの焦りが、無謀な奴隷狩りに繋がったのであろう」
うむ、なかなか難しいお話である。
要するに、ノルサーヌス帝国が都市国家バレンを守ろうとするから、仲違いさせたいのね。しかもニジェストニア東部は、奴隷解放運動が町を占拠するほど盛り上がっている。
ちなみに秘密裏に奴隷解放運動を支援しているのが、チェンカスラー王国だ。防衛都市の指揮官ランヴァルトが独断で
……という説明を小難しくされた。
奴隷解放運動を抑えたいから奴隷を狩ってくる、という思考が私にはイマイチよく分からない。元々奴隷は外国人だけだったが、奴隷不足で自国の民が奴隷落ちしたのを切っ掛けに、奴隷解放運動が表立って始まったそうだ。これが関係してるっぽい。
あー、この話はおしまい! 知らなくても問題ないわ。
「そなた、理解しておるのかね?」
ベリアルが私の顔の前に手を出し、人差し指を伸ばした。つい指先を見て寄り目になるから、やめて欲しい。
「そろそろ爪を切った方がいいと思いますよ」
「そのような話はしておらぬ!!!」
爪を長めにしているのは知っているけど、あんまり長くても折れそうだから親切で言っているのに。相変わらず怒りっぽいわね。
広場に集められたままの賊改めニジェストニアの軍人は、バレン軍が送り届けるので任せておける。鷹の小悪魔が連絡に飛んでいった。
「ピリーヒュロロ、ピッピ~」
鷹の鳴き方は、まだ下手なまま。
用事も済んだし、もう解決したわよね。そろそろチェンカスラーへ帰ろう。
「皆さんはどうされるんですか?」
冒険者のイヴェットとカステイス、それと冒険者兼アイテム職人のティルザの三人組を振り返る。三人は一緒に見張りをしつつ、エルフと談笑していた。
「私達も護送を手伝うんだ~。こういうのも、冒険者としてポイントになるのよ!」
ティルザが笑顔で答える。同じ帰るなら、仕事をしながらの方が効率が良い。
「依頼された薬草の足りない分を、エルフの人達が分けてくれるんだ。もう待っているだけで
「やっぱり人助けはするものね!」
カステイスの言葉に、イヴェットが頷く。エルフが保管してある薬草だったのね。
「ベリアル様、この度は大変助かりました」
「そなた、気が
出立前の挨拶に来たボーティスが、ベリアルにイ小言を言われている。地獄の伯爵とはいえ、王の前では小さくなるしかないのよね。契約しているユステュスも隣で苦笑い。
せっかく村を守ってくれているんだし、ここは助け船を出さねば。
「ベリアル殿、意地悪ばっかりしてないで帰りますよ」
「誰が意地悪かね! 全く、無礼な小娘よ!」
元から悪い目付きが更に
「はいはい。エルフの方々は、ボーティス様に感謝されています。それでいいじゃないですか」
「……いやその、私が口を挟むべきではないかも知れないが、ベリアル様に対する口の利き方を見直すべきでは……?」
「あれ?」
助けたつもりが、私がボーティスに注意されている!?
悪魔って階級の上下が、かなり関係性に表れるのよねえ。
「イリヤさん、気持ちはありがたいですが、ボーティス様は生真面目な方なので……」
ユステュスがフォローに回る。ベリアルはほら見ろと言わんばかりに、小憎たらしい顔で私を見下ろしていた。
構っていても仕方ないし、もう帰っちゃお。
「ではまた。エルフの皆様、お元気で。……三人はまた、レナントでお会いしましょう」
「飛べるといいわよね~」
イヴェットがゆるく手を振った。 私とベリアル、セビリノは全員飛べる。やっぱり飛べるのは移動に便利よね。
レナントまで何事もなく、無事に帰宅。
途中、白虎に乗って地上を走るエクヴァルの頭上を追い越した。町の近くでは仲良くしている冒険者パーティー、イサシムの大樹の五人の姿を見掛けた。依頼から戻ったところかしら。
レナントはいつも通り人が行き交って、平和だわ。今回はガルグイユも大人しく持ち場についている。こうしていると普通の石像っぽいわね。
私の家の玄関の前に、黄緑の髪に角が生え、褐色の肌をした少女の悪魔が立っている。リニの友達で、サバトの招待状を持ってくるニナだわ。またサバトがあるのかな、それともリニに会いに来たのかな。
私の後ろにいるベリアルの魔力に気付き、ニナは勢いよく振り返ってお辞儀をした。
「お久しぶりです。こんにちは、ベリアル様」
「うむ」
挨拶くらいちゃんと返せないのかしら。ニナは緊張してぎこちない動きで頭を上げ、周囲に視線を巡らせた。
「こんにちは、ニナちゃん。リニちゃんはお仕事でまだ戻らないわよ」
「そうなんですか。残念だなぁ……」
「用事があるの?」
「いえいえ! 買い出しに来たんで、寄っただけです。元気にしてるかなーって」
思いっきり首を横に振る。やっぱりリニと話している時とは、反応が違うわね。リニ相手だと、もっとサバサバした印象だった。
「師匠、せっかくなので家に上がっていただいては如何でしょう」
「そうねセビリノ、お茶の用意をしてくれる?」
「はっ。私は接客もできる一番弟子なので」
なんだそれ。セビリノはいそいそと鍵を開けて、家に入った。
「滅相もない、また来ます!」
ニナが帰ろうとする。せっかくだし上がって欲しいけど、ベリアルが怖いのかな。
「我は別荘の様子を見て参るわ。茶くらい飲んで行けば良い」
「ベリアル殿もああ言ってますから。どうぞ」
ベリアルはそのまま、裏手にあるルシフェルの別荘へ足を向けた。
彼なりに気を遣っているのかな。いや、帰ったら別荘を確認するのは毎回だし、普通にいつも通りにしただけかも。
ベリアルの姿が見えなくなるまで見送り、ニナを客間に案内した。すぐにセビリノがお茶とお菓子を持ってくる。
「うっひゃー、緊張した~! リニってば気が弱いのに、よく耐えてるよね。慣れるのかな」
ニナがソファーに背中を預けて、両腕を伸ばす。ようやく呼吸をしやすくなったようだ。
「でもまだ、すぐにエクヴァルの後ろに隠れるのよね」
「いい場所を見つけたね。あ、これ美味しい」
セビリノが用意したクルミのクッキーを食べて、気に入ったニナはもう二枚を手にした。
「リニちゃんはワイバーンのキュイに乗って、防衛都市に行ったの」
「え、じゃあ今日は帰ってこないんじゃないの!?」
「早くても夜かしらね……。リニちゃん、ニナちゃんといるととても楽しそうよね。せっかくだし泊まらない? 二階に一室、空いているわ」
一緒にリニを待っていたら、喜ぶと思うのよね。ニナは恐縮し、再び身を固くした。
「ムリ~ムリ無理! それに……そうそう、買い出しに来ただけだし!」
「……師匠、次の約束を取り付けては?」
私達のやり取りを聞いていたセビリノが、小声で提案してくる。ニナは今日中に帰りたいみたいだし、確かにその方がいい。
「そうね、出直すわ。せっかくだしサバトにしませんか? この町で小さいサバトを開催しよう!」
「いいですね! でも小さい会場にベリアル殿がいると、皆が緊張しそう……。どうせなら男子禁制の、女子会サバトをしましょう!」
「賛成! 悪魔も人も、女性のみ!」
話が盛り上がり、一週間後に女性のみの女子会サバトの開催が決定した。近隣の小悪魔なんかに声を掛けて、ちょっとしたお茶会の程度の小さなサバトだ。
楽しみだなあ、リニも喜ぶよね!
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