第176話 帰り道の天使・前編
魔法会議はドラゴンから町を守って閉幕した。
あくる日の午前中は、私達は魔法アイテムショップや魔導書店を見学して、エグドアルム王国との違いを確認する。ふらりと入ったお店に、セビリノが書いた魔導書も売っていた。
「これこれ、セビリノの本!」
以前一緒に開発した、石を粉にする魔法だ。魔法アイテムショップもたくさんあるから、喜ばれているだろうね。
「君、その本を買うの?」
「違います、見ていただけで……」
「だったらいいかな? 再入荷を待ってたんだけど、出遅れて最後の一冊みたいだ。誰かに買われちゃう前に、購入したいから」
入荷を待ってる人がいたんだ。しかもこれが最後の一冊。大人気だね。
男性に魔導書を渡すと、すぐさま会計に向かった。
「スゴイわセビリノ! 大人気よ」
「恐縮です」
セビリノも嬉しそうだ。この収益は全部、実家へ送ってもらっているらしい。エクヴァルは店内をゆっくり一周して、全属性の棚を眺めていた。
「エクヴァルも欲しい魔導書がある?」
「いや、どの程度のものを販売しているのかと思って、確認だけ。やはりチェンカスラーより、種類が豊富だね」
チェックしてただけなんだ。もともと見学が目的だものね。三人とも何も買わずに、お店を後にした。お客はちらほら入ってきている。
通りに出ると、外で腕を組んで待っていたベリアルが、話し掛けてきていた女性を無視して、私の方に来た。派手だし、相変わらず目を引くんだよねえ。
「そなたら、我はこれよりクローセルと久々にゆっくりと話をする故な。用が済んだなら、先に国へ帰っておれ」
「はい、飲み会ですね」
「……どうにも生意気な小娘であるな」
だって他にないと思うんだけどな。
ベリアルはそのまま飛んで、クローセルの元へと向かった。
私達は魔法アイテムショップを三軒覗いて、お昼を食べてからノルサーヌス帝国を発つことにした。飲食店を探していると、ノルサーヌス帝国の召喚術師でクローセルと契約しているクリスティンが、一人で通りの向こうを歩いている姿がある。
クローセルはもう、ベリアルとの待ち合わせの場所に行っているのね。
私達を見つけて、行き交う人の向こうから手を振ってこちらに来た。
「イリヤさああん!」
「クリスティン様、この度は大変お世話になりました」
「へ? いや、こっちのセリフですよ。ドラゴン退治を手伝って頂いて、本当に助かりました! なので……」
クリスティンの視線がセビリノに向けられる。
来るぞ!
「握手して下さい、アーレンス様!」
「……は?」
クリスティンの手がセビリノに伸ばされる。セビリノは珍しくきょとんとして、手の平をじっと注視した。外交とか公式の場以外では、あんまり握手って求められないからね。
「セビリノ、私も最初に会った日に、クリスティン様と握手したのよ」
「師匠もですか? では」
私もしたと知ると、セビリノは握手に応じた。基準なの?
クリスティンはとても嬉しそう。彼女は握手が好きだなあ。
「イリヤさんも、エクヴァルさんも!」
何故か続いてみんなと握手。段々誰とでも良くなってきてない? そのうち道行く人に握手を求めたりしない? 心配だなあ……。
そのあと一緒に食事をして、ドラゴン退治に協力してくれたお礼だからと、全員分を支払ってくれた。クローセルに、しょっちゅう叱られてる話をしてくれたよ。
「あとでノルサーヌス帝国の特産品を贈ろうって、ギルド長が張り切ってましたよ」
「ありがとうございます、有り難く頂戴します」
お芋かな?
クリスティンと別れて、チェンカスラー王国への帰路に着く。
ワイバーンのキュイは大人しく森に居てくれて、また一緒に飛び立った。
しばらく飛んでいると、地上から白い翼の生えたものが飛びあがってくるのが見えた。薄い黄緑の色の髪をした、女性の天使だ。振り返りながら上昇し、ワイバーンに驚いて動きを止める。怖がらせちゃったかな。
私はワイバーンの前に出て顔を撫で、無害ですよとアピールした。
「大丈夫ですよ、この子は大人しいですから。ね、キュイ」
「キュイイィ!」
返事をするように啼くワイバーンに、警戒心を解いて表情を緩めた。そして、地上に視線をチラリと送り、私に訴えかけてくる。
「た、助けて! 襲われてるの、契約者が逃げてて」
どうやら戦えない下位の天使みたいね。ベリアルが居なくて良かった、気付いたらすぐに逃げちゃうわね。人間の襲撃者よりも、もっと危険だもの。
「解りました、どの辺りにいるのですか?」
「襲って来たのが二十人以上の集団で、平野を走っても逃げ切れないから、森の中に隠れたの。私には、空から助けを呼びに行ってくれって……」
ということは、振り返った視線の先にある森に入っちゃったのね。早くしないと手遅れになっちゃう。
「こ、この辺に町はある? 助けを呼びに行ってくれるだけでもいいから」
「それなりの兵力が常駐している町なら、北側の川沿いに確かあったね。ここは任せて、君が呼んできてくれる?」
ワイバーンからエクヴァルが答える。
「でも、危険だよ! その女の子が行ってくれれば、私は回復くらいなら使えるから、支援は出来るし」
「私は魔物討伐も任されていた魔導師ですから、ご安心下さい」
心配してくれてるようだけど、私もセビリノも攻撃魔法も防御魔法も使えるから、役に立つと思うよ。
「え、すごい!! じゃあお願いしていい? すぐに助けを呼んで来るから、できたら契約者を守ってあげて。茶色い髪の男性で、軽装で剣を持ってるわ。名前はギジェルモっていうの」
「お任せ下さい!」
いい関係を結んでいるのね。話が決まると、天使はすぐに町に向かって飛んだ。
さて、野盗の討伐だね!
「行こう! 森となると、ちょっと厄介ね。まずはその契約者の人を、保護しないといけないよね」
「そうだね、私の白虎を喚ぼう。役に立つ」
そうだった、エクヴァルは白虎と契約して騎乗してたんだっけ。動きが早くて足音が小さいし、頼もしいね。ちなみにセビリノの麒麟は生き物に攻撃することはないから、戦いには連れて行かれないんだよ。
森の入り口に降りて、まずは白虎を召喚し、三人と一頭で離れないようにした。向こうは飛び道具も持っているだろう。私達魔導師二人は前線に立つような職業じゃないから、こういう戦いに慣れたエクヴァルも一緒じゃないと危険。
どこからともなく人の声や物音が耳に届いているから、白虎も警戒している。
「とにかく探せ! 天使は逃げたが、問題ない。契約者を捕まえれば向こうからやって来るだろ!」
「足を怪我してるんだ、どうせ遠くには逃げられねえ」
白虎の鼻が動いている。
「なるほど、なら白虎が嗅ぎ付けているのは、ギジェルモという天使の契約者の血の匂いだろう。まずは追わせてみよう」
エクヴァルが静かに白虎の背を撫ぜた。敵に見つからないように遠回りして、まずはその男性を目指す。助けが来たと気付かれたら、むしろ急いで事を成そうとするかも知れないし、男性を人質にするつもりみたいだし。
なるべく体を低くして音をたてないように移動しながら、野盗たちの様子を窺う。まだ相手は発見されてはいないみたい。
突然早く走り出す白虎。エクヴァルは手で制して、私達をいったん止めた。
「……ギャア!」
白虎が行った先から、男性の悲鳴が上がった。敵が居たんだ!
「どうした!?」
悲鳴を聞いた野盗の仲間が、顔を向けて槍を構える。草を掻き分けて白虎が走って行くと、その男性は大きく肩を震わせた。
「虎!? う、わあああ!!」
「……虎? 虎が出たのか!?」
白虎はかく乱する為に別の方向へ走り、くるりと向きを変えたりと、不規則に動き続ける。皆が白虎に気を取られているうちに、ギジェルモと合流しなきゃ。
草を分けながら奥へ行くと、エクヴァルがまた止まってと合図をする。私とセビリノはその場に留まり、エクヴァルが先に行くのを息を飲んで見守った。
大きな太い木の脇まで進んだところで、何かが突然姿を現す。
「……く、簡単にはやらせねえ!」
ガキン!
突然襲ってくる剣を、予期していたように持っていた剣で軽く防ぐ。
「ギジェルモ君かな? 天使と契約している。守ってくれって頼まれたんだけど」
いつもの調子で喋るんだもん、緊張感が薄れるなあ。
茶色い髪に軽装、天使が教えてくれた容貌だわ。
「あいつが? とはいえ、こんなに早く来てくれるとは……」
「ちょうど道で会ってね」
味方だと理解してくれたみたい。肩から力が抜けて、合わせられていた剣が離れる。エクヴァルはいったん剣を鞘にしまった。討伐はオリハルコンの剣にするのね。
「いたぞ、あっちだ!」
おっと、見つかったよ。でもまだ離れた場所で散りじりになっているから、すぐにはこちらに来られないだろう。
「グオオオォォ!」
この間にも、白虎がまた一人と敵を討ちとっている。
全部で何人いるのか解らないけど、最初に聞いていたよりも多そう。
さあ、戦闘開始だよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます