第177話 帰り道の天使・後編
「エクヴァル、白虎ってどの辺にいるの?」
「ええと……こっちかな」
示された方では、野盗の一人が斧を構えていた。木と草の間にチラチラと動く白い影。低く構えて、今にも白虎が跳びかかろうとしている。
「なら、こっちならいいね。ちょっと木を減らすから」
「ちょっと待って! 何するの……、それ、大きすぎない!?」
「大気よ渦となり寄り集まれ、我が敵を打ち滅ぼす力となれ! 風の針よ刃となれ、刃よ我が意に従い切り裂くものとなれ! ストームカッター!」
円形の斬り裂く風を放つ攻撃魔法。低めに飛ばすと、並んだ木々の幹を通り抜けていく。線のような傷が入り、そこからずれて枝や葉が当たってしなり、メリメリと木が倒れて行った。
「あれ? 真っ直ぐに道が出来て、通りやすくなると思ったんだけどなあ」
木はぶつかり合って、色んな方向に倒伏してしまっている。何本かは道にしようと魔法が通った場所に、交差して重なったりしていて、これだと邪魔になっちゃう。
「君ねえ! あんな大雑把な切り方で、思い通りに倒れるわけないでしょ! いやもう、非常識過ぎる……、これストームカッターの威力じゃないよね!?」
「最大限で頑張ったの」
「頑張り過ぎだよ……、白虎も危なかったじゃないか」
白虎はちゃんと避けたけど、数人が倒れた木の下敷きになっている。図らずも敵を倒してるよ!
「さすが師匠、では私も……」
「君は違う魔法にして」
セビリノが詠唱しようとしたところで、エクヴァルが止めた。
「
結局、太い蔦で敵を捕らえる魔法にしたのね。さすがセビリノ、数人が一気に絡めとられている。野盗たちは驚いて怯んだようだ。
「おい、魔法使いがいるぞ!?」
「どういうことだ、助けが来てるのか?」
「なら僕の出番だな」
魔法使いもいるのね。杖を持ってローブを着ている。じゃあ私も攻撃魔法!
「アイスランサー!」
「プロテクション!」
バリン! 氷の槍が敵の魔法使いの防御魔法を破って、そのまま向かっていく。
「うわ、そんな……!」
バンと破裂するように護符が壊れた。初級の魔法を使ったのに、かなり一気に許容量をオーバーしたらしい。弱い護符なのね。魔法使いは後ろに飛ばされて、木の幹に派手にぶつかって地面にうつ伏せに倒れてしまった。服や杖が半分くらい凍っている。セビリノはその間に、ギジェルモに回復魔法をかけてあげている。
エクヴァルは彼の傷が回復して戦える状態になったのを確認してから、こちらに向かってくる敵に視線を送った。
「君達、気をつけてね」
「うん、プロテクションを使うわ」
私の返事に頷いて、サッと一番近い敵に走り出した。白虎も目の前の敵を倒して、彼に合わせて姿を現す。
敵の一人が剣を横に構えて走り、木の脇をすり抜けて近づく。あと少しというところで突然エクヴァルが速度を上げ、予定を崩された敵の一瞬の隙にバサッと下から斬り上げた。
倒れるのを待たず次の目標を定めて、わずかに顏を動かして白虎に指示を送っている。エクヴァルの前を通り過ぎた白虎が、木に隠れている敵に襲い掛かった。エクヴァルは弓を彼に向けて矢を番えた敵に、一気に近づく。
「彼、早いし強いね。君達もすごいし……。傷が完全に治ってる、ありがとう」
ギジェルモは足をトントンと地面につけてみて、痛みも違和感もないと喜んでいる。あとは防御魔法を唱えて、大人しくして居ればいいのね。
セビリノがプロテクションの詠唱を始めた。
「荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ。研ぎ澄まされた……」
「セビリノッ!」
草を踏み分ける音がして、木に隠れて近づいていた敵がセビリノに槍を向けているのに気付いた。
セビリノは顔を向けたけど、詠唱の途中だ。いきなり対応できない。
プロテクションが展開されるより早く、突きを繰り出される! 一歩後ろに下がったくらいでろくに避けられないセビリノの脇を、サッとギジェルモが走り抜けた。そのままの勢いで剣を振り上げて、セビリノに迫る槍の柄を叩き折る。槍の穂は地面にガランと落ちて転がった。
「間に合った!」
「お前、なぜそんなに動ける!?」
足に酷い傷を負った事を知っている敵は、素早く目の前に現れた彼の反撃に動揺を隠せない。
「この人達は凄腕の魔導師みたいだな。もう動くのに何の支障もない」
「そんなバカな……!」
柄だけになった槍を持つ敵は、これ以上抵抗する事なくその場で降伏した。
その間にもエクヴァルがどんどん敵を倒して、離れた場所で焦っている首領にニヤリと笑ってみせた。だんだんテンションが上がってきたみたい。剣を斜めに振って空を切り、剣についた赤い飛沫を飛ばす。
倒木の影から、弓を持った人物がエクヴァルに的を絞った。
「あ、矢が……」
白虎が横倒しの木を軽く跳び越えて、矢を放とうとしている野盗の一人に乗りかかる。地面に押し倒し、大きく吼えて胸に前足を乗せ、顔を近づけた。
「うわあああ!!」
これは怖いね! 重いし。
もうほとんど残っていない、そう思った時だった。
「異界の門よ開け! 姿を現し、契約により我が敵を倒せ!」
召喚師が居たのね! 異界の門が開いて、何か獣のようなモノが姿を見せる。
バキバキと木を薙ぎ倒して姿を現したのは、三つの頭を持ち、人を咥えられるほど大きな体の地獄の番犬、ケルベロス!
エクヴァルに前足を叩きつけようとしたけど上手く避けながら剣を振るい、更に狙おうとしていた頭に白虎が跳んで、上から噛みついた。
エクヴァルのすぐ後ろには、太い木が聳えている。追い詰めたとばかりにもう一つの頭が彼に近づき、口を開けて襲い掛かった。
うわっ。
思わず目を背けそうになったんだけど、エクヴァルは引き付けてからサッと躱し、ケルベロスの歯が木の幹にめり込んだ。動きの止まったそれを、避けた反動も使って軸足を起点に振り返りつつ剣で斬りつけた。
「エクヴァル、白虎、離れて!」
「地表に峻険なる山を隆起させ、刺し貫く尖塔を築け。針の如く突け、林の如く伸びよ、くちばしの如く鋭くあれ! 神殿の柱となりて敵を打ち、檻となりて隔絶させよ! スタッティング・ピック!」
セビリノの魔法が発動する。地面から三本の塔のような尖った土の柱が突き出し、ケルベロスの二つの頭と胴体を貫いて、動けなくする。
「ギャワン!!」
痛みを逃がすように、自由な真ん中の頭が上下に振られた。
「原初の闇より育まれし冷たき刃よ。闇の中の蒼、氷雪の虚空に連なる凍てつきしもの。煌めいて落ちよ、流星の如く! スタラクティット・ド・グラス!」
さらに上から氷の柱を二本落とす。もう一つの頭と背中を突き通して、ケルベロスに深手を負わせた。これでもう問題ない。最後にエクヴァルが木を蹴って跳躍し、落下しながら真ん中の首を完全に落とした。
これには野盗達も目を見張って、これ以上の抵抗はなかった。首領も隣にいる召喚師も、ガクリと膝を折る。
「はい終了!」
「お疲れさま」
セビリノのプロテクションを切って、エクヴァルと合流した。
「まさか、こんな少数で制圧するとは……」
ギジェルモが驚いている。さて、あとはあの天使が応援を連れて来るのを待つだけだね。野盗たちを引き渡さないとならないし。エクヴァルとギジェルモで賊の手を縛って繋ぎ、森の外までみんなで歩く。
しばらく待ってやっとやって来た兵隊達は、戦闘が終わっているのを知り、ビックリしている。到着までになぜ襲って来たのか、話を聞いておいた。
「とある貴族が、女の天使を高く買い取ると言ったんだ。天使の下位の奴らは、戦えないのもいるが、俺達なんかの召喚には簡単に応じない。だから、こいつが弱そうな天使を連れているのを見て、奪えばいいと思った」
それでギジェルモ達が狙われたのね。天使は人間と肉体関係を持つと堕天してしまうから、捕らえられて無理やり何かされる前で本当に良かった。ベリアルも居なくて良かった。これを知ったら、むしろ天使を引き渡したがるんじゃないの……?
「本当にありがとうございました、助かりました!」
目的を聞いた天使は、泣きそうな顔で頭を下げている。
「いやいや、貴女の美しい翼が穢れずに済んで、本当に良かった」
「とんでもない人達ですね! しっかり罪を償わせてください」
その貴族も捕まえられるといいな。しっかり取り調べして、今までの罪も全部白状させて欲しい。許せないよね!
野盗討伐のお礼が出るって言うんだけど、だいぶ時間をロスしたし、冒険者であるエクヴァルにギルドを通じて送ってもらうことにした。ここはまだノルサーヌス帝国領だから、少し余分に時間はかかるけど、できるらしい。
さて今度こそ、チェンカスラー王国に戻るよ。王都の公爵邸でロゼッタ達が待っているしね。天使とギジェルモに感謝され、私達は飛び立った。エクヴァルがワイバーンに乗るのを、兵達もみんな驚嘆して眺めている。いつも町の外でこっそり騎乗していたから、こういう反応は面白いな。
夕日が草原をオレンジ色に染めている。森は暗く沈み、一番星がチラリと光った。
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