第175話 空中大決戦!?
手足のない黒い蛇のような竜ヴリトラ。こちらを倒すことに決まった。
「セビリノ、黒い竜ヴリトラを討ちます。白い龍、チーロン・ワンを助けるのよ。皆をよろしく!」
町の防衛の為に来た人達が、間違えないようにしてもらわないとね。近づいてみると白い龍は噛みつかれた傷が幾つもあって、それでも黒いヴリトラを追っている。何かあったのかな。ベリアルの話だと、ヴリトラには敵わないみたいだった。確かに、ヴリトラの方は大した傷を負っていない。
しかし手伝うにしても、ついたり離れたりの今の状況だと、手を出しづらいな。
と、考えていたらベリアルが突っ込んでいく。
「助太刀しようぞ、チーロン・ワン!」
「有り難い……、地獄の方とお見受けします」
「然り!! 炎よ、濁流の如く押し寄せよ! 我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!!」
自己紹介を兼ねた宣言だ。便利だなあ。軽いノリに反して、手にした剣は黒く光る最大強度を持たせたもの。ヴリトラはベリアルにとっても、油断のならない強敵のようだ。
私もベリアル達の方へ向かった。
「天上の光、地上の風、大地に根ざす命の源。生命の源たる力よ、
うすぼんやりとした光の壁が目の前に発生する。これは私独自の防御魔法。物理攻撃を防ぎ、強くはないけど回復の効果がある。こちら側からは出ることも出来るのが便利。ただ、ヴリトラの攻撃だと一回くらい防げるかな、程度じゃないだろうか。
チーロン・ワンは傷が癒えるのを首を巡らして確認している。
「おかしな魔法を使う人間だ」
普通は防御か回復か、どちらになるからね。バラハ達も驚いた表情をしている。これはエグドアルムで開発したから、詠唱を教えないよ。怒られちゃう。
「回復の効果は強くありません、油断されませんように」
「……言われずとも心得ている。人間どもこそ我らの足手まといにならないよう、離れていろ」
不機嫌そうな白い龍。龍は基本的にプライドが高いんだった。ウッカリした言い方をしちゃったな。
「戒めたる鎖を引き裂き、咆哮を上げよ。長き拘束より解き放たれし、残忍なる災厄。下顎は大地を擦って削ぎ、上顎は天まで届く、全てを呑みこむ大いなる獣、世界に混沌を生み出すものよ! 脈打つ甘き血を捧げる。目に怒りたる炎を宿し、獰猛なる牙にて喰らい尽くせ! ルーヴ・クロ・サン!」
セビリノの闇属性の攻撃魔法だ。巨大な獣の牙が襲い掛かる、かなり威力が強い魔法。ヴリトラに鋭い傷を作り、グゴオオと咆哮をあげている。そして反撃とばかりに、尻尾を大きく振り回した。
「……プロテクション!」
セビリノに防御魔法を唱えてくれたのは、一緒にこちらに来ていたフェン公国の魔法防衛隊の隊長と、彼に協力したアルベルティナ。ガンと弾いて、プロテクションの壁は一度で崩れた。
今度は頭を勢いよくぶつけてくる。間髪を入れないものだったけど、次の攻撃を予期してノルサーヌス帝国側も別に防御魔法を唱えていた。それが発動する。
かなりの破壊力を有する攻撃でノルサーヌス帝国のプロテクションを破壊し、私の防御魔法にもぶつかって、もう壊れてしまいそうになっている。
いったんヴリトラの動きが緩まったところで、ベリアルが炎をぶつけて接近し、長い体を斬りつけた。
「これは火の属性も持っておるからな、我の攻撃は通り辛い」
火と闇、ヴリトラってベリアルと持ってる属性が一緒なんだよね。
ノルサーヌス帝国の魔法剣士らしき人も飛んできて攻撃に加わるんだけど、ダメージをほとんど与えられないようだ。
「こんなに硬いドラゴンは初めてだ……!」
体をうねらせるので、慌てて皆の所まで退避する。
追い掛けようとするところに、バラハの雷撃が放たれて行く手を阻んだ。
突然ヴリトラは天を仰ぎ、裂けた口をゆっくりと開く。チーロン・ワンは人間たちに向かって、声を張り上げた。
「ブレスだ……っ、灼熱のブレスが来る。火ではないがかなりの高温で、肌が焼けて命を落とすことになる、厄介なものだ。気を付けろ!」
お腹が膨れるほど息を吸い込んで、首を回しながら熱く乾いた、灼け付くブレスが放たれる。
地上と空中で素早く展開される、ブレスの専用の防御魔法。
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」
セビリノは私達の所で、皆とは別にブレスの防御を張ってくれている。
彼が居ると本当にやり易い。
ディフェンスの膜から流れたブレスを覆う様に、光に反射する小さな氷の粒を内包した霧が発生している。クローセルだろう。防御が町全体を覆っているわけじゃないから、漏れたブレスが人にでも届いたら、かなりの高温でとても危険。温度を下げて負傷しないようにしているのね。
「さやか風の音、葉は揺るるなり。精霊の戯れに耳を傾けよ。ウィンド」
弱い風を起こすだけの簡単な魔法を、地上で三人ずつに分かれた数チームの魔法使いが唱えた。上手くブレスを誘導している。これは勢いのあるブレスとは違うから、反らしやすいのね。死者は出ないで済みそうだ。さすがに魔法使いが揃っているだけある。
「千の耳、万の目をもって標的を捉えよ。戦場の覇者、誉れ高き炎帝、懲罰を与えしもの。凱歌を奏し栄光を讃える。炎陽を身に纏い、焼きつくす光線にて影すらも焼滅させよ。勝利は常にその手の内にあり! 撃沈せよ! ソル・インヴィクトゥス!」
ヴリトラの上に黄金の光が雲のように溢れ、一筋の光を放って黒い竜の体の中心を強く刺し、その部分が強く押されたように沈んで、背が大きくしなった。メリメリと硬い鱗が裂け、焦げて煙を靡かせながら悲鳴を上げる。
そこにベリアルが勢いよく周りの光ごと叩き込むようにして、漆黒の剣を振り下ろす。竜の巨体には剣の通り道を示すような、真っ直ぐな傷が走った。
「ゴグアアアッッ!!」
悲痛な叫びをあげ、下に落ちていくヴリトラ。あ。下は町!!
すかさず怪我がほぼ治ったチーロン・ワンが飛んで行き、ヴリトラに体当たりして町の外へと跳ね飛ばす。二つに折れた竜が、木々を薙ぎ倒して地面に激突した。
これで町への被害もなかった! 皆が歓声をあげている。
もう大丈夫だね。
魔法会議の建物の庭に降り立つと、クリスティン達が出迎えてくれた。
「さすが! イリヤさんとベリアル様がいらっしゃる時で助かりました」
「ヴリトラは、人の身には荷が勝つ敵であろうよ」
「同感です。この私でも厳しかったと言うのに、よく戦いました」
ベリアルに続いて舞い降りたのは、十五、六歳くらいの姿をした、髪が白くて毛先は緑色のグラデーションになっている、ヒラヒラした服を着た青年だった。
「チーロン・ワン。何事であったのかね」
理由を問うベリアルに、チーロン・ワンは軽くお辞儀する。
「面目ない……、私の配下のチーロン達が、数名ヴリトラに殺害されまして。一矢報いたいと、追いかけておりました。このままではロンワン陛下に顔向けできないところでした」
「ロンワン様ならば、そなたまで何かあった方が悔やまれるのではないかね」
「それは、……。しかし私の役目もございましたので……」
ロンワン陛下は部下思いの龍なのね。
チーロン・ワンは、人間達にも迷惑をかけたと、謝罪して去って行った。
ヴリトラの素材は皆で分けるみたい。私は欲しいとしてもヒゲくらいかな。うーん、みんなで分けるなら、いらないや。この前のドラゴンのヒゲも、まだあるしね。
「イリヤ先生の魔法が見られたし、得したなあ。あれ、シエル・ジャッジメントの上って言われてるヤツですよね?」
バラハが笑顔で隣にやって来た。
「そうですよ。でも対悪魔だったら、やはり最初はシエル・ジャッジメントを使う方がお勧めですね」
神聖化するからね。これはしない。かわりに単体に対しての攻撃力は、とても強いの。魔力の消費も、やっぱり大きいんだけど。
「私も近くで見たかった……」
外で待っていたエクヴァル。魔法はあとで説明しよう。
チェンカスラーのモンタニエはひきつったような変な表情をしていて、私が近くを通ったら、なぜかビクッとして肩を竦めた。
「……イリヤさんは、アーレンス様の師匠ですのよ」
「ペイルマン! 知ってるなら先に教えろよ」
チェンカスラーの王宮魔導師、エーディット・ペイルマンの事ね。彼女はセビリノが私を師匠って呼んでるのを、鉱山で会った時に知ったんだっけ。
「教えたって信じないでしょう、無駄ですわ」
エーディットが貴族モードだ、面白いなあ。
ノルディンとレンダール達を初めとした護衛は、魔導師の前で警護してたけど、さすがに出番なしだったね。
ドラゴン事件は解決したけど、発表は終わってたし、魔法会議はこれで終了になっちゃうかな。そのあとでの話し合いが潰れちゃったのが残念。魔法の話、したかったなあ。エクヴァルはここで私が喋り過ぎるのを懸念してたから、安心してるに違いないわ。
★★★★★★★★
チーロンワン。螭龍王。みずちという小さい龍、もしくは子供の龍の王。赤青白の体があり、角がないのが特徴(あると書いてある本もあった。んもう)。そのチーロン達の王なのね。
事典にはあるけど、ネットでは探し辛い。井戸や家庭の水の管理者とあるし、民間信仰かな?
ヴリトラはインドのアレ。本当はブレスを吐くわけではないのです。
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