第334話 魔核の買い付け

 明け方まで続いたサバトが終わり、出立は昼頃にする。

 手伝いをしていた屋敷の使用人は、途中で交代していた。なのでずっと、それなりの人数がいたよ。

 サバトでは明け方近くに、ルシフェルが新しく購入して使用していた宝飾品の抽選会をやり、それが一番盛り上がったそうだ。指輪、アンクレット、帯飾りなど。用が済んだらもういらない、ルシフェルらしい。


 大法官の屋敷を出ようと玄関に行くと、使用人が約束のスチューンを持ってきてくれた。キレイに洗って、水を切って布袋に入れてある。

「私からはこれを。楽しい一時をありがとう」

 龍神族のマナスヴィン龍王がくれたのは、なんと自身の龍体の爪だった! 私がアイテム職人だから、用意してくれたのね。龍神族の素材なんて、滅多に手に入らないわ!

「ありがとうございます、アイテム作製に使わせて頂きます!」

 二本あるので、セビリノと一本ずつ受け取る。切ったものとはいえ龍の爪なので、私の手よりも大きい。

「なかなか有意義な時間だった」

「そなたは思いついたままに呼び掛けだけして、我らに手配をさせておったではないかね」

 満足げなルシフェルに、ベリアルが不平を零した。ルシフェルはチラッと視線を送っただけで、素知らぬ顔をしている。


 ちなみに地獄の王パズスは、サバトが終わるとともに他の参加者と帰っていった。出しものが気に入った小悪魔と契約者に、褒美として病をかけるか治すかする、とのこと。

 ベリアルも宝飾品の抽選をやったみたい。たくさん持っているのに買うんだから、どんどんあげちゃった方がいいと思う。

 ルシフェルの宝飾品争奪戦が盛り上がったので、二人とも対抗したのかも。


「で、この後は真っ直ぐチェンカスラーを目指すのかな?」

 エクヴァルが尋ねてきた。特に用事はないから、このまま南へ下って適当な場所で泊まるのでもいいけど、せっかくだから寄り道をしたい。

「うーん、勿体ない気もするわね。……観光地とかあるかしら」

 海は見た。山はチェンカスラーの近くにある。

 誰も手を付けていない薬草の豊富な森とか、見知らぬ魔法アイテムや魔法の魔導書が売っているお店とか、美味しいスイーツのお店とか、旅先ならではの楽しいものはないかしら。


「あ、あの……」

 リニがエクヴァルの後ろから、ちょこっと顔を出した。

 今は地獄の王二人が一緒にいるので、緊張しているのだ。エリゴールはサバトが終了したので、お帰り頂いた。最後までリニの名前を呼んでいた。

「行きたいところがあるの?」

 尋ねると、リニは小さく首を横に振った。

「サバト聞いたの……、ハイ・リーっていう魔物が大量に発生して、魔核がたくさん、売られてるって」

「ハイ・リー! いいわね、そこに行きましょう! リニちゃんも欲しいわよね」

「わ、私は別に……」


 ハイ・リーは海に棲む魔物で、魔核はお腹の薬になる。あまり強くないのに核があるのは、腸の一部が自身の魔力で核のように変化したからだ。

 なので正式な魔核とは、実は少し違う。漁師さんでも倒せるお手軽さで、価格は通常の魔核より安価でお買い求めになりやすいのです。

 西南西の小国で、たくさんあるのに宣伝が上手くできず余っているとのこと。今回のサバトに参加していた冒険者で、ちょうどそちらから来ていた人がいて、広めて欲しいと宣伝していたそうだ。

「では私は別行動をするから、後ほど合流しよう」

「ルシフェル様はどちらへ?」

 目的地が決まると、ルシフェルは先に飛び立とうとした。

「良質のサファイヤが産出される鉱山を教えてもらってね。買い付けに」

 珍しいな、青い宝石が好きなのかしら。


 ベリアルがいるから待ち合わせなどは決めなくても、適当にお互い感知するんだろう。特に何も話し合わないまま、去ってしまった。

 ……もし失礼する人でもいたら、国が消失しないか少し心配だわね。


 私達が目指す国は、周辺の小国との三カ国連盟に加盟している海辺の小国、ナスガニルノ。この三カ国は、南の帝国の支配から独立したという繋がりがある。三国まとめて、ルノ三国と呼ばれている。

 今いる国からはあまり遠くないので、空を飛べば午後からの出発でも十分日のあるうちに着く。

 龍神族のマナスヴィン龍王と契約者、それから屋敷の主である大法官に見送られて、私達も出発した。

 平野や岩肌の大地を通り抜け、他のワイバーンにキュイが吼えたりしながら飛んでいたら、東に海の輝きが主張を始めた。エグドアルム近辺よりも空を飛ぶ人が目に見えて少ない。


 港の近くの商店や、冒険者ギルドに行けば買えるのかな?

 私は海の近くに降りた。個人の商店や飲食店が、ぽつりぽつりと数店ほど点在している。外を歩いている人がいたので、声を掛けた。

「こんにちは。私はアイテム職人を生業としている者です。ハイ・リーの魔核がたくさん売られているとお聞きしました、どこへ行けば買えますでしょうか?」

「あらあら、わざわざようこそ。漁協に置いてあるわよ。すぐ先を右に曲がって、たくさんのお魚が干してあるところよ」

 まさか漁協で販売しているとは。

 女性が指で示した方へ進むと、目当ての建物はすぐに分かった。

 説明された通り、魚の顔の部分を棒で刺して三段も並んでいたり、木枠で囲まれた網に開いた魚や小魚がたくさん干されていて、独特の潮の混じった臭いが漂っている。イカもあるよ。


「美味しそう。干物も欲しいわねえ」

「うん。売ってくれるといいなあ……」

 リニが並んだアジやサンマを眺めている後ろを通って、私は漁協の建物に入った。販売所も兼ねているのでカウンターがあったが、人の姿ははい。店舗部分は狭く、水槽に大きな海老が動いている。

「こんにちはー、どなたかいらっしゃいますか?」

「あいよー、ちょっと待ってね~」

 威勢のいい、若い女性の声が奥から届く。バタバタと足音がして、十代後半の黒い髪の女性が姿を表した。

「お待たせ! どーかした?」

「ハイ・リーの魔核が大量に入荷したと伺って参りました。お売り頂けませんか?」

 魔核は木箱に山盛りに入れられ、無造作に置いてある。茶色っぽいのや灰色なもの、色も大きさもまちまちだ。


「いっぱい余ってるよ、買って買って~。どれでも一つ、銀貨一枚ね」

「選んでいいんですか?」

「いいよ。これから干した魚を片すから、好きに選んでてよ」

 女性は外に出て、後から来た男性と干物を網に載せたまま、まずは一つ運んでいった。

「あ……行っちゃった……」

 リニが寂しそうに見送る。エクヴァルがリニの肩に手を置いた。

「今度来たら、買えるか聞いてみよう」

「うん、上手く言えるかな」

 二人はあれが欲しい、これが食べたいと楽しそうに会話をしている。


「師匠、選べるというのはいいですな! 私も国の分を含めて、五十ほど買っておきます」

「私はアレシアとアンニカにも買おうっと。十…いや二十くらい。でも三十あっても損はないかも……」

 二番弟子になったアンニカにも薬草とお土産を届けて、ついでに近状を聞きたいわ。アンニカも飛べたら、王都とレナントの行き来がとても楽になるのになあ。

「さっさと選ばぬか。魚臭くてかなわぬわ」

 ベリアルが店の外でぼやいている。魚臭いとは、おかしなことを言うものね。魚の匂いは美味しそうな、食欲をそそる香りなのに。

「海でも眺めていてください、もう少し掛かります」

「……相変わらず不遜ふそんな小娘よ」

 文句を残して、ベリアルは海の方へと移動した。この小さな漁村では、彼が喜ぶような高価な商品を扱うお店もないだろう。海が一番。


 あと少しで三十個になるので、戻ってきた女性に数を確認してもらう。セビリノの分は、男性が数えてくれた。

「魔法使い様、今で四十もありますよ! 重くなりますよ」

「気にする必要はない。五十頂く」

「こちらの女性は三十個! たくさん買ってくれて、ありがとう!」

 魔核を数え終わった女性は、今度は支払いの銀貨を数えている。魔核と同じ数だけあるのだ。その間もリニがソワソワと店内を覗いていた。だんだんと日が傾き、魚も夕焼け色に染まる。

 箱の中には、まだ魔核が少し残っていた。魔核の箱はまだあるよ。

「それと、外に干してあるお魚はここで買えますか?」

「もちろんですよー! 欲しいのがあったら言ってね~」

 銀貨を手にしながらのご機嫌な返事に、リニの表情も明るくなる。

 私達の支払いが済んでから、リニが干物を買っていた。私もついでに購入。浜で焼いて食べたいけど、もう暗くなるから宿を探さないとね。


「この辺に泊まれる宿はありますかね?」

 エクヴァルが尋ねると、女性と男性は顔を見合わせ、困ったように笑顔を浮かべた。

「あるにはあるのよね、でも小さな民宿なの。そもそもこの村に泊まる人が少ないからさ。都市部とかの方があるよ」

「今から移動してあまり暗くなる前に着ける距離だと、やっぱり内陸に入った方が良いね。海沿いは小さな村が続いてから、隣国に観光船が発着する大きな漁港のある町があるよ。そこなら幾つか、いい宿がある」

 徒歩だと、という意味だろうな。もしくは乗合馬車か。

 空を飛べば海沿いの町までだって、さほど時間がかからないわね。


「海沿いに行こうかしら」

 お魚お魚。チェンカスラーに戻る前に、海で過ごすのも良いわね。

「おいお前達、今はあっちを勧めちゃダメだ。南の帝国が海軍の演習をしていて、あっちの漁師は震えてるって教えたろ」

 奥から年配の男性が出てきて、宿を探すなら南はやめた方がいいと指摘した。特に海沿いは、広範囲で立ち入りが制限されているとか。帝国との間にルノ三国に所属する隣国があるが、そちらも一部、封鎖されてしまったとか。

「元は同じ国だったとはいえ、現在は国が分かれていますよね。勝手に海や海岸を封鎖できるんですか?」

「三国で力を合わせても、帝国とは戦えませんからね。抗議するくらいのことしかできないんです。実際の戦争になれば近隣から援軍が望めますが、被害が大きくなるのは避けられないので、できれば穏便に済ませたいんですよ」


 なるほど、それで演習を止められず強行されたのね。それなら海はやめた方がいいかな。

「宿はどこがいいかな、セビリノ」

「師がお望みならば、どこでも宜しいかと」

 どこでもいいじゃ、相談にならないわ。外で魚が運ばれるのを見送っている、二人にも尋ねてみる。リニは買ったお魚を紙に包んでもらい、お買い物袋に入れて大事そうに抱えていた。

「ねえ、宿はどこにしたらいいかな」

 漁協の人の話を説明して、答えを待った。

「そだね。演習をしている近くまで行かれるなら、そっちに行きたいねえ」

 エクヴァルはあわよくば他国の演習を盗み見たいのね。

 

 まあいいか、行ってみよう。海岸付近に立ち入りできないだけで、宿が全部封鎖されているわけでもないだろうし。

 そうと決まったら、ベリアルと合流しなきゃね。

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