第16話 治療
集会所として使われている小さな建物に、患者を全員集めることになった。
清潔にしてあるし、魔術式のコンロもある。魔力で火を起こすことができる。
まずは四隅に乳香を焚いてから、手持ちの薬草類を確認してみる。毒消しは私も持っているけれど、これでは今回、役に立たないだろう。
布団にもぐったまま戸板に乗せられて、次々と患者が運び込まれてきた。全員顔色が悪く、お腹を押さえて痛そうにしている。
「あの……、娘があまりに痛がるのですが、大丈夫でしょうか……」
「希望を持って下さい。全力を尽くします」
泣きそうな顔で入口から顔を見せたのは、先程先生に詰め寄っていた男性だ。一番に毒を飲んでしまったのがこの男性の娘だったらしく、しかも幼くて抵抗力がなかった為、悪化しているようだ。他の家族はまだ水を飲んでいなかったらしい。気付くのが遅れてしまえば、下手をすれば皆がバジリスクの毒に感染していたのかも知れない。水が汚染されると言うのは、とても恐ろしい。
「そうですね……バルベナと赤いバラの花びらはありますか?」
私が尋ねると、羊人族の先生は持っていたカバンを開けた。カバンの中の小瓶に、様々な薬草が詰められている。
「乾燥したものならありますが」
「ではそれを下さい。ミルクも一緒に」
小瓶を二本出してから、先生はすぐにミルクを貰いに行ってくれた。
採取したばかりの薬草を丁寧に洗い、水を切っておく。それから一人一人の様子を観察した。紫色の唇、青白い顔色。指先の血色が悪くなっている人もいる。大人も子供も、腹痛を訴えている。よほどの抵抗力と適切な治療がないと、時間ごとに悪くなっていくようだ。
ミルクを持って戻ってきた先生に、薬草を全てすり潰すようお願いをしてから、まずは浄化をすることにした。私見ではあるが、この毒が呪いに近い性質と思えるからだ。文献でも、バジリスクの毒に浄化が有効だという説を見た事がある。
原因がバジリスクという事は予想外だったそうだが、浄化が必要だというのは、先生も同じ意見だそうだ。先生は水の浄化しかできないので、浄化のできそうな人を呼んでほしかったらしい。
先生は魔法薬の中でも傷薬などあまり魔力を使わないで薬を作る、薬草魔術の専門家だそうだ。大昔でいう所の「魔女」に当たる。ポーションは「錬金術」と言われていた。いつの頃からか合わせて魔法薬と呼ばれ、同じ括りにされてしまったが。
ポーションとの性能の違いは、付帯効果を付けやすい事、それゆえ色々な病に合わせた薬を作れることだ。経験と知識をかなり必要とされる仕事だと思う。
そしてその付帯効果を最大限に付けると「万能薬」と呼ばれる、何にでも効く、どんな状態異常も治せるとされる薬になる。マンドラゴラはこれに必要だ。
9人が揃うのを待って、詠唱を開始する。
「邪なるものよ、去れ。あまねく恩寵の内に、あらゆる霧は晴れ、全ての祈りは届けられる。静謐を清廉なる大気で満たせ。」
頭の中に五芒星を強く思い浮かべ、思考で線を引いていく。
すると床に光が円を描き、脳裏で描いたままの図形が映し出されていった。
「安らぐための寝床を、星明かりの止まり木を、満月を捕らえる水を…」
いつもより詠唱を追加して、丹念に浄化していく。
「ピュリフィケイション!」
金色の光が淡く天上に届き、一瞬で消えた。浄化は大成功。ベリアルが表に出たのが一番の証拠だ。ここまでしっかり浄化すると、魔族には居心地が悪いものだ。
「……こんな浄化は初めてみましたぞ。部屋中が金に光った……」
先生も驚いている。
「普段はここまでやりません。状態のかなり悪い方がいらっしゃったので。これで、ポーションを飲んで頂きましょう。
「解毒までのつなぎですな」
「ええ、体力がかなり落ちていらっしゃいます。ポーションは私が持っていますので、先生が皆さまに与えて下さいますか?」
先生にポーションを託し、私は解毒剤を作るべくすり潰してミルクに浸しておいてもらった薬草と、水を甕に入れて火にかけた。しばらくとろ火で煮なければならない。
木のへらで掻き回しながらも、早く完成してほしいと思う。これでダメだったら……そう思うと一層気持ちが焦ってしまう。患者たちの呻き声は小さくなり、少なくとも進行は止まったように思える。先生が様子を見てくれているので、私は頭を切り替えて毒消し薬作りに集中した。
通常の毒消しに、魔法を加えて威力を高める。
「毒よ、蝕むものよ。悪戯に人を苦しめる、苦き棘よ。天と地の力により、汝は駆逐されよ」
「できました! 完成です。さあ、飲んで頂きましょう!」
「おお……! では早速、このカップで」
用意されていた九つのカップに完成した毒消し薬を入れた。二人で手分けして、全員に飲ませる。子供が咽てしまう姿を見て、飲みやすいようにハチミツを入れれば良かったなと反省した。
結果は見事成功だった。程度の軽かった人は体を起こせるほどになり、意識が朦朧としていた最初の被害者だった子供も、目を覚ましてしっかりとした言葉を発している。
猫人族の村は歓喜に溢れた。寝込んでいた人たちの身内なんて、泣きながら抱き合っている。バジリスクが原因と聞かされた時に、もう命は助からないだろうと覚悟していたそうだ。
汲んできてしまった水は捨てて、桶も丁寧に洗うようにと先生が指示している。
私は患者の家族の人たちにとても感謝されて、嬉しいやら恥ずかしいやらだった。
気が付けばすっかり夜で、レモン色の月が木の間に見え隠れしていた。
「お腹すいた……」
「ほほほ、ずっと休んでおりませんからな。まずはお茶でも飲んで下され」
先生も疲れているだろうに、私にお茶を淹れてくれる。有り難いなあ。喉も乾いていたらしく、暖かいお茶が食道を下って体を潤していく。
「すみません、先生方! 大変ご苦労様でした!」
帽子を被った猫人族が現れた。村長さんだそうだ。頭を下げながら手を握ってくる。にくきゅうがぷにっと柔らか。
村長はもう夜だし泊まって行ってほしい、宴を開くので是非参加してくれと誘ってくれた。お腹がすいていたので、とても嬉しい!
「ご厚意に甘えさせて頂きます」
「宴、とな! 良い心がけである、酒はあるか酒は」
「勿論ですとも、お望みなら村中の酒を掻き集めさせます!」
ベリアルはとても満足そうだ。私も美味しいごはんと暖かいベッドにありつけて、とても幸せ。
宴会は夜半を過ぎても続いていたけど、私は疲れたので途中で退席させてもらった。
翌朝もう一度毒消しを飲んでもらい、症状の重かった人達には夕方にも飲ませるように告げて、私たちは村を発った。とても感謝され、使ってしまった物の代わりにと、村にあった何種類かの薬草とお土産とお弁当を持たせてもらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます