第292話 テラサス伯爵家へお呼ばれ
午後から招待されているので、午前中に手土産を購入しておかないと。
「貴族のお宅って、何を持って伺えばいいのでしょうね」
「そうであるな、敵対勢力の首などいい土産になるわ」
「適当に答えないでください」
ベリアルにからかわれている。
宿の近くには高級品店が多いので、どこへ入っても貴族が喜ぶものを買えるだろう。万年筆やハンカチなども売っている。いや、これはお茶に誘われた手土産とは違うかな?
確かお兄さんはリニにお菓子をあげていたから、お菓子とかでいいのかな。
「くそう、混んでる。浮かれやがって」
四十歳くらいのローブを着た男性が、苦々しく吐き捨てる。確かあの人は、宮廷魔導師だわ。キヴェラ男爵だったかな。伯爵家の出で、継ぐ家がないんだよね。
私を覚えていないといいな、気付かれないようにしよう。
「だから言ったろ、パレードの日が近付けば王都は混むって」
「今までは宮廷魔導師として宮殿で過ごしてたんだ、こんな時期のことなんて知るか」
「ついてなかったよなあ。前の宮廷魔導師長が
同行している男性が、半笑いで肩を叩いた。仲がいいのか悪いのか。
それにしても、キヴェラ男爵は宮廷魔導師じゃなくなってしまったのね。だからとても機嫌が悪そうなんだ。
「うるさい! 私がいくら魔導師長に渡したと思ってるんだ……。こんなみじめな結果になるなんて……!」
「おいおい、俺に当たるなよ。エリクサーでも作って渡せば良かったじゃないか」
「……作れたら賄賂なんていらんだろうよ」
「宮廷魔導師じゃなくなるってのも、みじめなもんだな。これからの生活はどうするんだよ、金は減る一方だぜ」
男爵といっても、領地があるわけではない。爵位は所持しているものの、急に宮廷魔導師じゃなくなって威張れなくなったし、
冒険者とか職人とか、やれる仕事は色々あるだろうに。
エリクサーが作れなくても、それなりのアイテム作製ができれば暮らしには困らない。ただ収入は確実に減るし、宮廷魔導師をクビになったとなれば、今までのように相手が
きっとプライドが邪魔しちゃうのね。
「旦那様、靴磨きはどうですか」
間の悪いことに、少年がキヴェラ男爵達に声を掛けた。
お金のない貧しい子供が、路上で靴磨きをして小銭を稼ぐ。パレードの三日前になると規制が始まるので、彼らも稼ぐのに必死だ。
「うるさい!」
「おいおい、相手は子供だぞ。ちっとは落ち着け」
「私のローブが汚れるだろう、高価なんだからな!」
「そうだなあ、宮廷魔導師時代にしてもらった魔法刺繍は、もう直してももらえないな」
エグドアルムの宮廷に仕える魔法刺繍職人は、他の場所で仕事をしてはいけない。たとえ家族の為でも、魔法刺繍は
「お前までバカにするのかっっっ!」
大げさな身振りで足を踏み出し、振り上げた手が男の子に当たって後ろによろめく。すぐ近くを歩いていた女性が、キャッと小さく声を上げた。
「す、すみません」
「気を付けて頂戴」
ぺこぺこと頭を下げる男の子を
何なのアレ、免職されたのは力不足が原因じゃない!
「大丈夫?」
「あ、はい」
なんだか頭にきた。どうしていいか解らずにオロオロとしている男の子に、声を掛けた。
「…………庶民の女! 貴様、生きていたと噂を聞いたが本当だったのか……!」
「キヴェラ男爵、宮廷魔導師にはそれなりの実力を求められます。御身が
「あっはは、正論過ぎる」
連れの男性は笑っている。人望ゼロか。これまで宮廷魔導師だからと威張っていたツケが、回っているんではないか。
「うるさい、貴様が掻き回さなければこんなことにはならなかった!」
手を振り上げる。
ベリアルがいる時にバカだなあ、悪魔の気配も分からないで宮廷魔導師なんてやっていられるわけがない。
「……命が惜しくないのかな」
彼が自分の顔の横まで手を振り上げた瞬間、抜き身の剣があごに当てられた。一歩間違えばそのまま首を切ったろう。
「エクヴァル」
「イリヤ嬢、注意してって言ったでしょ。私が巡回していたからいいものの」
「……カールスロア……。皇太子の親衛隊のカールスロアだ! おいキヴェラ、本当に大人しくしとけよ!」
「親衛隊……!」
「遅かったね」
サッとエクヴァルが軽く手を上げると、部下達が五人ほど進み出て彼らを囲んだ。
二人は
「どうするつもりだ、何もしてないからな!」
「まだ、何もしてなかっただけでしょ。まあ厳重注意くらいで済むから、同行してくれたまえ。逃走もしくは抵抗する場合は、切り捨てる」
相変わらず極端だなあ。事を起こす前なのは認めながら、付いてこないと殺すと言い放った!
「そんな無茶が通ると思ってるのか、私はキヴェラ男爵だぞ! 実家の伯爵家も黙っていない!!」
「彼女は宮廷の外部顧問だから。この国で害そうとするなんて、命が惜しくないと言っているようなものだよ」
「宮廷……外部顧問……」
私は知らない役職なんだけど、有名なのかな。とてもがく然とした表情で、すっかり大人しくなってしまったよ。
「……連れて行け」
「はっ!」
部下がサッとキヴェラ男爵の両腕を掴み、連行する。
同行していた男性は黙って後ろに従った。ここで逃げたり文句を言うのは得策じゃないと判断したんだろう。
「……我の出る幕がなかったわ」
ベリアルはあと一歩で魔力を解放するところだった。魔導師もいるだろうから、そうしたら目立ってしまったわね。
「いやいや、間に合って良かったですよ。ところで何があったのかな?」
「最初はキヴェラ男爵が勝手に
立ち尽くして一部始終を見ていた男の子が、慌てて帽子を取ってペコリと頭を下げた。
「仕事を奪ってしまったかな? 君達、靴を磨いてもらいたまえ」
「いいんですか? あ、ありがとうございます!」
「代わりに事情聴取にも協力してもらうよ」
男の子が明るい表情で顔を上げる。エクヴァルが指示すると、残っていたうちの二人が男の子と一緒に、すぐ道の端にある彼の持ち場へ移動した。
なるほど、靴を磨いてもらいながら話を聞くんだわ。お互いに得だね。
「で、君は?」
「私はエクヴァルのお兄さんにご招待されて、午後からテラサス伯爵家へお邪魔するの。手土産には何がいいかしら」
「……マティアス兄上に?」
兄弟だから好みとか分かるかな。期待して答えを待った。
「そうだね。宿の食事で嫌いで食べられなかったものでも包んでもらって、持って行ったらどうかな」
「……廃品処分じゃないのよ」
「冗談だよ、君から何かもらおうなんて思っていないでしょ。手ぶらでいいんじゃないかな。むしろ行かなくていいよ、きっと楽しくないから」
「なんか会せないようにしてる?」
うーん、引っ掛かる言い方だなあ。いつもの笑顔だけど裏に何かあるのかしら、気になるわ。
「子供の頃の悪戯など、露見すると困ることがあるのではないかね? フハハ、これは立派な手土産を用意しようではないか!」
むしろベリアルの興味を引いてしまったようだ。
私も楽しみになってきた。エクヴァルは参ったなとぼやきながら部下に色々と指示をしているので、ここで別れた。紅茶でも買って行こうかな。
買い物を済ませて宿に戻り、迎えを待った。
昼過ぎに宿の前まで来てくれたテラサス伯爵家の馬車に乗って、宿から出発。
王都にはこの国だけでなく、他国の貴族の馬車も走っている。婚約披露パレードが近付き、観光客が日増しに増えている状況だ。直前では宿が取れないので、パレードをいい場所で見たい人は、遅くとも数日前には王都に入っているのだ。
テラサス伯爵家やカールスロア侯爵家のように領地があってお金もある貴族は、領地と王都の両方に広い邸宅を持っている。セビリノのアーレンス男爵家は余裕がないので、王都には邸宅がない。
今回訪問するのは、もちろん伯爵家の王都のお屋敷。
婚約披露があるので、主だった貴族は既に王都に集まっていた。
警備は帽子に羽根飾りをつけ、腕まで隠すマントを羽織ってお揃いのサーベルを持った第一騎士団が、三人一組になって見回りしている。これも式典前の特別な光景だ。この人達は普段は宮殿の中の警備をしたり要人警護の役に就いたり、式典に備えていたりする。容姿端麗な貴族の子弟が多いのが特徴。
「第一騎士団の方々だわ、やっぱりステキね」
「カッコイイわね、パレードが楽しみ。それにこの国の宮廷魔導師の人達は、色んな騎乗に乗っているのよね」
通りすがる女性が振り返って警備の騎士を眺める。華やかな軍服の第一騎士団は人気なのだ。あんまり仕事はしないのだけれど。
宮廷魔導師の騎乗も、エグドアルムのパレードで人気だよ。
「あのような若輩者よりも、我の方が容姿も実力もよほど優れておる」
「そうですね」
ベリアルが対抗している。他の人が褒められるのは面白くないらしい。まして自慢の軍服モドキを着ているのだ。ちなみにこの衣装は、何処かの世界のどこかの国の軍服が気に入って、勝手に真似して作らせている。
「周囲がもてはやす故、たいした容貌ではない者が図に乗るのではないかね」
「そうですね」
「……聞いておるのかね」
「聞いてますよ、第一騎士団は女性の憧れの的みたいですよ」
返事のしようがないな。国にいた時から第一騎士団が人気なのは知っているし。昼夜を問わず討伐に狩りだされる第二騎士団の人達が、ぼやいていたのを思い出すわ。
「どうもそなたは我の素晴らしさを理解しておらぬ」
「まさしくその通り!」
「阿呆かね!」
面倒になって大げさに肯定したら、怒られてしまった。
貴族の邸宅が多く建つ城の東側の地区へ入ると、一軒一軒の間が広くなった。
馬車は開かれた門を潜り、庭を進む。正面にある屋敷が目的地なのね。
玄関の前では使用人の男性が笑顔で出迎えてくれる。
「ようこそいらっしゃいました、旦那様と奥様が首を長くしてお待ちですよ」
男性にエスコートされて馬車を降りた。ベリアルは気が向くとやってくれる。誰か見せる相手がいる時とか、そういう気分になる時。
使用人が扉を開けると、玄関で伯爵夫妻が待っていた。
「いらっしゃいませ、イリヤ様、ベリアル様」
「来てくれてありがとう! 今日はチェンカスラーでの暮らしや、エクヴァルのことを教えて欲しいな」
二人は寄り添っていて、仲がとてもいい。
「お父様、お母様、ずるいです」
奥から十歳前後の女の子がスカートの裾をもって駆けてきた。
「走らないの、お客様の前ですわよ。家庭教師の先生がいらっしゃる時間でしょう、お部屋で待っていなさい」
「ええ~」
口を尖らせていたけど、侍女に促されてすぐに退散させられる。
「ごめんなさいね、甘やかしてしまったから」
「いえ、とても可愛らしですね」
お子さんもいたんだ! チェンカスラーまで来ていたし、寂しかった分も一緒にいたいのね。
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