第293話 伯爵家でお茶会を

 客間に案内された私達は、まず持ってきたお土産を差し出した。

 私は紅茶とお菓子、ベリアルは宝石を渡している。宝石至上主義なのか。思いがけない贈答品に、伯爵夫妻は困惑していた。

「わざわざこのような高価なものを用意して頂き、申し訳ありません」

「なにやら面白い話があるのではないかね? エクヴァルがどのような子供だったか……、など」

 ニヤリと笑みを浮かべるベリアル。弱みを握りたいのか。悪魔だからなあ。

「エクヴァルの子供の頃ですね! 彼は大人しくて思慮深い、それでいて少々気が弱いところがある子供でして。殿下のご学友に選出されてから徐々に明るくなり、剣術にも取り組み……、とにかく素晴らしい成長ぶりでした。非凡な才能の持ち主なんです」


 笑顔で語るマティアスお兄さん。そうだった、彼はエクヴァル大好きだったんだ。

 自慢がしたかったらしく、これ幸いと語り続ける。残念ながらベリアルは肩透かしだ。

「努力する子で、勉強も家でも欠かさず続けましたし、父が剣豪を招けば積極的に質問をし、稽古をつけてもらっていて。あ、父は武芸に秀でた方を招いて話を聞いたり、技を披露してもらうのを好んでおりまして。色々な方を招待していました。それでエクヴァルが……」

 お兄さんのエクヴァル自慢はしばらく続いた。

「……マティアス様、イリヤさんのお話を伺うんでしたでしょう」

「そうだった、つい喋り過ぎてしまったね」

 奥さんであるエルミニアが、やんわりと止めてくれた。そうだ、話といえば。


「この図案をどう思われますか? 皇太子妃になられるロゼッタ様へのお祝い品なんですが、貴族の方にもお気に召して頂けるでしょうか」

 お兄さんはすぐに手に取り、顔の前でじっと眺めた。

「……これは、ガーベラだね? とても良くお似合いになるね。実は王妃殿下から皇太子妃殿下への贈り物として、紋章の図案を頼まれているんだ。こちらにもガーベラを使って統一性を持たせたいな、いいだろうか」

「ステキな考えだと存じますが……紋章ですか?」

 皇太子妃って自分の紋章が必要なのかしら。

「王妃殿下は、ご結婚以前はご自身の旗を作って船に掲げて海賊退治をしていたから、今でもその旗を見ると昔を知っている海賊は逃げていくんだよ。皇太子妃殿下にもご自身の印をとお考えなんだね」


 それで紋章官をしているマティアスお兄さんに依頼したんだ。ロゼッタは喜びそうだ。皇太子妃になって、海賊退治もするんだろうか。ロゼッタは王妃殿下と違って飛べる獣を騎乗にしていないし、慣れないと船は酔うよ。

 おかしな伝統が生まれそう。

「失礼します、親衛隊の方がいらっしゃっております」

 控えめなノックに続いて侍従が入室し、伯爵夫妻に耳打ちした。

「……親衛隊の? エクヴァルではなく?」

「はい、お客様をお連れくださいました。リニ様とおっしゃる小悪魔で」

「リニが! エクヴァルの使い魔で、私にとっても妹のような子なんだ。すぐに通してくれるかな、皆にもそのように伝えて」

「かしこまりました」

 エクヴァルってば、自分が来られないからリニを送り込んで来たんだ!

 よっぽどの気掛かりがあるのかな。でもこれは嬉しい、なんだかリニとずっと離れていた気分。


 執事の後ろを恐る恐る付いてきたリニが、そっと扉の向こうから顔を覗かせる。

「あ、あの……おじゃまして、ごめんなさい。エクヴァルが、皆で食べてくださいって……」

 リニが差し出した白い箱には、ホールケーキが納まっていた。

「まあリニちゃん、どうもありがとう。座ってくださいな、一緒にお話ししましょう」

 義姉のエルミニアはここに座ってと、ソファーを示す。

「そうよリニちゃん、せっかくだしゆっくりしましょう」

 私の隣で足を組んでいるベリアルを、不安げにリニの紫の瞳が捉えた。ベリアルはエクヴァルの残念な過去が聞けなくてガッカリしているから、威圧感があるのかな。

 リニはソファーに近付くと、真ん中にちょこんと座った。

 テーブルにはフルーツやお菓子がたくさん並べられていて、リニが目をまたたかせている。


「好きなものを食べてね。ケーキも皆で食べましょうね、頼んだわ」

 奥さんのエルミニアが、箱を受け取ったメイドに切ってくるようにと合図している。

「た、食べていいの? どれを食べていいの?」

「どれでもいいよ。私が取ろうか、どれがいいかな?」

 お兄さんのマティアスはお皿を持って、リニが目を留めたお菓子を頼まれるまでもなく選んでいく。器用だなあ、小さなカップケーキやプリンがキレイに盛り付けられた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……! こんなにいいの?」

「もちろんだよ、マイエンジェル!」

「小悪魔ではないかね」

 ベリアルのツッコミが入る。


 リニは照れくさそうにはにかんで、受け取ったお菓子を一つ一つ味わって食べていた。エクヴァルとお兄さん、リニにお菓子をあげて喜んでいるところが似ているわ。

「そうだイリヤ、エクヴァルがね、セレスタンとパーヴァリが来ているから、何かあったら冒険者ギルドで名指しで依頼するといいよって。あのね、最近も女性が行方不明になったらしいから、……くれぐれも気を付けてね」

「お二人がエグドアルムに。パレードを見にいらしたのかしら。ありがとう、気を付けるわね」

 事件にパレード、隣国の巨人。なかなか忙しいわね。お兄さんはリニの話を目を細めて聞いていた。


「リニちゃんはパレードを見物できるの?」

「私は、宮殿で待っている係りなの。人がいっぱいいるところに一人で行くのは、怖いし……」

 そうだった、エクヴァルがパレードに参加するから当日は一人になっちゃうのね。

「まあ、リニちゃんさえ宜しかったら、我が家のスペースにいらっしゃってくださいませ」

 奥さんのエルミニアがリニを誘う。こちらは怖いベリアルがいるし妹のエリーも一緒だから、リニは緊張しちゃうだろうな。人見知りだしなあ。

「ううん、宮殿からも見られるし、エクヴァルが帰って来るのを待ってる……」

「いい子だ……! お菓子を! ありったけのお菓子をリニに持たせよう!」

 

 お兄さんが急に立ち上がって指示を出し始める。気弱な印象だったけど、こういう時は行動的なんだな。

 夕方まで話をして別れた。普通にお茶してお喋りをしただけだった。 

 宿はかなりいいお部屋なので、ベリアルも満足している。一階にはレストランが併設され、朝食は宿泊客限定で用意されるよ。何を食べても美味しい。


 さて、今日は王宮の敷地内にある、魔法研究所に行く。

 研究所の所長は以前私に年齢的に仕事がキツくなったとボヤいていたけど、エクヴァルのお兄さんの話によれば、まだ研究を続ける気満々らしい。

 セビリノと所長と私の三人で、夜なべして研究をしていた頃を思い出す。

 日増しに人が多くなる道の端を歩いて、研究所を目指した。ここからはそう遠くない距離にある。

 お城の前の広場は、遠目にお城を眺める観光客が立ち止まっていた。兵がしっかりと守っている正門や柵越しに、宮殿や他の施設も並んだ、広大な敷地を誇るエグドアルムの王宮が広がっている。


「すみません、魔法研究所に用があります」

「目的と身分証を」

「所長にお会いしたいのです」

 殿下から宮廷外部顧問と一緒に賜った勲章を取り出した。勲章というか、標章かな。

「……あ、これは! お通りください」

 大きな正門は要人や、馬車や護衛などを連れた団体が通る時に開かれるのだ。脇にある通用門から通る……と思ったのに、二人がかりで正門を開いて招いてくれた。

 宮廷の庭では庭師がパレードに向けて、丁寧に手入れをしていた。王宮が一つの小さな町のような敷地面積がある。パレードが通る場所だけでも、整備するのは大変だろうなあ。


 研究所は秘密が多いので、ここでも出入りはチェックされる。入り口には見知った守衛が立っていた。

「あ、イリヤ様! どうぞお入りください」

「ありがとうございます、お疲れ様です」

 守衛は相好そうごを崩している。私が生きていたというのは、どのくらい知れ渡っているんだろうか。

 ちなみに貴族ならばともかく、平民は村に何軒家があって、現在何人住んでいるという大雑把な把握しかされていない。どの国でもそんなものだと思う。なので平民出身の私は、実は生きていましたーといっても戸籍の回復などの手続きはいらない。


 研究室の職員も顔見知りばかりで、皆が歓迎してくれた。

 ベリアルは一歩下がった場所で、なんだか満足そうな表情で眺めている。研究室や魔法養成所なら、私も歓待してもらえるのだ。あと第二騎士団もね。

 休憩してお茶を飲んでいた女性が、お久しぶりですと声を掛けてくる。

「所長もイリヤ様のご存命を知り、とても喜んでいましたよ」

「所長にもご挨拶を申し上げなければなりませんね」

「アーレンス様まで国を出てしまい、寂しそうでした」

 よく三人で研究したりしていたからなあ。私は数人の職員と言葉を交わしてから、所長室へ向かった。

「イリヤさん~! やあやあ、よく来てくれたね」

「お久しぶりです、大変なご心配をお掛けしまして……」

「いいから。お土産は?」

 謝罪しようとする私を手で制して、所長はお土産を催促してきた。


「お土産ですか……」

 しまった、何もないぞ。所長の分くらいは用意しておくべきだった。

「冗談冗談。今の生活の話とか、作ったアイテムの話とか、使った魔法の話とか。まあ実験室がないと、強い魔法は使えないかなあ」

「それでしたら、ユスティティア・ソルを使った話など」

「使用禁止魔法~!!! どんな戦争してきたのーーー!!!」

 いつになく大きな声でのツッコミが入る。所長はわりとひょうきんな面を持つ人なのだ。


「リヴァイアサンが現れて、討伐の依頼を受けたんです」

「そんな危険な魔物が!? よく無事で……」

「そなた、それ以前にその魔法で公爵の魔法実験室を破壊しかけて、禁止魔法を迂闊に使わぬよう厳重注意されたのを忘れたかね」

 そっちは黙っていようとしたのに、ベリアルにバラされた……!

 所長の視線が痛い! とても呆れた表情をされている。

「あ~あ~あ……、ここで研究ばかりしていたから、知識がかたよるんだよねえ……。もっと常識を教えるべきだった。しようきんしまほうっていうのは、使っちゃいけない魔法なんだよ」

 子供をさとすような言い方をされている。


「はい、秘匿魔法を知られないようにしないといけないとも、叱られました。つい興奮してしまい……」

「ここにいる間は、それで良かったからねえ……。あとね、ここは国の最高峰の機関だから。いるのはりすぐりの人材だよ。普通に町にいる人達とは違うからね」

「ギャップに戸惑いました……」

 最初から所長に色々と教わっておくべきだった。まあ出奔するなんて予告できないんだけど。所長も、ここで研究していく分には問題ないと判断して説明していなかったんだろう。

 私がせつせつと諭されているのを、ベリアルはニヤニヤ眺めていた。

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