第419話 賢者の石の伝説

 ルシフェルの別荘にある装飾品の修理を申し出てくれたモレラート女史に続いて玄関を入ると、中ではリニが片付けをしていた。エクヴァルが戻ったのに来ないと思ったら、ここにいたの!

 壊れた装飾品を一つずつ箱に収め、紙の袋に破片を入れて一緒にする。

「あ……、な、直せるのかなと思って、破片をまとめておいたの。やり方が間違っていたら、教えて……」

 自信がなさそうに手を止めるリニ。

 箱の中にはまっぷたつに割れた壺、細かい部分が欠けた彫刻、そして精緻な縁取りの鏡はヒビが入っている。

 本当に色々と壊してくれたものだわ。


「問題ないよ、丁寧に扱ってくれてありがとうね。ドウェルグ族の装飾品をこの手で直せるんだ、勉強になる。ほう……、この細工の細かく美しいこと」

 モレラート女史は箱の中身を確認しながら、リニに笑顔を向けた。表情が強張っていたリニは、暖かい雰囲気に安心したのか、ホッとため息をついた。

「じ、じゃあ、片付けちゃうね」

 偉いわ。ガルグイユも見倣ってほしい。無理だろうけど。

「一緒に片そう」

 エクヴァルは掃除道具を取りに行った。


「ところでアンタら、聞いたよ。ティルザをアイテム作製に誘ったとか。だいたい何を研究するか想像は付くけど、老婆心ながら言わせてもらうよ」

「はい、なんでしょう!」

 モレラート女史から助言が頂ける!? とてもありがたいわ!

 私は期待して次の言葉を待った。

「アンタの“なんとかなる”は、他の人の“どうしようもない”だからね。アンタら……特にイリヤ、アンタと同じレベルを求めるんじゃないよ。弟子が国一番って言われる魔導師なんだからさ。ティルザには立派な装備アイテムを渡してやりな」


 想像していたアドバイスと違う方向だった。

 四人で魔力を籠めるので、ティルザにもセビリノとヴァルデマルと同等くらいになって欲しい。私が考えているより、実力に差があるのね。

「ちょうどノルサーヌス帝国でいい宝石を手に入れたんです。魔力を増やして操作の支えになるような、装備品を作りますね」

「アンタじゃなくて、弟子の男が作るんだよ」

「セビリノですか」

 確かに細かい仕事はセビリノの方が得意な気がする。でも私も作れるのになぁ。モレラート女史は、セビリノがお気に入りみたい。


「師匠を差し置いて、滅相もない」

「はいはい、そういうのはいいから。イリヤじゃ普通の人がコップの八分目まで水をいれるところを、まだ入るからと溢れるほどに入れるだろ。今回はそれじゃ困るんだよ」

「確かに、魔法付与は強いほどいいと思います……」

 なんてこと。反論のしようがないわ。


「師匠! ゲンブを黒焦げにした師匠の魔法付与、私は素晴らしいと思います! “魔物全部ヴェルダン事件”など、私の腕では到底及ばない功績です!」

 セビリノが言い放つ。改めて言葉にされると、どう考えてもやりすぎで迷惑だわ。

 胸を張って私のやらかしを拡散するのは、やめて頂きたい。

 ていうか騎士団の皆、ヴェルダン事件なんて呼んでたの……。私に教えてくれた感想は凄かったとか、肯定的な意見ばっかりだったのに。

 モレラート女史の視線が痛い。


「じゃあセビリノ、お願いね……」

「はっ。師匠の代理など務まらぬと思いますが、力の限りやらせて頂きます」

 ご指名されて、張り切るセビリノ。

 確かに彼なら、やりすぎたりはしない。

「ついでだから説明しておくよ。魔法付与ってのは、対象に魔力を注いで定着させる、ここまでは分かるね。つまり、窪地に水路を引いて池を作るようなもんだ。窪地がなければそもそも付与できない。普通は一人で水を流すが、四人でやるなら一つの水路を四人で使うことになる」

 四人で一つの水路を使う。分かりやすい喩えだわ。セビリノも無言で頷き、モレラート女史は満足げに続ける。


「だから、同等の魔力を注いで水量を一定にしないと、水路が氾濫するんだよ。一人だけダムの放流みたいな真似をするんじゃないよ」

 モレラート女史の視線は、まっすぐ私に向けられていた。

 ダムの放流。

 ……え、ソレ私?


「それはそうと、実在した賢者の石については、どのくらい知ってるんだい?」

 あっさり話題を変えられたわ。私は思い出しながら、言葉を選んだ。

「……ええと、まだ誰も作った記録はなく、他の世界からもたらされただろう、ということ。それと、色は赤で、現在は所在不明だということです」

 北の方ではあまり伝わっていないのが現状だ。もしかして、言い伝えを教えてくれるのかしら?

「手で握れる程度の大きさだとも言われております」

 セビリノが追加する。

 “賢者の石といっても液体や粉状の場合もある”というのはルシフェルから教わった知識なので、今は言わないでおこう。勝手に拡散させたら怒られそう。

 本当に情報が少ないのよね。材料もメインが硫黄と水銀と塩、ということくらい。


「賢者の石は、私の国にもたらされた」

「え!!?」

「……と、主張する国が、我が国含めて五つある」

 モレラート女史が手のひらを広げ、顔の下に出した。

 ビックリしたわ、何か残されているのかと思った。

「賢者の石を持った人物が、複数の国家を訪れたのかも知れないからね。一概にウソだとも言い切れない」

「なるほど、ただその賢者の石が本物とは限らないですよね」

「誰も知らないアイテムだからねえ。賢者の石の持ち主は不老になり、今もどこかを旅しているとも、結局亡くなって賢者の石までともに消えたとも言われてる。実物も残っていないし、本当に伝説でしかないんだよ」


 要するに、あったはずなのにどこにいったのか分からない、というお話ね。

「不老になる以外にも、病を治す、魔力を増加させる、非金属を金に変えるなどの効果があると噂されておりますが、どうお考えですか?」

 セビリノが質問した。効果も気になるが、聞いていいのか分からないので私は黙っていた。

 リニと片付けをしているカミーユも、そうだよね、気になるよねと言わんばかりに頷いている。リニは床を掃き、エクヴァルは壁を拭いているよ。


「どれも噂はされているねぇ。四大回復アイテム全てと同じ効果があり、魔力の塊だから持っていれば魔力が膨大になる、とかね。非金属を金に変換するのは、願望の部分が大きそうだ。それと、回復アイテムとしては服用して使うとも言われてる。飲み尽くしてなくなったって説もあるよ」

 飲んだらなくなるのは当然ね。飲み尽くした説は有力かも知れない。

 そうなると、やっぱり実在はしたのよね!


 他にも幾つか噂を教えてくれてから、賢者の石の話は終わり。

 モレラート女史は直せるものを指定して、家に運ぶよう指示して帰っていった。私達はリニの掃除を手伝う。火のブレスで焦げた壁は、どうしようもない……。

 いっそ絵画でも飾って隠したらいいと思うんだけど、ルシフェルが納得しないわね。ベリアルは焦げ跡の前で顎に手を当て、苦い表情をしていた。


「さて、モレラート女史に指摘された装備アイテムを作る準備をしましょ。指輪が良いかしら」

 ある程度キレイになったので掃除は一旦終了、地下の作業所へ移動した。作るのはご指名のあったセビリノです。彼は持っている宝石をテーブルに出して、見比べている。

 そこにベリアルが、丸い石を置いた。僅かに白く濁ったそれは七色の光彩を放ち、他のどの宝石とも違っていた。

 龍珠りゅうじゅだわ。

 エグドアルムからの帰り道に、海で退治したイルルヤンカシュの龍珠ね。独り占めしたのに、使っていいのかしら。

欠片かけらくらいならば取るが良い」

「ありがとうございます、では頂きますね!」


 分けてもらえるので、遠慮なく必要部分だけを割らせてもらった。

 これなら今回の用途にピッタリ!

 形を整えて研磨して、使えるようにしないと。モレラート女史は忙しくなるから、またエルフにでも頼もうかな、

 大事な作業なので、セビリノはエルフの森の上質なマナで心身を整え、精進潔斎をしてから臨むと意気込んでいる。

 その間に使う詠唱の言葉を選び、私は別荘の修理のできるところを手伝おう。リニとエクヴァルも協力してくれてるんだし。


「モレラート女史の意見は役に立ちそうだった?」

 エクヴァルは進捗が気になるんだろう。賢者の石は私にとっては趣味だとはいえ、国からすれば大事な研究だ。

「ええ、参考になったわ」

「賢者の石の話では後れを取りましたが、作製するのは必ず我らが先です」

 セビリノが闘争心を見せる。モレラート女史も弟子のカミーユも、賢者の石を作る研究はしてないみたいだけど。

「さすが心強いね。トランチネルのあの女性魔導師も、何か情報を持っているといいね」

「あんまり期待できないし、バラハ様も微妙な反応だったわよ」

 特に研究が先行している印象はなかった。バラハも同じように感じていたと思う。

 エクヴァルがにこにこと笑っている。


「交渉する為に、興味がないように見せかけていたんだよ。相手は命をかけた取り引きをしているからね。効果がないと勘違いしたら、他の情報を提供しようとして、勝手に色々と喋ったでしょ?」

「……地獄の王の召喚の話とか、聞かれていないのに教えようとしたわ」

 思い返してみれば、他にこんなことも知っている、と相手から提示していた。最初は賢者の石の研究結果で取り引きする気でいたのよね。


「それじゃ君が地獄の王の契約者だと、バラしたんじゃないの? 最も効果的に圧力をかけられるよ。バラハ君は相手にどのくらいの情報があるか探って、欲しい知識を最大限に得ようとしてるわけ。君達が全く興味がないという態度で相手を焦らせて、やりやすくなったと思うね」

 なるほど。その場にいなかったエクヴァルの方が理解しているわ。バラハと同じ、尋問する側の人間だものね。

 うーん、うまく使われちゃってたのかな? なんとも言えない気持ち。


「晩御飯、なんにする……? お買いものに、行ってきます」

 リニがそっと扉を空けて、半分だけ顔を出した。もうそんな時間ね。

「荷物持ちするよ」

「エクヴァルはお話、しなくていいの……?」

「さすがに賢者の石の研究には加われないからね」

「そっか……」

 そう呟いて、リニはパアッと明るい笑顔になった。エクヴァルと出掛けるのが嬉しいのね。

 いいなあ、私も出掛けたいな。


「ねえ、皆で外食しましょ! ベリアル殿も呼んでくるわ」

「はっ、お供します」

 相変わらず、セビリノの反応は大袈裟ね。

 何を食べようかなあ、お店が混んでないといいな。

 

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