第89話 ギルド長の依頼(エクヴァル視点)
「……エクヴァル様、ですよね。貴方に指名依頼があるんですが」
「ん? 私に?」
冒険者ギルドに行くと、受付嬢が戸惑いながら私に声を掛けてきた。
それもそのはず、Dランクに指名依頼なんて、コネか義理でもない限りそうそうない。しかも私はこの町に来て長くない。そんな人脈を作っているようには思えないだろう。
「商業ギルドのギルド長から、護衛依頼なんです」
その言葉が聞こえていた周りの連中もざわつく。まあそうだろうな。
「それなら私が厄介になっているお宅の、魔法アイテム職人絡みでしょうな。お礼に暇な時は護衛していますから、一緒に来てもらいたいのかも知れないですね」
その言葉で、周囲はなるほどと納得したようだ。それにしてもわざわざギルドを通すとは、随分断られたくない依頼のようだな。護衛となると、私の一存では決められないが……。
「ノルサーヌス帝国に行く依頼ですが、先日隣国である軍事国家トランチネルとフェン公国の間にちょっとした摩擦があったので、不安要素が大きいんです。魔法や魔法アイテム作製の大事な相談だそうで、Aランクの冒険者を雇っておられますから、心強いと思いますよ」
「あー、なるほど。それは確かに職人を連れて行きたい依頼ですね。私はおまけじゃないですか」
これならイリヤ嬢は確実に付いて行くと答えるな。
彼女と相談してからになるが、仕事を受ける方向で前向きに考える旨を笑顔で伝えると、受付嬢はホッとした表情を浮かべた。
「ところで他の冒険者とは、どういった方で?」
「そちらにいらっしゃる方々です」
示された方に目をやると、見たことのある二人が椅子に座って何やら話をしている。
冒険者ギルドには仲間を探したり打ち合わせをする為に、依頼札の貼ってある部屋にテーブルと椅子が設置してあって、自由に使えるようになっているのだ。壁などで区切られているわけではないから、そこの様子は受け付けからよく見える。
やたら大柄で鎧に身を固めた男と、きれいな金髪にとがった短い耳の、エルフの血が混じっていそうな整った顔立ちの剣士。
周りの冒険者達が、Aランクのランク章をつけた彼らをチラチラと盗み見ていた。
「やあ、君達。ノルディン君とレンダール君じゃないか。久しぶりだね」
手を上げて軽い挨拶で近付く私に、周りがひそひそと何か噂している。DランクとAランクだからね。
彼ら二人にはチェンカスラー王国に来る直前の国で会い、勝負してレンダールを負かせたという経緯がある。私はAランクなら三人同時でも相手できるから、当然なんだけど。国ではそんな訓練をかなりしたし。
「……お久しぶりです、エクヴァル殿。まだこの町に?」
「げっ。お前も受けるのかよ」
ノルディン君は相変わらず、素直過ぎるね!
「ノルディン、レンダール! 久しぶりね」
家に戻ると、イリヤ嬢は嬉しそうに二人を迎えた。
レンダールが手に持っていた麻袋を差し出しながら、笑顔で答える。
「シーブ・イッサヒル・アメルを届けに来たんだ。ついでに、護衛の依頼を受けたら彼と被ってね……」
「まあ、わざわざありがとう。貴方たちが引き受けてくれたのね、助かるわ。でも護衛って?」
あ、こいつら彼女の依頼を引き受けてここまで持って来てくれたのか。通常は指定がなければギルドの受付に渡しておけばいいんだけど、知り合いだから直接手渡すことにしたのかな。
袋の口を開いて採取してきた薬草を見せ、確認をとっている。
「それはねー、商業ギルド長がノルサーヌス帝国について来てほしいって。君もってことだと思うけど、どうする?」
「もちろんご一緒させてもらうわ。そうだ、この二人は私の経歴を知っているから……」
「……どういういきさつで?」
イリヤ嬢に視線を送ると、彼女の肩がビクッとした。いけないな、険しい目付きになっていたかも。
「レンダールに、すぐにバレちゃったの。宮廷に仕えてるに違いないって」
「ほっほー、なるほど。さすが鋭いね、レンダール君。あんまりカンがいいと長生きしないよ?」
「……貴方達って親しいの?」
イリヤ嬢は、どこからどうしてそういう思考に至ったんだ…?
「あー、親しくなりたくないタイプだな」
ノルディンのやつ、よくもまあ堂々と言ってくれるな!
「まあ信用できそうな連中か。ちなみに私は彼女の護衛。道中で彼女の身に危険が迫ったら、君達の身命を賭して守ってくれたまえ」
「俺たちはギルド長の護衛だって!!」
チッ、気付いたか。
イリヤ嬢は私達のやり取りを楽しそうに眺めている。
「イリヤ嬢、じゃあこの護衛の依頼の詳細を彼らと聞いてくるよ」
「行ってらっしゃい。私はアイテムを作っているわね」
「あ、その、……イリヤ。その薬草はどのような薬を作る材料なのか、知りたいんだが……」
レンダールがためらいがちに質問する。彼女の経歴を知っていて、呼び捨てにしにくいようだ。もしかして、それが知りたくてAランクなのにこんな採取依頼を受けたのかな?
「アムリタよ。おかげでこれからまた作れるわ」
「……アムリタ!??」
そんなに軽く言うものじゃないね、最高に効果も難易度も高い、四大回復アイテムとされてるのに……。
「……さっきの話なんだけど。わりと冗談じゃないんだ。彼女、狙われるかも知れないのに、足取りが解るほど堂々とここまで来た愚か者がいてね」
商業ギルドのギルド長の元へ直接依頼について尋ねに行く途中で、彼らには少し事情を説明しておくことにした。何もないと願いたいが、もしもの時に知っていれば対処できることもあるだろう。
「狙われる? 何かあったのか?」
「逆恨みだよ。不正事件に巻き込まれた被害者なんだ。相手が公爵だからね、拘束されたけれど、まだ油断はできない」
振り返るノルディンに、困ったと手を振って答える。
レンダールは眉間にシワを寄せ、神妙に頷いた。
「逆恨み……、か。時として、正当な恨みよりも深くなるものだ……」
彼も過去に何かあったのかな?
「だがよ、そんなんで出掛けてていいのか? しかもこんな目立つ仕事」
「んー、ギルド長に恩を売って損はないし、それに一つの場所に留まる方が危険かも知れない。家には私の使い魔を残して様子を見させる。もし何か仕掛けるとしてもあと少しの間だろう、判決が下ればもっと厳しい環境になる」
少なくとも公爵ではいられない筈だ。財産は既に差し押さえてあるし、今でも接見を制限されて部屋から出ることすらできないが、もっと監視は厳しくなるだろう。元魔導師長で公爵だから、裁判の前に牢には入れられなかったんだよね。
……ただ、あの狡猾な男の隠し財産全てを、我々側が把握したとは思えないんだよな……。まだ隠しているものがある気がする。そこが不安材料だ。
「とはいえ、最終的な決定権は彼女にあるから。護衛としての任務を果たすだけだよ」
それに、軍事国家トランチネルの動向も気になる。前回は宣戦布告なしの侵攻でフェン公国の危機にノルサーヌス帝国は駆けつけられなかったからね、情報収集に躍起になっているだろう。
フェン公国がトランチネルに併合されればガオケレナの入手は難しくなるだろうし、せっかくの魔法交流などで築き上げた友好関係が台無しだから。
当日。同行するのは私とベリアル殿とイリヤ嬢、護衛のノルディンとレンダール。それから商業ギルド長と男性の職員が一人、ギルドの専属の護衛が数人、そして初めて顔を会わせる女性二人。
皆が集まったところで、商業ギルドのギルド長があいさつをする。
実はチェンカスラー王国の商業ギルドの中でも、偉い方の人らしい。この会議は、両国の商業ギルド組織のトップ同士で決めたんだとか。ノルサーヌス帝国は軍属の魔導師長と商業ギルド組織のトップが親密にしていて、魔法アイテムの作製や販売を精力的に行っていく路線らしい。
「ご協力ありがとう。これからノルサーヌス帝国まで長旅になるけれど、よろしく頼むよ」
続いて、白いローブを着用した女性が胸に手を当てて口を開く。
「私はエーディット・ペイルマン。チェンカスラーの王宮魔導師よ。ノルサーヌス帝国との魔法技術交流は我が国において多大な利益をもたらすはずだから、絶対に成功させたいの」
「あたしは王都で魔法薬を作っている魔法使い、アンニカです。よろしくお願いします」
「お初にお目に掛かります。レナントで魔法アイテム職人をしております、イリヤと申します。若輩者ではございますが、宜しくお願い申し上げます」
指先を揃えて丁寧なお辞儀をする。女性二人が不思議そうにイリヤ嬢を見た。普通に街にいるアイテム職人は、ここまで折り目正しくはないからね。
「……アイテム職人? ずいぶん、丁寧なあいさつができるのね」
「ええ……、お辞儀も洗練されていて、ビックリしました」
女性二人の感想も、もっともだろう。
イリヤ嬢の方はそうかな、くらいな反応だ。
「彼女はアウグスト公爵閣下の庇護を受けていて、礼法も学ばせて頂いているよ。私は護衛のエクヴァル。どうぞお見知りおきを、素敵なレディたち。今回は美女と一緒の、楽しい旅になりそうですね」
「あいっかわらずだな、お前。俺はノルディン、冒険者だ。宜しく」
「私はレンダール。同じく冒険者です」
私に続いて二人も自己紹介をする。ノルディンこそ相変わらず粗野だな。Aランク冒険者はマナーの講義を受けてるんじゃなかったのか?
「あ、アナタ! エクヴァル? 遊びじゃないのよ、しっかりね!」
王宮魔導師エーディット嬢は、顔を赤くして私に釘を刺す。可愛いところがあるじゃないか。アンニカ嬢は少し困ったような笑顔で、イリヤ嬢は……、やめて、そのダメな男を見る目。傷つくから。上手く言い繕ったのになあ……。
「あの、そちらは……?」
アンニカ嬢が控えめにベリアル殿を示す。
「私が契約している悪魔です。他者を勝手に殺さない条項がありますので、ご心配には及びません」
「あ、悪魔! 貴女、魔法アイテム職人じゃないの!?」
エーディットが驚いて、ベリアル殿を頭からつま先まで眺めた。態度も衣装も、どう見ても爵位ある悪魔だ。赤いルビーのような瞳が、彼女たちの姿を映す。
「我が名はベリアル。そなたらに危害を加えるつもりはないわ、安心せい」
「職人ですけど、魔法や召喚もできます。魔法関係が、好きなんで」
うーん、これは絶対魔法の話で物凄いボロが出るね。いやボロではなく、出しちゃいけない才能なんだけど。
「彼女は故国にある魔法の研究所で働いていたんだけど、セクハラで辞めたんだ。かなり詳しいよ」
これで何を話しても研究所で学んだで済ませられるだろう。
イリヤ嬢は、そういえばそんな設定あったわと呟いている。ちゃんと言い訳を考えてあるじゃないか! 忘れないで!
「本当なの!? それは助かるわ……! 他国から来たなら知らないだろうけど、チェンカスラーは魔法も魔法薬精製も周辺より盛んじゃないから、下に見られちゃうの。できればここで、魔法技術交流とか、共同開発とか、魔法薬の輸入を増やすとか、成果を取り付けたいのよ! そして国にも本腰を入れてもらわなきゃ!」
エーディット嬢は嬉しそうにイリヤ嬢の手を握る。
「できる限り協力させて頂きます」
君は全力を尽くしちゃダメだから。不安だな……。
「あたしも、頑張ります……!」
二人にアンニカ嬢も加わった。イリヤ嬢にとっても楽しい旅になりそうかな?
馬車の隊列が動き出す。蹄の音、ガラガラと車輪の回る喧噪、人々の話し声。
飛行での移動に慣れてきていたので、とても遅く感じる……。
そして女の子達とベリアル殿は一緒なのに、私はギルド長と職員一人と同じ馬車だ。椅子は皮張りの柔らかい椅子で振動もなく、快適な方かな。
「エクヴァル殿、エグドアルムの宮廷魔導師長が捕らえられたそうだね」
ギルド長が声を潜めて話し掛けてきた。
「ええ、連絡が来てます。かなり不正をしていたので、もう返り咲くことは不可能ですよ」
「そうか……、いや、付き合いのある商人が、伝手が切れたと焦っていてね。どうやら不正に関わる人物と知らずに、その魔導師長の息のかかった者とやり取りをしていたようで」
この話をしたかったのか。だからこの馬車は最低限の人数で、ギルド直属の護衛も入れていないんだな。
魔導師長が捕らえられたという話は、あっという間にかなり広がったらしい。良くも悪くも、エグドアルムの動向は各国が気にしている、ということか。
「……解りました。その商人について教えてください。取り引きをご希望なら、身辺調査をしてから接触することになるでしょう。事情が事情ですからね」
「助かる、伝えておくよ」
ギルド長はようやく緊張がとれて、穏やかな表情で頷いた。
「私の部下は現在、魔導師長の事件にかかり切りです。殿下から手の空いていそうな人間を派遣して頂きましょう。取引先を探しているのは、こちらも同じですから。ただし真っ白な、ね」
同席している職員は意外そうな表情でやり取りを見ていたが、特に何も言わない。口が堅い人物を選んであるのだろうから、問題はないだろう。
イリヤ嬢の身が確実に安全ならば、私は身分を明かしても目的をバラしてもいいんだけどね。
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