第90話 ギルド長の依頼2 それは先生

 ノルサーヌス帝国の目的の町までは、馬車だと五泊ほどすることになる。

 特に今回は野営をしないで済むようにきちんと町で泊まるから、余計に時間が掛かる。飛んでいけばその日に着くのにな……、でも女の子の友達が増えそうで嬉しいわ。


 チェンカスラーの王宮魔導師、白いローブに空色の髪のエーディット・ペイルマン。

 魔法薬を作って生計を立てる魔法使い、茶色いローブにカーキ色のスカートを穿いた、ベージュよりの落ち着いたピンクの髪のアンニカ。

 王宮魔導師のエーディットは貴族だろうけど、わりと付き合いやすそうで安心した。アンニカはシャイな感じで、はにかんで笑うのが可愛い。私と同じ年だった。


 途中の宿は女性三人が同じ部屋、ギルド長と職員、そしてなぜかエクヴァルも同じ部屋。これはギルド長が秘密で話したいことでもあるんだろう。ギルドの護衛と冒険者二人で二部屋、ベリアルは我ままを言って一人部屋。そんな部屋割りだった。

 私は同室の女性に王都の美味しいお店を聞いたり、王宮での生活や王都での暮らしぶりを語るのに耳を傾けて、楽しく過ごせた。チェンカスラーに来て日が浅いと伝えたから、二人とも親切に色々と教えてくれた。

 王宮魔導師のエーディットは、まだ王宮魔導師として下の方なので、何でもいいから手柄が欲しいと意気込んでいる。


 そして弱い魔物が現れて簡単に撃退したくらいで、特に問題もなくノルサーヌス帝国へ到着した。

 都市国家バレンの南に位置し、大きな都市を幾つも有して街道が動脈のように整備されており、ティスティー川沿いに広大な土地を持つ国。平地が多く草原が広がり、一部海まで領地が続いている。

 やって来たのは国境から比較的近い都市、モルトバイシス。

 北側の主要都市らしい。フェン公国にも近く、その関係でフェン公国との交流が進み、魔法関係が盛んだという。目抜き通りには大きな魔導書店、魔法道具や素材の専門店がのきを連ね、魔法装備品専門店もある。本当に魔法関係のお店が多い。

 エクヴァルにこっそり小声で、

「少しエグドアルムっぽいね」

 と呟いた。彼は小さく頷いた。

 フェン公国の大きい町にも、色んな魔法関係のお店があるのかな。前回は目的以外あまり散策していないから、いつかゆっくり観光に行きたい。


 今日は宿にチェックインしたら自由時間で、明日この国の魔導師達と面会する。そして魔法に関する交流をおこなう。

 現在研究中の魔法の話、今まで使用した魔法についての実績等を話して、魔法に関する理解を深め合う目的とのことだ。私はそういう事業に加わったことがないから、どうすればいいのかよく解らない。


 とりあえず今日は、この都市を見て回ろう。ベリアルはお酒を探しに行ってしまった。

「何かあれば、すぐに我を呼べ」

 そう言い残して。

 エクヴァルは私の護衛だからと付いてくる。ノルディンとレンダールは一人ずつに分かれて、他の二人の護衛だ。エーディットはレンダールが護衛について、とても嬉しそう。アンニカは当初ノルディンを苦手そうにしていた。ちょっとがさつだけど悪い人じゃないし、だいぶ慣れたみたい。


 まず足を運ぶのは、やはり魔導書店! 万国共通の黒い看板が目印!

 すると、他の二組と鉢合わせた。考えることは一緒だね。思わず笑ってしまって、皆でお店へ入る。チェンカスラーにあるお店よりも広いし、魔導書もたくさん!

「私は火が得意なのよね」

 エーディットが、水魔法の棚で呟いた。どうやら苦手属性に挑戦したいらしい。

「私が得意なのは水ですね」

「このグラス・ロンて解る?」

「氷のつぶてをぶつける魔法です。魔力を長く通せば、その分持続時間も長くなりますよ」

 私が説明すると、なるほどと頷いてもう一冊を手に取った。

「ブリザードとどっちがいいと思う?」

「ブリザードは中範囲ですからねえ。でもグラス・ロンも中範囲に当てられます。攻撃力が高いのはブリザードです。基本的に魔力消費はブリザードの方が多いですが、追加詠唱も合わせるとグラス・ロンもそれなりに消費致しますよ」

 真剣に私の話を聞き、二冊を睨むように眺めるエーディット。王宮の魔導書庫にあるものと著者が違うから、買って比べたいと言っている。確かにそういうのも面白そう。

 どちらを買うか悩んでいるようなので、アンニカの方に行ってみる。


 私の姿を確認すると、アンニカは控えめに質問をしてきた。

「あの……この、水専用の浄化魔法って、あった方がいいのかな……?」

「アイテム作製には必要です。成功率と効能が上がりますから」

 これはチェンカスラーでは売ってなかったわ。知らないなら買っておくべきね!

「じゃあ、買ってみるね。ありがとう」

 彼女はすぐに本を購入した。

 エーディットはまだ迷ってるみたい。ハキハキしていたから、もっとパッと決めちゃうタイプかと思った。印象が逆だなあ。


 魔導書店での買い物を終えた後、皆で喫茶店に入った。私達のテーブルの横の席で、男性三人が座っている。

「貴女、詳しいのね。国で魔法塾でも開かない? 魔法の発展に貢献できるわ!」

 アイスコーヒーを片手に、興奮気味にエーディットが私に提案する。彼女はとにかくチェンカスラー王国の、魔法の水準を上げたいのだ。

「……過分なお言葉、ありがとうございます。申し訳ありませんが、アイテム作製が楽しいので……」

 評価してもらえるのは嬉しいけど、今は自分のやりたいことをやりたいな。けっこう家を空けたりもするし。

「……うう、勿体ない……!」

「でも、ポーション類も不足しますし……、魔法アイテムも大事です!」

 アンニカが手を握りしめて力強く言う。同性の魔法アイテム職人なので、お互いに親近感がわいている。

 彼女は元冒険者で、回復魔法や初級の攻撃魔法を使う魔法使いをしていた。

 危険だし自分に合わないと見切りをつけて、ポーション作製を勉強して職人に転向したそうだ。なので今でも魔法使いと名乗っている。


 その後も魔法の話や、ノルサーヌス帝国での予定について確認した。全員こういう事業は始めてで、緊張してるのは私だけじゃなかった。うっかり話が弾んで買い物をする時間が無くなってしまい、夕食まで食べて暗くなる前に宿に戻る。

 ベリアルは何本もお酒を買って、宿で飲み比べをするらしい。エルフのワイン以来、より美味しいお酒を探すことも趣味になっている。狩りよりも安心だし、目的の品が見つかりやすくていいわ。

 ギルド長はあちこちに挨拶して疲れたとぼやきながら、私達よりも遅く戻った。組織のトップになるのも、大変ね。残りの護衛は皆、ギルド長に付いて行っていた。



 次の日は宿で朝食を頂き、町にある会議場へと皆で移動する。

 集合時間が近づいたので行こうと扉を開くと、部屋の前でエクヴァルが待っていた。他の二人には先に行くよう促して、姿が見えなくなるのを確認してから顔を寄せる。

「イリヤ嬢。くれぐれも広域攻撃魔法を使用したことは、話さないように。喋り過ぎないで。いいね?」

 小声で、誰にも聞こえないように。

「え、ダメなの? 四つの風の魔法くらいなら、いいよね?」

「……様子を見てね。国に召し抱えられたくないんでしょ?」

「うん……」

 せっかくだから喋りたいけど、怒られそう……。 

「エリクサーや四大回復アイテムも作れないフリ! しっかりね」

「はあい」

 セビリノが来て以降、エクヴァルが心配症なんだよね。



 宿の近くの広場まで既に馬車が迎えに来ていて、すぐに乗り込んで移動開始。

 街道は広くて、並んでいるお店は朝なのでまだほとんどが閉まっている。冒険者らしき人が、ぽつりぽつりと歩いていた。同じ方向に向かうので、こちらに冒険者ギルドがあるのかも。

 繁華街を抜けてしばらく進むと、一際大きな建物が目に入った。

 周囲は木が植えてあるだけで、特に何もない。どうやらこれが目的の施設らしく、門をくぐって正面にある白い石壁の大きな建物の、右側に馬車が止まった。ここが馬車専用の止める場所なのね。

 馬車を降りると案内の人が二人で待っていて、奥にある広い会議室に通された。


 まずはノルサーヌス帝国とチェンカスラーの代表が挨拶して、簡単なスケジュールの説明がされる。そして、中年のお腹が少し出た男性がゴホンと咳ばらいをし、立ち上がった。彼は商業ギルド代表と、机上の札に書いてある。

「チェンカスラー王国では侯爵クラス悪魔の召喚に成功し、良好な関係を築いているのだろう? しかし我々も、負けてはおらん。地獄の爵位ある悪魔の召喚と契約に成功し、魔法に関する知識を授けてもらえるようになったのだ! いずれフェン公国にも劣らぬ力を得られよう!」

 男性は堂々と胸を張り、奥の扉を開けるよう指示した。ベリアルは不敵に笑いながら眺めている。これは多分、誰が出るか気付いているぞ。


 扉に控えていた二人の使用人が、両開きの扉を一人ずつ手にしてゆっくりと開く。

 キィと蝶番ちょうつがいが擦れた。

 廊下で警固をする二人の兵の間に見えるのは、召喚師らしい朱色のローブの女性と、そして。


 四十歳過ぎくらいの姿の、グレーがかった長めの髪を下の方で纏めた、知的な印象の悪魔。合わせ部分が銀の灰色がかった水色のコートを着て、同じ色のズボンと黒い服に、銀の装飾のある黒いロングブーツを履いている。

「クローセル先生! こちらにいらしていたんですか!?」

 思わず椅子をガタンと揺らして立つ私を、部屋の中の人達が一斉に振り向く。あ、しまった。目立ってしまった。エクヴァルが頭を抱えている。

「なんと……! 魔法会議の客とは、イリヤであったか! ということは……」

 足早に部屋へ入り、ちょうど反対側だった為にぐるりとテーブルの周りを歩き、私達のすぐ近くにやって来た。

 そして私の斜め後ろに立つベリアルの前で、勢いよくひざまずく。


「閣下! ご壮健で何より。ご一報くだされば、お出迎え致しましたものを!」

「良い、クローセル。そなたを驚かせようと思ってな」

「相変わらず、意地の悪いお方でいらっしゃいますな」

「悪魔である故な!」

 笑い合う二人。楽しそうだ。何だろうアレ、悪魔ジョークなの? 悪魔は主に対して基本的に絶対服従なんだけど、この主従はやたら仲が良い。


 笑いが途切れると、クローセルは彼を紹介した中年の男性へと視線を向けた。

 男性はポカンとしている。それはそうだ、自慢の悪魔がまさかベリアルの配下、侯爵クローセルだったとは。

 彼は私が子供の頃にベリアルが召喚を教えてくれて喚び出させ、主に魔法薬の精製を指導してくれた私の先生なのだ。魔法理論なんかもクローセル先生が教えてくれた。ベリアルは魔法は教えてくれても、こういう細かい説明は殆どしてくれなかった……。


「お前達! 閣下を立たせておくとは何事か!! はよう、椅子を用意せんか!」

 うろたえつつも用意されたのは、赤い生地が貼ってある高そうな椅子で、肘掛けの幅が広い。クローセルの席の隣に並べられ、ベリアルが足を組んで頬杖をついて座った。偉そうだなあ……。

 全員委縮しているし、御前会議っぽくなったような。あ、地獄の王の御前だから間違いではないのか。この中でベリアルが王と知っている人間は、エクヴァルとレンダールだけかな? ギルド長には私の経歴だけで、そこまで明かしてはいなかったよね。

「我よりそなたらに一言ある。そなたら、契約に成功し有頂天になっておるが、危害を及ぼさん条項を加えんと、いつ殺されても文句は言えんぞ。未熟であるな」

 ざわざわとして進行が止まった会場に、ベリアルの声が響く。


 え!? 入れてないの?

 そういえば、知識を与えるって……。それだけ? 侯爵相手に、それは危険だわ。ノルサーヌス帝国側がざわついている。

 殺さない、危害を加えないという条件を飲んでもらえなかった場合は、いったん帰ってもらって交渉し直すのが望ましい。悪魔側の要望を更に聞いて、良い妥協点を見出みいだすのも召喚師の腕だわね。

「……おい、どういうことだ?」

「だから報告しましたよ! 仰る通り、魔法の発展に貢献する契約だけはできた、と」

 契約者らしい女性の召喚師が、呆れたように答える。確かにこの内容と危害を加えないという条件は、別の話だ。

 召喚に詳しくない人の中には、契約さえすればもう手を出されないと勘違いしている人もいるけど、そういうわけではない。その辺は悪魔にもよるかな。契約外のことでも対価なしにやってくれたり、配慮してくれる悪魔もいるし、お互いの信頼関係とかにもよる。

 逆に殺さないとしか誓っていないと平気で怪我を負わせる悪魔もいるから、気をつけないとね。


「クローセル先生は、礼を欠かねば攻撃してくるようなことはないですよ」

「貴女はなぜ、先程からクローセル先生と呼ぶの?」

 契約者の女性が私に尋ねた。それはそうか。

「そのままです。私は先生から色々と教わりましたから」

「ほほ、懐かしいわい。あれから大分腕を磨いたとか。しかし、北にいたはずではなかったかの? なぜここに……?」

「……そのお話は、また後ほど」


 危ない、入り込んだ話になりそう。

 さっきから全然、魔法会議とやらが進んでいない……! エグドアルムは他国と協力ということはなかったし、ちょっと楽しみだったのに。

 横の女性二人もギルド長も唖然としている。エクヴァルは壁際で溜息をついていて、その横でノルディンとレンダールが苦笑いしていた。護衛は皆、壁際に立っている。一応椅子も用意してあるので、座っても問題ない。


「なるほど……。どうして急に魔法会議の開催を了承したかと疑問だったが、悪魔召喚に成功して披露したかったんだなあ……」

 チェンカスラーのギルド長が、クローセルを見ながら呟いた。

「……ゴホン。まあ、そうなんだが……。まさかこんなことになろうとは……」

 先ほど仰々ぎょうぎょうしくクローセルを紹介しようとした中年の男性が、気まずそうにしている。どうやら、チェンカスラー王国に召喚術でも負けてないぞ、とひけらかしたかったようだ。

 アウグスト公爵のお抱え魔導師ハンネスが契約している、悪魔キメジェスと同じ侯爵だものね。


「私たちが召喚術に力を入れた理由は、それだけではないのです。実は、軍事国家トランチネルが高位悪魔を召喚しようとしているという情報を入手して、対抗策として召喚の研究と実践をしていました」

 クローセルの契約者の女性が丁寧に説明してくれる。

「それは、本当ですか!?」

 ギルド長が立ち上がると、勢いで椅子がガタンと後ろへ押される。中年の主催男性が、神妙に頷いた。私の両隣にいる女性達も驚きを隠せないでいる。

 地獄の公爵バシンと遭遇した話は、伝えてもいいのよね?

「事実です。私はチェンカスラーの王都で、トランチネルで召喚されたという公爵クラスの悪魔に会いました。彼は召喚師を殺して来たと言い、そしてトランチネルが王を召喚しようとしていると教えてくれました」


 ハンネスから公爵閣下には伝えられているだろうけど、混乱を招くから上層部にしか知らせてないのかも。

 私の話を聞いた中年の男性は、眉を顰めて声を荒らげた。

「王……!? なんと、そんなふざけたことを! 地獄の王と契約など、できるわけがない!!!」

 あ、すいません、してます。そこにいますよね。

 ……とは、口にできる雰囲気でもないし、進んで知らせる内容でもない。

 ベリアルはといえば、ニヤニヤと何か言いたそうな表情でいきどおる中年男性を眺めている。


「まさかそのような恐ろしい企みを……、で、貴女その悪魔はどうしたの?」

 隣に座る王宮魔導師エーディットが、神妙な表情で息を飲む。王都を地獄の公爵が契約もなく闊歩かっぽしていたとなると、チェンカスラー王国にとっての危機になりかねない。

「地獄に送還させて頂きました。特にこちらで用はないと仰っていて、冒険者に絡まれても冷静に対処されるような方でしたので。不幸中の幸いと申しますか、丁寧に接する分には全く問題はありませんでした」

 皆が胸を撫で下ろした。誰かが怒りにでも触れたら大変だ。


 結局この後は軍事国家トランチネルへの対策会議と、情報交換になってしまった。

 国の防衛に関する中枢の人間がいないのが残念だが、今回の内容を伝えれば真剣に取り組んでくれるだろう。

 魔法会議については、また改めて開催されることになった。残念だわ。一応目的は果たせた感じなのかな?

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