第332話 サバトの準備

 エリゴールにマジックミラーで「明日、リニちゃんと一緒にサバトの受付をしてほしい」とベリアルからの伝言を伝えたら、雄叫びを上げて喜んでいた。

 連絡が済んだので、エクヴァル達のところへドミノを進捗を見に行った。

 部屋の半分を埋めるほど並べてあり、テーブルから徐々に下がり、途中でボールが転がる仕掛けまである。リニは根気強いから、こういう作業は得意なのね。


「あ、イリヤ。明日はサバトだし、これで終わりにしたよ。あ、あのね。倒してくれる?」

「私がやっていいの?」

「そうそ、リニと相談したんだ。イリヤ嬢にやってもらおうって」

 これは責任重大ね。ドキドキするわ。しかし私だけで鑑賞するのは勿体無い。

「その辺にいる人に、声を掛けようか。皆で見ましょう!」

「上手く全部倒れるかなあ……」

「きっと大丈夫よ。皆さん、エクヴァルとリニちゃんのドミノを倒しますよ~」

 廊下に顔を出して、夜中なのに大きな声で呼び込んだ。


「え、ついに完成?」

「どれどれ」

 気になっていた人も多かったようで、部屋には使用人や大法官まで集まったよ。壁際に何人もが並ぶと、一気に部屋の雰囲気が明るくなった。

「では倒します!」

 トン、と最初の一つを押した。トトト……と軽快な音でドミノが倒れていき、テーブルから落ちて綺麗に次に繋ぎ、椅子を通って、椅子に架けられた板の上を流れて床に到着。床の上でも次々とドミノが倒れ、カーブもしっかりと曲がった。

「おおお……素晴らしい」

「ボールも動いて、次を倒した!!!」

「あと少し……」

 最後の折り返しを曲がるのを、皆が息を呑んで見守っている。

 大成功!!!

 全部のドミノが倒れたら、拍手と歓声が上がった。

「やった、大成功だ!!!」

「すごいね、小悪魔ちゃん!」


 口々に誉められて、リニが照れてはにかんだ笑顔を浮かべる。

「……すごい、喜んでもらえたよ。エクヴァルのお陰だよ」

「リニが頑張ったからだよ。じゃあ一緒に片そうか」

「後片付けはお任せください。お二人はお疲れでしょうから、もうお休みになってくださいね」

「そうですよ、明日に備えてください。私達も楽しませて頂きました」

 ドミノを眺めていたメイド達が、嬉々として片付けを始めてくれた。

 いつのまにか覗いていた地獄の王二人が、ひっそりと戻っていく。

「小悪魔はこのような根気のいる作業は苦手な者ばかりだと思っていたのだけれど……、あの小悪魔は違うようだね」

「気の弱い者ではあるが、その分、我慢強い性質であるな」

 リニの評価が上がったわね。

 後をお願いします、とリニは丁寧に頭を下げて割り振られた部屋へ戻った。

 ベリアルは明日のサバトの相談をしている。私はさっさと眠らせてもらった。明日は夜中まで、起きていなければならないのです。


 次の日は朝食を頂いたらまず、エクヴァルがエリゴールを召喚するのを手伝う。

 シジルがあるので、呼び掛けるのは簡単。ただ、公爵が通れる門を開くのがエクヴァルには難しいのだ。

 庭の人目に付かないような場所で異界の扉を開くと、炎がグワッと沸き上がった。そこから背が高くて黒い鎧を身に纏った屈強な男性悪魔、エリゴールが姿を表した。

「うおおぉリニーーー!!! お兄ちゃんだぞー!」

 第一声がそれか。

 エクヴァルの後ろからそっと眺めていたリニが、ビクッと震えてすっかり隠れてしまった。皆既日食だ。

 少し離れた場所で待っていたベリアルが、微妙な眼差しを送っている。


「おおっと、ベリアル閣下。お久しぶりです、お仕事日和ですな!」

「そなた、我より小悪魔が第一なのかね」

「閣下は地獄で嫌でもお目に掛かりまくるじゃないですか、リニは俺の大事な妹なんです」

「呆れてものも言えぬわ」

 エリゴールはベリアルの様子にお構いなしに、リニの前にしゃがみ込む。

「リニ、一緒にお仕事頑張ろうな~!」

「は、はい」

 必死で頷くリニ。最初の雄叫びで、既に脅えている。


 召喚も済んだし戻ろうとしたところで、誰かがこちらへ近付いてきた。

「皆様、お客様です。先日の宿の方らしいのですが……」

「では私が応対しましょう。いいよね、イリヤ嬢」 

「うん???」

 宿の人? 私達を断わった人達に、今更どんな用事があるんだろう。エクヴァルには心当たりがあるようだし、任せておくことにした。

「リニはイリヤ嬢達と、サバトの準備をお手伝いしていてね」

「うん。任せて!」

 使用人の男性は、エクヴァルをともなって去って行った。

「エリゴール、屋敷を案内しようぞ」

「閣下、ではリニを……」

「小悪魔は置いて参れ!!!」

 ベリアルはエリゴールに話があるんだろう。地獄での報告を受けたりとか、ルシフェルがいるからバカな真似はしないように釘を刺すとか、そういう内容だと思う。ルシフェル相手だと、ベリアルも揶揄われちゃうからね。

 エリゴールはしょんぼりと肩を落とし、振り返りながらベリアルの後ろを付いていった。


 地獄の王と公爵が共に消え、リニはホッとした表情で見送っていた。夕方からはエリゴールと一緒か、ちょっと可哀想ね……。

「師匠、我らも参りましょう」

 セビリノもずっといたのである。一言も喋らなかったのだが。

 私達は会場を確認しに向かった。サバトの会場は一番広いダンスホールで、百人入っても大丈夫。

 入って左に演奏したりするステージがあり、隣は控え室。ステージの向かい側は数段の横に広い階段があり、ステージを鑑賞しやすいように高くなっている。左右はテラスのように手すりがあり、半円を描いていた。両側に王や来賓、そして今回のメインゲストである、龍神族のマナスヴィン用の席がある。

 窓際も区切られていて、最初から休憩用のイスとテーブルが並んでいた。それを丁寧に拭いて、セッティングし直している。使うのはダンスホールだけど、別にダンスをするわけではない。ステージの前に椅子を配列したり、所々に丸いテーブルを置いた。立食パーティーっぽい感じになるよ。


 使用人が花を飾り、慌ただしく準備をしている。中央のテーブルはお酒用だ。お酒を載せたワゴンがまた運ばれてくる。軽食用のテーブルはテーブルクロスの上に、まだカゴだけしか載っていない。

「アーレンス様、如何でしょう? 他に必要なものはありますか?」

「ふむ」

 セビリノは私に視線を寄越した。彼はそもそも召喚術は得意ではないし、悪魔と契約しているわけではないので、サバトには詳しくないのよ。私が答えねば。

「背の低い小悪魔もいますから、料理を載せるもう一段低いテーブルもあると良いと思います」

「なるほど、盲点でした。すぐに手配します。だれか、テーブルの追加を」

 サバトの準備の責任者となっている執事が、テキパキと指示を出す。

「あの~……、これはこちらでしょうか……?」

 今度はどこかの店員らしき女性が、焼き菓子を大量に抱えて顔を出した。買えるものは買って、メインの料理に力を入れるみたいね。

 ここにいると邪魔になりそうなので、そっとその場を離れた。


「……み、みんな忙しそうだね。何をお手伝いしたらいいかな……」

 リニがポツリと呟いた。その時、メイドの一人が大きな声で呼び掛けた。

「宮廷楽団が、演奏することになりました! 手の空いた人は控え室の準備を手伝って」

「リニちゃん、お手伝いしましょ」

「良かった、私にもできそうなお仕事があったよ」

 さすが大法官、突然だったのに宮廷楽団を手配したとは。

 控え室にも飲みものや食べものを用意しておかなければならない。掃除はしてあるだろうから、あとは装飾かな。

「では私も……」

「セビリノはルシフェル様のところへ行ってね。ここにいたら、皆が気を遣うから」

「……分かりました」

 声色は不服そうだ。でもルシフェルの付き人ならばセビリノは率先してやるので、任せておけば安心だわね。


 控え室にワゴンで飲みものを運んできたメイドに、手伝いを申し出た。

 では、とテーブルの上にカップを伏せて並べるよう頼まれたので、リニとそれをする。二十人の楽団なので、最低でも二十は必要だ。

 指揮者の部屋はあまり人を入れず、執事がしっかり整える。メイドはステージの背後に生花を飾っていた。

「あ、ソーサーが足りないわ。もらってくるね」

「私は鏡を磨いておくね……」

 廊下を歩いていると、途中にある部屋からエクヴァルの声がする。


「エグドアルムの侯爵家の人間が宿で門前払いを食らうなど、前代未聞ですからね。それも宮廷魔導師の護衛をしていて、です。国として抗議をしなければならないな、と考えていたところでして。そもそも我らは、そちらの国から注文された品の納入に来ていたんですから」

「知らぬこととはいえ、従業員が大変失礼致しました。再教育しなおして、同じことがないよう徹底させて頂きます」

 宿の人は平謝り。部屋の中の様子は分からないが、きっと何度も頭を下げているんだろう。

「当然でしょう。国同士の取引に水を差すような真似は、褒められたものではありませんからねえ」

 これからチェンカスラーへ帰るんだし、抗議しようなんて考えていなかったのでは。エクヴァルの交渉が始まっていた。きっと、自分達の身分が宿の人の耳に入るよう、頼んであったに違いない。


「なんとお詫びしたら良いか……」

「そうですね……でしたら、今晩このお屋敷でサバトの開催が決まりまして。肉料理など、届けて頂けますか? 急だったので、料理の提供が間に合わないんですよ」

「ぜひ協力させて頂きます!」

 明るい声で高圧的なエクヴァルの態度から、無理難題をふっかけられるかも知れないと危惧していた宿の人は、存外に難しくない要求だったので二つ返事で快諾した。

 すぐに準備します、と相手が移動する音がした。開催までは、半日くらいしか時間がない。

 上手くサバトの準備の手伝いをさせるわけだ。さすがだなあ。鉢合わせないように、さっさと私も仕事に戻った。


 時間がない中でテキパキと準備を進め、ついに太陽が建物に近いくらい低くなった。

「じゃあここで、俺が妹と受付をする」

 エリゴールがはち切れんばかりの笑顔で、屋敷の門の前に立っている。門は解放されていて、誰でも自由に入れるようになっているよ。

 ちなみにエクヴァルも一緒にいるが、エリゴールの眼中には入らないようだ。

 屋敷の廊下には道案内の為に兵が立っていた。サバトに来て悪さをする者もいないと思うけど、念の為に執務室や倉庫などには警備がしっかり常駐している。


 ちなみにルシフェルは、セビリノと一緒に装飾品を買いに出掛けている。主催なのでいつもより豪華にするようだ。主催というか、主賓みたいな気もする。

「あの~、サバトの会場はこちらで合ってますでしょうか……?」

 早くも一番乗りのお客さんが!

 小悪魔と男性で、二人で荷車をいていた。

「おう、一番だな! で、その荷物は何だ?」

「差し入れのお酒です。うちは酒屋で、小悪魔は従業員です」

「ブランデーはあるかね?」

 どこから見ていたのか、ベリアルが空から降りてきた。


「あります」

 男性が簡素に答え、小悪魔は緊張でガチガチになって喋れずにいる。

「ルシフェル殿が好んでおる。そなた、ブランデーをじかに献上すると良い」

「すっげえチャンスだ……」

「ばっか、恐れ多いだろ……!!!」

 家の使用人がすぐに駆け付けて、お酒の搬入を手伝ってくれた。荷車も移動しておくからと、預かっている。


「おおと、一番乗りを逃したな」

「……何故そなたが、ここにおるのだね」

 癖のある毛に、旅人のような装束。ヒラヒラしたポンチョのようなものを身に付けている、男性。

「今は南の方で悠々自適に暮らしているがな、たまには雪でも見ようかとこっちに来ててよ。王のサバトとは景気が良い!」

 サタン陛下とは違う勢力で、疫病の悪魔であり西風の息子の異名を持つ地獄の王、パズスだ。

 チェンカスラーの悪徳商人に召喚され、ジークハルトに癒えない熱病を与えた悪魔。やっぱり地獄へ帰ったんじゃないのね。ここで会うなんて……、でも別に敵じゃないのか。

 うーん、どういう反応をしたら正しいのかしら?

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