第403話 特別授業です


 バラハの師匠グスタフ・アルーンがやっている魔法塾は、町の集会場のレクリエーションルームを使用したものだった。あまり広くない会議室や、貯蔵庫と台所もしつらえていて、避難所としての機能もある。貯蔵されているのはイモや米など、長持ちする食品。

 塾には机と椅子が並べられ、十歳から十七、八くらいの年齢の子が二十人ほど座っていた。

「先生ー! 誰ー?」

 ケットシーのヒューと遊びたいと言っていた男の子が、元気に私達を指して質問する。

「これ、指で差してはいかん。こちらは以前エリクサーをくださった、立派な魔導師の方じゃよ。先生のかつての弟子の、先生だそうだ」

「先生の弟子の先生!!!」

 男の子は面白かったようで、手を叩いて笑っている。確かにおかしいな、『先生の弟子の先生』というと、結局アルーン先生に戻っている気がするわ。


「あのすごいエリクサーを作った方だって」

「特別授業があるのかな、楽しみだな」

 年上の子達はさすがに騒がず、こそこそと会話している。

「ところでこちらでは、どのような授業をされているんですか?」

 まずは普段の様子を知るべし。

 それからどんな技術を披露するか、考えるのだ。魔法実験施設も、立派な研究室も工房ない。出来ることは限られている。

「ここでは魔法の使い方、初級の回復、防御、攻撃魔法、それから薬草の見分け方、召喚術の基礎など……。本当に基本的なことだけを教えておる。週に一回、大人の授業もしているよ」

 なるほど。適正分けの前の段階、くらいだ。一通り教わって、興味がある方へ進むのね。基礎をじっくり学んだ方が、後々の事故が少ない。

 技術だけを習得していくと、どこかでつまずいたり、知らずにタブーを犯してしまったりするものだ。その最たるものが、トランチネルでの地獄の王パイモン召喚による悲劇だったわけで。


「先生を治療したエリクサーは、どの方が作られたんですか?」

 女の子が手を上げて、ハキハキとした声で質問する。

「私です。今日もエリクサーを所持しております、実物をお見せしますね」

「「「おおお~!」」」

 エリクサーを取り出して教卓に置くと、歓声と拍手が沸き起こる。セビリノがとても満足そうにして、自分のエリクサーも隣に並べた。

「こちらは私の作ったエリクサーだ。師の作品には遠く及ばぬが、参考程度にはなるだろう」

 いやいや、大差ないよ。いいエリクサーですよ。並べたらどっちがどっちか、簡単に区別が付かないわよ。制作者マークは入れてあるものの、ビンは一緒だし。


「ち、近くに行っていいですか……?」

「勿論です、手に持って確認してくださいね」

 控えめなお願いに頷くと、子供達は一斉に立ち上がって教卓を囲んだ。二つのエリクサーを持って顔に近付けて眺め、次に人に渡していく。

「触っちゃった! すげえ」

「もっと魔力が溢れているのかと思ったけど、あんまり感じないな」

「バカだな、よく観察しろよ。内側にしっかり留まってんじゃん」

 魔法を学んでいるだけあって、珍しがるだけじゃなく、しっかりと品物を観察して意見を言い合う。うんうん。


「み、皆、大事に扱うんじゃぞ。落として壊しでもしたら、とても弁償出来ない価値があるからな……」

「その通り。師匠のエリクサーは、天下の逸品。そこらの有象無象が作ったエリクサーとはわけが違う!」

 焦っている先生に、余計なプレッシャーをかけるセビリノ。エリクサーに集まる生徒の外側で、先生は左右に動きながら覗き込んでいる。不安にさせてどうするのよ。そもそも有象無象には、エリクサーは作れないのでは。

 先生の心配を他所に、生徒達は楽しそう。二本のエリクサーは生徒達の手を渡り、無事に教卓へと戻った。


「はい! はい! 兄ちゃん達も魔法、使えますか? オレ将来、冒険者になりたい!」

 男の子がエクヴァルとベリアルに視線を送る。ベリアルも冒険者と勘違いしたんだろうか、珍しいわね。貴族か犯罪者にしか間違えられないのに。

「そだね、魔法は使えた方が絶対にいいよ。回復とプロテクションだけでも大分違うね」

 リニがエクヴァルの後ろにくっついて、うんうんと首を縦に振る。

 エクヴァルも幾つかの魔法は使えるんだっけ。私達と一緒にいるから、使う機会が無いだけで。練習しているのを目にしたことがあるけど、魔力が多くないのに一度の魔法に籠めすぎて、すぐに枯渇しそうになるのよね。調節が苦手なタイプだったわ。


「我は冒険者ではないわ」

 ベリアルが指をパチンと弾くと、火の玉が発生した。鳥の形になってベリアルの周囲をらせん状に飛んで上昇し、すうっと大気に溶けて消える。後にはほのかな熱と、光の余韻だけを残して。

「わああ、すごい!」

「あの方は……悪魔ですね! 人間と全く同じ容姿の悪魔は、初めて見ました!」

「……ねえ、すごい貴族なんじゃないの?」

 注目されて嬉しそうに口元が歪ませ、目を閉じる。わかりやすい悪魔だ。


「悪魔って、あの女の子みたいな感じじゃないの? 猫の子」

「変身、見逃したの! 小悪魔ちゃん変身して」

「「「変身! 変身!」」」

 手拍子付きの変身コールが始まった。リニはビクッと体を震わせて、すがるようにエクヴァルを見上げる。エクヴァルはやってあげなよ、とささやいた。

「これ皆、無理を言うんじゃない」

 先生が盛り上がる生徒を止めている。リニは手をグッと握り、意を決してエクヴァルの前に出た。

 深呼吸して、黒い猫に変わる。

「黒猫ちゃんだー!」

「かぁわいい~!!!」

 拍手喝采。ベリアルの火よりも喜ばれている。ベリアルは悔しそうに、小さく舌打ちをした。小悪魔と張り合うんじゃありません。


「召喚術を実演しようかと考えているんですが、変身するだけで十分に喜んでもらえますね」

 小悪魔姿に戻るリニを見ながら先生に話し掛けると、先生は笑顔で答えた。

「変身の場面は珍しいし、可愛い黒猫だから大人気じゃな。妖精や天使の召喚は私が見せたり、指導しておるよ。ところで召喚しようとした、悪魔の階級は?」

「公爵です。ちょっと性癖に問題があるんですが、ベリ」

「やめなさい!!! 高位貴族悪魔を気軽に召喚してはいかんと、教わってないのかね!??」

 ベリアル殿の配下ですから……と、いう暇もなく叱られてしまった。

 自称リニのお兄ちゃんであるエリゴールは、問題はあるけど危険はないのに。そもそもここに王がいるんだから、暴れる貴族なんていないのに。ベリアルは叱られた私を、ニヤニヤととても楽しそうに眺めている。


「師匠、召喚術なら私の麒麟は如何ですか。滅多に遭遇しません」

「それは素晴らしい! お願いします」

 セビリノの提案を、先生は即答で受け入れた。アルーン先生も見てみたいそうだ。

 リニが生徒のアンコールに答えて再び黒猫になって元の姿に戻り、また歓喜の声が響く。その間にセビリノは外へ出て、テキパキと地面に座標を書いていく。邪魔にならないよう、書き終わってから移動した。


 生徒達が並んで座り、先生と私達はその後ろに立った。注目される中、麒麟の召喚が始まる。座標に薄い霧が立ち込めて、白い霧にぼんやりと影が浮かぶ。

 金色の光が霧を切り裂くと、鹿に似たシルエットがくっきりと姿を現した。顔は龍に似て体に鱗があり、牛の尾と馬の蹄を持っいる。角も鹿に似たものが、二本。

「不思議な生きものね……」

 女の子がまじまじと眺める。麒麟は鳴き声も上げず、静かにたたずんでいた。セビリノが麒麟を紹介する。

「これは麒麟。瑞獣ずいじゅうで、王の資質を持つ人物を見分けられる。慈悲深く殺生はしない。常に浮いて移動する」

「戦わないのに召喚するメリットはなんですか? 回復が出来るんでしょうか」

 男の子が問い掛けた。落ち着いた口調が大人びている。


 セビリノは麒麟の首を撫でながら答える。

「回復も出来ない。移動手段と、パレードなどで乗る為だ。我が国の魔導師の慣習のようなものだ」

「はて、周辺にそのような国があったか……」

 先生が不思議そうに、視線を斜め上に向けて考える。

「エグドアルム王国です」

 こちらは私が答えた。宮廷魔導師がそれぞれ契約した獣に乗っての行進は、エグドアルム王国のパレードの名物なのだ。

「なるほど、エグドアルム……、エグドアルム? 随分遠くから来てるんじゃのう。皆、そうなのかい?」

「うむ! 師匠が武者修行の旅に出られ、我らも追随したまでっ!」

 生徒と話していた筈のセビリノがこちらにバッと顔を向けて、声を張り上げた。


 何その設定、私は知らない!

 確かに魔導師長の不正から説明するわけにはいかないけれど、だからって勝手なねつ造をされても困るわ! エクヴァルが片手で顔を覆って、笑っている。事前に打ち合わせてあったに違いない。もっといい理由はなかったの……?

「武者修行だって、カッケー!」

「それであの赤い悪魔の人と契約したんだな」

「魔法使いは戦えないもんね、なるほど~!」

 生徒達が納得してしまっている! 今更訂正するのもなあ……。仕方なく、そのままにしておいた。

 生徒の興味はもう麒麟に戻っている。麒麟を触りたがっているが、気難しいところのある聖獣なので、無闇に触れるのは遠慮してもらった。


「……あの、キュイなら……触っても、怒らないよ……」

「そだね、広いし場所もあるね。アルーン先生、ワイバーンを呼んでいいでしょうか?」

 エクヴァルが先生を振り返る。先生は瞠目したが、すぐに頷いた。

「ほう、ワイバーンを。それは有り難い」

 先生の返事を確認して、リニが大きく息を吸って竹笛を吹いた。ピイイィと少し抜けるような音が響く。

 生徒達がソワソワと落ち着かない様子で待っているところに、羽を広げたワイバーンのキュイの登場だ。

「キュイイイ!」

「キュイ、ここだよ。こっち」

 リニが手を振って誘導する。キュイは上空で旋回して、誘導に従った。


「ワイバーンは知識の高い飛龍で、幼体のうちなら稀に人に懐くことがある。ただし討伐されかけたり、一度でも攻撃されると人を敵だと認識してしまい、もう心を開かない。やられた仕打ちは忘れないんじゃ」

 先生が説明した。そうか、キュイが子供のうちだから懐いたんだ。詳しいのね、魔物やドラゴンの研究でもしていたのかしら。

 着地すると、生徒達もキュイもお互いに興味津々な眼差しを向け合っている。

「この子はキュイ。大人しいから、触っても大丈夫だよ。優しく触れて、名前を呼んであげてね」

「キュイちゃん……?」

「キュイィ~」


 エクヴァルが呼び掛けると、生徒達は恐る恐るゆっくりと距離を詰める。最初の子が羽の先を撫でたのに続き、他の子もキュイの尻尾や鱗に手を触れる。エルフの村に続いて、キュイとのふれあいコーナーが開設された。

「兄ちゃん、背中に乗っていい?」

「一人か二人ずつなら。どうせだから、飛ぶかな?」

「飛んでほしい!!」

「私も乗りたい!」

 ワイバーンに乗れると、大きい子も大はしゃぎ。片手をピシッと上げて、自分を乗せてと競ってアピールしている。

「飛ぶのは無理、落ちたら怖いし……」 

 空は苦手な子もいるわね。

 希望者のみキュイに乗せ、数分くらいの飛行体験付き。生徒達は行儀良く順番を待った。


「宜しければ、私も魔法を教えたいと思います」

 結局私は、まだ何もしていない。魔法の授業なら宮廷魔導師見習い時代にやったもの、バッチリよ。

「ほうほう、何の魔法でしょう」

「シエル・ジャッジメントです!」

 自信満々に答える。先生もにこにこしているし、これが正解ね。

「……貴女は塾の講師に向いておりませんな。お気持ちだけ頂きます」

 あれえ!??

 遠回しに断られてしまった……。エグドアルムの魔法養成所でした最初の授業で教えて、とても喜ばれた実績があるのに!


 今回の一番の講師は、リニだったんじゃ……。

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