第364話 訪問者の正体は

 家の外を十人前後の人が通り過ぎて、また戻ってきた。そしてこちらを眺めて何やら会話している。

 念の為に、私はベリアルと客間に移動し、対応をエクヴァルに任せた。リニは二階から黒猫姿で外に出て、一行の動きを監視する。


「あの短い茶色い髪の、トレンチコートの男性が中心だね。位の高い貴族だろう。彼の前後の男性は専属護衛で、それと魔導師が少なくとも一人」

 エクヴァルが見立てを説明しながら、玄関に立った。

 間もなく扉の前まで足音がして、ピタリと止まった。


「……こんにちは。突然失礼します、こちらにアーレンス様が滞在されていると伺いました。いらっしゃいますでしょうか」

 私じゃなくてセビリノの客だわ。何処かの国の遣いに違いないわね。エクヴァルが慎重に扉を開く。

「こんにちは。現在アーレンス様は、所用で王都へお出掛けです。ご用件は私めが承ります。失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「そうか、残念だ。申し遅れた、私は南トランチネルの侯爵、キースリングと言う。アーレンス様には世話になったので、チェンカスラーへ訪問したついでに挨拶に伺った」


 彼が南トランチネルの指導者、キースリング侯爵なのね。危険な相手ではないようなので、扉から顔を出した。茶色い短い髪で、四十歳中盤のピシッとした男性だ。

 敵じゃなかったから、ベリアルはつまらなそうにしている。

「なかなか物々しい様相だったので、どのような要件かと思案しましたよ」

「周囲や目的の建物を必要以上に警戒してしまうのは、習慣でな。以前は暗殺や謀略に晒されていたからね。私は元帥皇帝に目を付けられていたから、一歩進むにも慎重になったものだよ。これでも自由にしている方だ」

「なるほど、そうでしたか。チェンカスラー王国にここまで用心深い貴族は、あまりおりませんからね。お祭りにはまだ早いですが、滞在されるんでしょうか?」

 エクヴァルが探りに入った。唐突に現れるのは不自然だと思ったのしら。


「王都で色々と会談の予定があるんだ。私は酷い独裁状態のトランチネルしか知らないから、一般的な国を視察をして周囲の水準に追い付かせたい。それと、アーレンス様のアイテムを拝見させてもらった。とても素晴らしい品だったよ。我が国も品質や効果を上げられるよう、魔法関係の技術者を是非とも招き入れたい」

 侯爵はそれまでの威厳がある態度とは一変して、希望に満ちた瞳で子供のように夢を語った。不意に侯爵の視線が、扉から覗き込んでいた私に注がれる。

「そちらの女性は、アーレンス様のお弟子さんか? 我が国に来てくれるなら、できる限り希望の条件に添うようにすると約束しよう」

「いえ、私はこの家を買いまして、ここで生活しているんです。チェンカスラー王国を離れる予定はありません」

 勧誘されたわ。

 受けたらエクヴァルに怒られちゃうわね。


「そういえばアーレンス様は、同郷の方のお宅にお邪魔していると仰っていたな。そうか、ならば仕方ない。気が向いたら講義に来て欲しいと、アーレンス様に伝えてくれ。勿論そちらの君も大歓迎だ!」

 講義くらいなら、してもいいのかな。ただ、今のところ色々予定があるのよね。適当に曖昧あいまいな返事をしておいた。

 キースリング侯爵は近くの部下に合図し、木箱を二つ持って来させた。平たくて、あまり大きくはない。部下がゆっくりと蓋を開ける。

 マス目状の区切りに、黄色や黄緑の茎や葉、青い花のついたものなど、色々な乾燥させた薬草が詰められている。もう一つの木箱には個別に袋に入れた、乾燥させて束にした薬草が数種類。


「こちらを納めてくれ。御料林での無礼を謝罪するので、アーレンス様に伝えて頂きたい。御料林はもう廃止して、あの薬草豊富な森の一部を一般に開放し、居住区を作って、薬草の生育に利用すると決定した。タイミングが悪かったな」

「こちらこそ空から入ってしまったので、御料林だと気付かず失礼致しました。謝罪などは必要ありません」

 自分の失敗を相手に謝られると、倍も恥ずかしいわね……!

 薬草は勿体ないけど断わろうとしていたら、エクヴァルがあっさり受け取ってしまった。

「イリヤ嬢、これは見本でもあるんだよ。つまり御料林だった森で、薬草を育てて売るつもりなんだ。アーレンス様に状態を確認してもらい、他国へ輸出できる品質かどうか、チェックして欲しかったんじゃないかな」

 エクヴァルが箱の中身がよく見えるように、私の前に出してくれた。普通に売られている薬草と、なんら変わりはない。


「なるほど、じゃあ有難く受け取らないとね。キレイに下処理をほどこして乾燥してあるし、状態はとてもいいと思います」

「ありがとう。販売を開始したら、購入を検討してくれ。あとは国でも回復アイテムをそれなりに作れるよう、職人を増やさないとな」

 レナントにはセビリノへ挨拶する他、視察と薬草の販路の確保、それから魔法アイテム職人か、魔法関係の講師を引き抜きたくて寄ったみたい。

 話を聞いていたエクヴァルが、うーん、と小さく唸った。

「……職人探しでしたら、生誕祭に併せてこのレナントの町で行われる、魔法付与大会に協賛されては? 引き抜きは確認せずにすると問題になりますが、講評に参加して審査員の忌憚きたんなき意見をじかに伺い、職人のレベルを客観的に確認できますよ。アイテム職人募集の公告を打たせてもらえたならば、効果も期待できるでしょうし」


「魔法付与大会!? 初耳だ、情報提供に感謝する! 商業ギルドで尋ねてみよう、一枚噛めれば南トランチネルの名も広がるぞ!」

 エクヴァルの案に、キースリング侯爵は大いに乗り気だ。お付きの人に、一足先にギルドへ行くよう指示をする。

 警護は表情を変えないけど、魔導師は嬉しそうな表情をした。

「正直、トランチネルの情報は未だに入りにくいですからね。仕事と支援があれば、移住を希望する者もでるでしょう」

「そうか、情報か。行き来がかなり少ないからな……。北トランチネルの街道整備が終わらないと、不便で流通も滞りがちだ。とにかく助かる、ありがとう。師匠に宜しくな、お嬢さん」


「はい……???」

 師匠? どうして急にクローセル先生が?

 一瞬意味が理解できなくて考えてしまった。もしかして、セビリノの弟子だと勘違いしたまま? そういえば、否定も説明もしていないわ。

 誤解を解く暇もなく、キースリング侯爵一行は去っていった。あの方向は、商業ギルドかな。決断が早いわね。

 ともかく、魔法付与大会が一段と盛り上がりそうで嬉しいな。



 魔法付与大会の開催は即日発表され、詳細も数日後には公開された。ギルドの職員が直接持ってきてくれた、チラシを眺める。

 審査員として、魔法付与アイテムを使ったことがない人まで募集されているのが特徴かな。魔法付与したアイテムが欲しくも、手が出ない冒険者が対象かしら。

 第一回は『使い勝手が良く、魔法付与アイテムを初使用する人にも使いやすいもの』というのがコンセプト。魔法付与した装備の普及が目的とされている。

 魔法付与したものは高価になりがちで、貴族や高位冒険者、裕福な人が持つものだ、というイメージがある。審査員として使用してもらって、広めてもらう算段なのだ。


 お題は一般の部が攻撃力増強、達人の部が攻撃力増強と、火属性の魔法付与の二つ。両方、剣に使う宝石に付与する。

 注意事項も目を通した。

 魔法円は事前に用意してもいいが、その場合は実技の前に検閲がある。

 作業を観客に見られたくない場合は衝立で隠すから、事前に申請する。

 杖、棒、装備品等、魔法付与されたアイテムは使用不可。魔法刺繍が施されたローブも着用してはいけない。その他、能力に影響する装備は一切使用禁止。違反した場合は参加資格を取り消す。

 また、違反して受賞した場合は、発覚した時点で受賞自体を取り消し、順位は繰り上げとなる。


「じゃあ、このローブも着ていてはダメなのね。代わりを買おうかしら」

 皆に注目されながら作業するのよね。それなりの服装にしないと。魔法刺繍のないローブかな、ショートコートとかかな。

「……魔法作業用の衣装だし、こちらで用意するよ。近いうちに買いに行こうか」

 チラシを手に呟いていたら、後ろからエクヴァルに声を掛けられた。そうだわ、こういうのも経費になるよね!

「我と契約しておるのだ、そのようなものはいくらでも与えてやるわ」

 いつから聞いていたのか、ベリアルまで買うと主張する。家を買う時は自分も払うとは一切口にしなかったのに、他の人が言い出すと急に張り合い始めるのねえ。

 どちらを選んでも面倒そうね。

「自分で買います」

 これが一番かな。ただ、私の服のセンスはそんなに良くない。それが問題だわ。


「……あ、あの。私が……買うよ」

 エクヴァルの横で、リニが片手でエクヴァルのシャツの袖を掴み、もう片手で握りこぶしを作っていた。

「ありがとう、リニちゃん。自分で買うから、気を遣わなくて大丈夫よ」

「ううん……っ、イリヤのおうちに、住ませてもらっているし」

 必死に首を振るリニの肩を、応援するようにエクヴァルが手のひらで包む。

「エクヴァルのお仕事の関係だし、リニちゃんは積極的に家事もしてくれてるでしょ」

「でも、でも、いつも優しくしてくれて、嬉しいから。プ、プレゼント……したいの」

 リニがエクヴァルじゃなく、私にプレゼントをしたいと……!

 断わる理由はないわ!

「あり……」


「師匠、でしたら私が購入します!」

 唐突にセビリノまで加わった。よく分からないまま謎の競争心を燃やして、参加したのに違いない。知らない行列に並ぶタイプではないのにな。

「リニちゃんに買ってもらいます。これで決定!」

「くっ……! 出遅れたか!」

 何故かセビリノが、一番悔しがっていた。ベリアルは興味を無くして何処かへ行ってしまった。またガルグイユの指導かしら。

「ありがとう、一緒に選ぼう……ね」

「こちらこそありがとう」

 エクヴァルとリニが喜び合っているけど、服をプレゼントする方がこんなに喜ぶものなのかしら。私はチラシに視線を戻した。


 賞金の他に豪華賞品ありと書かれているので、まだ決まっていないみたい。協賛にはアウグスト公爵と、南トランチネルの名が載っていた。キースリング侯爵は商業ギルドと、上手く折り合いを付けられたのね。

 さて、忘れないうちにセビリノと商業ギルドへ行って、参加の申し込みをしなきゃね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る