第383話 フェン公国の梟雄!?

 盗賊のしんがりを務めた一団は、総崩れになっている。散り散りに逃げていた仲間も、すっかり士気がおとろえて次々と倒されていく。

 南はベリアルの炎にはばまれて引き返し、南東はセビリノの痺れを伴う黒い霧と、私の闇属性の矢を放つ魔法で、怪我をしたり体を動かしにくくなったりして、満足に動けないでいた。

 ノルサーヌスの兵は好機だとばかりに、ときの声を上げながら盗賊を追い詰める。

 セビリノは後方に降りて、回復魔法を使った後方支援に回った。私がいる木にベリアルがやってきたので、合流して盗賊の様子を眺める。

 一部は逃げ切れないと腹をくくって、死に物狂いで反撃に出ている。


「海洋よ凍りし大陸となれ、大地よ銀盤と化せ。甘き苛烈な毒、凛冽りんれつなる瘴霧しょうむよ針葉樹のいただきを渡り、永遠の寒さに閉ざされし夜の国より訪れよ……」


 どこからともなく、広域攻撃魔法の詠唱が耳に届く。盗賊側に魔導師がいたのだ。

 これは猛毒の効果を持つ絶対零度の霧を発生させ、ブリザードドラゴンさえ凍らせて殺す危険な魔法だわ!

 冷たい風が吹いて気温が下がり、どこからともなく白い霧が湧き上がってくる。

「お、おい! 俺達も範囲に入っちまう!!!」

「下がれ、当たると死ぬぞ!」

 盗賊まで慌てふためく。敵味方の関係なく、唱えてしまうつもりね! 効果範囲内では、混乱が起きている。

「隊長、どうしますか!??」

「範囲はどうなっている!? 急いで退避しろ、抜けられない者は集まってプロテクションや防御する魔法を! すぐに発動はしない、落ち着いて行動しろ!」


 個々に逃げ惑う盗賊と違い、兵は班でまとまって移動している。効果範囲の境界に近ければ外へ、中心付近だった人は中心部からは離れ、他の班と集まってプロテクションを唱える。

 しかしこの魔法は、通常のプロテクションだけでは防げないだろう。

 もっと強い防御魔法が必要だけれど、数カ所に分かれてしまったので今更どうにもできない。

「召喚師と広域攻撃魔法を唱えた人物は、別だったのね……!」

「阿呆。普通のごく一般的な月並みの人間は、専門分野があるではないかね。術者が二人いる可能性を考慮して当然である」


 私の独り言を拾い上げて、わざわざバカにしている。だが気にしている時間もない。

「防御魔法でかばいきれない場合は、発動前に術者を倒すのが一番なんですが、どこにいるのか……」

「最も守られている、頭目の近くであろう。我を敵に回して、安全な場所など存在せぬのだがね!」

「魔法が完成する前に、倒せますか?」

「造作もないことよ!!!」

 なんかやたらとニヤニヤして見下ろしてくるなぁ。戦いたくてウズウズしているのに違いないわ。狩りの始まりであるぞ!


「では同意しますので、お願いします」

「……軽くないかね」

 何やら不満げに飛び立っていった。同意が欲しかったのではないのかしら。

 ベリアルは契約上、私が攻撃されるか私の同意が得られなければ、人を殺せないのだ。なので同意を待っている思ったのですが。

 間もなく林の入り口で火の手が上がったが、詠唱はつっかえつつも続く。最初に狙った場所は、ハズレだったようだ。次の目的地に赤く燃える剣を持って、ベリアルが移動する。


「白き闇夜に、ひょ、氷結のしとねを、目覚めを知らぬ、眠りを与える」


 霧は濃くなり、寒さが増した。私は空中へ移動し、全体を見渡す。皆の意識が魔法に集中しているから、隠れていなくても狙われないだろう。

 後方支援に回っていたセビリノも飛んでくる。

「師匠、防御はどうされますか」

「ベリアル殿が術者を倒してくれるわ。そもそも魔法に気付くのが遅れてしまったのは、痛い失敗だわね。今からだと数人を助けるだけならともかく、防ぐのは不可能よ」

 術の効果範囲内でプロテクションを張った隊は、むしろその場で動けなくなっている。防御魔法は基本的に動かせないので、攻撃魔法に耐えられないと知っていても、今更どうしようもないのだ。


 ベリアルが数人で固まっている盗賊の前に立つと、盗賊達が一斉に斬り掛かかった。勿論いとも簡単に防ぎ、全員返り討ちにする。

「もらったぁ!」

 叫んで背後から突き出される槍を振り返りざまに掴み、押し返して尻餅をついた相手に火を浴びせた。

「うぎゃああっ……!」

「そなたらが守っている者が、この魔法を唱えておるのであるな!」

 ずかずかと進んで、木の前に立つ。木の背後に隠れているのかしら。

 矢が放たれ、二人が木の脇をすり抜けて攻撃してくる。矢はピタリと止まって地面に落ちた。二人は槍を繰り出す余裕もなく、ベリアルに斬られて倒れた。

 更にベリアルは一歩進み、剣で木を切り倒す。

 幹にすじを作ってぐらりと大きく揺れ、他の木に当たって弾かれて、轟音と振動とともに地面に転がった。

 その背後には、まさに術を完成させるところだった魔導師が。


「うう、くそ……。世界よ、沈黙に沈め! ブラン・フロワ・テ……てええええぇぇ!!!!!!!」


「詠唱を止めるなど、未熟の極みよ!」

「命の方が大事だ! く、効果が散る……! 荒野を彷徨う者を導く星よ、降り来たりませ!」

 攻撃魔法を中断した魔導師は、このに及んでプロテクションを唱えた。

 霧は四散して流れ、冷気を連れて晴れていく。地面をかなり冷たい空気が漂って、周囲の気温は元に戻っていった。

 ベリアルは尊大に笑いながら、唱え終わるのを待っている。その間に再び矢が放たれたが、途中で燃え尽きた。


「プロテクション!」


 魔法が唱え終わると、魔導師とベリアルをへだてる透明な壁が出来た。魔導師がホッとしたのも束の間、ベリアルが剣で切りつける。

 プロテクションの壁は簡単に破れ、パラパラと散って落ちる前に消えてしまった。

「嘘だろ……一発で……」

「次はどうするのかね?」

「……こ……降参します。命だけはお助けを……!!!」

 魔導師が平伏している。盗賊が山賊に襲われたような光景だ。

 広域攻撃魔法の発動も止められてしまい、盗賊達はすっかり戦意喪失して、抵抗が弱くなった。プロテクションを解除した兵が、すぐさま制圧に掛かる。

「もう逃げられないぞ! 一気に捕まえろ!!!」

「おお!!!」

 指揮官の号令に応じる声が、天までとどろく。


 これで大丈夫ね。どんどんと捕まり、縄で縛って繋いで連行される。

 私は飛んで集落へ戻った。セビリノと、ご機嫌なベリアルも一緒だ。

 集落では先に捕縛された召喚師を含む一団が、捕虜収容所に入っていた。争いが多いので作られているのだとか。外からはあまり民家と見分けが付かない。窓が高い場所にしかなく、扉を開けると廊下が左右に伸びて、狭い部屋が複数並んでいた。部屋は全て扉の代わりに鉄格子がある。

 五とう並ぶそこに、新たな住人が続々と到着。そのうち満室になりそうね。


「イリヤ嬢、終了したみたいだね」

「ええ、ほとんど片付いたわ。……リニちゃんは?」

「……お兄ちゃんの相手をしてくれてるよ」

「エリゴール様を喚んじゃったものねえ……。ベリアル殿も戻ったから、暴走はしないでしょう」

 さすがに仕える王の前で、おかしな真似はすまい。なけなしの自制心に期待するしかない。ちなみにベリアルはいつの間にか離れたので、きっとエリゴールのところだろう。

「師匠、参りました」

 用を済ませたセビリノが、エクヴァルとの会話に割って入った。私は魔導師と召喚師が来るのを待っていたのだ。

「じゃあ始めましょ」

「君達、今度は何をするの?」

「ちょっと指導をね」


 指揮官がまだ戻らないので、こちらの責任者に許可を取り、召喚師と魔導師を集会場へ連れてきてもらった。魔力を封じる枷をして、逃走防止の兵が三人ずつ付いている。

 すっかり項垂れて、逃げる気力も見受けられない。

 こちらは私とセビリノ、エクヴァル、それからノルサーヌスの魔法使いと隊長クラスの兵士も、見届ける為に同席する。


「えー、この度お集まり頂いたのは、今回の召喚と魔法についてお話があるからです」

「……どんな質問にも真摯しんしにお答えします」

 魔導師は諦めというより、自暴自棄な雰囲気を醸し出している。

「いえいえ。取り調べはノルサーヌスの方々のお仕事ですし、私どもから特別に質問などありません。ええと、まず召喚術について私から」

 床に膝を突いている二人は、軽く顔を見合わせた。

 私は立ったままだ。椅子を用意すれば良かった。とにかく続ける。

「座標を持ち歩く危険性は、十分理解して頂けたかと存じます。座標を毎回消すのは、自分以外も座標を目的地に設定できてしまうからです」


「滅多にないね。偶然近くにあった他の座標に召喚対象が現れた事例は、私が把握している限り、我が国では二例だけ。今回のように意図して行われた記録はないよ」

 エクヴァルが実際の例を伝える。私が宮廷魔導師見習いをしていた時には報告になかったので、それより前だわ。

「座標の管理も杜撰ずさんでしたし、旧軍事国家トランチネルでは召喚倫理も学ばれていないと伺っております。それについては、後ほどセビリノから説明があります」

 二人はポカンとしていて、後ろに立つ兵は表情を崩さない中にも、瞳に疑問を浮かべていた。


「召喚倫理……、確かにトランチネルでは教えていません」

 呟いて、召喚師が頷いた。彼自身も学んでいないのだろう。

「広域攻撃魔法についてですが。あの場面にしては、発動が遅すぎますね。精度を落としても、発動を早めるべきでした。そして攻撃が当たりもしていないのに、途中で詠唱を放棄してしまったのは、術者としてあるまじき失態ですね」

「うむ。師の仰るとおり、未熟だ」

 セビリノが同調する。彼の意見はないのか。

「悪魔が三人……」

 顔を引きつらせる魔導師。ベリアルとエリゴールとクローセル先生、貴族悪魔は三人いるものの、この場面では関係ない。しかし二人ともクローセル先生に会っていないのに、どこで三人だと思ったのかしら。


「イリヤ嬢が悪魔に数えられてる……」

 エクヴァルが顔を手で覆って背け、笑っている。

 もしかして、私とセビリノを悪魔の数に入れているの!?? あ、ベリアルにも詠唱を止めたのが未熟の極みと、同じことを言われたから? だって、そうなんだもの……。

「ええ、だって魔法は最後まで唱えないと意味が無いでしょ」

「いやいやいや、地獄の王を目前にして、しかも殺意を向けられても通常通り唱えられるのは、かなりの少数派だと思うよ」

 パイモン戦の話だろうか。アレは必死だからでして。自分の命がかかっていると思ったら、ガムシャラに唱えるものなのよ。

 ……エクヴァルは茶々を入れたくて同席しているの?


「……そうだ、この女性だ」

「どうした?」

 魔導師が突然震え始めた。大きく見開かれた瞳に、私が映る。

「トランチネルが召喚した地獄の王を、契約した悪魔と共に退けた魔導師では……!? フェン公国の梟雄きょうゆうだ!!!」

「梟雄って強くて残忍な、悪党の頭領とかに使う言葉よね!!???」

 私を梟雄扱い!? しかもフェン公国の!??

 情報が錯綜さくそうしている。覇気がなかった二人が青ざめて、脅えて震えている。なんだかな。

「ぷぷ、きょ、梟雄……! 梟雄だって……!」

 エクヴァルは笑いすぎて涙目になっていた。

「梟雄! さすが師匠、新たな二つ名ですな!」

「セビリノはこういう時だけ、何にでもノリが良すぎる!」

 梟雄の意味を理解しているのかしら。全く。


「では師匠に変わって、不肖ふしょうセビリノ・オーサ・アーレンスが、召喚倫理や規範について解説しよう」

 召喚倫理とは要するに、召喚対象との接し方や正しい契約について、高位の存在のぐうし方を説明し、危険を避ける為の知識なのだ。

 後ろに控える兵達は、顔を見合わせていた。

「……尋問じゃなかったんだな」

「講評とか指導とか、そんなのか?」

「てか、あの女性そんなヤバイん?」

「しっ! 口を慎め!!!」

 兵の軽口を、魔法使いが慌てて止める。怒りませんよ?


 セビリノは得意気に授業を続け、魔導師と召喚師はひたすら沈黙していた。兵士達まで、ヤバイものを見る目を私に向ける。

 ……なんだか居辛いなあ。

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