第382話 盗賊包囲網
セビリノに案内されて、廃墟になったトランチネルの集落を目指している、魔導師を含む一団の捜索に乗り出した。林の中を逃走中だという。
白虎に乗って地上を急ぐ、エクヴァルのすぐ上空を飛んでいる。
途中でノルサーヌスの兵士達を飛び越えた。彼らは魔導師を追う私達とは別に、林の脇の道を進んでいる。盗賊本体が東南東にあるトランチネル領の町に入るのを、阻止しようとしているのだ。
あちらの領地に入ってトランチネル兵と合流されたら、もう手出しは出来ない。
目の前には林。空からでは追いにくいので、木の幹の半分くらいの高さを飛ぶ。
後方では火の巨神族が炎に包まれて悲鳴を上げている。下っ端とはいえ、普通の人は熱くて入れない火の領域で暮らす巨神を、火で倒そうとは。ベリアルの意地を感じる。
「ねえエクヴァル、エリゴール様の
「勿論だけど……、召喚するの?」
「考えていることがあるの」
木を避けつつも速度を落とさずに走る白虎の背から、
「姿がないわね、奥まで進まれちゃったのかな」
「トランチネル領の集落はそこまで近くないから逃げ切れないだろうけど、一足先に進んでみるよ」
エクヴァルの白虎が速度を上げる。こういう場所は白虎の方が早いわね。木に注意しながら飛ぶのも、集中力が必要だわ。
エクヴァルの姿が見えなくなる前に、木々の間を走る一団の姿が、遠く目に入った。
白虎は左側に逸れて弓なりに遠回りし、敵の前に周りこむ。途中で一人が気付き、一団の足は遅くなった。人数は三十人に満たないくらい。
「まさか追っ手が、こんなに早く来るとは……」
「アレはただの巨人じゃないんだぞ! 集落を捨てたのか!?」
叫んでいるのが召喚師ね。火の巨神族を召喚したから、こちらには人員を割けないと踏んでいたみたい。
盗賊が剣を抜き、戦いに備える。私とセビリノは木の枝の上に立ち、エクヴァルが切り結ぶのを確認した。先頭に三人、続いて五人がエクヴァルに武器を向けている。
エクヴァルは白虎から飛び下りて最初の一人を倒し、槍を避けて懐に飛び込んで二人目を撃破、続いて槍を奪って振り向き様に投げつけ、怯んだ三人めを斬り伏せた。
あっという間に三人が地面に倒れた。
白虎はエクヴァルと別れてから、そのまま少し離れた五人へ突っ込んだ。突進して一人を倒し、爪で引っ掻き、咆哮をあげる。斧をかわしたが、横に回って突き出された槍を避けきれず、脇腹に小さな傷を作った。
召喚師の周囲は五人の盗賊が囲み、守っている。一人が私達に気付き、腕を伸ばして指を差した。
「魔導師だ、魔導師もいる! 気を付けろ!」
「先手必勝だ、いくぜ。……一路に向かいて標的を貫け! アイスランサー!」
魔法を使うのね、盗賊の一人がアイスランサーを唱えた。別の男性は矢を
「……我を脅かす悪意より、災いより、我を守り給え。プロテクション!」
魔法も矢も、セビリノがプロテクションで簡単に防ぐ。
盗賊の奮闘に隠れて、ついに召喚師は慌てて座標を出した。
「落ち着け、落ち着かないと……。大きな召喚をした後だからな。人数で勝っているが、白虎は厄介だ」
呼吸を整えて、召喚を始めようとしている。
今だわ!
私はエリゴールの
「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ
召喚のポイントを、召喚師が持っている座標に合わせて。
座標からは橙色の光が溢れ、火が踊るように湧き上がった。周囲がオレンジ色に照らされる。
「どういうことだ、召喚が終わっていないのに反応がある!!!」
「失敗か!??」
「分からん、こんなことは初めてだ……!」
召喚師が地面に敷いた座標から離れ、守っていた仲間が振り向く。
座標は、自分が書いたものでなければならないワケではない。
他の人が用意してもいいのだ。使われている文字や模様は、ネズミ小悪魔から分かる範囲で教えてもらった。
なので私は召喚師が座標を用意するタイミングを待ち、そこにエリゴールを召喚したわけである。
つまり、座標を持ち歩くと、自分の陣営に敵を送り込まれる可能性があるのだ。
身を守る魔法円ならばともかく、座標は通常は必要な時に地面に書いて、必ず消すのが決まりなのはこの為だ。これをトランチネルは教えていなかった、というわけで。身をもって危険性を学ぶハメになったわね。
はい、地獄の公爵が異界の門をお通りです。
座標から燃え上がった炎が人の形になり、漆黒の鎧を身に纏った男性悪魔、ベリアルの配下の公爵エリゴールが現れた。
召喚師は尻餅をついて、驚愕の表情で背の高いエリゴールを見上げている。
「と、どんでもない階級の悪魔だ……」
「おいイリヤ、なんでそんな場所にいるんだ? こいつらは何だ?」
唐突に敵陣の真ん中に召喚され、状況を把握出来ないでいるエリゴール。それもそうだ、事前の打ち合わせもしていないんだもの。
「彼らが召喚した火の巨神族と、ベリアル殿が戦闘中です。逃がさないでください、私はここに避難していますんで」
「閣下の敵か、任せろ! リニー、お兄ちゃんの雄姿を見てろよ~! ……リニ? リニ? マイスイート
張り切ったと思ったら、リニの名を呼んで途端にキョロキョロと情けない姿を晒す。私達がいる木の枝の辺り、エクヴァルと白虎など、周囲に視線を巡らせる。
「リニちゃんは避難していますよ。後で会えますから」
「秒で終わらせる」
逃げようとしている召喚師の襟首を掴んで捕え、魔力を籠めて近くにいた兵を殴り飛ばした。盗賊は吹っ飛んで地面に倒れたまま、ピクリとも動かない。生きているかしら……?
召喚師を護衛していた五人のうち残り四人も、武器を構えてはいるものの動けないでいた。
エクヴァルの方もほとんど倒し終わり、最後の一人に白虎が跳びかかった。
盗賊は慌ててしゃがんで避け、白虎がすぐ上を通り過ぎる。再び立ち上がったところで、エクヴァルの剣が首元に付けられた。
「はい残念、周囲の確認を怠ったね」
「無理だろコレ……」
武器を捨て、両手を挙げて投降する盗賊。残っていた四人もそれに習って、武器を投げた。
全員が戦意喪失で、縛るまでもなく逃げる意思も持っていない。集落まで歩いて移動してもらう。気を失った人は仲間が抱えていた。
先頭に私とセビリノとエリゴール、後ろからはエクヴァルと白虎が見張っている。
「逃げたら噛み殺していいって、白虎に命令してあるからね」
「ゴゥアアァ!」
低い声で唸る白虎に、全員が震えて肩を竦ませた。脅さなくても逃げないだろうに。
「師匠、実験は大成功ですな!」
セビリノはこの場にそぐわない、興奮気味の笑顔で声を張る。
「これも国に報告するの?」
「勿論です。全く無関係の人物の座標に貴族悪魔を召喚した例など、ないでしょう」
「小悪魔くらいなら、ありそうよねぇ」
小悪魔は印章がないから、逆に難しいかしら。考えていたら、エリゴールが話し掛けてきた。
「……タチの悪い実験をしてるな、イリヤ」
「何を
「さすが閣下の契約者だ」
どおん、と大きな音がして地面が揺れた。火の巨神が倒されたのだ。紅蓮の火柱が上がり、ふははははと楽しげな高笑いが響いている。
「まさか、アレは火の巨神族だぞ……。どうして燃えているんだ。火属性で倒したのか?」
召喚師が顔面蒼白で震える。ベリアルが目にしたら喜びそうな反応だわ。
林を抜け、集落への道を辿る。倒れた巨神族の体が見えるわ。
「本体を追った方は無事だったかしら」
「全てを捕縛するのは無理でしょう。頭目と宝石を持ち出した者だけは、意地でも捕えてほしいものですな」
セビリノが答える。エクヴァルは最後尾にいるので、聞こえていない。
「応援に行った方がいいかな?」
「師匠が協力されれば、ネズミ一匹逃がさないでしょう」
「今回ネズミは味方だよ」
とはいえ、宝石を持ち出されたら困るわね。指揮官の反応からして、いい宝石がありそうだし。
私は南下して、盗賊本隊に対応する部隊を上空から援護することにした。
「コイツらは俺が見とく。行ってこいよ」
「道案内は私に任せて」
エクヴァルと白虎、それからエリゴールは集落へ向かう。
私はセビリノと南下した。意外と敵は進んでおらず、既に戦闘が始まっている。いったん集落へ向かうフリをしたから、その分のロスがあるんだろうな。
ただ、盗賊のしんがりに阻まれ、頭目との距離は少し開いてしまっている。
盗賊の先頭はだんだんと広がっていき、捕まえにくくなっていく。
「私が魔法を唱えましょう」
セビリノが私の前に進み、盗賊が兵をかく乱させる為に入り込まんとしている林の、入り口の木の枝に立った。
逃げる盗賊達の先を見据えて、大きく息を吸う。
「まがき輝きを放ちたる
セビリノが得意な闇属性魔法で、黒い霧を発生させて視界を塞ぎ、痺れなどをもたらせて動きを阻害する効果を持つ。足止めにちょうどいい。
盗賊は突然現れた霧に慌てふためき、ざわざわとしている。
「何だこの霧……!? 体が動かねえ」
「魔導師がいるのか? プロテクションを唱えろ!」
この魔法の効果が発揮されてから防御魔法を唱えても、遅いのだ。
これから使う魔法には有効だけどね!
「望むは有明の月、満ちては欠ける美しき神秘。星を従える麗しき佳人よ、
中空から無数の黒い矢を放つ魔法を、セビリノの霧が晴れないうちに唱える。
私の詠唱が耳に入ったのか、盗賊の誰かが急いでプロテクションの防御を張った。ガガガッと黒い矢が当たり、数本目で破れてしまった。
「ふざけんな、簡単に壊されてるじゃねえか!」
「霧のせいで魔法も使いにくいんだよ……! そうでなくとも、防ぎきれない! ノルサーヌスが最高ランクの魔導師を用意したんだ!!!」
「誰だよ、南と条約を結ぶまでは北とも揉めたくないから、追撃は甘いって言ったのは!」
思うように動けなくて苛立つのか、いがみ合っているわね。矢が当たった人の、悲鳴も聞こえる。霧は徐々に晴れて、少しずつ全容が
霧から逃れた一部が、迂回して先へ進んでいた。次はそちらにアースウォールで土の壁を作り、妨害しよう。木の枝から飛ぼうとしたら、上空を何かが追い越した。
鳥だ、ドラゴンだ、いや地獄の王だ!
盗賊の行く手を阻むように、火の壁が湧き上がる。
「熱っ、今度は火かよ!!!」
「ふはははは! 我の火を越えられたのならば、見逃そうではないかね!」
さすがに誰一人、火に近付かない。
その間にノルサーヌスの兵が追い付き、破れかぶれになった盗賊を斬り伏せた。
「左右に回れ、一人も逃すな!!!」
指揮官の号令に、兵が盗賊を包囲するような動きをとる。
あと一息で制圧できそう!
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