第381話 戦闘開始!

 クローセル先生と合流して、襲撃により絶賛封鎖中のノルサーヌス帝国の鉱山へとやってきた。指揮官に話を聞きに来たところ、ちょうどネズミに変身する小悪魔が報告にやってきた。

 盗賊の動向を探っていた小悪魔の報告によると、旧軍事国家トランチネルの魔導師が盗賊団に加わっているという。しかも召喚用の座標まで持ち歩いているとか。小悪魔の報告は更に続いた。


「集落を落とせなかったから、宝石を奪えるだけ持って、早々そうに逃げる予定だそうで」

 “そう”が一回多い。ベリアルとクローセル先生がいる緊張からか、先程から小悪魔の言葉がところどころおかしい。

 小悪魔の報告に、指揮官の表情が険しくなる。

「そうか……、まだ援軍が到着しないが、猶予はないな。作業小屋には、研磨している宝石が置いてある。あれらを奪われるのは大きな損失だ」

「確か、早ければ今晩中にトランチネル側へ逃げる推定だそうで。国境を越えれば、逃がしてもらえる段取りになっているとか、いないとか」

 推定ではなく、予定では。


 それにしても、盗賊が逃げ出すギリギリに間に合ったわけね。これは神の思し召し……ではなく、魔王の執念に違いない。素知らぬ様子で聞いているベリアルの顔色を、クローセル先生がチラチラと窺っている。

「ねえエクヴァル、トランチネルが盗賊をかくまうの? トランチネルは関係ないんじゃなかったの?」

 私は小声で、斜め後ろに立っているエクヴァルに質問をした。リニがエクヴァルの後ろで小さく頷いている。

「国家としては、関係ないって意味じゃないかな。貴族や軍の関係者が、見返りをもらって個人的に逃がすんだろうね」

「逃亡など、望むところ! あちらが唱えた広域攻撃魔法以上の範囲と威力をもって殲滅し、我が師との格の違いを見せつけてやりましょう!」

「見せつけないよ」

 またセビリノに、おかしなスイッチが入ったわ。エクヴァルとノルサーヌスの人に怒られるわよ。


「クローセル様……、失礼ですがそちらの方々は?」

 指揮官が怪訝な眼差しで尋ねる。

 ネズミ小悪魔が一緒に入ってきて報告が始まってしまったから、私達の自己紹介はまだだったわ。

「私が世話になっているお方と、その契約者でな。イリヤはクリスティン以前の私の生徒で、クリスティンよりもよほど優秀だぞい」

 先生から優秀と紹介されると、照れるわね。

 ただ申し訳ないが、先生の現在の契約者であるクリスティンは、そんなに優秀には思えない。


しかり。我が師イリヤ様は、魔法、召喚術、魔法アイテム作製、全てにおいて秀でた、他の追随ついずいを許さぬお方! 崖に作られたベンヌ鳥の巣のごとく、容易に届かぬ才能をお持ちなのだ!」

 セビリノはやはり乗ったが、相変わらず例えがよく分からない。大きな鳥の巣のようだと言われても嬉しくないし、凄いとも感じない。

「……イリヤは個性的な弟子を持ったのう」

 クローセル先生も困惑しているわ。ベリアルと違って真面目なので、セビリノを面白がったりもしない。


「……広域攻撃魔法の使用は、遠慮して頂きたいのですが。とにかく迅速に対策を考えねばなりません。宝石を持ち逃げされてしまうと、大きな損失です」

「トランチネル側に逃げるのでしたら、東に向かいますね。そちらの守備を強化しておきましょう」

 指揮官の隣にいる副官の男性が、地図を確認している。

 東側はなだらかな丘陵が広がっている。背の低い木々があるものの、大勢で逃亡するには目立ちそう。爵位のある悪魔を召喚して、しんがりを勤めてもらうつもりかしら。

 まだ召喚はしていない様子。

 私達はどうすればいいか相談しようかと口を開きかけたところ、外でバタバタと慌ただしい足音がした。


 すぐさま扉が開き、男性が息を切らして駆け込んだ。

「盗賊に動きがありました! 一部がこちらへ向かっています!」

 あれ、トランチネルへ逃げるんじゃなかったの? 副官の男性は慌てて地図に顔を近付けて覗き込んだが、他の皆は落ち着いている。

「陽動じゃないかな? 一部がこちらへ攻めると思わせて、その間にトランチネルへ本隊は逃げる。……もしかすると、素振りだけで攻めても来ないかもね」

 エクヴァルが当たり前のように説明してくれた。指揮官も同じ意見のようで、神妙に頷いている。

「私も同意見だ。守りに集中させ、追跡を遅らせるつもりだろう。……ただ、再び広域攻撃魔法を唱える可能性もある。最低限の守りは必要だ」

 どの程度の戦力を残すかが難しいところね。

 報告をした人は、黙って指揮官の判断を待っている。


「前回使用されたのは、どのような魔法でしたか?」

 私は魔法について尋ねた。

「国の魔法部門に問い合わせたところ、吹雪の軍勢の魔法、グロス・トゥルビヨン・ドゥ・ネージュの可能性が高い、との返答でした。広域攻撃魔法に詳しい魔導師が派遣される筈なのですが、まだ到着していません。……誰が行くかで揉めているかも知れませんね」

 危険だから行きたくないのね。チェンカスラーのバラハが防衛都市に配属されたのも、他の魔導師が行きたがらずに庶民である彼にお鉢が回ってきたらしいし、そんなものなのかも。


「魔物討伐に最適な、かなり殺傷能力の高い魔法です。よく皆様ご無事で」

 室内にいても、防御しなければ致死率の高い魔法だわ。凍っちゃうんだもの。

「相手は知識はあっても、実力不足だったのかも知れませんね」

「全くです、師匠であれば確実に殲滅させていたでしょう。集落の人間が生き残れるなど、未熟としかいいようがありませぬ」

 セビリノが襲撃した側の立場で、発言をするんですが。私は集落に広域攻撃魔法で襲いかかる趣味はない。


 副官が苦笑いをする。敵が未熟でも助かるだけ。 

「発動まで時間を有したことも幸いしたのでは。集落には魔法付与の職人もいて、納品前の魔力増強や防御の護符を使わせてくれました。それらは全て壊れてしまいましたがね」

 この集落には、魔法アイテムの職人も住んでいるのね。足りない分をそれでおぎなったワケか。

「魔法部隊は集落に必要か……」

「集落の防衛は、私どもにお任せください」

 指揮官が兵の配分に悩んでいるので、こちらは引き受けると申し出た。広域攻撃魔法を使おうが、悪魔が召喚されようが、対処できる自信がある。

「ではプロテクションを使う部隊を配置しよう」

「いえ、必要ありません。いざとなったらクロワ・チュテレールを唱えますので、数人でプロテクションを唱えるよりも確実に防御できます」


 指揮官は私の言葉を聞いて、魔導師に視線を投げた。ネズミ小悪魔が側にいるから、彼の契約者ね。

「そうなのか?」

「はい、これは国の最高峰の魔導師しか使えないような防御魔法ですよ! さすがクローセル様の知己ちきの方、魔法に関してはお任せして問題ないでしょう」

 興奮気味に答える魔導師。きっと彼も使えないのね。

「ほほ、ここは任せて出国させないようにすべきだの」

「申し訳ありません、クローセル様。お言葉に甘えてここはお任せし、我らはすぐに出陣します!」

 指揮官は立ち上がり、自分が指揮を執るからと、別の将に本陣を任せた。


 すぐに部隊を整えて出発しようと騎乗した時、今度は白いネズミが転がり込んできた。

「チューーー!!! 召喚師が動いたわ、召喚するわよ!」

 ネズミは女の子の姿になった。耳が尖っていて、薄い金色の髪をポニーテールにしている。服は普通の村娘っぽいワンピースだわ。

「一足遅かったの。もう見えておるわい」

 クローセル先生が示す先には、岩山を見下ろす巨人の姿が。

 いつのまにか日暮れになっていて、赤く燃える太陽と同じ色の炎を、巨人がその手に纏っていた。


「気を引くのならば、巨体はうってつけであるな」

「どうやら火の巨神族でありますな」

 ベリアルとクローセル先生が、巨神族を値踏みしている。楽しく戦える相手かどうか、気になっているのはそこだろう。お眼鏡に適ったようだわ。

「広域攻撃魔法ではなく、巨人の召喚か……! なるほど陽動らしい選択だ。クローセル様、我々は予定通りに出発していいのでしょうか」

「巨神でも広域の魔法でも、相手にもならぬわい。疑うような発言は不愉快だぞい」

「し、失礼しました。全軍、出陣する! 敵はトランチネルに逃亡を計画している、必ず阻止せよ。巨人の動向に注意を払いながら進め!」

 指揮官の号令に、返事の代わりにザッと靴の踵を合わせる音が響いた。

 全軍といってもそんなに多くはなく、二個中隊ほどで、ここに残るのは二個小隊。


 クローセル先生はリニやネズミ小悪魔二人と集落に残り、私とベリアル、セビリノが飛んで、エクヴァルは久々に白虎を召喚して乗って移動する。キュイも目立ちすぎるので、お残り。呼べばすぐに来られるように、待機している。

 巨神はドスンと大きな足音を立てて進む。特に契約をしている様子もなく、放って逃げた感じかな。近くに人影はなかった。

 さほど時間は経過していないので、そんなに離れてはいないだろう。

 まずは巨神退治! ベリアルに反応しないし、言葉を発するでもない。知能が低そうなので、巨神の中ではランクが低い方ではないかな。


「炎よ、濁流の如く押し寄せよ。我は炎の王、ベリアル! 灼熱より鍛えし我が剣よ、顕現せよ!」


 ベリアルが宣言を使い、黒く輝く剣を出現させて構えた。

 大きく腕を振り上げ、巨神が中空のベリアルを叩き落とそうとする。後ろに下がってかわし、火を出して巨神にぶつけた。巨神は軽く体を振ったが、あまりダメージを受けた様子はない。

 お返しと言わんばかりに片手に火を宿し、ベリアルに放つ。蛇のように長く、蛇行してベリアルを包み込む。

「ふはははは、火の領域ムスペルヘイムの炎は、この程度のものかね!」

 火の中から抜け出し、ベリアルの体を握ろうとした巨神の腕を避けながら前へと飛び、剣で胸に斬り付けた。

「ぎぎゃあ、うおおォ!!!」

 巨神は両手に炎を帯びて、ベリアルを掴もうと躍起になっている。

 斬られた痛みから逃れようと足踏みするようにバタバタとしているので、地面が軽く揺れているよ。


「師匠、魔導師達を発見致しました。トランチネル側の廃墟となった集落を目指しております」

 周辺を探っていたセビリノが戻った。

 トランチネルが鉱山を所有していた時の集落が、東の林の付近にある。ただ、既に誰も住まなくなって久しいらしい。どうやらそこへ逃げ込むようだわ。

「……集落は最近人の出入りがあると確認されているから、思うに彼らは、ここでトランチネルの部隊と落ち合うんだね」

 国とは無関係と問い合わせを突っぱねられたからといって、他国の領地で捕り物をするわけにはいかない。

 指揮官としては合流する前に叩き潰したいので、本体は指揮官が自ら指揮をしていた。


 飛んでいけば、合流に間に合うかも知れない。巨神はベリアルの獲物なので、私達は任せて魔導師の追跡をすることにした。 

 ベリアル風にいうのなら、狩りの時間よね!

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