第380話 クローセル先生と合流

 来客は帰り、私達が出発する時がきた。

 いざいかん、飛行魔法に相応しいサファイアを求めて。

 ちなみにティルザにはセビリノが魔導書をサラッと書いて、軽く指導をした。いない間に、浮く練習をすると張り切っていたそうだ。

 モレラート女史が監督してくれるという話だから、問題はないだろう。これを機に、モレラート先生の弟子であるカミーユと一緒に練習するんだって。


「キュイ、キュイ、ノルサーヌス帝国だよ。よろしくね」

 ワイバーンのキュイが、リニに撫でてもらおうと頭を低くして差し出している。

 キュイは元々が野生だから、普段は近くの森とかで寝て、食事も勝手に調達している。世話のかからないペットなのだ。

 ……ペットでいいのかしら?

「キュインキュイン!」

 リニとは仲良しで、かなり意志疎通をしているわよね。羨ましいな、私も何か出来ないかな。

「……キュイ、おすわり!」

 試しに命令してみたが、首を傾げるだけだった。

「ええと、ええと、キュイ、おすわりはこう、だよ」

 不思議そうにするキュイに、リニが手を前に出して上から下に二回ほど振り、膝を抱えてしゃがんでみせた。


「キュイイィ?」

 キュイもリニの真似をして、膝を曲げて軽く伏せる。キュイがおすわりした!

「上手、上手!」

 立ち上がって、キュイを撫でるリニ。ひとしきり撫でたら、キュイとリニが私へ視線を向けた。

「……おすわり」

「キュウイィ!」

 キュイとリニが同時にしゃがむ。楽しそうだなぁ。リニの尻尾が揺れているよ。

「……うん。そろそろ出発しようか、リニ」

「エクヴァル、……キュイと遊んじゃった」

 満面の笑みで、エクヴァルに手伝ってもらってキュイに乗る。


「全く、待っておられんわ」

 二人の準備が整う前に、ベリアルが飛び立ってしまう。黙って待っていたんだから、余計な発言をしなければいいのに。

「あ、王様、待たせちゃった。怒ったかなあ……」

 不機嫌な顔をするから、リニが心配しちゃってるわ。怒ってないわよ、いつもの怖い顔よ。誤解を解かなくちゃ。

「ベリアル殿もキュイと遊びたかったのよ。後でおすわりを、させてあげましょう」

 私が言うと、リニは元気いっぱいに頷いた。

「キュイはお利口だから、できるよね」

「キュイキュウ」

「遊びたくなどないわ!!!」

 わざわざ振り替えって怒鳴っている。悪魔だけに地獄耳だわ。

 ベリアルはすぐに前に向き直り、ノルサーヌス帝国に向かって飛び続けた。


 ノルサーヌス帝国はチェンカスラー王国よりもよほど広い国土のわりに、人口は多くない。何もない平原が続き、小さな集落がぽつぽつとある。

 クローセル先生とどう合流するのかな、と考えていたら、ベリアルが唐突に魔力を放った。キュイが驚いて回避するような動きをみせる。反対側から飛んできた尾の長い鳥も、ケエエンと鳴き声をあげて方向転換していた。


 間もなくベリアルの魔力を感知して、グレーの髪で黒いコートを着た悪魔、クローセル先生が飛び出してきた。子供の頃、私に色々と指導をしてくれた侯爵級悪魔で、ベリアルの配下。

 そして今はノルサーヌス帝国の魔導師、クリスティンと契約者して、帝国に滞在している。

「閣下、ようこそいらっしゃいました」

「鉱山へ案内せよ。イリヤがサファイアを所望しておる」

「はあ、鉱山は」

 しー、しー! 黙って帝都に行きましょう!

 私は内緒にしてもらおうと、口の真ん中で人差し指を立てた。クローセル先生は言わないでほしいというジェスチャーに気付き、笑顔で頷く。

「……鉱山は襲撃があり、現在は封鎖されております」

 サラリとバラされた。ベリアルの配下だもんね、ベリアルが喜びそうな情報を内緒にはしてくれないよね……。


「ほう、襲撃とな! それは愉快、すぐに参ろうぞ!」

「はっ、ご案内致します」

 想像通り、ベリアルはとても乗り気だ。移動しながら詳細を教えてもらった。

「今回は唐突に広域攻撃魔法を唱えられたので、当初は北トランチネルの進攻を疑われましたが、北は預かり知らぬと返答してきたそうで御座います。どうやらトランチネル時代に逃亡した魔導師が野盗に加わったようだ、と

の結論です」


 なるほど。続いて私が質問しようとする前に、エクヴァルが口を開いた。

「それならば、戦争に突入する可能性は限りなく低いですな。野盗の規模や、被害状況はどの程度把握されておりますか?」

「それがの、最初に坑道や周辺の建物を奪われてしまっての。しかも相手は広域攻撃魔法だけではなく、悪魔とも契約をしておるというので、迂闊に近寄れんでおるのだぞい。野盗もなかなかの規模で、手練れのようだの」

 現時点では膠着状態なのね。

 それにしても、クローセル先生は討伐に備えなくていいのかしら。

「クローセル先生よりも、爵位が上の悪魔なのでしょうか?」

「知らんぞい。常時の契約ではないようで、まだ現れてもおらぬから爵位は不明。そもそも私の契約には含まれない内容での、力を貸す義理はないのだぞい」


 さらっと討伐の協力を否定する。爵位のある悪魔が国の機関に所属する人間と契約していれば、国全体を守ってくれそうに思えるが、契約にない仕事をするかは契約した本人の気持ち次第なのだ。

 クリスティンはまだまだ、そこまでの信頼関係を気付けていないのねえ。

 私には親切だったけど、今思えば主であるベリアルの契約者だから、当然といえば当然だった。だいたい悪いことは先生の責任にされただろうし、慎重にもなるわね。


 敵から不審に思われないよう、飛ぶ高度を下げた。

 道を兵の一団が移動している。鉱山の応援で、後方には荷車や、荷物を積んだ真っ白い牛がついてきていた。食料なんかの補給かな。

 一団のうちの数人が飛んでいる私達を発見して指を差し、見上げながら別の人に報告する。報告された人はクローセル先生の姿を認めると、頭を下げていた。


 鉱山は山脈から少し離れた、岩や砂の台地にあった。

 麓には大きな町があり、柵で囲まれた鉱山へのルートは町の裏門からと、砦からに限定されている。トランチネル側も山に砦を構えているそうだが、現在は維持する余力もなく、放置された状態らしい。事態が起こった後に確認されたが、使用の痕跡は確認されなかった。

 鉱山の近くに小さな集落があるが、そこは奪われていない。奪われたのは、鉱山と作業小屋のみ。

 私達はクローセル先生の案内で、町を飛び越えて集落へ向かった。町は空から見ても物々しい雰囲気で、警備の兵や冒険者が巡回し、見張りが数人組で鉱山方面を監視している。


「さて、集落に今回の指揮をしている者がおるであろうから、最新の情報を聞き出さねばの」

 小さな家の集まった集落では既に一般人の避難が完了していて、兵士や冒険者の姿しかなかった。広域攻撃魔法を使われたにしては、周囲にそれらしい痕跡はあまり見受けられない。しっかりと防げたんだろう。

「ここの責任者はどこかの」

「クローセル様! こちらの集会所です。援軍ですか!?」

 クローセル先生が声を掛けると、兵士が安心した表情になった。

 広域攻撃魔法の使用に加え、位の高い悪魔と契約している可能性まである。かなりの緊張感があったみたい。


「援軍というかのぅ……」

 答えにくそうにするクローセル先生。ベリアルの紹介が難しいわね、魔法会議に参加した人なら大体は知っているんだろうけど。

「あれがノルサーヌス帝国の侯爵悪魔かぁ」

「しっ、あれなんて言うもんじゃないわよ」

 冒険者がこちらをチラチラと盗み見ながら、噂話をしている。後ろから帝国兵が肩を叩いた。


「それどころじゃないぞ。あの赤い悪魔、俺がトランチネルの地獄の王の偵察をしていたら、王と戦いを始めた悪魔だ。侯爵様より偉いよ、きっと。ただ、とんでもない魔力で森にぶっ飛ばされたから、これは本格的にヤバイと危険を感じて、俺達は避難しちゃったんだ。その後わりとすぐ、決着が着いたみたいなんだよね」

 わあ、この帝国の斥候さんはベリアルが押されている場面だけ確認して、国へ帰っちゃったんだ。パイモン戦の、一番いい場面を見逃したのね。とはいえ離脱するのも仕方ないし、判断としては間違いでもない。

 全部耳に入っているベリアルは、苦虫を潰したような顔をしている。今回こそは我の凄さを見せつけるつもりなんだろう。もう誰にも止められない。


「……ゴホン」

 クローセル先生が咳払いをすると、噂話をしていた面々は気まずそうにして、三々五々に散っていった。

「こ、こちらです。現在は敵方に目立った動きなし、坑道近くの作業小屋から、我々を監視しています。奥ではどうやら、結構な人数がいるようです」

 集会所は近くにあり、前には兵士が数名、槍を持って警備していた。案内してくれた兵が私達の来訪を告げると、入ってくださいと奥から声がした。


 玄関を開けたところで、 ネズミが勢いよく足元を走って、先に中へ転がり込んだ。一目散に廊下の右側にある、指揮官がいる窓のない小部屋へ向かった。そして小悪魔の姿になる。

「確認してきたー! 悪魔はまだ召喚前、宴会してる! 話からして、トランチネルの魔導師をむかえて、二つの盗賊団が合流してる。なんか、たくさん人いた。あとぉ、おかしなことに」

 そこまで言い掛けて、不意に振り向いた。リニと同年代の男の子で、短い白っぽい髪に、一対の曲がった角。羽はない。

 彼の瞳には地獄の王と侯爵が映っている。

 驚愕で大きく口を開き、即座に土下座した。


「うわわたったらったー! お偉い方がいらっしゃると気が付かず、失礼ふんずかまりました!!!」

 驚きすぎて言葉がおかしい。

 興味なさそうに見下ろしているベリアル。

 指揮官は一瞬目を見張ったが、すぐに目元を緩めて、クローセル先生に目礼した。隣にいるローブの人物だけ、ベリアルに気付いてギョッして焦っている。

「さっさと続きを申せ。おかしなこととは何だね」


「は、はい。あの、魔導師が、座標を書いた紙を持ち歩いているんでげす。この世界に来て、そんなのは初体験でございましてなどなど」

 などなど。特に必要のない語尾まで。面白いので、もっと喋ってほしい。

 ……って、座標?

 いや、言葉遣いどころではないわ。座標を持ち歩いているの? 魔法円ならともかく、普通の魔導師や召喚師はそんな真似はしない。これには明確な理由があるのだ。

 そうだったわ、トランチネルは召喚倫理とか規範とか、強さに関係のない内容は教えないどころか破棄していたんだっけ。その魔導師は、本当に知らずにやっているのね……!


 これは面白い実験が出来る予感!!!

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