第302話 エリーとメアリ

 エリーを地下室で無事に発見して、私達は玄関の外へ出た。外ではアナベルの部下で作戦の実行責任者、マルコス・デル・オルモが指揮を執っていた。

 救出された私達を門の外まで送らせて、親衛隊と第二騎士団、それぞれの一つの班に守らせる。移動する馬車がもうすぐ着くから、ここで待つようにと言われた。

 すぐ近くで守ってくれるのは、女性の親衛隊員だ。被害者が全員女性なので、同性になるよう配置してくれていた。


「ここならば安全であるな。小娘、大人しく守られておれよ」

「ベリアル殿は中へ行かれるんですか?」

「仕事ぶりでも見てやるかね」

「注意された通り、燃やさないでくださいよ。無関係の使用人もいるんですから」

「せぬわ!」

 ベリアルはそのまま空を飛び、屋根を越えた。外から屋敷の中を覗くみたい。犯人は地下室にはいなかった。普通に部屋にいるなら、確かに窓の外は特等席だ。 

 

 私はエリーを宥めるように手を握って、馬車の到着を待った。

 しばらくして四頭立て八人乗りの立派な馬車がやって来た。乗ってみると、クッションが柔らかくて座り心地がいい。これなら移動も少しは楽だろう。

 人員を割けないので、動くのは容疑者を捕まえてからだ。

 私達は静かに解決するのを待っていた。


「容疑者ヴェイセル・アンスガル・ラルセンの身柄を確保!!!」


 その報は、別荘の裏手からもたらされた。

 外へ逃げたのね。魔力が流れてきたし、ベリアルも何かしたんだろう。悪魔は外にいたんだから、逃げなければ怖い目を見ないで済んだのに。自業自得だわ!

 あとはキツい取り調べを受けて、しっかりした判決が下りますように。

「お姉ちゃん、悪い人が捕まったんだね。これでもう、大丈夫だよね」

「そうよ。いくら貴族でも、絶対に許されないわ。しっかり裁判して重い罰を受けてもらわなきゃ!」

「でも……、貴族が平民に悪さをしても、大した罪にはならないんじゃないですか……?」

 女性の一人が、恐る恐る尋ねる。

 護衛として一緒に乗っている親衛隊の女性が、首を横に振った。


「安心して、絶対に償わせるわ。まずは被害の全容を掴むのが大事だから、時間は掛かるかも知れない。殿下なら侯爵家に対しても、厳しい対応をしてくださいます!」

「本当です! 絶対に許せません!!!」

 私も思わず力が入る。女性はまだ不安が払しょくできない様子だ。

「報復とか、されない……ですよね……?」

「……念の為、すぐに侯爵領から離れるの。町には侯爵の兵がいるし。希望があればしばらくの間、家に親衛隊から警備を回すわね」

「ありがとうございます……」


 これからの予定が説明される。

 まずはラルセン侯爵領から離れる。戦闘が終わったので、こちらに護衛の人員を割けるようになった。侯爵領ではない町で、事情聴取に協力してもらう。

 この家には国軍から派兵し、封鎖する。

 犯罪に加担していない使用人達も、しばらくは外へ出られない。ヴェイセルを助けようとする貴族がいるかも知れないので、別荘に何日いるか、この後どのルートでどこへ身柄を移送するかは全て秘密。

 冒険者達には国軍の兵が到着するまで、念の為に包囲に協力してもらっておく。諦めが悪かったみたいだもんねえ……。


 ベリアルも戻って来た。

 文句を言わないので、それなりに楽しめたに違いない。

 親衛隊はほとんどここに残り、一隊と第二騎士団の半数に守られて馬車が動き出す。家族が心配しているだろうから、彼女達の家を聞き、低ランクの冒険者が救出したと知らせに走った。

 エリー達には十分な食事がなかったので、パンや軽食が用意されていた。

「移動しながらだから、こんなものでごめんなさいね。町に着いたらちゃんとした食事を用意するわ。それから着替えと、他に必要なものはある?」

「特には……」

 やっと地下室から出たばかりだし、すぐには思い付かないよね。


 馬車が町に着く頃には、少しずつ明るい雰囲気になっていった。

 ちなみにこの馬車は女性だけなので、ベリアルは前を走る別の馬車に乗っている。ここで貴族っぽい彼がいたら、皆の気が休まらないもの。連れ立つ馬車の中で一番いい馬車がこれなので文句を言ってたけど、どうせいつものことなのだ。


「パレードを見に来たんだよね。間に合うかなあ……」

 エリーがにぎわう街並みを眺めながら呟いた。馬車は本日の宿へ向かっている。今日はおいしいものを食べてゆっくり休んで、明日攫われた経緯などを聞かれる。

「そうねえ、キュイに来てもらう? キュイなら早いから、ギリギリでも間に合うわよ」

「足の速い馬でもいるの? 乗れないよ、私」

「キュイはワイバーンなの。とっても可愛いのよ。空からだから、景色もいいわ」

「ワイバーンは乗りものじゃないよ!!!」

 強い口調で断られてしまった。エリーもキュイに会ったら、気に入ると思うのにな。


「パレードに間に合うよう、王都に戻ってからお話を聞かせてもらうことにしましょうか? 観覧席も準備しますし、滞在後にご自宅までお送りしますよ」

「私達の観覧席はご用意頂いております。他の皆様はどうなさいますか?」

 残りの三人の女性に尋ねた。三人のうち二人は顔を見合わせ、一人は俯いたままだ。一番怪我をしていた人だわ。

「……私はパレードを見たいです。王都の近くの村に住んでいるんで、ちょうどいいし……」

 エリーと一緒に連れて来られた人は、王都へ行く。彼女はメアリといい、エリーと仲良くなっていた。

「わたしは早く家族に会いたい……」

「…………家に……帰りたい……です」

 残り二人はここで聞き取りをしてもらって、帰る。一人はまだほとんど喋らないし、よっぽど辛かったんだろう。


「警備の都合もあるから、詳しくは明日。まずはゆっくりお休みになってくださいね。町を歩きたければ護衛に付くし、買って来て欲しいものがあったら遠慮なく申し付けて」

 女性がついてからの説明をし終わった頃、宿に到着した。そして各々おのおのの部屋へ通された。気を遣ってくれたのか、ラベンダーの香りがする。

 食事は部屋まで運んでくれて、フロアには女性しか入らないようにしてくれていた。 


 王都へは次の日の朝、早めに出立して夜に着く。

 それで何とか、パレードに間に合うよ。女性二人と別れ、馬車に乗った。

「メアリちゃんのおうちはパン屋さんなの? お店をやってるなんてスゴイ!」

「エリーちゃんの刺繍も可愛いよ。お姉さん、すごい方なのね……」

 こちらは別の馬車を用意してもらい、今度は私の隣にベリアルが座っている。誘拐されて日が浅い二人は、かなり元気を取り戻していた。

「お姉ちゃんは昔からちょっと変だけど、すごい人なの」

「ワイバーンを可愛いっていう人、初めてだよ」

 二人の視線がこちらに集まる。キュイに会えば可愛いと理解してもらえるはず。こういう時、ベリアルは必ずニヤニヤと笑って私を見ている。


 明るい雰囲気の中、急報が入った。

「事件現場だったラルセン侯爵の別荘にて、未明に火災が発生。既に鎮火したが、死傷者が出ている模様」


 思わずベリアルに顔を向けると、嫌そうな表情をされた。

「我ではないわ。くだらぬ」

 うーん、夜抜け出したわけではなさそう。とにかく情報が欲しいわ。

「火災の原因は何でしょう……? 犯人は捕まえてあるんですか?」

「あちらも混乱しているみたいで、まだこの一報が入っただけなの。さすがに失火ではないでしょう、故意の可能性が高いわ。使用人達はいったん解放されるけど、重要人物は兵がちゃんと付くわ」

 牢などの罪人の収容施設で火災が起きた場合、軽い罪の者は仮釈放される。そして期日までに戻れば減刑、過ぎれば追手が掛かり罪は重くなる。重罪人や逃走の恐れが強い者は、仮釈放もされない。拘束されたまま移動させられる。

 ヴェイセルや側近は、釈放なしの部類。


「混乱を利用して逃走してはおらんのかね」

 ベリアルが尋ねた。彼はヴェイセルが逃走して、再び襲ってくれるのを期待している。

 逃げた可能性はあるのかな。こちらの兵力が十分でない上、相手は飛行魔法を得意とする魔法剣士。魔力を封じる枷をはめていても、それも絶対ではない。許容量を越えれば壊れてしまうのだ。

「もし逃げたとしても、わざわざ貴女達に危害を加えに来ないわよ。とはいえ念の為に気を付けて、姿を見つけたらすぐに知らせてね」

「はい」

 エリーとメアリの表情が曇る。安心させなければ。馬車の窓の外には小さな村があり、木の柵の向こうにある家々が流れていた。


「心配ないわ。皆がいるし、Sランクの冒険者までいるのよ。逃げようとしたら、倒してくれるわ! もし逃げても外国に亡命するとかで、わざわざ王都の方なんて来ないわよ」

「そうだよね! あの怖い人に会うなんて、もうないよね!」

 不安を振り払うように、エリーが大きな声で頷いた。

「大丈夫よ。それに逃げる為ではなく、証拠隠滅をはかったと推測するわ。被害者の人数が把握しきれない程、犯行を重ねている可能性があるの……」

 それで、少しでも分からなくしようと……?

 もう徹底的に絞り上げて欲しい。


 途中で休憩を入れつつ、王都に着いたのは日が暮れてからだった。

「なんだか、とっても疲れたね……」

「王都に着いたらホッとして、余計に体が重いよ」

 馬車で連れ去られたエリーとメアリは、馬車に乗っているのも怖かったみたい。しばらくは馬車に乗りたくないと話していた。

「私達は宿がありますので、用意して頂かなくて結構です。メアリさんはどちらにお泊まりの予定ですか?」

 王都の門を潜るまでの間に、親衛隊の女性に問い掛けた。宿泊場所を用意してくれるんだよね。

 待っている人がかがり火に何人も照らされていて、私達の順番はまだ来そうにない。

「宿はもう無理なので、王城の使用人室でしたら空きがあるかと」

 お城の客室もいっぱいなようだ。親衛隊の女性の言葉に、メアリが目を丸くする。


「お城の……!? そ、それはちょっと……」

「お城とはいえ使用人室だから、上等ではないわよ」

 普通の人じゃ、敷地に入るのも緊張するよね。警備はどこよりもしっかりしているだろうけど、気軽に出歩けないし。

 そうだ、私達が泊まっている宿の部屋なら、余っているではないか。

 誘っちゃおう!

「それなら私達と同じ宿に泊まりませんか? 部屋を余分に借りているんで、大歓迎です」

「そうだよ、それがいいよ! メアリちゃんも私と一緒のお部屋に泊まろう。ツインだけど、一人なの」

「いいの、エリーちゃん? 嬉しい! お姉さんもありがとうございます」

 両手を合わせて、とても喜んでくれている。もう一部屋使ってくれていいのにな。

 

「一緒に行動してくれた方が、こちらとしても助かります」

 親衛隊としても、これでいいみたい。決定ね。

 明日はついにパレードだ。家に帰るまでは、移動に親衛隊員が付いてくれるよ。

 夜なので一人一人の検問は普段より時間が掛かっていたが、私達は比較的すぐに通してもらえた。

「どちらの宿にお泊まりですか?」

「カリテシュペリアです」

「ではそちらに参りましょう」

 市街地はもう馬車の乗り入れができないので、途中で下りて歩く。人通りが多いから、今度こそはぐれないようにしないとね。

 騎士団員が横と後ろに付いているので、今回はもし離れても、ちゃんと連れて来てくれるわ。


 宿の人に事情は説明してあったが、戻らない私達を心配してくれていた。エリーも一緒にいる姿に、従業員の顏がほころぶ。

「無事な姿を拝見し、安堵しました」

「ありがとうございます、お陰様でエリーも無事です。こちらの方も一緒に泊まりますので」

「了解致しました。今からですと夕食のご用意はできかねますので、ご了承ください」

「はい、大丈夫です」

 ただでさえ一番混雑する時期に、さすがに無理は言えない。

 余った部屋に、親衛隊の女性が泊まることになった。交代で入り口の外で番をする予定だったんだって。

 私達のやり取りを聞きながら、女性は後ろを通り過ぎる貴族の顔を眺めていた。従者を何人も連れている。知り合いかな。


「……隣国の侯爵だわ。さすがに私も、ここに泊まるのは初めて……」

「ここって、貴族の方が泊まる宿ですよね……? 私も泊まっていいんですか……?」

 メアリは最初にエリーがそうだったように、落ち着かない様子で周囲を見回した。

「大丈夫ですよ、貴族しか泊まれない宿なら最初から入れません。それに従者を連れた貴族が泊まるのは別の階なんで、会わないで済みますよ」

 私達の部屋はツイン。続きの間なんかもあるけど、高位貴族が泊まるような部屋ではない。

 

「……別の意味で眠れなそう……」

「大丈夫よメアリちゃん、寝心地がいいベッドで、意外と眠れちゃうよ」

 エリーが得意気に語る。先輩っぽい。

「食事は第二騎士団の方々が買って持って来てくれます、あとは部屋でゆっくりくつろいでくださいね」

「緊張しすぎて、くつろげないです~!!!」

 メアリはエリーにくっついて、部屋まで離れずにいた。

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