第301話 外の人達(セレスタン視点)
まだ暗い時間帯。予想通りに馬車が屋敷へ入った。
俺達は暗いうちに町を出て、隣町の冒険者ギルドへ募集をかけに行った。前日職員に仕事内容を説明して、人を集める旨を伝えて依頼札を用意しておいたから、かなりスムーズに済んだ。
次は使者の護衛のフリをして、容疑者ヴェイセル・アンスガル・ラルセンが滞在しているかを直接確認しないといけない。
前々から犯人を絞り込んで調査していたようだ、見当違いだったから冒険者は必要ない、などとはならないだろう。なんせあのエクヴァル殿の関係者が主導しているんだしな。
アナベルさんという女性、めっちゃ美人だったなあ……。いいなあ、婚約者。きっと立派な貴族男性に違いない。冒険者としてはSランクにまで上り詰めたとはいえ、所詮俺は庶民さ……。
「セレスタン、どうした? 君に覇気がないと、冒険者達の士気に関わる」
相棒のパーヴァリに声を掛けられた。いかんいかん、余計なことを考えている場合じゃない。これからが正念場だ。
冒険者達は正午に集合する。その時にならないと何人集まるか分からないのが不安要素だな。
「まあちょっとな。魔物討伐ならともかく、こんな重大な事件の捜査に協力するなんて滅多にない。神経過敏になったかな」
「なるべく外に
作戦の指揮官、マルコス・デル・オルモが苦笑いした。
今は部屋で遅めの朝食を食べつつ、これからの段取りの最終確認をしている。外を包囲する俺達に向けてなので、イリヤさんはここにいない。
他国の貴族で協力者、魔導師ヴァルデマル殿は侯爵家のものに偽装した馬車を確認しに行っている。食事を終えたらその馬車に乗り込み、侯爵家へ確認に行く。俺達は余計な口は挟まず、雇われた冒険者として同行するのだ。
それにしてもヴァルデマル殿のイリヤさんへの態度は、心酔しているようにも見えた。
イリヤさんって、本当に何者だ……?
もちろん地獄の王の契約者というだけで、とんでもない人物だというのは理解している。魔法の実力も国のトップクラスだろう。それでも普段のぽやんとした印象から、ヴァルデマル殿より立派には感じないんだよなあ……。
「もし容疑者のヴェイセルがこの屋敷にいない場合は、どうするんでしょう」
パーヴァリが質問する。いなくても冒険者達は集まってしまうぞ。
「その点に関しては心配していない。確かにヴェイセル本人は一向に姿を見せていない。しかし数日前からこの町で張り込んでいて、別荘の人間が高級食材などを注文しに来ているのは目撃した。使用人だけという筈はない」
なるほど、主人を世話しているのだな。むしろ使用人だけで頻繁に高級食材を使用していたら、規律がよほど緩んでいる。
洗濯物や庭の様子など、疑われない程度に外から監視しているようだ。
これだけ慎重に捜査するのも、歯がゆいだろう。
犯人が貴族で、被害者が平民。
貴族優位が強いこの国では、家宅捜索をするのは難しかったようだ。
もし救出された被害者がメイドとして雇われたからこの屋敷にいた、と証言したらこちらが圧倒的に不利になってしまう。
よりにもよって領主の息子が犯人だ、犯人を
親である領主も貴族主義で、元から領民に冷淡だという。息子を犯罪者にしたと逆恨みして、被害者家族にどんな仕打ちをする分からないのだ。暮らせなくなるだけならマシという目に遭う可能性だってある。
とある小国で、王家に連なる人間の犯罪を証言したことにより、腕を切り落された被害者を知っている。
確実な、それこそ証言すら必要もない程に確実な証拠が必要だ。
侯爵邸から戻った後の動きについて、細かく打ち合わせた。
町の付近で馬車から降り、冒険者を迎え入れる。到着した順に冒険者の特技などを申告してもらって、組み分けをしないとならない。第二騎士団と合流し、彼らも手伝ってくれる。
オルモ殿は突入に備え、別行動だ。イリヤさん達もあちらで、捜索班に付いて行くらしい。
突入してからはオルモ殿が玄関前に陣取り、全体を睨みながら作戦の指揮を執る。そこが本部になるわけだ。
朝食が済んですぐ、馬車が到着した。装備を見直して乗り込む。
侯爵家への訪問は無事に済み、ヴェイセル・アンスガル・ラルセンとの接触も成功。
印象は……、嫌な貴族、かな。パーヴァリは
町外れには早くも冒険者が数人到着していて、第二騎士団の騎士がランクや武器、魔法の使用について質問していた。
最終的に四十人程になり、第二騎士団を合わせて総勢七十名。広い屋敷の包囲をするのは、ちょっと不安なくらいか?
弓、魔法などの遠距離攻撃の手段を持つ者や、回復魔法が使える者が均等になるよう割り振り、五人一組を作る。戦力も同じくらいになるようにする。冒険者はBランクが三人、あとは低ランクが多い。
屋敷の使用人用の裏門を第二騎士団の隊長が守り、四隅も第二騎士団が固める。隊長の班は人数が多めで、女性騎士は救出された女性の保護の役目を負う。同性がいいとの判断だ。
冒険者を騎士団の間に配置、それぞれの班長が待機場所を把握しておく。逃走経路として一番考えられるのが裏門だから、俺達もそちらに回った。
真っ先に玄関を抑えるので、正面から逃げおおせる者はいないはず。
滅多にない突入作戦の協力という任務に、興奮気味の冒険者達を落ち着けるのも俺達の役目だな。相手が異変に気付いて作戦が先に露見すれば、被害者の身に危険が及ぶとパーヴァリが注意している。
第二騎士団の隊長が北側から部隊を率いて、俺達は南からのルートの先頭を行く。
親衛隊のオルモ殿達が突入した直後に、二手に分かれて移動した俺達が一斉に包囲するのだ。
正面の門を突破するのを遠目に確認し、屋敷の塀の外を駆け足で囲む。
当初は突入した割に戦闘音もなく、不気味に静かだった。上空からイリヤさんとヴァルデマル殿が魔法を使っていたが、あれは何だったのか。攻撃でないことは確かだ。
おっと、裏門が開いた。誰かが逃げて来たぞ。
「確保しろっ!」
第二騎士団の隊長が叫ぶ。
「うわああぁ、俺は知らない! 助けてくれ、本当に何も知らないんだ! この屋敷がおかしいんだよ……!!!」
絶対に何か知っている使用人じゃないか。
壁にへばりつき、顔を腕で隠してしゃがみ込んでしまった。交戦の意志なし。震えながら素直に捕縛された。隊長達の分隊の近くに控えている見習いを含めた一隊が、確保した使用人の身柄を預かっていた。
彼の話によると、お守り石が突然割れたので不審に思い、屋敷の様子を確認したそうだ。すると他の使用人が倒れたり、様子がおかしかったりした。恐れた彼は、一目散に裏口から逃げて助けを求めようとした。兵が待ち構えていて、これはヤバい事態になったと思ったらしい。
……さて、本当に出てくる人数が少ない。
窓からは突入した親衛隊員が、部屋を確認して移動する姿が映っては消えていた。
意外と仕事がないな。包囲する程でもなかった。
そしてついに中で、戦闘が開始された。
金属がぶつかり合う音がして魔力が洩れ、
正面玄関の方も騒がしい。行方不明者を保護したり、怪我人が退避したりしているんだろうな。
やがて一つの部屋の窓から、男性が外に飛び出した。
確認した時に見た顔だな、ヴェイセル本人か。単独で逃げる気かよ。
弓を持った連中が矢を
続いて魔法使いが詠唱を開始するが、飛行で逃走されたら魔法は届かない。
同じ部屋の別の窓を、ヴァルデマル殿が開け放つ。本職の魔導師の追跡は躱せないだろうが、ヴェイセルは魔法剣士タイプだ。一人で深追いしてしまえば、ヴァルデマル殿の方が危険になる。
だが逃げられはしないな。先程から地獄の使者……もとい、王がお待ちかねだ。
赤いマントをなびかせたベリアル殿が立ちふさがる。
ヴェイセルは剣と魔法で戦うものの、全く歯が立たない様子だった。ベリアル殿が額を手で掴むとそこから煙が上がり、悲鳴を上げてヴェイセルが真っ逆さまに地面に落ちていく。
悲惨だな、額も髪も焼けていた。
落ちながらも体勢を整えて、光る瓶を取り出した。
ポーションか。落下がゆっくりになっている、飛行魔法が途切れていなかったのか……! 恐ろしい精神力だな。
「絶対に逃がしてはならん、身柄を確保しろっ!」
第二騎士団が二隊で、落下地点付近を包囲する。
「戒めたる鎖を引き裂き、咆哮を上げよ。長き拘束より解き放たれし、残忍なる災厄。下顎は大地を擦って削ぎ、上顎は天まで届く全てを呑みこむ大いなる獣、世界に混沌を生み出すものよ」
効果の強いポーションだ、傷はあっという間に癒えていた。
そしてまだ諦めていないのか。魔法の詠唱をしている。俺は知らない魔法だが、詠唱の長さから強い攻撃魔法であることは間違いなさそうだ。
パーヴァリが険しい表情で防御魔法の詠唱を始めた。先に第二騎士団の魔法使いがプロテクションを唱える。早くもいったん包囲を解き、防御魔法の範囲内に収まるように移動した。
さすがに慣れているな。彼らの前に、薄く輝く防御魔法の壁ができた。
「脈打つ甘き血を捧げる。目に怒りたる炎を宿し、獰猛なる牙にて喰らい尽くせ! ルーヴ・クロ・サン!」
ガンッと防御の壁に、魔法で作られた鋭い牙がぶつかる。すぐに崩れそうになるのを、冒険者の魔法使いが魔力を供給して
しかしすぐに壊れそうだ。
プロテクションの強度は、術者の実力に大きく左右される。危険そうな魔法だ。これをプロテクションだけで防げるのは、イリヤさんやセビリノ殿クラスだけじゃないか。魔法が間に合えば、もっと上の防御魔法にしたかっただろうな。
「神聖なる名を持つお方! いと高きアグラ、天より全てを見下ろす方よ、権威を示されよ。見えざる脅威より、我らを守護したるオーロラを与えまえ。マジー・デファンス!!」
バリンと割れたプロテクションに代わり、パーヴァリの防御魔法が展開される。これは魔法を防ぐことに特化している。プロテクションで威力を弱めた攻撃魔法を、無事に防げた。
ヴェイセルは剣を握り、防御魔法を突っ切って包囲を突破しようとする。
物理は人も攻撃も防げないからな、マジー・デファンスは。
「打て!」
俺は自分の隊に割り振られた弓使いに、標的を狙うよう指示した。
ヴェイセルは放物線を描く矢を横目で確認し、簡単にかいくぐる。第二騎士団はすぐに動けるよう、隊列を整えていた。
最初の一人と斬り結び、その間に別の隊員が横から迫る。
「く……、邪魔なヤツらめ」
避けたヴェイセルだが剣が掠り、傷を負って後ろに下がった。
だいたい予想通りの動きだな。
槍を持つ冒険者にあまり近付かずにけん制するよう伝え、壁際に追い込むようにした。ヴェイセルが戦いの合間に周囲を確認している。囲みの一部がランクの低い冒険者だと、気付いたな。
「敵はもう余裕がない! 一気に片を付けるんだ!」
第二騎士団の隊長が攻めろと手を前に出した。
上空ではベリアル殿が待ち構えている、飛んで逃げる選択肢はないだろう。
「そうはさせるかああ!」
迫りくる騎士に隠し持っていた短剣を投げて背を向け、全速力で反対側に走り出した。
槍の間合いからも逸れて、進行方向では冒険者の一隊が緊張しつつも固めている。俺でも撤退するなら、あちらだな。
「追え、逃がすな!!!」
かなり足が速い。騎士団を振り切れそうだぞ。
「パーヴァリ!」
「承知してる。
地面から太い
横に移動しながら伸びる蔦を切り、下から更に出てきたそれも飛んで躱した。左右からの蔦も冷静に防いでいる。
「面倒な魔法だが、捕まりさえしなければ無駄なだけだ!」
すっかり逃れて余裕を見せるヴェイセル。俺はヴェイセルが魔法に気を取られている間に移動しておいた。そして素早く近付き、剣を振る。
「集中し過ぎたな!」
「午前中のSランク冒険者……、貴様らも一味だったのか!!!」
一撃目は止められたが、弾かれて上に戻った剣を、反動を使い軌道を反らして斜めに再び斬り下ろす。
これも上手く剣を滑らせて防がれた。そのまま前に踏み出して、肩をぶつけて体当たりをする。よろけたヴェイセルに即座に攻撃を仕掛けた。
さすがに体勢を崩して剣を受けきれず、相手は地面に落とした。
「お前はもう終わりだ」
「………このまま済むと思うなよ……!」
ヴェイセルの背後には第二騎士団が迫り、すっかり取り囲まれている。
歯ぎしりをしつつ項垂れた彼に一歩近付くと、突然ナイフを取り出して襲い掛かって来た。
逃げ場を失い、追い詰められて至近距離でできる攻撃なんて、限られてる。簡単に手刀で手首を攻撃してナイフを落とし、そのまま手を握って拳にした手の甲で顔面を打った。
「っが……っ!」
「身柄確保っ!」
顔を打たれてのけ反った隙に、第二騎士団の連中が両手を押さえ、ついにヴェイセルを拘束した。
いつの間にか地に降りていたベリアル殿が、壁際で腕を組んでその様を眺めている。口元は笑っているが、視線はとても冷ややかだ。
「どうだね? まだ遊び足りぬのなら、我が相手をしてやるのだがね?」
「…………」
ヴェイセルは
それにしても諦めの悪い男だった。
お陰で俺達はパレードを見に行かれそうにない。
何の為にエグドアルムまで来たのか、解らなくなったな……。
※ お待たせしました!次こそイリヤ視点に戻ります。
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