第303話 エリーとメアリの名推理
朝がきた。朝食はホテルのレストランで頂く。貴族の人達はもう少し遅い時間で、今はまだお客はまばら。
「うわわぁ……、今日はパレードだね。楽しみだなあ。朝からフレンチトーストが食べられるのも嬉しい」
「スープに野菜がたくさん。オムレツもぷるぷる……!」
最初はマナーが不安だと言っていたエリーとメアリも、美味しい朝食に夢中になっていた。食後にはコーヒーも出されるよ。
ベリアルは軽く片手を上げ、慣れた所作で赤ワインを用意させていた。
パレードが通る前に、ルシフェルの召喚をしないといけない。私は今朝はベーコンなどの肉類を避け、気持ちを整えた。
部屋に戻り、厚めの紙を用意する。そこに円を描いてコンパスで方角を確認し、
「呼び声に応えたまえ。閉ざされたる異界の扉よ開け、虚空より現れ
座標からプラチナの輝きが溢れ、部屋の中は光で埋め尽くされた。目を開けていられない。白い壁に反射して、余計に眩しい気がする。外でやるべきだったかな。
落ち着いてから、ゆっくりとまぶたを上げる。銀の髪に透き通る水色の瞳をした悪魔、ルシフェルが静かな笑みを
天使のような白い薄手のローブの上に、今日は紺色のコートを羽織っている。
「やあベリアル、契約者の娘。相変わらず君達は
「……やはり眺めておったのかね」
普通の悪魔は、人間の世界の様子を好きに覗いたりはできない。ベリアルにも無理だろう。
「ではもしや、火事の原因やヴェイセルという方についてもご存知で……!?」
「知っていたとして、何故私が君に教えないといけないのかな?」
「……失礼しました」
思わず尋ねてしまったが、答えてもらえないのは仕方がない。肩を落としていると、ベリアルがポンと私の背中を叩いた。
「相変わらず底意地の悪い男であるな。イリヤ、そなたはただパレードを待っておれば良い」
「はい。あ、パレードは午後だそうです」
変わらぬ笑顔で頷くルシフェル。
先程まで部屋を満たしていた光が消えたので、厚手のカーテンを引いた部屋は暗く感じる。
「君達が懸念している男は、隠し扉や通路を利用して部下と合流した。そして護衛の騎士を殺して身元が判別できないよう焼き、身代わりにして逃走したよ。周囲に自分だと証言させて。勿論、兵達も半信半疑だね」
どういう心変わりか、ルシフェルが情報をくれた。
ヴェイセル・アンスガル・ラルセンは本当に逃げているの!? しかも部下を身代わりにして……? 火事はそのカモフラージュだったのね……! 本当にどうしようもない男だわ!
「……そなた、何故教えなくてはならないのかと言ったばかりではないかね」
「ふふ、近々会いそうな予感がするからね。ペオルに伝えておくように」
私の反応を試された気がする。知りたいと畳み掛けたら、教えてもらえなかったに違いない。会いそうな予感は外れて欲しいが、きっと何か知っているんだろう。
ペオルことベルフェゴールはルシフェルの配下の悪魔で、殿下の妃になるロゼッタと一緒に輿に乗る。宮廷魔導師か誰かが召喚して、ロゼッタと行動を共にしている筈だ。ベルフェゴールの邪魔をされたくないのかも。
ヴェイセルは王都に向かって来ているのかしら。
父である侯爵にも犯人として拘束された事実は伝えられているので、もう配下も使えないだろうに、何の為に? エリー達の身元も行先も知らないだろうから、また被害者にちょっかいを出すとは考えにくい。他に目的があるんだろうか。
王都の侯爵邸で
海を北へずっと進むと氷の大地が広がっていて、とても人が住める場所ではない。
「……私が泊まるのは、この部屋ではないよね?」
「違います。パレードが終われば広い部屋を使用している貴族の方が帰られるので、そちらにお泊まり頂きます」
ルシフェルの関心は犯人の行方よりも、自分が泊まる部屋のようだ。もちろん、きちんと手配してある。逆に言えば、ちょうどいい部屋に空きがなかったので当日まで
これに関してはベリアルよりもよほどワガママなのだが、周囲が当たり前のように準備するので、彼はこれがワガママに当てはまるという認識すらない。
「ならば支配人を」
「……相変わらず面倒な男であるな」
「挨拶くらいはしておこう」
支配人を呼んで来なければ。私が扉を開けると、ずっと廊下にいたのか、壁際に親衛隊の女性が立っていた。
「ものすごい光が洩れて、魔力も流れたわ……。召喚するって言っていたわよね? 危ないことはしてないわよね!?」
「危険はありません、パレードを見物される方です。宿の支配人に挨拶をしたいと
「私が行くわ。ちゃんと付いててね……!」
女性はすぐに階段を下り、フロントへ向かった。
手に余る召喚をすれば、召喚された相手が暴れて多大な被害が生じることもある。私がしないか、心配だったようだ。さすがに宿でそんな非常識な真似はしない。
すぐに支配人を連れて、女性が戻ってきた。
きっと大事な方だから、失礼がないようにとか念を押されているんだろう。開いた扉の向こうにいる、支配人の表情は固い。
支配人と入れ替わりで、私が部屋を出る。そして廊下に残った親衛隊の女性に、ルシフェルが教えてくれたヴェイセルの話をしておいた。唐突に遠い場所の出来事を語るものだから、半信半疑ではあるものの、知らせておくからと走った。
宿の外には親衛隊員が念の為に待機しているので、伝言をお願いするようだ。
室内では支配人とルシフェルが会話を続けている。
「何か不都合でもございましたでしょうか」
「いや。今日から世話になる。来客が多いかも知れない、先に伝えておこう」
祭りで悪魔などが集まり、ルシフェルの姿と魔力を目にしたら、きっと素通りはできなくなるよね。ベリアルは王と解らないように魔力を制御しているが、ルシフェルはそこまではしていない。
「畏まりました。下の階にお泊まりの方もいらっしゃいますので、大きな声や物音が出るようでしたら、広間やレストランをお使い頂けると幸いです」
「苦情が出るようだったら、私に伝えなさい。挨拶を受けるのも本当は面倒でね、ちょうどいいから追い返そう」
「本音が出過ぎておらんかね」
少し言葉を交わして、支配人は部屋を後にした。
私達もそろそろ移動するかな。道はもう大渋滞、パレードの場所取りが既に始まっている。それでも飛行禁止なので、歩くしかない。目的地が近くなのが、まだ救いだ。
国賓用の観覧席はお城の敷地内に作られていて、お城の前の広場にも貴賓席が設けられている。
私達はそのどちらでもなく、王室御用達のレストランを貸し切りにして、区分したスペースだ。そんなわけで、お昼もこちらで準備してもらうよう頼んでおいた。観覧席は二階で、使わない一階席で昼食をとる。
レストランの入り口には、本日貸し切りの文字が書かれた札が下げられていた。
親衛隊の女性が先に入って話を通してくれたので、すんなりと案内してもらえた。私と妹のエリーとメアリが同じテーブルで、ベリアルとルシフェルは二人で別のテーブルを囲む。親衛隊の女性は席に座らない。
二階はまだ準備中で入れないよ。
食事の途中で総料理長がテーブルの脇に来て、帽子を脱いでルシフェル達に挨拶をしている。私達はお付きの人と勘違いされているかも知れない。
ベリアルとルシフェルが料理の賛辞を伝えていると、お店の扉が突然バタンと乱暴が開かれた。
「まあ、
「お客様、大変申し訳ありません。本日は貸し切りでございまして……」
「貸し切り? どの席も使っていないでしょ」
「奥様、ご迷惑ですよ……!」
どこかの国の貴族だろうか。女性はローブを着た男性に止められるのも聞かず、護衛を連れてずかずかと店内に足を踏み入れた。
「困ります、お客様!」
男性店員が慌てて制止する。客を迎える準備があるので、ガラガラで暇なようでも営業はしていないのだ。
女性の護衛も止めようとするが、女主人の体に触れて引き止める訳にも行かずに困っていた。
「食事をしている人達もいるじゃないの!」
「こちらは事前にご相談頂いた、予約のお客様でして……」
突然の騒ぎに、厨房の人達も驚いてこっそり覗いていた。二階と行き来している人も、階段で立ち止まる。
「二組しかいないじゃない。なら、どうとでもなるでしょ。疲れたのよ、座らせて。いい? 我が家の召喚術師は地獄の男爵と契約しているのよ!」
ルシフェルとベリアルに気付いたのだ。確かに地獄の貴族と契約できる人間なんて、国に何人もいないだろう。ただ今回に限っては、男爵なんて同行していたら、むしろ逆効果だわ。
「ねえエリーちゃん、地獄の男爵? って、すごいの?」
「うん、多分。強い悪魔って意味だと思う」
「わああ、大丈夫なの?」
エリーとメアリは、小声でこそこそ会話している。後で説明するにしても、今はそういう雰囲気ではないわね。
「失礼、どちらの国の方でしょう? 申し訳ありませんが、こちらは王室の大事な客人の為に貸し切りにさせて頂いております。お引き取り願います」
出て行きそうにない様子に、護衛に付いていた親衛隊の女性が
「祖国でも我が家の来訪を断るお店なんてないわ! いいから食事の支度をなさい!」
「……
グラスを置いたルシフェルが、騒ぐ女性に視線を向けた。ベリアルはため息をついて、前髪を掻き上げる。
「そなたら、さっさと出て行かんか。ルシフェル殿の機嫌を損ねるでない」
「出て行けですって!? 誰に向かって……」
「奥様! いい加減になさってください、最近勝手が過ぎますよ!」
今度は召喚術師と言い合いになってしまった。さっさと悪魔を出せとか言い出したよ。召喚術師は、それが悪手だと嫌という程理解している。
「気を落ち着けてください奥様、旦那様からエグドアルムで問題を起こさないようにと、仰せつかってます」
護衛も必死に止める。
親衛隊の女性は、彼女の前に立ちふさがっていた。相手が帯剣しているので、さすがに進めずにいる。
「おい、気が済んだろ??? 出るぞ、出てくれ。俺なんかでは入れない……」
ドアの隙間から、ひょろっと背の高い悪魔が覗き込む。男爵が王の御前に出られないのも、仕方がないよね。
「……貴方、どうしたの? いつもの覇気がないじゃない」
女性は首を
ヒュオゥと、空気は動かないのに風が起こったような感覚がした。ルシフェルの魔力が流れたのだ。
「ひいいぃ!!!」
慌てたのは召喚術師と、男爵級悪魔だ。二人は肩を縮めて大きく震えた。召喚術師は意を決して女性の腕を掴み、乱暴に引っ張って店の外へ出た。
「痛いじゃないの、どうしたって言うの!??」
「失礼しました! 行きますよ奥様、これ以上は御身の保証はしかねます!!!」
「申し訳ありません申し訳ありません……」
バタバタと退出した後、地獄の男爵は扉の前で平謝りになった。
いいから行けとベリアルに合図されて、申し訳なさそうにしつつもやっとその場を離れた。
「怖い感じがしたよ。そしたらみんな逃げちゃって、……なんだったんだろう?」
「私もゾクッてした。これはきっと……」
メアリとエリーも、恐怖として感じたようだ。悪魔の魔力の影響だとまでは気付かない。不思議そうに、慌てて出て行った理由を分析している。
「……美形過ぎたんだよ……、お二方とも美しいもの」
「メアリちゃんもそう思う? 私も。ステキな人に悪いところを見られて、恥ずかしくなって逃げちゃったんだよね」
神妙な表情をしている。どうやら本気だ。
「ふ……、く……。褒め言葉として受け取っておくよ」
「我が素晴らしいのは確かであるな」
ルシフェルもベリアルも見当違いな二人がおかしかったのか、もう笑っている。親衛隊の女性もホッと胸を撫で下ろした。
店員さんが二階の準備ができたから、いつでも移動できると報せに来てくれたよ。いよいよパレードが近付いてきた……!
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